軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

606 ゼライセの死

「神属性……なんて、ずるい……よ……」

磔にされた聖人のように、両手を左右に開いた格好のゼライセは、大量の血をゴポゴポと吐き出しつつ、背中から湖面へと落下していく。

だが、俺は違和感を覚えていた。心臓狙いで放った俺の斬撃が、左肩から右脇に抜ける途中で硬い物とぶつかった感触があったのだ。

俺が普通の剣だったら、背骨や肋骨に引っかかったのかと思うだろう。だが、今放たれたのはフランが繰り出した必殺の一撃だぞ?

骨どころか、多少硬い金属程度なら豆腐のように斬り裂けるはずだった。今の俺が硬いと感じるほどの強度を持った何かが、ゼライセの中に在ったということだ。

実は似た感触に覚えがあった。クランゼル王国の王都の事件の時である。

疑似狂信剣が刺さった者を斬った時と、全く同じなのだ。だが、ゼライセに疑似狂信剣が刺さっているわけが――。

「……これで、終わりかぁ……」

バシャンという音を立てて、ゼライセの体が湖に落下した。その体から流れ出る血が、湖面を赤く染め上げる。

それに、流れ出ているのは血液だけではない。その身の内にある、生命力までもが湖に溶けだし、失われていくように思えた。

ゼライセの目から光と熱が失われ、存在感が急速に薄れていく。

「あは……さよなら……――」

生命力が完全に失われる最後の瞬間。ゼライセが微笑んだ。直後、その肉体が内側から膨張し、一瞬で数倍に膨れ上がる。

その勢いのままに、ゼライセの遺体が体内から紫色の霧を噴き出した。いや、体内からではないな。ゼライセの遺体その物が霧状に変異し、四散したのだ。

ブシュウォオォォォォォォォ!

『やべっ!』

危険察知がガンガンと警鐘を鳴らしているが、それがなくとも見れば分かる。アレは絶対に触れてはいけないものだ。

『ただでは死なないか!』

俺とウルシは大慌てで転移を使って距離を取る。百メートル以上は離れたが、未だ危険察知が反応している。それも仕方ないだろう。俺たちとゼライセが落ちた場所の中間ほどにいた水鳥が、もがき苦しんで死ぬのが見えた。

『取り敢えず風で抑える!』

俺は風魔術で広範囲を囲い、そのまま圧縮するように風の壁を狭めていく。何とか全ての毒霧を風魔術で封じることに成功したようだ。少なくとも、紫色の禍々しい霧は、視認できる範囲にはない。

空気中、水中に溶け込んでしまった分はどうしようもないが、危機察知はもうほとんど反応していないので、問題はないだろう。

最後は、俺が毒吸収スキルで全てを食らいつくして終わりだ。吸血鬼のように体を毒霧に変化させるようなスキルだったとしても、全て吸収し尽くされてしまえば復活もできないだろう。

『って、シエラは大丈夫だったか?』

「あそこ」

『おー、無事か』

シエラもいつの間にか距離を取っている。毒に侵された様子もなかった。ゼライセの最後っ屁も、無駄に終わったようだな。

「……勝った?」

「オン?」

フランとウルシは、どこか納得いっていない様子だ。俺も同じ気持ちであった。

『これで、終わりなのか?』

確かに、会心の一刀だった。それこそ、格上相手でも一発逆転を狙える自信がある攻撃であったのだ。

だが、こんなあっさりと勝ててしまうのか?

相手は、あのゼライセだぞ? リッチに代表される格上の強敵たちとは違う意味で、油断のできない相手だったはずだ。

正直、あの攻撃でさえ、躱されてしまうかもしれないと、心の底では思っていた。

それなのに――。

だが、俺たちは確実に目撃した。ゼライセが生命力を失って、死亡する瞬間を。ゼライセの顔が、体が、手足が崩れ、紫の霧と化すその瞬間を。そして、その霧が俺に喰らい尽くされる瞬間を。

確実に、ゼライセは死に、肉体は消滅した。

釈然としないのはフランやウルシも同じらしく、その顔には純粋な喜び以外の感情があった。だが、あの状況で生き延びているはずもない。

納得できないままに、俺たちはゼライセの死を認めるしかなかった。

俺たちがその場で立ち尽くしていると、シエラがこちらに近づいてくる。

「……ゼライセを、仕留めたのか……?」

「ん」

「そうか……。助かった」

シエラが頭を下げたことに、軽く驚きを覚える。まさか、こうも素直に礼を言われるとは思ってもいなかったのだ。むしろ「余計な真似をするな」とか「俺の獲物だったのに」的な事を言われると思っていたからな。

シエラがそれだけ、ゼライセを倒したかったということなんだろう。

シエラは未だに弱い邪気を放つ漆黒の剣を、腰の鞘に戻す。フランの目は、その剣に吸い寄せられていた。

「ねぇ、その剣は……だいじょぶなの?」

先程まで発していた凄まじい邪気に、スキルを打ち消す能力。フランでなくとも、気になるだろう。

フランのあまり具体的ではない問いかけに対して。シエラは頷きを返す。

「問題ない。俺が扱う限り、害はない」

「そう」

「あ、ああ」

その言葉にあっさりと頷いたフランに、シエラが驚きの顔をしていた。多分、もっと追及されると思っていたのだろう。

冒険者同士の場合、他人の使っている曰くありげな武器の出自や、入手先をしつこく聞くことはマナー違反である。

だが、シエラが本当に制御できているかどうとかいう点は、もっと突っ込まれてもおかしくはなかった。

大量の邪気を放つ強力な剣などという存在、放置すれば周囲に大きな被害が出かねない問題だからだ。

しかし、フランはそれ以上何かを突っ込んで聞くこともなく、納得した。それに拍子抜けしたらしい。

まあ、フランは俺でトンデモソードに慣れているからね。自由意思があり、邪神の欠片が封印され、他にも色々と秘密が満載だ。

それに比べたら、ちょっと邪気が凄いくらいは許容範囲なのだろう。

肩透かしを食らって微妙な顔をしているシエラに、フランが問いかけた。

「ゼライセのこと知ってた?」

「あ、ああ。少し因縁がな……」

どうやら、「お前には関係ない」と突っぱねられたりはしないようだ。