軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 偽りを知る②

これまでの出来事が、頭の中で繋がっていく。

体調を崩したとき、誰も来ないはずの離宮に様子を見に来てくれたこと。

小説の中では悪役だったはずなのに、わたしにはなぜか好意的だったこと。

離宮で放置されがちだったわたしに、 以(・) 前(・) か(・) ら(・) 何かと世話を焼いてくれたこと。

冷たい態度の兄たちとは違い、わたしの言葉に耳を傾けてくれたこと。

(全部、ぜんぶぜんぶ、ただの演技だったんだ……)

喉の奥が焼けつくように痛い。

わたしはこの短い期間でキース様を信じてしまっていた。

小説の中で彼が悪役令息だったと知っていても、今の彼はどこか違う気がしていた。

(もしかして、小説のリリーベルも、こんな風にキース様を信じていたのかな?)

ふと、夢の中の景色が頭をよぎる。

彼のそばにいる時のリリーベルは、少しだけ笑っていた。

どこか、幸せそうに見えた。きっと、小説のリリーベルはキース様が好きだったんだ。

(でも、それが偽りだった)

あの優しさが、わたしを利用するためのものでしかなかったとしたら。

胸がズキリと痛む。

もし、わたしがもっと彼に甘えていたら。もっと期待していたら。気づかないまま、偽りの関係に溺れてしまっていたかもしれない。背筋に、冷たいものが走る。

「……信じちゃ、だめ」

わたしはそっと囁いた。甘い言葉に惑わされちゃいけない。

侯爵の命令でわたしに近づいているなら、その関係に意味なんてない。

これはただの「王女」と「侯爵令息」としての、表面だけの付き合いなんだ。その優しさを「本物」だと思いかけていた自分がいる。でもそれは全部、作り物だったのだ。

「放置された王女など哀れなものだ。気に入られることは容易いだろう?」

わたしがショックを受けているその先で、侯爵は鼻で笑いながら話を続けている。

「……」

「単純な娘だ。お前が多少甘い顔をしてやれば、すぐにでも信じ込む。引き続き王女には、気に入られるように努めろ。何のために孤立させたと思っている。ああ、もちろん王子たちの信頼も損ねるな」

侯爵はそう冷淡に言い放つと、ひらりと翻ったマントを揺らし、ゆっくりと歩み去っていった。

コツコツとした靴音が、だんだんと遠くなる。

しばらく無言で侯爵を見送ったキース様は、何かをこらえるように小さく息を吐く。そして、侯爵が行った方向と反対にくるりと方向転換した。こっちに。そう、わたしがいる方にだ。

(えっ、こっちに来る……! まずい。盗み聞きしてたのバレてしまう)

あまりにも不穏な会話だった。あれを聞いていたことがばれたら、わたしの身が危うい気がする。

慌てて周囲を見回したわたしは、咄嗟に足元の植物を掴んで勢いよく立ち上がった。

「……まあ、こんなところにあったのね!」

わざとらしい声をあげて姿を現すと、キース様が驚いたようにこちらを見た。

「リリーベル様?」

「……まあ、キース様! こんなところでどうされたんですか?」

できるだけ不思議そうに首をかしげ、握りしめた葉っぱを見せて微笑む。

あくまでわたしは、ここにいて集中して薬草集めをしていただけ。そう印象づけなくては。

「わたしは城の探検をしているところなんです。面白い植物がないかなと思って夢中で調べていたんです。見てください、これも薬草の一種ですよね?」

「……、そうですね」

キース様は一瞬だけ黙り込み、こちらを探るように金色の瞳を細めた。けれど、わたしがずっと目を逸らさずにいると、ふと小さく息を吐いた。

「そこにいて、なにか聞こえたりしませんでしたか?」

その問いに、わたしは極力最大限のポカン顔をつくる。

「え? ごめんなさい。集中しすぎていて、まったく気づきませんでした。他にどなたかいらっしゃったのですか? もしかして、わたしに話しかけたりなどされまして?」

不思議そうに首を傾げてみる。我ながら、いいすっとぼけができたと思う。完璧だ。

キース様はそんなわたしをまじまじと見つめた後、小さく眉を寄せ、わずかに目を伏せた。

「……いえ、気にしないでください。聞こえていないのなら、それが良いでしょう」

微かな安堵を滲ませた声音に、わたしは少しだけ首を傾げる。

(もしかして、侯爵との会話を聞かれなかったことにほっとしているのかしら?)

その表情の意味を掴みかねているうちに、キース様は小さく息をついている。

いけたのかな? 誤魔化せてる……?

わたしはドキドキしながら、また地面に目を向けた。運良く黄色い花をつけた雑草が茂っている。

ここの草むしりをサボった人には最大級の感謝の気持ちを送りたい。

「これ、最近読んだ本に載っていたものに似ている気がするんですが、どうでしょう? キース先生」

ぱっと無邪気な笑顔を浮かべながら、精一杯の演技をする。

そんなわたしを、キース様はじっと見下ろしていた。無表情で。

「……リリーベル様」

「はい」

「そろそろ離宮へ戻られたほうがよろしいのでは? お送りいたします」

「え」

少しだけ落ち着いた声音で、キース様が言う。わたしは、ほんのわずかに躊躇いが顔に出てしまったかもしれない。さっきのこともあって、今は正直、あまり一緒にいたくない。

それに、わたしがここに来たのは別の目的のためなのだ。なんとか自然に断らないと。

「いえ、折角ですのでわたしはもう少しここで植物を探してみようかと思います。本で見た面白い植物が、まだ他にもある気がするので……!」

わたしは、手のひらの草を握りしめながら言った。できるだけ明るく、自然に。

キース様に離宮へ送られるのを避けるために、とっさに思いついた言い訳だった。

彼も忙しいだろうから、これ以上こうしてわたしの相手をしている時間はないだろう。ましてや植物探しなんて、付き合えないというはずだもの。

「そうですか」

キース様は考えるような顔をする。

よし、これでうまくやり過ごせたはず。そう思っていたのだけれど。

彼はわずかに首を傾げながら、庭園をぐるりと見渡した。

「では、私もご一緒しましょう」

「えっ?」

思わず、素っ頓狂な声が出た。なんですって?

聞き間違いかな?

「王女殿下が単独で庭園を歩くのは危険です」

「えっ、でも、王宮の庭園ですし……」

こそこそと活動するために、あえてベルネたちにもついてこないように言ったのだ。

「何があるか分かりませんので」

キース様にきっぱりとした口調で言われる。

わたしは何か言い返そうとしたけれど、キース様の金色の瞳が静かにわたしを見ていた。

絶対に引かなそうな顔だ。そう思って、ハッとした。

(……そうだ。さっき侯爵から言われてた。わたしに近づくようにって)

放置されて孤立した王女。……わたしのことだもの。