軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

510 記念日

俺が目覚めてからおよそ一ヶ月が経過した。暦の上では2月の半ばを過ぎ、下旬へと差し掛かる。そんな時期だ。

そして今日は、俺たちにとって特別な日でもある。

『連携も十分だし、互いの能力も把握し合えた。スキルの検証も終わり、僅かに得た自己進化ポイントを割り振って新たなスキルも得た』

「ん」

『修業は明日で終わりだ』

台座の横で焚火を囲みながら食事をするフランたちに、俺はそう宣言する。

実際はこの平原で修業を続けていたいという気持ちはある。ここでこのまま、魔物を狩りながら力を付ける。

だが、それではいけない。俺だけならともかく、フランの望みはここで長々と修業をしていても叶わない。そもそも、魔境に引き籠ったままというのはフランの教育上よくないだろう。人の中で色々な人と接することが、子供には必要なはずだ。

『アマンダも、今日まで付き合ってもらってありがとうな?』

「ありがとう」

「オン!」

「いいのよ。私たちの仲じゃない。それに楽しかったし、私自身の修業にもなったから」

実際、アマンダはレベルも上がったし、スキルのレベルもいくつか上がっている。それでも多忙なはずのランクA冒険者が、報酬も固辞して、最低でも週1回はこの場所にやって来てくれていたのだ。

大きな借りができたと言えよう。まあ、アマンダは本気で気にするなと言っているだろうから、俺たちが勝手に借りたつもりでいるだけだが。

「アリステアも、色々と助かった」

「なに、狂信剣の情報料代わりだ。それに、師匠を診るだけでもアタシにとっちゃ他じゃ得られない経験なんだ」

『でも、本当に代金もいらないのか?』

「なに、材料はアマンダが全部集めて来たものだし、気にしなくていい」

ウルシの爪と首輪は、アマンダがアリステアに依頼して作ってくれたらしい。フランだけではなく、ウルシもきっと強くなるからと、頼んだそうだ。

「うふ。ウルシも頑張っているからね」

「オン!」

考えてみりゃ、ウルシが俺に召喚された時からの付き合いなんだよな。

「気になるなら例の依頼の件を頼む」

「ん」

『任せておいてくれ』

例の依頼とは、隣の国の魔術学院で依頼を受けるというやつだ。模擬戦の相手を探しているらしいが、他にも何か頼まれるかもしれないということだった。

ハイエルフの学院長はアリステアにとっては頭の上がらない相手らしく、ぜひ依頼を受けて欲しいということだった。

『……さて、そろそろ日付が変わったかな?』

「うん? そうだな」

俺の呟きを聞いたアリステアが、ローブの袂から懐中時計を取り出した。ちょっと欲しいんだけど、メチャクチャ高いらしい。

特にアリステア謹製の懐中時計にもなると、数百万でもきかない価値があるそうだ。

『さて、フラン。今日は何の日か分かるか?』

「ん?」

こりゃあ、分かってないな。まあ、ずっと魔境で修業三昧の日々だったわけだし、日付感覚もないのだろう。

『今日は、俺とフランが出会ってから、ちょうど1年目の記念日だ』

「おおー。もう?」

『ああ。あっという間だったがな』

半分は一緒にいられなかったが、それでも総計すれば半年近くはずっと近くにいた。悲しい時も、怒った時も、楽しい時も、嬉しい時も。恐ろしく濃い時間だった。

『……強くなったな』

「ん」

出会った時は、非力な奴隷の少女であったフラン。恐怖と激痛に耐え、強敵からも逃げずに戦い続け、目指していた種族の高みへと一直線に駆けあがった。

感慨深いものがある。フランもそうなのだろう。はにかんだ顔で、コクリと頷いていた。

ただ、フランを鑑定してみた俺は、あることに驚いた。

『え? フラン……の年齢が……。そう言えばいままで12歳のままだったもんな……』

なんと、昨日まで12歳だったフランの年齢が、13歳に変わっていたのだ。

「どうしたの師匠?」

『なあ、フランは自分の誕生日を覚えているか?』

「ん? ん……?」

覚えていないらしかった。だが、今日が偶然誕生日なんていう奇跡、ありえないよな? だとしたら、フランという名前を付け直したあの日が、新しい誕生日だと世界の理に認識されたのだろうか? 名無しからフランに戻ったあの日が。

『今日は俺とフランが出会った日ってだけじゃなく、フランの誕生日にもなった! 二重にめでたい記念日だ!』

「ん。めでたい」

『ふっふっふ。いいものを用意したぞ! なんだかわかるか?』

「いいもの……パンケーキ?」

『正解だ!』

「おおー」

俺の言葉を聞いたフランが、嬉しそうに手をパチパチ叩いている。

パンケーキは記念日の御馳走というイメージがあるようだった。カレーとはまた違う意味で、フランの大好物である。

『ふっふっふ。フランが寝ている間にこっそりと準備を進めてきた、スペシャルパンケーキの生地だ!』

「すぺしゃる!」

俺の言葉にフランの瞳が輝く。だがその期待、裏切りはしないのだ。

ここ一週間、アマンダに材料を買い揃えてもらい、密かに用意をしてきたのである。トッピング用のクリームなども準備万端で、あとはこの場でパンケーキを焼き上げれば完成だった。

『まずはフランの分だ! 今の俺なら同時に10個でも作れちゃうんだぜ!』

「師匠、すごい!」

『はっはー! だろう!』

火魔術で生み出した10個の火炎の上に、それぞれ10個のフライパンを載せ、そこに生地を流し込んでいく。見えない手が何十本もあるような光景だった。全て念動で行っているが、アナウンスさんの手助けがある今の俺なら楽勝なのだ。

〈全ての念動の出力、誤差の範囲内に収まっています〉

『よし! ここでこうだ!』

「師匠、かっこいい!」

『はっはっは!』

一斉にフライパンを振ってパンケーキを裏返した俺の妙技を見て、フランがさっき以上に高速で手を叩いている。その口の端から流れ落ちる涎、今だけは拭かないでいいぜ?

『これで完成だぁ!』

「おおおおおー!」

『パンケーキ10段タワー、トッピング20種お好み掛けだぁ!』

フランの前に置かれた大きめの皿の上に、パンケーキがドドドンと積み上げられていく。その上にはバターとメープルシロップだけがかけられていた。

それとは別皿に、ホイップクリームやチョコレートソース、ナッツ類や様々な種類のジャムなどを小分けにしたボウルを準備している。スプーンを使って、お好みでかけて食べてもらうのだ。

『どうだ!』

「すごい! 師匠、ちょーすごい! 食べていい?」

『おう! 召し上がれ!』

「ん! いただきます!」

フランはそう言って一番上のパンケーキを切り取ると、まずはそのまま口に入れた。

「もぐもぐ」

『どうだ?』

「ん!」

頷くだけだが、その満面の笑みを見れば評価が分かる。満点ということだろう。そのままフランが凄まじい勢いでパンケーキを腹に収めていく。それをニコニコとみていたアマンダが、ふと疑問を口にした。

「ねえフランちゃん?」

「もぐもぐ?」

「カレーって言うのと、パンケーキ。どっちが美味しい?」

「んー……?」

お? フランが食べる手を止めて首を傾げたぞ。

「カレーは元気が出る!」

「じゃあ、カレーの方が好きなの?」

「パンケーキは幸せ! どっちも美味しい。でも、違う美味しい」

フランはそう言って、再びパンケーキを食べすすめようとして――。

グー。

腹を鳴らした。パンケーキを大量に食べたのに? いや、カレーの話をしたせいだろう。その証拠に、フランが切なげに俺を見つめている。

「師匠……」

『はいはい。カレーも出してやるから。今日は特別だぞ?』

「ん!」

普段はあまり感情を顔に出さないフランが、俺の作った飯を食べてあれだけ良い笑顔になってくれるんだ。こんなに嬉しいことはない。フランがおデブにならないように、好きなだけ食べさせるわけにはいかんけど。たまにはいいよな?