軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07 聖女のこと

銀太郎が言うには、聖女に決められた服はないけれど、聖騎士は鎧着用がデフォルトらしい。

それには理由があった。

「聖騎士の鎧は、魔素を弾く特別製なんだよー。聖女は神の意思をまとってるから、普通のひとは近づけないんだよねー。聖騎士は鎧のおかげで平気なの」

「なにそれ。魔素ってあんまりよくないものなんだよね。聖女ってそれと同じ扱いなわけ? 空気清浄機なんじゃなかったの?」

銀太郎の解説に、成美は反応する。

魔素の溜まり場を綺麗にするどころか、魔素の発生源みたいではないか。逆である。

怒れる聖女に、聖騎士がおずおずと申し出た。

「魔素というのは、魔力の源です。良い悪いの問題ではないのです。誤解されがちではありますが」

「そうそうー。原料なんだよ。それを使って魔法が発現するっていう。原初の魔素は濃いからねー、そのままにしていると濃度が高すぎてよくないっていうかー。薄めて使わないと体に悪いんだよう」

これは認識を改めたほうがいい。空気清浄機というより、ろ過機だ。

魔素を希釈して、適した濃度にする。

聖女はろ過フィルター、聖堂はろ過機。

もしかすると、創世神が顕現しない理由はそれなのだろうか。

魔素の親分というか、魔素が濃縮された物体というか。濃すぎて、人間の前に出てこられない。

聖女は神の部下なので、その高濃度魔素が移っているため、やっぱり人間の前に出るのはよろしくない。

「魔素は香水みたいなかんじで、うっすらまとうぐらいでちょうどいい、みたいな? たしかに香水ぶっかけたみたいなひと、同じ空間にいるとキツイよね。スメハラ」

「そんなかんじー」

「すめはら……?」

成美が結論づけると、銀太郎が適当に同意。聖騎士は首を傾げる。

「えーと、ほら。果汁を煮詰めていくと、すっごく濃い味になるじゃないですか。そのままでは飲めないけど、炭酸水やお酒で割って飲むと美味しい、みたいな」

「それなら理解できます。皆、酒は好きですから」

「――ちっ、酒好きは滅びろ」

つい舌打ちが漏れる。

成美は酒をこよなく嫌っている。酒を飲んで暴れる親族に囲まれた子ども時代は、いま思い出してもまことに腹立たしい。

「聖女さまは、酒が好みではないのか」

「酔って好き放題やるひとが家族にいまして、いい思い出がないんです。お酒好きでしたら、すみません」

「いえ、俺も付き合いで飲む程度です。兄が言うには、酔うと余計にまずいとか」

「なにがまずいんですか?」

「わかりません。おそらく失態をしたのでしょう。家族の前以外では飲みすぎないよう、注意されました」

「…………」

失態。身に覚えがありすぎる言葉である。

成美は人生初の飲酒により、聖女になって異世界に転移するという、なにがなんだかわからない事態になったのだ。これもすべてお酒のせいである。

結論。やっぱり深酒はろくなもんじゃない。

「止めてくださるご家族がいらっしゃって、いいですね」

「聖女さまは――、あ、失礼しました。詮索するような無粋な真似を」

「あーいえべつに」

ひれ伏そうとするのをなんとか留めつつ、どうしたものかと思案する。

聖女の事情って、こちらの世界では、どこまで開示していいのだろうか。

成美はこっそり銀太郎に確認をとる。

「ね、銀太郎。聖女って、どういうふうに選ばれるのか、こちらの世界のひとは知ってるの?」

「どうかなあ。ぼくも成美が初担当だから、よく知らないんだよねえ」

「あ、そうなんだ」

「そだよ。成美がはじめてのご主人なんだよ」

「うん、私も銀太郎がはじめて飼うペットだよ」

「えへへー。そうだ、ぼくちょっと神さまにきいてくるね」

銀太郎はぐるりと回転。銀色の燐光を残して姿を消した。

かと思えばすぐに戻ってきて、神さまへのお土産(供物)を持って、ふたたびドロン。

平伏状態のポニテ男子に頭をあげてもらい、成美はコーヒーのお代わりを出す。

聖獣が神さまへ確認へ行っているので、しばらく待ってもらうことにして、追加のお菓子も出してみた。

ネットで見かけて美味しそうだったフォンダンショコラ。レンジで温めフォークを添えて出す。成美も同じように温めて、いざ実食。

「おいしー」

牛乳をすこし加えたコーヒーをひとくち。

うむ、咥内の甘さがいいかんじ。

「……こ、これ、は。なんと面妖な」

「熱いからヤケドしないよう気をつけてくださいね」

「承知しました」

フォークで割って、どろりとチョコが出てきたことに慄いていた男は、未だ甲冑を着込んだまま、器用に皿を持ち上げてフォークを操る。

ふたつに割ったフォンダンショコラのひとつをパクリ。

くちに入れた途端に目を見張り、険しかった目つきが緩んだ。

もぐもぐと頬が動く。そしてアイスコーヒーをぐびり。

「旨いな」

「ですよね! これ、星の付き方も結構多くて、クチコミもいいかんじで」

「くちこみ」

「購入したひとたちの評価です」

「なるほど、天上人の」

彼は未だ、成美を『天上の世界から使わされた者』みたいな認識であるらしい。

住んでいた世界がちがうことはたしかだけれど、ド庶民でしかないことを早く伝えたいところである。誤解も甚だしい。

「あー、なんか食べてるー、ずるいよー」

空中から犬が現れた。キラキラの燐光をまとい、ふっさふさのしっぽを振っている。

「それなにー、ねえ、なあにー。ぼーくーもー」

「犬にチョコレートはまずかったんじゃなかったかな」

「ぼく犬じゃないよ。聖獣だってば」

「でも見た目は犬だし。ちょっと犬用のスイーツ検索しとくね」

ショッピングモール内にあるペットショップ。犬猫を眺める目的でよく赴いたが、レジ脇のケースに、犬用のケーキが並んでいるのを見たことがある。とても美味しそうだった。味がどうかは知らないけれど。

「それより銀太郎。どうだった?」

「うん、あのねー、べつに言ってもいいよって。聖騎士は聖女にとってパートナーだからね。異世界人との折衝役として、事情をぶっちゃけてオッケーなんだって」

言う言わないは個人の自由。ただ『異世界知識があることは秘密にしなくちゃ』みたいな思い込みを持っているひとが多く、ほとんどの聖女は自分だけの秘密にしているそうだ。

どちらでもいいなら答えはひとつ。

変な誤解は解いておきたい。

成美は失職した元平社員で、現在はただの派遣社員であるということを。

「お許しが出たので、説明させてください」

「はい、聖女さま」

「まずそこからいきましょう!」

認識改め、開始。