作品タイトル不明
816 歌姫
敵の本隊と思われていた、赤角騎士と黒い抗魔たち。赤角騎士は脅威度C相当。黒い抗魔たちは脅威度Dの下位。
それが何千といるのだ。
この軍勢だけで、小国なら滅んでしまうレベルである。
しかし、抗魔たちにとってはこれでもまだ、本気ではなかったらしい。
「グルウウゥゥゥ……!」
「グラァァ!」
地の底から響くような唸り声とともに現れたのは、全身真っ赤な、竜のような姿の抗魔であった。
獣を模した抗魔、牙獣型の上位種だろう。
フォルムは翼を持たない地竜に似ているが、その体はより細く、しなやかだ。地竜に猫科の獣の良い部分を足したという感じだろう。
抗魔としては珍しく、感情が読み取れる。明らかに怒りの表情だ。
それとも、竜の姿を真似するために、感情があるように見せているだけか?
どちらにせよ、凄まじい迫力だ。
体長3メートルほどの、この世界の獣としては決して大きいとは言い難いその体からは、本物の竜と勘違いしてしまいそうな存在感が放たれている。
牙獣型は、この大群にはほとんど参加していなかった。序盤の、下級抗魔たちに交ざっていた程度だ。
やはり密集した陣形において、人型の抗魔と連携を取るのが難しいからだろう。
実際、他の場所でも牙獣型は、同種の群れや、少数の混成で現れることが多かった。
周囲の抗魔たちが僅かに後退し、距離を取る。遠巻きにこちらを囲み、赤い竜たちを迂回するように動き始めた。
フランたちの相手を赤い竜たちに任せ、他の抗魔は後衛を襲うつもりであるらしい。
数の優位をわざわざ捨てたのだ。そこまでしてでも出てきたということは――。
「ガアアアァァ!」
「赤い角の騎士より、はやい!」
この抗魔の大群でも、とびっきり強い切り札という事なのだろう。
そんな赤い小竜が5匹。フランたちの前に立ちふさがっていた。
消えるほどの速度で飛び掛かってきた赤い獣を、フランが剣で弾き飛ばす。しかし、相手にダメージはない。
フランが本気で振るった俺を、その牙で受け止めやがったのだ。フランのパワーで弾かれたように見えたが、実際は赤い竜が自分で跳んだだけである。
それぞれ、フォルムや特徴が微妙に違っている。多分、能力にも差があるだろう。似ているだけで、戦闘方法などが全く違うという可能性さえあった。どう考えても特殊個体だ。
「フラン、1匹は任せなさい!」
「竜人の誇りにかけて、紛い物には負けぬ!」
「熊の俺が竜を倒すだなんて、考えただけでワクワクしてきやすねぇ!」
「騎士が守りだけではなく、攻めも得手であるということを証明してみせましょう!」
残った4匹には、それぞれの代表者たちが向かっていく。単純に強さだけで選べば、竜人の副長や、コルベルトでもいいんだが……。
彼らは大人しく他の抗魔への対処に回る。4人それぞれが、誇りを持って前に出たのだ。ここは、彼らに譲ったのだろう。
他の者たちは、左右から迂回しつつ迫ってくる抗魔の相手だ。こいつらだって、弱くはない。
なにせ、先程までフランたちと激戦を繰りひろげていた、赤角騎士や黒抗魔たちなのだ。
「フランたちが、赤い竜に集中できるように、こっちは俺たちだけでやるぞ!」
「任せておけ!」
コルベルトの言葉に、コゾンが自信満々に言い返す。ここで弱気を見せることが、仲間たちのメンタルに与える影響を分かっているんだろう。
「皆さん。私の力を本気で使います。しばらく動けませんから――任せますよ?」
「私の傍にいればいいわ。私もちょっと本気で歌うから、動けないし」
「オン!」
「狼さん、よろしくお願いしますね」
あっちの守りは、ウルシとソフィの部下たちに任せるしかないだろう。それにしても、さっきまでソフィもツァルッタも本気じゃなかったんだな。
となると、さらに凄まじい効果が? どうなるのか、ちょっと怖いぜ。
俺がそう思った直後、再びソフィが演奏を始めた。
「魔楽奏・死せる勇士への葬送」
ソフィの歌声が戦場を包み込む。
先程よりもより悲壮で、抒情的だ。第一声を聞いただけで、無い胸が締め付けられるように感じた。
望郷の念や、亡き友人への想い。そんな、心淋しさに似た、強い寂寞。酒でも入ってたら涙が止まらないかもしれないな。
曲名の通り、それは葬送の詩なんだろう。過去の英霊たちの力が百人隊の面々に宿り、力を貸そうとしている。そんな風に思えてしまった。
効果も驚異的だ。先程も凄まじいと感じたが、今回はそれ以上だ。
段々と、胸を締め付ける苦しさが消え、安心感と自信が湧いてくるのが分かった。そうなのだ。この歌、俺にまで効果があるのである。これは有り難い。
「傷が、塞がる……!」
『それだけじゃない。魔力も少しずつ回復しているぞ』
《能力値上昇。回復力の増加。能力行使の補助。精神高揚効果が認められます》
ステータスが上昇し、生命力と魔力がリジェネ状態で、スキルや魔術を発動しやすくなり、精神が高揚して戦闘に集中しやすくなる。
先程の能力増加も残っているのに、さらにこれだ。
《ただし、戦闘後に反動が出る可能性98%》
『反動って、大丈夫か?』
《命の危険はないと思われます》
なら、仕方ないか。むしろこれだけの効果を得られて、多少の反動がない方がおかしいだろう。
「はあああぁ!」
「ギャアルオオォ!」
おっと、戦闘後の心配ばかりしていられないな。
「とっととこいつを斬る!」
『ああ、やってやろう!』
ソフィの歌の効果だろう。相手がどれだけ強くとも、負ける気がしなかった。