作品タイトル不明
994 王竜人
黄金の魔力を身に纏うトリスメギストスが、階段を下りきる。
彼の放つ魔力によって、周囲が照らし出される。
「……!」
「ふむ。今日は少ないか?」
少ない? これで?
階段を下った先に広がるのは、恐ろしく広い地下室だった。暗視を持った俺たちであっても、突き当りが見えない。
多分、100メートルや200メートルでは済まない広さがあるだろう。これ程広い空間があの丘の中に存在しているとは思えないし、空間が歪んでいるかもしれない。
この場所には神の力が関係しているわけだし、1キロや2キロくらいの広さがあってもおかしくはなかった。
そんな地下世界には、フランが息を呑んでしまうほどの無数の抗魔が群れを成している。
しかも、どの個体も強い。脅威度CやBクラスの上級抗魔だけが、数百匹も群れているのである。
美味そうな魔力を放つトリスメギストスに気づいたのか、その敵意が一斉にこちらを向いた。それだけで、フランやウルシ、フレデリックでさえ硬直するほどの、悍ましいまでの食欲と殺意である。
だが、敵意を一身に受けるトリスメギストスは、動じない。ここまでと全く同じ、散歩にでも行くかのような軽い足取りで、部屋へとスタスタと入っていくのだ。
なるほど、普通の精神じゃない。頼もしいとかそういう気持ちよりも、異常性に対する違和感の方が強かった。
これもまた、トリスメギストスの怪物性の一端なのだろう。
「嬢ちゃん、絶対に部屋には入るなよ」
「ここにいれば、抗魔は襲ってこない」
階段と部屋は、結界のようなもので遮られているらしく、抗魔はこちらに入ってこないようだった。
ある意味、最高の特等席という訳だ。
地下室への侵入者を発見した抗魔たちが、動き出す。腕の大きな抗魔、下半身が馬のような抗魔、顔が複数ある抗魔。どいつもこいつも、特殊個体だ。
俺たちが戦うなら、せいぜい三体まで。消耗を考えずに本気を出しても、一〇体は相手取れないだろう。
いくらトリスメギストスが強いと言っても、この抗魔たちをどうやって相手にするつもりだ? 数が少ない部分を狙って、突破するのだろうか?
しかし、トリスメギストスの実力は、俺の想像をはるかに超えるものであった。
「神竜化」
突っ込んでくる抗魔たちを見つめながらトリスメギストスが小さく呟くと、フランたちが思わず目を閉じてしまうほどの凄まじい閃光が放たれる。
フランたちが目を開いた時には、すでにその変化は終わっていた。
背には翼が生え、額や腕、足、首などを金色の鱗が覆っている。角や爪は伸び、瞳孔が竜のように縦長だ。
そして、何よりも目立つのは、さらに輝きを増した黄金の魔力だろう。階段では膜のように体を覆うだけだったのが、今や猛り狂う炎のように全身から噴き上がっている。
『神竜化! やっぱり使えたか!』
「……強い」
「クゥン」
『ああ。正直、これほどとは……』
黄金の竜人は翼で大きく空を打つと、一瞬で加速した。じっくりと観察していたはずの俺やフランですら、完全にその姿を見失うほどの速度だ。
気づいたら、100メートル先にいた。そうとしか言いようがないのだ。
もし敵対しているのが俺たちだったら、フランもウルシも、気づいたら首を刎ねられているだろう。
魔力の大きさだけでも、過去最強クラスである。亜神化を使ったウィーナレーンと比べても、遜色はないのだ。
さすがに亜神化+前借り中の、超強化されたウィーナレーンには及ばない。ただ、トリスメギストスにはまだ余裕が感じられた。ここからさらに強化されることがあれば、本気のウィーナレーンと並ぶ。
つまり、世界でも最強クラスの実力者ということになるのである。
「竜炎渦」
トリスメギストスが腕を振ると炎が渦巻き、何体もの抗魔を灰に変えていく。
「竜氷鎖」
今度は氷だ。金の竜人の全身から放たれた白い霧が広範囲を包み込むと、抗魔が凍り付いて砕け散っていく。
魔術というよりはスキルか? 竜人というのはそれぞれに得意な属性があり、特化している印象だったのだが……。
トリスメギストスは様々な属性を使いこなしていた。炎と氷だけではなく、風や雷の攻撃も見せているのだ。
そもそも、金色の竜人という時点で、属性が分からんな。神属性とも違っている。
「トリスメギストスは、何竜人? 金だから、雷? 光?」
「ああ、金鱗の竜人は、王族にしか生まれない特別な属性を持っている。上位の属性たる竜気を宿しているんだ」
「竜気?」
「王気や万能属性などと呼ばれる、上位の魔力だ。全ての属性を内包している、神にも通ずると言われる王の証だな。あえて言うなら、王竜人や金竜人とでもいう存在だ」
金の竜人は、複数の属性を併せ持った特別な存在であるらしい。だから、あれだけ様々な能力を使えるんだろう。
それに加え、剣術の冴えも凄まじい。トリスメギストスは一瞬も止まることなく、高速で動き回りながら抗魔を斬り捨てていった。
間断なく放たれる属性攻撃と剣術により、上級抗魔がただの雑魚として葬られていく。
その動きを見つめるフランは、真剣な表情であった。突き抜けた化け物であっても、何かを得ようとしている。
いずれ、追いつけると信じているからだ。地獄を覗き込んでいる時でも、フランはフランなんだな。
「すごい……」
『だな』