軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1216 邪竜

「あれ、バルボラ?」

『ああ。間違いない』

ここはレイドス王国から遠く離れた、バルボラの地であった。あり得ないほどの超長距離を、転移したらしい。

「ビスコット! ビスコットッ!」

クリッカの悲鳴に、振り返る。周囲には、俺たち以外の人影もあった。

クリッカ、シビュラ、赤騎士、村人たち、ウルシ。あの場にいた味方は全員揃い、敵の姿はない。

そして、邪気に包まれた全身が、ボロボロと崩れ始めているビスコットの姿もそこにはあった。

邪神の欠片が何かしたのは間違いないが、やはりどうにもならなかったのか? というか、アヴェンジャーみたいに取り込んだのかと思ったが、違っているらしい。

ビスコットの下半身はすでに崩れ落ち、草原に上半身だけで寝転がっている。クリッカがビスコットの名前を呼びながらポーションを振りかけているが、体の崩壊を止めることはできなかった。

周囲に、集まっている皆が、悲痛な表情でビスコットを見守る。

村人たちにも、彼が体を張って自分たちを守ってくれたのだと伝わっているのだ。そして、彼がもう助からないということも――。

そんな中、ビスコットが引き攣った笑みを浮かべながら、口を開く。

「俺は……守れた、よな……?」

「ええ。ええ! あなたのお陰で、みんな無事ですわ」

「クリッカ姉ちゃん……泣くなよ……」

「ないでばぜん!」

「最期くらい……かっこつけさせろよ……。おれ、頑張っただろ……?」

号泣するクリッカの横から、子供たちが顔をのぞかせる。

「おじちゃん! ありがとう!」

「あいあとう!」

「かっこよかったぜ!」

「超強いんだな!」

ビスコットが、一番欲しかった言葉だろう。子供同士、通じ合ったのか? 無理やり笑顔を作って、ビスコットを褒めたたえる子供たち。

それを見て、ビスコットが心の底から嬉しそうに笑った。

「はは……そうだろ……?」

「ん。ビスコット。かっこよかった」

「フラン……そうか……」

シビュラたちはその光景を静かに見守っている。だが、このまま静かにビスコットを見送るという終わりにはならなかった。

「! ビスコット!」

「くぅぅぅ……」

クリッカの悲鳴が響く中、ビスコットの体から再び邪気が漏れ出し始めたのだ。苦悶の表情を浮かべるビスコット。

シビュラが慌てて手を伸ばすが、邪気に弾かれてしまう。

皆がビスコットの無事を祈る中、邪気はさらに勢いを増し、ビスコットの肉体を漆黒の球体が包み込んだ。漆黒の卵のようにも見える。

これだけ強烈な邪気であるというのに、周囲には驚くほど影響がない。僅かな風も無ければ、中てられて邪気酔いになる者もいないのだ。

永久に思えるほどの数秒が過ぎ、邪気の卵にヒビが入る。そうとしか言いようがない光景だった。

邪気の球体の表面にいくつもの割れ目ができ、そこから黒い光が漏れ出している。

まるで、何かが生まれ出ようとしているかのような、不思議な光景だ。忌避されるべき邪気であるというのに、神々しささえ感じられた。

そして、邪気の卵が砕け散る。あれだけ濃密な邪気だったというのに、幻であったかのように綺麗さっぱり消え去り――。

「キュゥ?」

『は?』

「?」

俺とフランだけじゃない。その場にいる全員の頭に、疑問符が浮かんでいることだろう。

そりゃあ、卵みたいだって思ったよ? でも、それは比喩であって、本当に卵だとは思っていなかった。いなかったんだが――。

「ドラゴン?」

フランが呟いた通り、そこにはドラゴンがいた。ビスコットの姿が消え、その代わりに小型のドラゴンが座っている。

邪気をそのまま鱗として纏ったかのような、角先から尻尾の先まで全てが漆黒のドラゴンだ。色以外は、どこにでもいる普通のドラゴンだろう。いや、ドラゴンはどこにでもはいないが。

邪気の中から生まれたんだが、不思議なことに邪気はほとんど感じない。邪気は、中に押し込められているようだった。

「キュオォ!」

顔は意外に可愛く、クリッとした目で周囲の人間たちを見上げている。

「どういう、ことだい?」

「わ、私にも何が起きたのか……。ビ、ビスコット、なのでしょうか?」

「キュァ!」

クリッカの言葉に「そうだ!」とでもいうように、元気良く鳴くドラゴン。鑑定すると、名前はなく、邪竜という種族になっている。

俺にも、ビスコットかどうか分からないんだが……。

俺の中の邪神の欠片が、絶対になんかしたよな? だって、完全にドヤってるもの。邪神の欠片から「どう? どう?」って感じの意識が伝わってくるし。

俺が、なんでもいいからビスコットを助けたいと願った結果か? でもなんで、ドラゴン?

『嬢ちゃん。聞こえるかい?』

「エスメラルダ?」

全員が唖然としている中、フランの懐から砂の鼠がはい出してきた。エスメラルダの、遠隔通信だ。耳元で囁く砂鼠と、ヒソヒソ声でやり取りする。

『何があった? 今、どこだい?』

「集団転移した。多分、バルボラの近く」

『あたしの感覚が狂ったんじゃなくて、本当に転移したっていうのかい?』

超人兵との激しい戦闘の際中、エスメラルダは鼠の目を使えなかったらしい。激しく動き回っていたうえ、撒き散らされる魔力や邪気が、エスメラルダの術を妨害する形になってしまったのだ。

そのため、クランゼル国内へと転移するまで全く見えていなかったという。

「レイドスの人もたくさん一緒」

『……敵ごと移動したって事かい?』

「違う。と思う」

『……どういうこった?』

「わかんない」

『……はぁぁ。説明しな』