軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01 失業しました

扉の向こうから声が聞こえた。

「聖女さま、どうかお知恵をお貸しください」

床と扉の隙間から差し入れられる紙面。それを手に取って部屋の中へ取って返す。

玄関からは横開きの戸を一枚隔てただけの一間、その大きさわずか四畳半。ほぼ中央に置いてあるテーブル上のノートパソコンを使い、紙面に書かれていた質問内容を検索。表示された回答を書き込むと、扉の外へ向けて紙面を返却。

「おお、偉大なる英知に感謝を」

感激したような声が去ったあと、 聖上(せいじょう) 成美(なるみ) もまた己のパソコンに手を合わせる。

「ありがとう、グーグル先生。偉大なる英知に感謝を」

失業した。

そろそろ勤続十年。このまま続いていくものだと思っていた会社は、あっけなく幕を閉じた。

聖上成美は、三十歳を前にして無職となった。

「かんぱーい!」

ひとり暮らしの部屋でチューハイの缶を開けた。誰も座っていない対面に向けて、架空の缶を打ち鳴らす。

虚しいというなかれ。独り身なんてそんなものだ。ただ今日に至っては、これぐらい自棄になって空元気を振りまいたっていいはずだ。なにしろ明日から無職なのだから。

「えーと、とりあえず職安に行って失業保険の申請をするんだっけ? あーもう、よくわかんないよ」

会社からは従業員に対して書面が配布された程度。手続きに必要な書類も一式渡されたはいいが、正直なところなにがなにやらだ。

同部署に居た転職入社の社員に群がり、退職にまつわる手続き講座が開講される始末。成美を含め、従業員はみんな混乱の嵐であった。

子どもを養うためにも動かざるを得ない中年層、まだやり直しがいくらでも可能な新人たち。全員が入り乱れ「よし、今日はパーッと飲むべし!」と誰かが音頭を取り、男性陣の多くは居酒屋へ消えて行った。既婚女性社員は、子どもが待ってるからと帰宅。未婚彼氏持ちの女子は「もう結婚しようかなあ」などと呟きながら帰っていった。

独身、彼氏なし、ついでに言えば毒親から距離を取っている最中の成美はひとり虚しく帰路につく最中、ふと「こんなときぐらいお酒を飲んでみようかな」と思い立った。

酒で身を滅ぼしている親族が多数おり、両親ともに酒好き。酔って迷惑をかけられた記憶しかないため、成美はお酒から遠ざかってきた。

だけど、今日ぐらい、我を忘れてみてもいいのではないか。

そんな思いに駆られてしまったのだ。

1DKの格安アパートの扉をしっかり施錠、窓も閉めてカーテンを閉じる。酔っぱらってうっかり外に出てしまう可能性を下げたうえで、人生ではじめての缶チューハイを煽った。

喉の渇きを癒すようにゴクゴクと飲む。

飲む。飲む。ひたすら飲む。

ノートパソコンを起動して動画を見ながら何本空けただろう。くらりときた 眩暈(めまい) に身を任せ、そのまま床に転がったあとは記憶がない。

次に気づいたときは周囲が明るくなっており、電灯ではない陽光の眩しさで成美は目を覚ました。

やらかした。これがいわゆる『記憶がなくなるまで飲む』というやつか。

それでいてとくに体調に変化を感じないあたり、己の身に流れる酒好き家系の血が憎らしい。こんなときは献血に行こう。こんな血でも誰かの役に立てると実感できるから。

別の虚しさがこみあげてきて溜息を落とした成美の耳に、声が届いた。

「せいじょうさま、そこにいらっしゃるのですか?」

なんだろう。もしや酔って喚くでもして、隣近所に迷惑をかけた?

冷や汗とともに立ち上がり玄関を開けようとして手を止めた。

ドアノブがない。

「……は?」

「せいじょうさま!」

「はい、えーとすみません、なんかドアが開けられなくて」

扉の向こうではひとのどよめきが起こった。どうやら一人ではなく集団らしい。さすがに怖くなって、ドアスコープからこっそり外を覗いて、成美は困惑した。

外国人だった。

白い病院服っぽいものを着た外国人集団が玄関の前にいる。

これはやばい。ものすごくやばいやつだ。

宗教? お帰り願いたい。

「せいじょうさま」

馬鹿正直に表札なんて出しておくんじゃなかったと後悔する。

とりあえず警察に電話、ドアの前に妖しい宗教団体っぽい男性が数名いて外に出られませんって言って、対応してくれるだろうか。

スマホを取りに部屋の中へ戻ろうとしたとき、「引け!」という鋭い声がして、ざわめきが止んだ。

(誰かが警察に電話してくれたのかな。助かったー、ありがとう、どこかの誰かさん!)

拝む成美の耳にまたも声が届く。

「申し訳ございません、せいじょうさま。お声を拝聴できる日が来るとは思っておらず、皆が興奮してしまい。決して悪気はないのです」

どういう意味だろう。

成美はふたたびドアスコープを覗く。

鎧があった。

今度は西洋の鎧のようなものを装着している誰かが立っていた。

朝っぱらからコスプレ。

ではあのカルト宗教団体みたいなひとたちも、なんらかの物語に出てくる集団なのだろうか。

つまり彼らはグループでなにかのコスプレをしている。

―― 他人(ひと) ん 家(ち) の玄関前で。

「帰れ!」

成美は玄関を開けずに向こう側へ叫んだ。