作品タイトル不明
936 ほろ酔いランクS
大宴会が盛況のうちに終了した翌朝。
ギルドの宿泊施設から訓練場に降りていくと、そこでは冒険者たちが死屍累々と横たわっていた。
「くしゃい」
フランが鼻を押さえながら、顔をしかめる。
『酒の匂いがすげーな』
フランが寝室へと退散した後も、酒盛りが続いていたのだろう。あいつとか、どうやったら三点倒立状態のまま寝てられんだ?
しかも、まだ酒盛りをしている連中がいた。その中心にいるのは、神剣持ちの冒険者イザリオだ。
「飲め飲め!」
「うははははは!」
「られられれらっれ!」
「何言ってるか分かんねーよ!」
「ぎゃはははは!」
すげーな。足元には酒瓶が30本近く転がっているが、イザリオが泥酔している様子はない。他の冒険者たちがつぶれる寸前なのに、ほろ酔いくらいだろう。
これがランクS冒険者の実力? 強くなっても酒で酔うって聞いてたけど、ステータスが上がるとアルコール分解能力が上がるのか?
酒を呷って馬鹿笑いするその姿は、居酒屋で管を巻く中年リーマンにしか見えん。転生前の部署にいた上司を思い出すね。
周囲の冒険者はイザリオに気づいていないようだ。マントの効果だろう。まあ、泥酔していて人の判別ができてないだけかもしれないけど。
というか、「万全の状態で依頼に挑む」とか言ってなかったか? どう見ても、万全には見えんのだが。
フランもそう思ったのか、トコトコとイザリオたちに近づいていった。
「ねぇ」
「おお! 肉の嬢ちゃんか!」
イザリオにまで『肉の嬢ちゃん』で認知されたぁ! だが、フランは気にした様子もない。むしろどや顔? 肉という素晴らしい存在を司る者に対する、尊称的な意味合いだと思っているのかもしれない。
「万全な状態で依頼にいくから、模擬戦ダメって言ってた」
「おう! 言ってたね!」
「万全なの?」
怒っているというよりは、純粋に疑問なんだろう。酒を飲まないフランは、酔った状態っていうのがイマイチ分かっていないからね。
「そうだぜ? 俺はちょっと酔ってる方が力が出るんだよ! だから今のこの状態が万全なんだなぁ!」
「なるほど」
嘘! 嘘だから! 完全に酒飲みの戯言だから! 信じないで! イザリオ……完全にダメおやじだった! どこがランクS冒険者の中では優等生だ!
「嬢ちゃんも一杯どう?」
「ふむ」
フラン! ふむじゃない!
「お酒、美味しいの?」
「そりゃぁ美味いぞ! 飲んだことないのか? だったら、人生の9割損してるとおじさんは思うね!」
普通、人生の半分とか言わない? 9割って、どんだけだ!
『ダメだからなっ!』
「……ちょっとだけなら」
『ダメだ! ダメダメ!』
「うはははは! 飲んどけ飲んどけ! 俺なんか、5つの時には酒の味を覚えてたぞ!」
『くっ! この飲んだくれめ!』
フランの視線が、イザリオの差し出したコップと俺の間で揺れる。食いしん坊のフランは、酒に興味があるんだろう。それに、冒険者と言えば酒だ。
きっと、理想の冒険者になるためにも、酒を飲めるようになりたいと思っているに違いない。だが、やはりダメだ!
酒しか飲むものがない状況ならともかく、今のフランに酒の味を覚えさせるわけにはいかん。これで気に入って、晩酌するようになっちゃったらどうするんだ!
こうなったら念動という強硬手段に出るしかないか? 俺がそう悩み始めた、その時であった。
「おい! てめぇがイザリオだな!」
「おん? どちらさんだい?」
「俺はランクC冒険者のズバルブ!」
「モーリー!」
「ワズクレン!」
「てめぇをぶっ倒して、名を上げる! 覚悟しろやぁ!」
喧嘩腰だったので模擬戦の申し込みかと思ったら、問答無用で武器を抜き放った。功名目当ての跳ねっ返りだったらしい。
ランクS冒険者に勝てば確かに有名になれるだろうが、いくら何でも無謀じゃないか?
仲間二人は明らかにランクDクラスだし、とても神剣持ちに勝てるとは思えない。だが、こいつらにも一応は勝算があったらしい。
「いくらランクSでも、酔った状態で俺様に勝てるかよ! これはもらったぜぇ!」
確かにイザリオは顔が赤いし、明らかに酔っている。だが、それが勝算になるか?
突如始まった戦いに、訓練場では歓声が上がる。イザリオの助けに入るどころか、この戦いを肴に飲み始めていた。
薄情というよりは、イザリオが負けるだなんて誰も考えていないのだろう。
「イザリオの旦那、いつの間にいた?」
「おめぇら、一緒に呑んでたじゃねーか」
「あー、あれって旦那だったか」
「酔ってたせいで気づかなかったぜ!」
「素面だって、お前に旦那の変装が見破れるかよ!」
「ちげぇねぇ!」
フランも壁際に下がって、お手並み拝見するようだ。
『あの斧使い。まあまあ強いな』
(ん。動きは悪くない)
魔術や斥候系の能力はないが、武器を使った戦闘能力はそこそこ。あと、脳筋かと思いきや、直感や看破系のスキルも持っている。このスキルでイザリオのマントの隠蔽効果を見破ったのだろう。
雄叫びと共に斬りかかってきたズバルブの斧を、ゆらりと躱すイザリオ。肩を竦めて、首を振る。
「やれやれ、せっかく楽しく飲んでたっていうのに。いきなりだねぇ? 今謝るんなら、なかったことにしてやるぞ?」
「けっ。斬りかかられてもヘラヘラ笑ってる腰抜けがランクSかよ! 死の大陸とか言われてても、所詮は辺境か!」
「はぁ。随分といきり立っちゃって……。仕方ない。俺だけならともかく、他の冒険者を馬鹿にされて逃げる訳にもいかんからねぇ。相手をしてあげようか」
イザリオはあくまでもヘラヘラとした笑みを崩さず、ズバルブに向かって指をチョイチョイと動かした。
「きな」
「すかしてんじゃねぇぇ!」
期せずしてランクS冒険者の戦闘が見られそうだった。