軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

541 視線

「もぐもぐ!」

「ガフガフ!」

『うまいか?』

「ん!」

レディブルーの探検から戻ってきたフランたちは、現在は宿で夕食の真っ最中である。

料金は特に追加で払ったりしたわけではないのに、普通にウルシの食事まで出してくれた。

内容は動物用とかじゃなくて、普通に塩分たっぷりの、フランと同じメニューだった。

古き日本のおかんよろしく動物の健康など気遣わないスタイルなのか、ウルシを強力な魔獣と見抜いてあえて同じ食事を出しているのか、微妙なところだ。

食事のメニューは小麦と芋を練って作ったニョッキのようなパスタにチーズを絡めた物と、挽肉の入ったトマトスープ。あとはパンと、スコッチエッグ、サラダである。

ウルシの分は、大きめの深皿に一緒に入れられ、猫まんま状態だが。いや、これだけ色々混ざっていると、もう猫まんまでもないか。

見た目は非常に悪いんだが、ウルシは美味しそうに食べている。意外と合う組み合わせのものばかりだったらしい。

「……ふむ」

ああ、フランは混ぜたりするなって! お行儀悪いから! そんな羨ましそうな目でウルシを見るなってば。確かに美味しそうに見えるかもしれないが!

「儂の料理はどうじゃね?」

「おいしい!」

「オン!」

「そりゃあよかった。足りなければ言いんしゃい。まだたっぷりあるでね」

その後、一切遠慮せずに三度もおかわりをしたフランに、お婆さんは嫌な顔一つせずに対応してくれた。むしろ嬉しそうに特盛で出してくれた程だ。

それにしても、こんな食べていいの? 追加料金を払うべきか? 多分、フランとウルシで10人分くらい食べたと思うが……。

だが、お婆さんはフランとウルシの暴食を気にした様子もない。フランたちをニコニコと笑いながら見ているその姿は、孫を猫かわいがりする祖母にしか見えなかった。

「いやー、ええ食べっぷりだがね」

「美味しかった」

「そうかいそうかい。食後に薬草茶はどうかねぇ?」

「もらう」

「ほいほい」

かなり苦そうな深緑色のお茶なんだが、フランは美味しそうに飲んでいる。むしろ好きっぽいな。

フランはお茶を飲みながら、巨大な古樹を見上げる。まあ見上げるって言っても、その視線は天井で遮られているが。

しばらくの間、静かに樹を見つめていたフランが、不意に口を開く。

「ねえ、この木には精霊が宿ってるの?」

「そうだで。緑樹の精霊様だでな」

「どうしてそんな木の周りに宿を作った?」

「語ると少々長くなるんじゃが――」

お婆さんが自己申告通り、メチャメチャ長い説明をしてくれた。途中でフランが飽きかけたのを、念動で椅子に縛り付け、こっそり甘いお菓子を収納から出して与えつつ、なんとか聞き終える。

簡単にまとめると、元々ここには精霊が宿る木があった。それこそ、現在では樹齢は3000年を超えるそうだ。だが、1500年ほど前は精霊が宿る木とは思われず、単なる不思議な魔樹と認識されていたらしい。そして、当時この辺に住んでいた錬金術師や薬師によって樹液や枝葉、樹皮を無理に採取されて、弱ってしまっていた。

それを救ったのがこの宿の創業者であるエルフと、そのエルフに相談されたウィーナレーンである。

やり方は単純で、この場所を買い取り、誰も精霊樹にちょっかいをかけられないように周囲を囲ったのである。宿屋にしたのは、樹に宿る精霊が人を観察するのが好きだったかららしい。

結果、精霊が認めた人間だけを泊める、一風変わった宿屋になったのだという。それから1500年が経ち、今では創業者の孫であるお婆さんが切り盛りしているそうだ。1500年も続くのにまだ3代目って……。さすが長寿のエルフだ。

「じゃあ、私も精霊に認められた?」

「そうだで。そもそも、精霊様が認めなくては、宿の中には入れんよ」

そうだったのか。俺たちには精霊を感じ取れないから、全然分からなかった。やはり精霊って不思議な存在だよな。

それに改めてその恐ろしさも理解できた。もし攻撃能力を持っている精霊がこちらを狙っていたとしても、どこまで感知できるか分からないのだ。

多分、攻撃を仕掛けてくればさすがに分かるが、精霊が息を潜めてジッとしていれば発見することは不可能に近いだろう。

その後、フランたちは食事のお礼を言って、部屋に戻った。その際も、ずっとキョロキョロと周囲を見回している。

まあ、気持ちは分かるけどね。

『精霊を探してるのか?』

「ん! 見たい!」

「オン!」

三階にある部屋に戻るまでに、精霊樹の枝の間や、小さい洞を覗き込んだりしている。だが、決して手は触れない。傷付けるなと言われているからだろう。

ただ、そんなことで精霊を発見できるはずもなく、結局諦めることになるのであった。

フランもウルシも、残念そうに床に就く。最近のフランたちは、一緒のベッドで眠るのが日課になっている。ウルシが小型になれるようになったことで、問題なくなったのだ。

ウルシはフランの両手両足でガッチリホールドされ、完全に抱き枕状態になっている。苦しくないのだろうか? いや、ウルシの寝顔は幸せそうだ。フランも気持ち良さげに寝息を立てているし、どちらも満足げであった。

そんな2人の寝顔を観察していたら、フランが急に眼を見開いた。俺の気配が邪魔だったか?

だが、ベッドから飛び起きたフランの視線は俺ではなく、何故か部屋の入口の方を向いている。

『ど、どうしたフラン』

「オン?」

フランが突然身を起こしたことでベッドから転げ落ちていたウルシも、事態が理解できずに首を傾げている。

「……視線を感じた」

『視線? ウルシは感じたか?』

「オン……」

「気がする」

フランにしては随分と曖昧だ。

変な夢でも見たか? 俺もウルシも感じ取れていないんだが……。スキルを全力で使って気配や魔力を探ってみたが、俺たちとお婆さん以外の気配を宿の内外で感じ取ることはできなかった。

無論、小さい虫などの気配はあるが、その気配を感じた程度でフランの目が覚めるとも考えづらい。例えば、虫の目を通じて遠くを見るような魔術やスキルがあったとしても、その残滓は間違いなく感じ取れるはずなのだ。宿の中にはそれさえなかった。

『もしかしたら精霊かもな。人を観察するのが好きって言ってたし』

「なるほど」

その後はフランにも俺たちにも、気配を感じることはできなかった。まあ、精霊が相手だしな。感じることはかなり難しいだろう。

結局、フランは再びベッドに横になる。

「……おやすみ」

『おう。おやすみ』

「精霊……」

どうやらフランがぐっすり眠れるのはもう少し先になりそうだった。