作品タイトル不明
720 シビュラ戦、決着
(師匠。いこう)
『おう!』
混沌殺しの力を纏った俺を構えたフランが、シビュラに向かって吶喊した。
「はああぁぁ!」
「こいやぁぁぁ!」
足を狙った一撃と見せかけて、途中で変化した剣筋が、剣道の面打ちのようにシビュラの頭を狙う。
速さや鋭さはさっきと変わっていない。だが、握られている俺が、全く違う。
加護から引き出した、凶悪な力を放っているのだ。
俺の刃がシビュラの頭部に吸い込まれ、断ち割――らなかった。
「ちぃぃ!」
シビュラが咄嗟に俺を躱そうと、必死な様子で身を捩ったのだ。これまで大した回避行動をとろうとしなかった、あのシビュラが、である。
そのまま、シビュラの左肩口に俺の刀身が叩き込まれた。
先程までなら、浅く切り裂いて終わりであっただろう。
だが、今回はそうはならなかった。
「馬鹿なっ!」
「やった!」
『おう!』
シビュラの左腕が宙を舞い、傷口から血が噴き出す。この試合で最大のダメージだ。
失った腕が、肩からジワジワとゆっくり再生を始める。しかし、先程と違って明らかに再生速度が鈍かった。
「何が……その、剣か!」
『畳みかけるぞ!』
「ん! たぁぁ!」
「くっそ!」
試合が始まって以来初めて、シビュラが逃げに回っている。攻撃を捨てて、回避に集中したシビュラの動きは、まさに動物的であった。
当たると思った攻撃が、紙一重で躱されてしまう。痛みも感じていないようで、ダメージが蓄積しても動きに陰りは見えなかった。
それでも、ギアを全開にした俺とフランの攻撃を回避しきることは不可能だ。
「しっ!」
「なっ? 転移かっ!」
ここまで温存してきた転移を使い、シビュラの虚を突いてダメージを積み重ねていく。一撃必殺とはならずとも、確実に再生しない傷が増えてきていた。
『こいつはどうだ!』
「魔術まで妙な……!」
混沌の神の加護を、魔術に乗せるイメージで雷鳴魔術を放つ。あまりダメージは与えられないが、完全に無効化もされなかった。
シビュラの動きが一瞬だけ阻害され、フランの斬撃がその身を切り裂く。
このまま押し切れるか? そう考えた直後、フランが大きく飛びずさった。
「うるあああああああああああああああぁ!」
シビュラの全身から赤い魔力が溢れ出す。いや、赤いのは魔力の色だけではない。なんと、魔力と一緒に、血が噴き出していた。
赤い血と赤い魔力が混ざり合うことで、強烈な赤い輝きを放っている。
シビュラの周囲を赤い液体が舞う姿は、どこか神秘的だ。しかし、その美しさとは裏腹に、危機察知が最大の反応を示していた。
血だけではなく、シビュラ自身の姿も変化している。全身の筋肉が一回りほど肥大化し、牙と爪が目に見えて伸びている。目も、まるで爬虫類のように変化していた。
それは以前見た、半竜人にも似ている。もしかして、純粋な人間ではなかったのか?
ともかく、やばそうだ。
「食らい尽くせ!」
シビュラがそう叫ぶと、蠢く血が生き物のようにうねり、フランに襲いかかってきた。意思を持ったアメーバのような光景だ。
あれだけは絶対に食らってはいけない。
『フラン! 当たるなよ!』
「ん」
初撃を回避したことで、シビュラの血が舞台を直撃する。すると、その部分が溶けてなくなっていた。まるで、スライムにでも溶かされたかのようだ。
いや、シビュラの血には本当にそういう性質があるのか?
今度は鞭のように伸びて襲い掛かってきた血を、フランが斬り払う。さすがに、神属性を纏った俺が溶かされるほどではなかった。
しかし、耐久力がかなり削られている。このまま受け続けるのもまずい。
勝利を手繰り寄せたかと思ったら、こんな奥の手を持っていたとは。さすがだな!
『フラン、一気に決めよう。未知の攻撃に付き合ってたら、消耗がやばい』
(わかった)
コクリと頷いたフランが、俺を大きく振り上げた。俺はディメンジョンシフトと物理攻撃無効を使い、フランが準備する時間を稼ぐ。
すると、シビュラの攻撃がすぐに止んだ。諦めたのではない、今まで操っていた血を自らの周囲に集め、結界のように張り巡らせたのだ。
フランが勝負を決めようとしていると察し、それを防いでカウンターを決めようというのだろう。
「……」
「……」
フランもシビュラも、一言も発さずに、見つめ合う。両者の緊迫感に、決着の時が迫っていると理解したのだろう。観客も、息を呑んで二人を見守っている。
異様なほどの無音の中、俺とフランが動いた。軽く身を沈め、突進するかのように見せかける。しかし、これは誘いだ。
(師匠)
『了解だ!』
俺は幻像魔術を使用した。効果は、微かな音を遠隔で発生させる。ただそれだけ。
奥の手とも呼べない、稚拙なフェイントだ。ディアスなどに比べれば、下手くそもいいところだろう。
しかし、この試合初めて見せる幻像魔術に、シビュラが僅かに反応した。その隙を逃さず、俺たちは転移した。
背後を取られたシビュラが、こちらを振り向く。読まれていたのだろう。幻像魔術によって生まれた僅かな遅れにも慌てていない。
シビュラによって操られた周囲の赤い血が、フラン目がけて殺到してくるのが見えた。
だが、これもフェイントだ。
「黒雷転動っ!」
「!」
転移で背後を取っておきながら、さらに黒雷転動で頭上に移動。今度こそシビュラの反応を完全に遅らせることに成功した。
それでも、シビュラが血を頭上に集中させて厚みを増そうとする。だが、俺たちのほうが速いのだ。
「たぁぁぁぁ!」
『どりゃああぁ!』
フランの放つ天断が、今度こそシビュラの体を両断した。ギリギリ頭部は躱されたが、左肩口から入り、心臓を断ち、股間へと抜ける。
「が……」
シビュラの血がコントロールを失い、そのままバシャリと音をたてて舞台に落下した。遅れて、血の池の中にシビュラが倒れ伏す。
勝利? だが、俺もフランも臨戦態勢を解いてはいなかった。時の揺り籠が発動しない。つまり、あの状態でもシビュラは生きている。
「あ……が……」
シビュラが何かをしようとしているのが分かった。頭部とは切り離されているはずの、左腕が持ち上がる。どうやら血を媒介にして動かしているらしい。
『フラン!』
「ん!」
魔術を放とうと、俺とフランが狙いをつける。
その間にも、シビュラの左の手の平から魔力が――。
「ちっ」
だが、すぐにシビュラの動きが止まった。その姿が元の人間へと戻り、悔しげに呟く。
「私の、負けだ……」
直後、時の揺り籠が発動し、シビュラの体が光に包まれるのであった。