作品タイトル不明
476 王都からの旅立ち
『よお……』
『またあんたか』
睡眠を必要としないはずの俺が、まるで夢を見ているかのような感覚に包まれている。もう何度目か分からないが、だんだん慣れてきたな。少なくとも取り乱さない程度にはこの状況を経験している。
場所は毎度おなじみ白い空間だった。そこに立っているのは、見覚えのある男性だ。銀髪のオールバックに、着流し風のローブを着込んだ、ガタイの良い男性である。
『そういえば月宴祭が近かったな』
王都でも毎年盛大な月宴祭が開かれると聞いたことがあるんだが、現在は緊急事態だ。今年は本当に簡単な儀式が行われるだけであるらしい。
『なあ、あんたは誰なんだ? 俺の中の謎の魂っていうのは、あんたなのか? 正体は? もしかしてフェンリルなのか?』
『悪いな。それはまた今度だ』
『次に会ったとき、教えてくれるって言ってなかったか?』
『誰のせいだと思ってるんだ……。ともかく少々状況が変わっちまってな。お前さんに俺の情報を与えるのが危険な状況だ。下手したら記憶が……』
『どういうことだ?』
『ともかく、今は俺の話を聞け』
『……わかった』
男の真剣な声色を聞いて、何か緊急の案件なのだと理解できた。
『それにしても、メチャクチャ疲れてるな?』
しかし、男性は以前出会ったときとは少しだけ様子が違っていた。あのときはもう少し覇気があるというか、気合の入った表情をしていたはずなんだが……。
今の男性は驚くほどに憔悴している。顔色が悪いし、目の下に酷いクマがあった。頬もこけたか?
『色々あるんだよ。それも含めて、お前さんに異常が起きている』
『なんだ?』
『自分でもわかっているだろうが、現在のお前さんは少々――いや、かなり危険な状態だ』
『あの、謎の声か?』
俺の中で、ひたすら喰らえと叫んでいた。天も地も、神も魔も、人も獣も、全て喰らって糧とせよ、だったかな?
『あれだけじゃない』
『他にも何かあるか?』
『多すぎるくらいにな。ただ、この場でそれを解決する力が俺にはない』
わざわざ姿を現してそれかよ。
『ともかく、用件を告げるぞ。20日以内に魔狼の平原に来い』
『……祭壇に行けばいいのか? 20日以内に?』
『その通りだ。その期間であれば、まだ月の魔力が満ちているからな』
月の魔力ね。月宴祭の時期に力を増すってことは、やはり銀月の女神の眷属なのだろうか? 男だし、女神本人ではないことはわかるんだが。
『そこで、今度こそ俺の正体を明かそう。それ以外にも色々とな』
『あ、ちょっと――』
男は言うだけ言って、姿を消してしまう。
そして、男の姿が虚空に溶けるのと同時に、俺の視界がクリアになった。白い空間が一瞬で消え去り、宿の部屋に戻っている。
というか俺は元々全く動いておらず、精神だけがあの白い空間に呼ばれている感じなのだろう。
『まったく! 毎回毎回、一方的なんだからな!』
とは言え、今度は重要な情報を聞いたぞ。
『魔狼の平原の祭壇か』
俺がこの世界で最初に目覚めた場所。やはりあそこに何か秘密があるのか。フランの修業のためだけではなく、俺自身にも魔狼の平原に行く意味ができたな。
「……師匠?」
『フラン、起こしちまったか?』
「……ん。何か、変だったから」
『実はな――』
俺は今あったことを全て語った。すでにフランにはファナティクスを共食いしたときの、謎の声やファナティクスについても全て教えてある。
かなり心配されたが、特に異変がないと言って宥めたんだけど……。
「早く平原に行く!」
まあ、こうなるよね。この後、宮廷医師長という人に挨拶に行く予定になっているんだが、それも無視しそうな勢いだ。
『まてまて、まだ20日あるんだ。今の俺たちならアレッサまで数日で移動できるし、魔狼の平原もそこまで大きくないんだ。焦らなくてもいい』
「でも、危険なんでしょ?」
『そう言われたが、一分一秒を争う事態だったら、もっと切羽詰まった言い方をするさ。それこそ、いますぐ祭壇に来いってな』
だから、急ぐ必要はあるが、焦る必要はないと思う。
『それに、お偉いさんへの挨拶はしておいた方がいいだろ?』
「……わかった」
何とか理解してくれたらしい。そう思ってたんだけどね……。いや、まさかあんなに素早く、宮廷医師たちとの食事を切り上げるとは思わなかった。一応、宮廷医師長とか、侍従みたいな偉い人もいて、フランの功績を褒めてくれていたんだが、ほぼほぼスルーだ。
多分、食事時間は30分くらいだったかな? あのフランが、食事を残すとは……。急ぐ理由を聞かれて「アレッサに行かないといけない」と告げたフランだったのだが、何故か妙に納得されてしまった。
どうも冒険者ギルドの密かな依頼を受け、レイドス王国への備えの人員としてアレッサに向かうと思われたらしい。まあ、怒らせるよりは勘違いしてくれている方がマシなんで、あえて誤解は解かなかったけど。
「師匠、アレッサにいく!」
『はいはい。わかったよ』
これはもう止まらないだろう。
「ウルシ、頑張って」
「オン!」
ウルシの足なら、無理をせずとも4日もあればアレッサに到着するだろう。だが、そのまま旅立ちとはならなかった。大手門の前でウルシの背にひらりと飛び乗ったフランの背に、声がかけられたのだ。
「フラン! ちょっと待ちなさい!」
「エリアンテ?」
「まったく、本当にあっさり行っちゃうんだから! 門に見張りを付けておいてよかったわ!」
どうやらギルドの人間を使って、フランが旅立とうとするのを見張っていたらしい。まあ、王都から外に出るまでに、列に並んだり手続きをしたりで少し時間がかかるからね。
エリアンテ以外にも、コルベルトやガルス、ベイルリーズ伯爵の姿まである。
「何か用?」
「あのねぇ……。はあ、まあいいわ。最後にきっちりお礼が言いたかっただけだから。今回は本当に助かった。王都の冒険者を代表して、お礼を言わせていただきます。ありがとう」
そう言って、エリアンテが深々と頭を下げると、他の人々も次々にフランの手を握り、頭を下げていった。
すると、何故か周囲からパチパチという音が上がり始める。それは、王都に出入りする兵士や冒険者、民間人たちが手を打ち鳴らす音だった。
「聖女様! 助けてくれてありがとうございました!」
「また来てね!」
「聖女さん! ありがとう!」
これだけ多くの人に旅立ちを祝福されるのは初めてじゃないか?
「フラン、また来なさい! いつでも歓迎するから!」
「また武具を見せに来い!」
「助かった!」
そんな祝福と声援と、惜しむ言葉を背に受けつつ、フランの指示でウルシが走り始める。素っ気ないが、照れ隠しだ。俺には分かる。口元に微かな笑みが浮かんでいるのが。
『色々あったが……。早く復興するといいな』
「ん」
『次は懐かしのアレッサか』
「楽しみ」
「オン!」
とは言え、実は半年も経ってないんだけどな。
「ウルシ、急ぐ!」
「オンオンオーン!」
『あああ、無理はするなよ』