軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 偽りを知る①

(マルグリット様、体調が悪そうだった。あれはただの夢? それとも……)

起きてからも、わたしは寝台の上でしばらく夢の余韻に浸っていた。

ぼんやりとした頭で、わたしはゆっくりと思考を巡らせる。

なぜ、第二妃様のことが夢に出たのだろう。

これまでほとんど接点のない。それでも、彼女の体調不良を暗示するかのような不吉な夢に、心臓が嫌な音を立てている。

(だってわたしは、『小説の中で彼女が果たす役割』を知っている……!)

物語の中で、ローラント兄様の母であるマルグリット妃は、流行病の蔓延とともに亡くなってしまう。

彼女の死はローラント兄様にとって大きな転機となり、その後の生き方を決定づける要因のひとつだった。

ローラント兄様は、小説の中では「母の死」をずっと抱えて生きていた。

彼が王宮の人々と距離を取り、ルーク兄様とも対立するようになったのは、『王妃が病の際に手厚く看病される一方で、第二妃は十分な治療を受けられなかったこと』に深く傷ついたからだ。

感染症の規模は大きく、その頃には全てのものが不足していた。

そのとき危篤状態だったマルグリット様は、治療を優先されなかったのだと作中でローラント兄様がヒロインのアデリナに語っていたっけ。

彼が王宮の中で孤立するようになったのも、いつまでもルーク兄様に引け目を感じていたのも、母を救えなかったことが原因だった。

その悲しみが、彼の人格を形作っていたのだ。

(マルグリット様の死を回避できれば、ローラント兄様の未来も、もっと穏やかになるのかもしれない)

ごくりとつばを呑む。

母を失ったローラント兄様とルーク兄様の対立。第一王子と第二王子が対立することで派閥が生まれ、アデリナも随分と苦労していたように思う。

この原因がわかれば、ローラント兄様があの暗く沈んだ未来へ進まずに済むかもしれない。ルーク兄様とも、不仲にならずに済んだら、もっと嬉しい。

(お兄様たちがハッピーになるなら、そっちの方が絶対いいに決まってる!)

わたしはぎゅっと拳を握った。

わたしはこの世界の未来をある程度知っている。自分以外だけど。

だったら、無駄にはしたくない。

(まずは、確かめないと……!)

この夢は虫の知らせかなにかなのかな?

夢の中でマグリット様がいた庭園へ行ってみよう。何か、手がかりがあるかもしれない!

そう決意し、わたしは夢に導かれるように静かにベッドを降りた。

朝靄がゆっくりと晴れ、王宮の庭園には清涼な風が吹いていた。

わたしは、静かに息を整えながら足を進める。

――夢の中で見た場所。そこに行けば、何か分かるかもしれない。

(ええと、マルグリット様たちがいた場所は……)

西側の庭園は、王宮の中でも比較的人目につきにくい場所にある。

離宮に住んでいるわたしは滅多に訪れたことがないが、小説の中では確かに第二妃様がローラント兄様とお茶をしていた場所だった。

(何か手がかりがあればいいけれど)

夢はやけに鮮明で、ただの偶然であればそれでもいい。だからこそ確かめなければいけないという気持ちが強かった。

「よし、あとちょっと」

この渡り廊下を曲がれば、庭園だ。わたしはその方向に足を踏み入れた。

――その時だった。

「……君にはもっと上手くやってもらわねば困るな、キース」

突然、低い声が氷のように冷たく響く。

咄嗟に、わたしは近くの植え込みの陰に身を隠した。

(キース様って言った? キース様と誰かがそこにいるの?)

わたしは葉陰に身を伏せ、心臓が喉元で鳴っているのを感じながら耳を澄ませる。

コツコツと足音が近づいてくる。

曲がり角の所で立ち止まった二人分の足音に、わたしは茂みからそっとその様子を窺った。

(……! この御方は。キース様のお父様だわ)

すぐそこに、ヴィンターハルター侯爵が立っていた。

豪奢な金糸の刺繍が縁取る、深いワインレッドの礼服が鮮やかだ。

細かな模様が施された純白の手袋、細いフレームの眼鏡越しに鋭く光る金色の瞳。艶やかな黒髪にはひとつの乱れもなく撫でつけられ、威厳と品格がいや増して見える。

彼は、美しく整った唇をうっすらと吊り上げ、キース様を冷たく見下ろしていた。

「努力はしているつもりです」

「その努力が足りない、と言っている」

低く、柔らかい声音が、氷のように冷たく響く。

キース様は表情を変えず、ただじっと侯爵の言葉を受け止めている。

まるで人形のような、感情のない無機質な顔――わたしがこれまで、何度も見た表情だ。

侯爵の金色の瞳が冷ややかに細められた。

「王家との関係は順調か?」

「ルーク殿下とは変わらず親しくさせていただいております」

「まあ、そうだな。そちらは悪くはない。……リリーベル王女とはどうだ?」

わたしの名前が出た瞬間、胸がざわめいた。

「……適度な距離を保っています」

キース様の声は、どこか無機質だ。

「話によると、家庭教師のまねごとをしているそうだな?」

「……はい」

「最近はルーク殿下もあの王女を気にかけているようだな。離宮の改修工事や侍女たちの総入れ替えなど。お前も関わっているのだろう? キース」

「私もいくつか進言しました。これまでは無関心だったようですが、王女殿下が危篤となり、態度を改めたようです」

「ふん、そうだな。死なれてはこちらも困る。お前が救い出したのは上出来だった」

「……」

侯爵とキース様の会話に、わたしの心臓は変な音を立てる。

「もっとリリーベル王女に深く取り入るように。王家が動く前に、こちらが優位に立っていなければ意味がない。あの王女は立場こそ微妙だが、利用価値はあるからな」

心臓が一瞬、氷の刃に刺されたように冷えた。

利用価値。取り入る。

わたしの頭が一瞬、理解を拒んだ。

(キース様は……命令されて、わたしに近づいていたの?)