作品タイトル不明
797 墓地にて
思い出の家で静かに涙を流したフランだったが、しばらくすると落ち着いて来たらしい。
『大丈夫か?』
「ん。ありがと」
目元をグシグシと擦ると、家の中を見て回り始めた。
抗魔によって破壊されたのだろうか? もしくはその後、盗賊などに荒らされたのかもしれない。食器や装飾品はおろか、まともな遺品は残っていなかった。
だが、フランは何か思い出したらしい。部屋の隅に歩み寄ると、草をかき分けて元床下の土を掘り始めた。
手が汚れることも気にせず、掘り続けること十数秒。フランが土の中から何かを拾い上げる。
「これ……」
『マグカップか……?』
「ん。誕生日に、貰ったカップ」
中央で真っ二つに割れた、かつては白かったであろうマグカップだ。今は土まみれだが、水魔術で洗うと白い地肌が露わになる。黒い渦巻きのような模様が、小さく入っているのも見えた。
それは、5歳の誕生日に両親から贈られたプレゼントであったらしい。
幼い日のフランはこのマグカップがお気に入りで、水でもお茶でも、何でもこれで飲んでいたそうだ。
しかし、ある日不注意で割ってしまう。怒られることを恐れたフランは床板を外し、土の中に埋めて隠したのだという。
そのお陰で、これだけはここに残されていたのだ。
『どっかで直そうか? それくらいなら、きっとくっつくぞ』
「ほんと?」
『ああ』
「ん! 直す! どんなことをしても直す!」
ようやく笑ったな。やっぱり、悲しんでいる姿はフランに似合わないのだ。
「次は、お墓探す」
『アマンダは、墓を作ったって言ってたもんな』
「ん!」
お墓は、元々あった共同墓地の片隅に作ったと言っていたはずだ。
『墓地はどっちだ』
「……あっち」
完全に村にいた頃の記憶が甦ったらしい。迷いのない足取りで歩き出す。
何かを吹っ切ったのだろう。
カステルに足を踏み入れた時のような、迷いのある表情ではなかった。
「あそこ、お墓」
言われてみると、朽ちかけた木の柵の残骸が草の間から顔を覗かせ、村とその先の広場を隔てているように思える。
草の海を割りながら進んだその先には、確かに墓地が存在していた。
だが、おかしくないか?
『なんでここだけ草が生えていないんだ?』
「誰かが草むしりした?」
『いや、そんな訳……』
待てよ。ここに人が住んでいないとは言え、誰も来られない訳ではないんだ。ならば、かつての住人が定期的に草むしりに来ているってことは考えられるか?
せめて墓地だけでも綺麗にしたいと考えたのかもしれない。
『まあ、これでお墓を探しやすいんだし、いいんじゃないか?』
「ん」
墓地の中を歩き回って、確信する。やはり誰かが手入れをしているようだった。
草だけではない。墓石の汚れも掃除されていたのだ。苔むすどころか、汚れすら僅かである。
それこそ、ここ数日以内に掃除をしたかのようだ。この近辺の村や町を探せば、カステルの生き残りがいるのかもしれない。
フランは少しの間キョロキョロとしていたんだが、すぐに目的のものを発見したらしい。
「あれ……」
『ああ、確かに他とは違ってるな』
「ん」
アマンダが自作したと言っていたが、その墓は明らかに他の物とは作りが違っていた。
専用の石材をプロが削った綺麗な墓石ではなく、そこらに落ちていたちょうどいいサイズの石を素人が削ったと分かるような、粗削りな墓石だったのだ。
だが、細かく何度も削ったと思しき表面を観れば、最大限丁寧に作ったのだと分かる。作り手の苦労と、想いが伝わってくるようであった。
その墓石を確認すると、確かに『キナン』『フラメア』と彫られていた。間違いなく、フランの両親のお墓である。
「お父さん、お母さん」
『……』
「オン……」
「……」
俺たちは暫し黙祷を捧げた。
フランの親父さん、お袋さん。俺は師匠っていいます。フランの相棒です。俺なんかじゃ心配かも知れませんが、この身に代えてもフランを守り続けてみせます。どうか、天国からフランを見守っていてやってください。
数分後。フランが天を仰ぐ。そして、大きく頷いた。
「……ん。終わった」
『もういいのか?』
「ん。これで、お別れは済んだから」
フランが納得したのであれば、俺はそれでいい。
ここに来てよかった。改めて、フランを守るという決意を誓うことができたのだ。
「お墓、掃除する」
『そうだな。草むしりもしていこう』
「ん」
仕事はあまり多くないが、こういうのは何かをやったという事実が重要だからな。
周辺の雑草をむしった後、水魔術を使ってフランの両親の墓を綺麗にしていく。
そうして、お墓の掃除が終わった直後であった。不意にフランが動きを止める。フランだけではない。ウルシも同様だ。
「む?」
「オンオン!」
『今のは――』
俺にも感じ取れたぞ。明らかに人の気配だ。
周囲を探ってみる。すると、この近くから微かに人の気配を感じ取ることができた。
無人だと決めつけていたが、そうではなかったらしい。
さらに気配を探ってみると、墓地の隣にある家屋の中に、人がいるようだった。
この廃村に住んでいるのか? それとも、何らかの理由によって逃げ込んだとか? ただ、俺たちにここまで気付かれずに隠れていたということは、相当な手練れである。
何らかの理由で隠形が一瞬だけ乱れなければ、気付かずにカステルを後にしていたかもしれない。
『どうする? 相手がどんな奴かも分からんが』
味方とは限らない。盗賊に堕ちた元冒険者や、犯罪組織の構成員である可能性も捨てきれないのだ。
しかし、フランはその気配に向かって歩き出す。
(カステルの情報が聞けるかもしれない)
『わかった。ただ、慎重に行くぞ。ウルシはいつでも影から攻撃できるように、準備をしてくれ』
(オン!)
さて、隠れているのはどんな奴なのだろうか?