作品タイトル不明
334 ミューレリアの過去
クイナの夢幻陣によって催眠状態となったヨハン。だが、この効果は長くは続かないらしい。早く聞きたいことを聞き出さねば。
「あなたの所属は――」
「ヨハン! 正気を取り戻せ!」
「副団長! ケダモノめ!」
「離せ畜生どもが!」
クイナがヨハンに質問をしようとしたのだが、その邪魔をしたのが他の騎士たちであった。彼らから見てもヨハンが操られているというのが分かったのだろう。大きな声で、クイナの妨害をしようとしている。
「うるさい」
「――!」
「――!」
フランの風魔術で音を遮断されてしまったが。全員が口をパクパクさせているが、声がこちらまで届くことはない。これでゆっくり情報を聞き出せるな。
「では改めて問いましょう。あなたの所属はどこですか?」
「バシャール王国」
「貴女とミューレリアの関係は?」
「ミューレリア殿は、我が国と、我が家の恩人だ」
「そこを詳しく聞かせてもらいましょう。ミューレリアについて、知っていることを話しなさい」
そして、ヨハンからミューレリアと彼らの関係を聞き出した。それは500年前のミューレリアの話でもあり、獣人国に伝わるものとは全く違った話であった。
500年前。ミューレリアは冒険者として有名になりつつあった。王族であることを誇りに思うあまり、少々高慢ではあるものの、そこまでねじ曲がった性格をしていたわけではないらしい。
むしろ、当時獣人国内で主流であった獣人至上主義と人間排斥に心を痛め、獣人の人間に対する差別意識をどうにかしたいとさえ考えていたのだとか。ただ、王族とは言え冒険者をやっている彼女にそこまでの影響力はない。そこで、彼女は人間とパーティを組み、少しでもイメージを改善しようと試みた。
その後、彼女は運命の出会いを果たす。なんと、同じパーティの人間と恋に落ちたのだ。しかし当時の獣人国において獣人の王女と、奴隷以下の扱いを受けていた人間の恋など許されるはずがない。
それでも諦めきれない彼女は、周囲の人間や国の在り方そのものを変えようと決心した。冒険者を辞め、王宮へと戻ったのだ。確かな地位を得て、発言力を持つために。
しかし、人間の恋人がいるミューレリアへの風当たりは厳しかった。獣人の誇りを失った。人間にのぼせ上がった愚か者。その程度の言葉ならましで、売女、堕ちた王女、人間に股を開いたクズなどといった、心無い批判に晒され続けることとなる。ミューレリアに同調する獣人は皆無と言って良かった。
挙句、獣王家の恥さらしとして、王らによって彼女と恋人は引き離されてしまう。それだけではなかった。ミューレリアの未練を断ち切らせるため、恋人に人間の女性奴隷を宛がい、無理やり子を作らせたのだ。ミューレリアの目の前で。
恋人はミューレリアを盾に脅され、従うしかなかったらしい。元々、人間へと理不尽な行いを続ける全ての獣人たちに対して怒りを抱いていたミューレリアだったが、恋人を奪われた後それは深い憎悪へと変わっていったようだ。この世に存在する価値が無いとまで言いきっていたらしい。
この直後だ。ミューレリアが邪神と接触を果たしたのは。当時は王家が封印の管理を行っていたらしいのだが、彼女は獣人国を滅ぼすためにその封印を解いたのである。しかし、長年封印に囚われ続けていたせいで、邪神はすぐに復活を果たすことはできなかった。かわりに邪神はミューレリアに力を与えて、自らの為に魂を集めるよう命令したのだ。
ミューレリアには邪術を扱う才能があったらしく、邪神の力を得ても理性を失って暴走するようなことはなかったらしい。ミューレリアは邪神を復活させるため、そして復讐を果たすため、動き出す。最初に行ったことは、獣王家の支配だった。やり方は、簡単だ。邪神の力で操ってしまえばいい。
そして権力を手に入れた彼女は、邪人の力を手に入れた黒猫族たちを使って、人間排斥派を次々と弾圧し、粛清していった。憎むべき獣人を虐殺しつつ、邪神へ魂を捧げることもできる、一石二鳥の作戦だ。だが、それでも国内で人間差別主義がなくなることはない。むしろ人間擁護を無理やり推し進めるミューレリアへの反発から、人間への風当たりは日に日に強くなっていった。
その頃には恋人たちにも頻繁に暗殺者が送り込まれるようになる。ミューレリアを狂わせた大罪人だと言われていたからだ。ミューレリアは恋人も、女奴隷も、その2人の間に生まれたばかりの子供も手元に置いて保護していた。
しかし、日に日に激しくなる暗殺攻勢に、遂にミューレリアは彼らを逃す決心をする。逃がす先は隣国バシャール王国。人間至上主義の国だ。だが、獣王家の関係者とも言える彼らが受け入れられるか分からない。そこでミューレリアは恋人たちにある機密情報を持たせる。それは、ミューレリアに従わない南部の大領主たちによる、バシャール王国への侵略戦争の詳細な情報だ。
当時はバシャール王国の版図は現在の半分以下で、攻勢を強める獣人国に対して防戦一方であった。しかも先年の戦争で大敗を喫しており、もう一度獣人国が侵略を行えば、防ぐことは困難な情勢だったのだ。
そこにもたらされた侵略軍の詳細な情報である。疑いつつもその情報をもとに防戦を行い、バシャール王国はなんとか命運を繋ぐことに成功する。この時、侵略軍の背後をミューレリアの率いる邪人と化した黒猫族が襲った事も、勝利を決定づける要因の一つであっただろう。
これで大量の魂を捧げて邪神を復活させ、獣人たちを一掃して恋人を取り戻せる。そう考えていた矢先だった。神罰により、ミューレリアたちが命を落としたのは。
結局、恋人たちはバシャール王国で一生を過ごすこととなる。恋人は女奴隷が生んだ子を跡継ぎとしてマグノリア家を興し、女奴隷はなんと当時のバシャール王の愛妾となったらしい。
つまり、バシャール王家の王子と、マグノリア家の跡取りが父親違いの兄弟になったわけだ。王家の庇護を受けたマグノリア家はその後も名を残し続け、現在では多くの武人を輩出する名家として知られていた。
「なんだその話は……全く知らんぞ」
ヨハンの話を聞き終わったメアが、難しい顔で考え込んでいる。勿論、邪神を復活させようとした罪人であることに変わりはないが、最初から性格が破綻していたわけではなかったのだ。この話が確かであればだが。
「ミューレリアは、邪神復活をもくろんでいるのか?」
「わからない」
「ミューレリアは黒猫族の楽園を作ると言っていたが、なぜだ? 今の話を聞いた限り、黒猫族に対しても憎悪を抱いていたはずだが……」
メアの呟きにヨハンが無感情な声で答える。
「邪神の力で500年前の黒猫族の魂を呼び戻し、永遠の責め苦を与えるつもりらしい。そして、そいつらの力を使って他の獣人どもを滅ぼすのだと言っていた」
ミューレリアに関する話はマグノリア家やバシャール王家に伝わっていたらしい。それ故、彼はミューレリアに対して祖先の恩を返すべく、付き従っていた。国王らがリンフォードやミューレリアとの同盟を決断したのも、その伝承が大きいのだ。
それだけではなく、今回の獣人国への侵攻は、実はバシャール王国にとって領土獲得以上にある意味があるのだという。
近年、獣人国に軍事力で大きく水を開けられ、軽い小競り合いさえできなくなっていた。そのせいで平和になりつつあると誤解されがちだが、内実は違っている。国内では獣人排斥派が地下組織化し、多くの貴族がそういった秘密結社の会員となっていたのだ。
結果として、陰から獣人に対する憎悪を煽るような輩が増え、国内で獣人排斥運動が静かに広まりつつあった。このままでは内戦や暴動に発展する可能性がある。しかし、ガス抜きの為に獣人国に戦争を仕掛ければ、滅ぼされる恐れもあった。現在の獣王が穏健派とは言え、バシャールの指導者たちは基本的に獣人を信じ切ることは出来ないのだろう。
だが、リンフォードの誘いに乗ったら? 戦争に勝利し、長年の悲願である獣人国の植民地化を達成できる可能性さえあった。負けたとしても、秘密結社に属する過激派たちを前線に送って処分できる。また、獣人のミューレリアによって邪神の力を使われ、操られていたと言えば言い訳にもなる。賠償は免れないとしても、国が亡ぶような事態にはならないだろう。なんとその提案をしたのが、他でもないミューレリアであるらしい。
「全ての責任を自分に被せれば、獣人国も強くは出れないはずだと」
「それが、国を2度救ってもらった恩という訳か……」
「そのとおりだ」
この場にいる騎士たちはマグノリア家に所属する者でも特に愛国心が強い者たちであり、ミューレリアに深い恩義と憧憬を感じているらしい。国からは監視役という役目を与えられているが、内実はミューレリアの護衛であるのだった。
「たとえ邪人相手であろうとも、我らは恩義を忘れない」
それにしても厄介だな。別に、相手にも正義や事情があるとかそんなことはどうでもいい。そもそも、自分なりの正義を持たない者なんかいない。今まで俺たちが斬り捨ててきた敵にだって、全員自分なりの正義と戦う理由があっただろう。ただ、それが俺たちと相容れなかっただけだ。今さらそんなことで悩むのであれば、そもそも戦いに身を置いてなどいない。
だいたい今の話がどこまで本当かも分からないしな。結局、ミューレリアに好意的なバシャール王国と、否定的な獣人国では語られる話が違うのは当然なのだ。どちらも話半分で聞かないといけないだろう。まあ、情報が破棄されずに残っているバシャール王国の方が、正確な可能性は高いとは思うが。
厄介だと感じたのは、ミューレリアの動機の部分である。これは俺の前世の経験から感じたことだが、女の恋愛に関する恨みつらみ程恐ろしい物はないのだ。30歳童貞が何を言ってるんだって? いや、俺は恋愛経験は少ないけど、職場や学校で散々見てきたのである。
好きな男子がその子が好きという理由だけで仲良かった相手をリンチする女子。20歳も年下の新入社員に優しくされて舞い上がった挙句、フラれたことを逆恨みして当てつけるように目の前で自殺を図るお局様。彼氏の浮気相手のストーカーになった末にそのペットの猫を惨殺する同僚。本当に恐ろしい。しかも彼女たちの共通点として、それだけ猟奇的なことをしているにもかかわらず、表面上はにこやかでいつも通りなのだ。
ミューレリアも表面上は平静に見えて、どこでどう破滅的な行動をとるか分からなかった。普通の女性なら往来で包丁を振り回す程度だが、ミューレリアだったら? ダンジョンを暴走させたり、邪神を復活させたりできてしまう。
それに、妄執や怨念といった感情を抱く相手は、最後まで諦めることを知らない。負の感情を糧に、どこまでも突っ走る。しかも今は邪神の巫女となり、その精神がどこまで狂っているかも分からない。その点でも厄介なのだった。