作品タイトル不明
1037 トリスメギストスの相棒
トリスメギストスの居城は、未だに城の残骸が積み上がった状態だ。ただ、一部が既に修復され始めている。
城の外壁部分が、少しずつ再生していくのが見えた。
その方式というか、再生の仕方は独特だ。フランが興味深げに見つめている。
再生スキルのように少しずつ盛り上がっていくのでもなく、瓦礫が逆再生するように元に戻っていくのでもない。
まず、まるでホログラムのような半透明の壁の姿が、宙に投影される。そして、ホログラムが強い光を放ったかと思うと、次の瞬間にはその壁が実体を得ているのだ。
再生した壁から再びホログラムが浮かび上がり、城壁が次々と積み重なって復活していく。俺からしても、非常に不思議な光景だった。
「む? なんかあっち光ってる」
「ありゃあ、玉座のある辺り?」
瓦礫の山の中央部分からも、光が立ち上っているのが見える。イザリオが言う通り、玉座の間があった場所だろう。
俺たちはとりあえずそこへと向かうことにした。
積み重なった瓦礫をよじ登って越えつつ、時折瓦礫を移動させたり、積んで足場にしながら先を目指す。
そうして瓦礫登山を10分ほど続けると、目の前の景色が一変した。
瓦礫の山の中心に、大きな空間があったのだ。すり鉢状で、まるでクレーターのようにも見える。
その中央に、無傷な玉座が鎮座していた。当然ながら、そこには玉座に腰かけるべき主の姿もある。
瓦礫の山の上から見下ろす俺たちに軽く視線を向けると、すぐに興味なさそうに視線を外してしまった。
そこには天井も壁も床なく、玉座とそれが置かれた地面のみが姿を留めている。周囲を囲むのは、城の残骸だけ。
あまりにも無残で、あまりにもトリスメギストスに似合っている。まるでこの竜人の本質を実体化させたかのような、妙にしっくりとくる感覚があった。
城の残骸の中央に座す、張りぼての王。
「……哀れだな」
「ワタクシ、ああはならないように気を付けるわ」
イザリオもジェインも、俺と近いことを感じたのだろう。複雑な顔で、トリスメギストスを見下ろしていた。
瓦礫の山を下り、トリスメギストスに近づく。
「イザリオ、フラン、ジェインであるか。何用だ?」
「なに、色々と確認しにな」
「よかろう。質問に応えてやる」
よく言えば超然とした。悪く言えば人間味の感じられない態度は相変わらずだ。
だが、俺はそこに、恐ろしいほどの虚ろさを感じてしまっていた。
今までだって、同じような雰囲気ではあった。
まるで機械のような、人の温かみを感じさせない声と表情。実際、この男が動揺する姿は1度も観ていないし、長く生かされている間に心が摩耗しきってしまったのだと考えていた。
だが、今のトリスメギストスを見れば、これまでがマシだったのだと分かる。俺たちが見ていたのは、精神が擦り切れて機械のようになってしまった、竜人だった。
しかし、今目の前にいるのは、本当の人形だ。生き物の肉を使って生み出された、フレッシュゴーレムのようである。まるで、あれを目の前にしているようだった。
竜人の肉を使って生み出された、操り人形。そこに心はなく、ただ機械的に受け答えをするだけの存在。そう説明されたら、普通に納得してしまうだろう。
人というのは、これほどの空虚さを抱くことができるのか?
フランだけではない。ここに来た全ての人間が、言い知れぬ不安と恐怖を感じ、足が止まってしまう。イザリオでさえ、息を呑んでいた。
『あの剣は……』
(ファンナベルタ?)
『違う。外見は似ているが、それだけだ』
トリスメギストスの脇には、銀色のファルシオンが置かれている。しかし、違う。存在感も、迫力も、奇妙な人間味も、何も感じなかった。その剣には、心が宿っていないのだ。
トリスメギストスも、フランの強い視線に気づいたのだろう。
「これは、インテリジェンス・ウェポンの完成形だ。不必要な言葉を発さず、無駄な行動をとらない。合理性と利便性を極めた、真のインテリジェンス・ウェポンである」
だから、ファンナベルタを失っても大丈夫だって言うのか? 合理性を突き詰めたからって、それが優秀なのか?
フランは違う部分が気になったらしい。
(……違う)
『フラン?』
(あんなのがインテリジェンス・ウェポンの完成形なわけがない! 絶対に違う!)
俯き、心の中で否定の言葉を繰り返すフラン。まあ、トリスメギストスの言葉を肯定したら、俺なんか超絶不完全体だもんな。そりゃあ、受け入れられないか。
(師匠が凄いのは、強いからじゃない。喋れるから、凄い。喋れるから、楽しい。喋れるから、安心する。あんなの、全然凄くない)
『フラン……』
憎悪さえ感じるような、拒否反応だ。
完全に剣化した俺の姿を想像してしまったのかもしれない。そして、そのイメージを想起させるあの剣に対し、自分でも制御できない負の感情を抱いたようだ。
しかし、それを口にするようなことはしない。トリスメギストスに言っても、無駄だと分かっているのだろう。代わりに、違うことを尋ねる。
「ファンナベルタは、長い間狂わないですんでたって聞いた。それは、どうしてなの?」
「……狂わぬためのスキルを持っていたのだ」
この男にしては珍しく、一瞬の間があった。金色の瞳が銀のファルシオンに向き、僅かに細められる。
だが、すぐに、トリスメギストスは相変わらずの態度で答えていた。
「スキル?」
「うむ。『永久の忠節』というエクストラスキルだな。主を定めて、その者に永久に従うことを誓うスキルだ。ある意味、自身を奴隷化すると言えよう。その代わり、主が存在する限り、永久不変の存在となることができる」
主が生きている間は、不老不死でいられるスキルってことか? しかも、精神も老いず死なず?
「そのスキルがあったのに、嫉妬の原罪に負けちゃったの?」
「違う。嫉妬の原罪を得る代わりに、永久の忠節を奪われたのだ」
ああ、なるほど! だからあっさりと嫉妬の原罪に負けて、ああなっちまったってことね。
「……そのスキルを奪ってった奴は、どこ?」
フランは少し悩んで、尋ねた。俺がそのスキルでフランの奴隷のようになるのは嫌だが、俺が剣化するのも嫌だ。とりあえず、手掛かりは手に入れておこう。そんな風に考えたらしい。
「名は知らぬ。だが、その者は神剣使いであった」