軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77話 それぞれの特訓

日が落ち初日のブートキャンプが終了し、訓練生達が宿舎へとふらふらと歩いて行く。ウィルがおれの前で立ち止まって涙目でこちらを見た。

「兄貴……」

気持ちはわかる。言いたいこともわかる。だが、ここは心を鬼にしないと。

「おれもやったんだ。お前もやれるさ」

実際のところ、記憶にあるほど訓練は酷いシゴキと言うわけでもなかった。やってるほうはそうは思えないだろうが、きちんとペース配分は考えられているし、休ませるところは休ませている。現にぶっ倒れる訓練生はそれほど多くない。おれが何度も倒れたのは、おれ個人の体力のなさ故だろう。

もっとも初日はひたすら荷物を持って走らされるし、限界に達して倒れたあとも回復魔法をかけられて訓練は続行されるので、精神の方はゴリゴリと削られるわけなのだが。

「兄貴ぃ……」

「ほら、他のはみんな行ったぞ。お前も早く宿舎に行って休め」

「はい……」

トボトボと歩いて行くウィルを見送る。

「やつはやっていけますかね?」

近くに来た軍曹殿に尋ねてみる。まあ首輪を付けてる以上、やるしか選択肢はないんだが。

「歩いて宿舎に向かっているだけ、貴様よりずっとマシだな」

「それもそうですね」

確かあの時はシルバーに肩を借りて、宿舎まで連れて行ってもらったんだ。

「その貴様が強くなったものだ」

「軍曹殿のお陰です」

「貴様には才能があるようだ。サティもそうだが短期間でずいぶんと強くなった」

「まだ足りません」

「そうだな。一週間、たっぷりと鍛えてやろう」

訓練場をライトの魔法が明るく照らす。軍曹殿は皮の鎧で、おれは普段から使っているハーフプレートを装備した。剣は刃引きはしてあるが鉄の剣で、もう片手には盾を持っている。

「好きにかかって来るがいい」

前回軍曹殿と立ち会ってから剣術は4から5へとレベルは上がっている。だが、レベル5のサティが勝てないのだ。本気でやらないとまずい。木剣の時でもボコボコにされたのに、刃引きとはいえ鉄の剣である。まともに貰えば痛いなんてもんじゃないだろう。

一気に踏み込み本気で打ち込む。もちろんこれは受け流される。続けて二撃三撃と打ち込んでいくが、全て剣か盾でいなされる。だが大事なのは連続で攻撃して隙を与えないことだ。

こちらからの一方的な攻撃が続いていくが、有効打が一発もない。それに驚いたことに軍曹殿がほとんど開始位置から動いていないのだ。一体どうやれば防御を崩せるかよくわからない。

呼吸を整えようと、距離を取ろうとすると軍曹殿がスッとこちらに距離を詰めてきた。やばい。そう思った瞬間、肩にいいのをもらっていた。肩部分は鉄のプレートだが、衝撃はある。それにこれが実剣で軍曹殿の腕ならプレートごと切り裂かれてもおかしくない攻撃だ。まずは一回死亡だ。

攻撃はそれで終わらない。軍曹殿の追撃がくる。今度はこちらが防御に専念する番だ。だが、軍曹殿のように全て防ぐと言うわけにはいかない。攻撃をもらったとしても、せめて致命傷にはならないように、防御の硬いプレートの部分で受けるようにするくらいが精一杯だ。

やはり強い。実戦なら1分と立たずに倒されていただろう。

数分後、頭にいいのをもらったおれは無様にぶっ倒れていた。ヘルムの上からだが、気絶しそうになった。痛い。回復魔法は使えない。使用には軍曹殿の許可がいるのだ。痛みをこらえるのもまた訓練だと。

「立て。敵は待ってはくれんぞ」

「……はい」

ふらふらになりながらも立ち上がり剣を構える。すぐに軍曹殿の攻撃が飛んできた。剣で、盾で必死に防御をする。容赦のない攻撃が降り注ぎ、また胴のプレートのない部分に一撃もらって膝をついてしまう。

「どうした、早く立たんか!」

いつもより厳しくないか、これ。ブートキャンプのノリでそのままやってるんじゃ……

立ち上がったところにまた攻撃が来たので、相打ち気味にカウンターで打ち込む。有効打にはならなかったものの、初めて軍曹殿の体にかすった。もちろんおれも軍曹殿の攻撃をきっちり食らっている。それでも軍曹殿が一旦距離を取ってくれた。

助かった。油断なく軍曹殿を睨みながら呼吸を整える。回復魔法禁止がきつい。頭や脇腹の痛みが永遠に続きそうな気がして絶望的な気分になる。くそっ。サティはもうちょっとまともに勝負になってるように見えたのに。おれの基本スペックが低すぎるんだろうか。同じレベルなのにこの格差は一体何だ。

「どうやったら軍曹殿みたいに強くなれますか?」

「40年修行を積むんだな」

「40年ですか……」

その頃には世界は滅んでいるだろうか。それとも救われているのだろうか。どっちにしろそれでは間に合わない。

「もっとも貴様ならあと10年もあれば追いつくと思っているぞ。さあ、休憩は終わりだ」

ばれたか。会話を振って休憩してたんだが、お見通しだったようだ。だが体中の痛みはともかく、呼吸は整ってきた。

「体も温まった頃だろう?そろそろ本気で行くぞ」

宣言通り、軍曹殿の殺気が膨れ上がっていくのを感じる。ちょ、やめてください、死んでしまいます!

「今日はここまで。回復魔法を使ってもいいぞ」

最終的に致命傷らしき攻撃は八回食らった。つまり八回死亡だ。ボロボロにされながらも戦い続けたが、軍曹殿の最後の攻撃で訓練場に倒れ、もはや身動きもできない。

「あ、ありがとうございました」

体中が痛くて特定はできないが、肋骨がどこか折れてるような気がする。痛みで魔力の集中もろくにできないので小ヒールを何とか詠唱する。数回かけたところで痛みがだいぶましになったので、起き上がってエクストラヒールで一気に回復させた。明日はアンに付き添いを頼もうかとも考えたが、痛みの中で回復魔法を使うのもまた訓練だと思い直した。

「お疲れ様でした。軍曹殿も回復魔法をどうぞ」

「すまんな」

軍曹殿にもエクストラヒールをかける。回復魔法は便利である。スタミナ自体はほとんど回復しないものの、かけておけば翌日に筋肉痛なんてこともないし、どんなにハードな訓練でも故障知らずである。だからこその無茶なブートキャンプであり、この剣術の訓練なのだ。

「軍曹殿って世間で言うとどれくらい強いんですかね?」

歩きながら疑問に思ったことを軍曹殿に尋ねてみる。この訓練場だと軍曹殿は最強だが、世間一般でいうとどの程度の強さなんだろうか。もしこのクラスの人間がゴロゴロいるようだと、やっていく自信がなくなる。

「わしは足を故障しておるし年だ。若い頃はそこそこ強かったが、もはや全盛期には遠く及ばん」

いや、故障とか年とか言われても、おれ全然敵わないんですけど。レベル5ってスキルの最高レベルじゃなかったのか?一体軍曹殿の全盛期ってどんだけすごかったんだろう。

「ヴォークト殿の若い頃の話か?」

ギルドホールに出たところで、座っていたサムソン教官から声がかかった。サティも同じテーブルにいる。待っててくれたのか。

「お疲れ様です、マサル様」

「え?ずっと待ってたの?」

昼過ぎに一緒に来てサブグラウンドのほうで訓練を少しやったあと、ずっとここで待っていたそうである。そしてギルドホールで待っているサティに悪い虫が付かないように、サムソン教官がガードしててくれたらしい。いい人である。とりあえず休憩がてらテーブルにつく。

「サティちゃん人妻になったのに相変わらずの人気でな。ちょろちょろと男が寄ってくるのだ」

人妻になって人気が落ちるどころか、猫耳少女に幼妻要素が加わって一部に更に人気がでるような気もする。

「うっとおしいのはぶっ飛ばしてもいいんだぞ、サティ」

「そうだ、遠慮はいらん」

「ほどほどなら構わんぞ」

サムソン教官どころか軍曹殿も賛成だ。

「あの……でも……」

サティは戦闘モードに入ってしまえば容赦がないんだけど、普段はとても大人しく遠慮がちだ。

「そういえばサティはまだ格闘術は覚えてなかったな」

「何?そりゃいかん。護身用に今度教えよう」

「ここで待ってるくらいなら、その時間で教えてもらうといい」

「はい。お願いします、教官殿」

「それで軍曹殿の若い頃のお話ですが」

「おお、そうだった。ヴォークト殿は今も強いが若い頃はまさに最強だった」

「サムソン、最強は言いすぎだ。せいぜい十人あげた中に入るかどうかというところだ」

「いやいや、五指には確実に入っておりましたぞ」

「それってこの国の中でですか?」

「何を言っておる。もちろん世界でだ。特に剣術でなら二位か三位を争っておったぞ」

世界!?世界ランキングすか。それに剣術が二位か三位って、なにそれ怖い。

「あの時期限定で言えば三位は間違いないだろうな」

「何を言いますか。一度あやつに勝ってるではありませんか」

「一度だけな。それにわしは引退したが、やつはそのあとずっと活躍しておった。勝ったとはとても言えんよ」

「ですから純粋な剣術の腕を考えればですな」

「つまり軍曹殿より確実に強い剣士は当時は一人しかいなかったってことです?」

「そうだ。わしの師匠でまだご存命だ。そのうちマサルも訪ねてみるといい。わしの紹介なら指導もしてもらえよう」

「おお、それは大変な名誉だぞ、マサル。剣聖の指導など普通は受けられん」

「はあ」

正直、軍曹殿の訓練で死にそうになってるのに、それ以上とか恐ろしい。

「それよりも五指とか十人中とかそこら辺はどうなんです?」

「魔法使いが相手だと勝ち負けが決めづらいのだ。直接戦うと言うわけにも行くまい?それに魔法剣士ともなれば更に強さの判定はやっかいになる」

確かに魔法使いと剣士の勝負は条件によって勝敗が簡単にひっくり返る。それで評価がまちまちになるのか。この世界は武闘大会みたいなのはないのかな。うーん、魔法使いはやっぱりダメだ。おれみたいなのが本気でやると会場ごと破壊し尽くしそうだ。

「剣士向けのなら春に王都である。マサルも出たらどうだ。賞金もいいし、名前も売れるぞ」

「あー、そういうのはいいです。観客がいっぱいの前でやるんですよね。無理です」

きっとローマのコロッセオみたいな闘技場でやるんだろう。完全に見世物だ。緊張して実力の半分も出せない自信がある。

「相変わらず目立つのは駄目なのだな。貴様はもっと自信を持っていいと思うが」

自信か。かなり強くはなったが全部スキルのお陰だものな。初心者講習会ですら肉体強化ありでやったし、本当に自力で何かをしたかと言われれば疑問に思う。

「ひっそりと生きられれば一番いいんですけどね」

今回の収入だけで二、三年はのんびりできるくらいになるんだろうけどなあ。特訓なんかやめて引きこもってのんびり暮らしたい。

「そう言いながらも強さを求めるか」

「強くなければ死んでしまいます。嫁も守らないといけません」

結婚した時点で逃げるのは諦めた。

「よく言った。明日からも一層しごいてやろう」

ああ、明日もまた死んだな。これならウィルと一緒に初心者講習会にでも参加したほうがまだ楽だったかもしれん……

「ん?どうした、サティ」

明日を思って絶望的な気分になっていると、隣に座ったサティがおれをつついてくる。

「お腹がすいた?そろそろ帰るか」

サティがコクコクとうなずく。もう日が落ちてずいぶん時間が立つ。普段なら食事を済ませてお風呂に入っている時間だ。食べたい盛りのサティにはきつかろう。

家に帰って嫁の手料理を食べさせてもらおう。そしてこの傷ついた心を癒してもらうのだ。そして今日はアンの日だったな。うん、想像しただけで癒されてきた。

家で待っていたのはエリーの手料理だった。

「今から作るの?エリーが?先に食べててくれたらいいのに」

今日は遅くなるから先に食べてていいよって、ちゃんと言ってあったのだ。

「そろそろ出来そうな気がするのよ。任せておいて」

「あとはメインを作るだけなのよ」

不安そうにアンが言う。そのメインをエリーが作ると言うことか。エリーのメニューを開いて確認するが、いまだに料理スキルは出現していない。

「みんなは座って待ってて。手順はもう完璧に覚えたから大丈夫よ」

料理をするエリーをアンがじっと見つめる。どうやら今日のメインはパスタのようだ。これならゆで時間さえ間違えなければ、そう変な料理にはなるまい。

「アンは見ちゃだめよ。一人でやらなきゃ意味がないでしょ?」

「そう?ちゃんと教えた通りにやるのよ?わからなかったらすぐに聞くのよ?」

「わかってるってば。これくらい楽勝よ」

うん、なんだかダメそうだ。

だが意外にも出来た料理は、盛り付けも綺麗にされておりまともに見えた。パスタのトマトソースかけといったところだろうか。

「さあ召し上がれ」

だがしかし。一口食べたとたん、口の中に広がる酸味、甘み。そして刻んだハーブが絶妙のアクセントに。さらにガリッと硬い物を噛んだ時の強烈な辛さ。挽く前の胡椒の実をそのまま投入したのか。うん、胡椒をよければ食べられないことはないな。

「ねえエリー、味見した?」

「……してない」

「言った通り作った?」

「そのままじゃ面白くなかったから、オリジナリティを出そうかと」

「美味しい?」

「食べられないこともないわ」

「珍味」

確かに変わった味だ。

「大丈夫ですよ、ちゃんと食べられます」

確かにパスタはまともだし、味付けがおかしいだけで食えなくもない。

「黒いのはよけておけよ。そのまま食うのはさすがに体に悪そうだ」

「あれほど言った通りに作りなさいって言ったでしょう!」

「だってだって……」

やはりエリーを野放しにしたのは失敗だったようだ。

「まあまあ。初心者なんだから失敗はあるって。次がんばればいいよ」

おれもやったなあ。ご飯にコーラ入れてみたり。ご飯美味しい。コーラ美味しい。混ぜればもっと美味しい。それは小学生の時だったけど。それに比べればまだ食べられるだけマシな感じだ。

「マサル……」

エリーがおれの擁護に嬉しそうにこちらを見る。

「だから、自分の分は全部食おうな?」

エリーは一口食べてからお箸が進んでないようだ。

「……食べなきゃだめかしら?」

「ダメに決まってるでしょう!」

おれ達はがんばって一皿全部完食した。幸いにもパスタの残りはソースをかける前で、アンが美味しく調理してくれたことを付け加えておこう。エリーオリジナルソースは当然ながら破棄された。