軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

692 ディアスとの賭け

ケイトリーをダンジョンに連れていくという依頼を達成した翌日から、フランはそれなりに忙しく過ごしていた。

有名人と言うだけあって、様々な誘いや依頼が舞い込んでくるのだ。

貴族からの接触はギルドに断ってもらうとしても、中には断り切れないお願いや、フランが受けたがるような依頼もあった。

断れないお願いというのは、エルザからのお誘いである。それも、食事やお喋りといったものではなく、美容液の使用感についての聞き取りであった。

美容やお洒落は、フランにとっては全く興味がないモノだ。美容液と言われても、何故か夜に肌に塗らなきゃいけない、面倒なものでしかない。エルザがくれた物で、俺が塗るのに積極的だからなんとか従っているだけだろう。

そんなフランに使用感と言われてもね? まともな回答ができるはずがない。「分からない」とか「面倒」という感想しか出てこないフランに、エルザも苦笑しっぱなしであった。

それに、魔術学院で女生徒相手に配ったりしてしまったのだ。素直に謝ったらエルザは笑って許してくれたけどね。そんなに人気であると聞いて、むしろ大喜びであった。

しかも、別れ際にまた大量に美容液をくれるのだから、まじで良い人過ぎるだろう。

なんだかんだ言いつつも全部なくなるくらい使っているんだから、言うほど嫌いじゃないのだろうと思ったらしい。エルザを騙しているようで心苦しいんだが……。

エルザになら俺のことをバラシてしまってもいい気がするが、タイミングがないんだよね。

フランは美容液を受け取りながら、苦い表情でお礼を言っていた。

いや、最初は突っぱねたんだけど、エルザがあまりにも悲しい顔をしたので受け取らざるを得なかったのだ。フランに気を使わせるとは、エルザ恐るべしである。

いつか、どこかでお礼ができればいいんだけどな。

そしてフランが喜ぶ依頼というのが、料理人やレストランなどから出されていた新作料理の試食依頼である。

バルボラに遅れること数ヶ月。ウルムットにも本格的にやってきたカレーブームの波に乗り、多くの料理人がカレー料理を試し、その完成度を高めようと試行錯誤をしていた。

前きた時もカレー料理は伝わっていたし、それなりに流行ってはいたが、今回は空前の大ブームである。料理屋全部でカレー料理を出してるんじゃないかっていうレベルなのだ。多分、武闘大会に合わせて多くの料理人がカレーを準備してきたのだろう。

そこに現れたのが、カレーを生み出したカレー師匠の弟子であるフランだ。

カレーの流行とともにフランの情報もウルムットの料理人たちに伝えられたらしく、いくつもの試食依頼がフランを指名して出されていた。

いや、最初は1件だけだったのだ。だが、料理人がフランの辛辣な意見に涙しながらも改良を加えた結果、そのカレー料理が劇的に美味しくなったのである。

その評判はあっという間に広まり、大量の試食依頼がフランに対して出されるということになっていた。

カレー料理を食べて、意見を少し言って、少なくないお金をもらう。最高の依頼である。

しかも、ランクB冒険者であるフランに依頼を出そうというのは、それなりにお金を稼いでいる有名店ばかりだ。実力のある料理人ばかりなので、ハズレ料理も少なかった。

まあ、チャレンジ精神が行き過ぎて、ちょいとばかりフランの口に合わない料理もあったけどね。

ただ、問題がないわけではなかった。

料理人たちがフランのことを密かに『カレー姫』とか『香辛姫』とか呼んでいたのだ。カレー師匠の弟子の黒雷姫ということらしい。

俺が恐れているのは、フランがその異名を気に入りかねないということだった。せっかく黒雷姫というカッコイイ異名があるのに、自分でカレー姫なんて名乗り出したらどうする?

それだけは阻止せねばならん。

料理人たちもこの呼び方が冒険者に好まれないということは理解しているようで、幸いにも面と向かっては呼んでこない。フランの耳に入らないように気を付けることは難しくはなかった。

時おり、間違えてカレー姫と呼びそうになる奴がいるが、その場合は念動を使って物理的に口を塞がせてもらう。

ああ、そんな風に言うと物騒に聞こえるが、念動で口を覆って、一時的に喋れないようにするだけだぞ?

そんな感じでカレーの伝道師として頑張ること数日。

俺たちの泊まる宿に、冒険者ギルドからの使いが訪れていた。なんでもディアスから話があるらしい。

『さて、どんな話なんだろうな?』

「ん」

レイドス王国のスパイ疑惑があるシビュラたちに関してだろうか?

彼女たちを刺激しないように、不用意な接触はしないでほしいとギルドから頼まれていた。それ故、フランはシビュラたちには一切近づいていない。監視は専らウルシ任せである。

彼女らに何か動きがあったのかもしれない。

もしくは、デミトリスがウルムットに到着したか? デミトリスがやってきたら、紹介してほしいと頼んであったのだ。

かなり気難しい相手であるようだが、ギルドマスターからの紹介があれば、話くらいは聞いてもらえるだろう。多分。

しかし、ディアスの話というのは、そのどちらでもなかった。

「ゼロスリードのことで、話がある」

「……わかった」

真剣な顔をするディアスを前に、フランも表情を引き締める。さて、どんな話だろうか?

無表情なディアスの表情からは、その心の内は読み取れない。

「……フラン君は先日の話の中で、ゼロスリードの命を預かったと。そう言っていたね?」

「ん」

ディアスが言っているのは、ゼロスリードに土下座をされた時のことだろう。命をフランに預ける代わりに、自分が死んだらロミオをバルボラの孤児院に連れていってほしい。そんな約束である。

正直、もう有耶無耶になったと言ってもいい約束だろう。ゼロスリードは死なず、ロミオとともに魔術学院で匿われている。

フランも、今さらその約束を盾にしてゼロスリードに何かを求めることはしないはずだ。だが、その約束がフランとゼロスリードの間で交わされたことは確かである。

また、フランがゼロスリードを見逃す経緯をディアスに説明した時、その約束を語ったのも確かだ。フラン自身は自分の気持ちに気付いていないかもしれないが、ゼロスリードの命は自分の預かりだから余計な真似はするな。ディアスに対し、そんな思いが僅かにはあったのだと思う。

そして、ディアスにその想いは確かに伝わっていた。伝わっていたからこそ、ディアスはこんなことを言い出したのだろうからな。

「僕と賭けをしよう。フラン君が勝てば、もう復讐は諦めることにする。恨みは消せないけど、この想いは墓場まで持っていく。僕がゼロスリードに手を出すことは生涯ない。その代わり、僕が勝ったら君はゼロスリードの居場所を僕に教える。どうだい?」

ディアスの顔は笑っているが、俺には苦悶の表情に思えた。何故そう感じたのかは、俺自身にも分からないが……。

「……賭けの内容は?」

「今度の武闘大会で、僕とフラン君、勝った方が賭けの勝ちってのはどうかな?」

「ディアスが出るの?」

「別に、ギルドマスターが出場しちゃいけないなんていう規約、どこにもないからね」

『だが、ディアスとフランが絶対に対戦するかどうか、分からないだろ?』

それともギルドマスター権限でそのくらいは融通が利くのだろうか? そう思ったが、違っていた。

「出場順は本選出場者からランダムで決めるから、僕にもどうしようもできない。だからさ、途中でどちらかが負けて対戦そのものが実現しなければ、賭けは君の勝ちでいいよ?」

「いいの?」

「ああ、その時は、それが運命なのだと思って、諦めよう」

随分とこちらに都合がいい賭けだ。それだけ自信がある? それとも負ける前提? 分からんな。

ディアスが本気で探そうと思えば、ゼロスリードを見付けるのは実は難しくはない。冒険者ギルドの記録を探せば、フランがどこを旅してきたのかなんてすぐにわかるのだ。

それをせずに、わざわざ賭けね……。

『もしその賭けを受けなかったら?』

「その時は、自力でゼロスリードを探すさ」

「……。分かった。その賭けに乗る」

『フラン、それでいいのか?』

「ん。ディアスの気持ちも、分かる。モヤモヤがずっとあるのは、つらい」

フランがどこかディアスを気遣う表情だ。ディアスがそんなフランに対し、深く頭を下げた。

「ありがとう。感謝するよ」

そう言って微笑むディアスの顔は、どこかほっとしているように見えた。