作品タイトル不明
710 コルベルトとヒルト
「コルベルト、だいじょぶ?」
「おお、フランか……」
医務室に入ると、頭に包帯を巻いたコルベルトがベッドに寝かされていた。声をかけると、普通に受け答えができている。
あの凄まじい頭突きを食らってどうなるかと思ったが、治癒魔術で助かったらしい。
ただ、頭蓋骨陥没に、落下時の骨折。さらに、シビュラに放った必殺の一撃の反動で体中の筋肉にダメージを負い、一時は危険であったようだ。
しょんぼりとした様子で項垂れている。
「負けちまったよ」
「ん。見てた」
「はぁ。奥の手でも決めきれなかった俺が悪いんだけどよ。倒すのは無理でも、場外には持っていけるかと思ったんだが……」
「あの突き、凄かった」
「そうか? 一応、デミトリス流を破門になってから編み出した、自己流の必殺技のつもりなんだが……」
「だが?」
「未完成なんだよ」
デミトリス流は、魔力放出を利用する流派だ。気を撃って攻撃する遠当てや、肉体に纏う強化等、その用法は多岐にわたる。
だが、デミトリス流を封じられたせいで、コルベルトは今まで当たり前にできていた気の運用が大幅にレベルダウンしてしまった。
それでも身に付いた魔力放出スキルなどは残っていたので、なんとかそれを違う方向に利用できないかと考えたという。
「依頼で、魔力放出で高速移動する魔獣とやりあってな。あいつらって、動きの気配を察知しにくいだろ?」
「ん」
基本、背後に魔力を放出して、加速して突進っていう使い方だからな。筋肉や、体の動きを見ていても中々事前には気付けないだろう。
「それで思いついたんだよ。魔力放出を上手く使えば、俺でも攻撃の起こりを消せるんじゃないかとな」
「それが、あれ?」
「ああ。だが、その前の溜めに時間がかかり過ぎる。今回みたいな試合で、しかもこっちの攻撃を待ってくれるような相手じゃないと当てられん。実戦投入にはまだまだ時間がかかるだろう。それに、攻撃力もな……」
「シビュラをぶっ飛ばしてた」
「あれじゃ、ただ速く殴っただけだ。攻撃の時に、魔力を流し込むのが俺の描く完成形だ」
「なるほど」
無拍子からの神速の一撃。しかも内部破壊で確実に仕留める。それがコルベルトの理想なのだろう。
「それなら……フランにもダメージが通るだろ?」
なるほど。コルベルトとしては、昨年俺たちの使っていた物理攻撃無効への対処法として考えていたらしい。
「デミトリス流は気の操作に特化している。遠距離にも武技、武術を行使できるというのは凄まじいメリットなんだが……。フランのアレは、拳だけでなく、気も無効化しちまう。そのせいで、デミトリス流の技が尽く意味をなさなかった。お嬢さんや師匠ならどうとでもするんだろうがな」
気と魔力はほぼ同じだが、微妙に違う点もある。体内の魔力が気。外部のものはそのまま魔力と呼ぶ。
何が違うと言われたら、俺やフランにはいまいち分からんが……。デミトリス流はその違いを明確にし、気を体外に放出することを基本にしているようだ。
遠距離に気を飛ばすことで、普通なら密着していなければ使えない拳技なども遠くに当てることができるらしい。気で作った拳を操作して攻撃するようなイメージか?
だが、俺たちの持つ物理攻撃無効化は、その気も弾いてしまう。そうでなくては、昨年コルベルトの気を使った様々な攻撃を完全に無効化できたことに説明がつかないのだ。
「だからこそ、気ではなく魔力をぶつけるつもりだったんだがなぁ……」
コルベルトが言う通り、あの距離で体内に魔力を放出されれば、物理無効も効かないだろう。ただ、未完成の言葉通り、コルベルトもまだ使いこなせていないようだ。背後への推進力で魔力を使い切ってしまったらしい。
「ま、そのうち完成した姿を見せてやるよ」
「ん。楽しみにしてる」
「おう――」
ドバアァァン!
コルベルトがニッと笑って頷いた瞬間だ。医務室の扉が、弾け飛ぶかと思うほどの勢いで開いた。
「コルベルト!」
「うぉ! ヒ、ヒルトお嬢さん?」
飛び込んできたのは、怖い顔をしたヒルトだ。ガン飛ばしと変わらないレベルの鋭い視線で、医務室の中を見回す。
「む、無事なようね」
敗北したコルベルトに怒っているのかと思ったら、焦って余裕がなかっただけであるらしい。フランと談笑するコルベルトを見つけて、明らかにホッとした様子を見せていた。
「あなたは、黒雷姫のフラン……。なぜここに?」
「お見舞い」
「そう。感謝するわ」
「なんでヒルトが感謝する?」
「え? そ、それは、元とは言え同門の人間ですもの! だ、だから、ちょっと手間だけど一応怪我の具合の確認しにきたの!」
「ふーん」
ヒルトがメッチャ焦っている。顔が真っ赤だし、分かりやす過ぎるんですけど。
だが、コルベルトはヒルトの気持ちに全く気付いていないようだ。
「お嬢さん、手間かけさせてすみません」
「あ……。そ、そうよ! まったく! あんな無名の傭兵に負けるなんて! 鍛錬が足りてない証拠よ!」
「はは、手厳しい」
「ま、また、私が鍛えてあげてもいいわよ?」
これ、遠回しにデミトリス流に戻ってきてほしいって言ってるよね? だが、コルベルトは鈍感系主人公だったらしい。
「俺は破門された身ですから。おめおめと戻るわけにはいきませんよ」
「~!」
ヒルトは悔し気だ。自分の意図を読み取ってくれないコルベルトと、素直になれない自分自身。どちらに対しても苛立ちがあるんだろう。
これだけ分かりやすいのに、よく気付かないなコルベルト。まあ、自分の思い込みって、周りからなにか言われても中々気付けるものでもないよね。俺も昔やってたゲームの中なんかでは、思い込みのせいで失敗した経験がある。
多分コルベルトの中では、ヒルトは自分に手厳しい師匠の跡継ぎ。自分に惚れるなんてありえない。そう思い込んでいるのだろう。
「もういいわ! フラン、必ず勝つから!」
ヒルトはそれだけ言い放って、嵐のように去っていった。最後にフランに向けた視線には、凄まじい敵意が籠っていたのだ。コルベルトが破門される切っ掛けになったうえに、今は自分の恋路を実らせるために絶対に勝たないといけない相手だからな。戦うことになったら、あれ以上に気合が入っていることだろう。
「あー、なんかお嬢さんが済まんな」
負けるわけにはいかないんだけど、陰ながら応援したくなるぜ。