作品タイトル不明
346話 攻勢
まったく魔法の使えない移動というのは実に大変なものだった。エルフの里がいつもよりも広く感じる。とにかく移動に時間がかかるのだ。
エルフの里の中心部から南側の研究所施設が集まっている場所で石油類をタンクごとアイテムボックスに補充。そこから北側の魔境方面へ。
エルフの護衛は俺が全力で走ると付いてこれないので置いてきた。サティも離脱した。
サティはエルフの里内部へと襲来する飛竜への対処をするのだ。サティの剛弓なら飛竜とて打ち倒せる。ハーピーならどうにかできても、サティ以外では飛竜を倒すのは困難を極める。断腸の思いでサティは俺から離れ、城へとそのまま陣取った。
「師匠もつらいなら後から合流してもいいんですよ?」
アンチマジックメタルの粉末が粉雪のように積もる中をペースを落とさず走り続ける。
「ぬかせ。この程度で遅れを取るかよ」
確かに師匠は装備も軽量で、楽々走っている様子。俺も軽量装備に代えたいが……
それでもたいした体力の消耗もなく南側城壁に到着する。今より軽い装備で走ることになったゴルバス砦の時とはえらい違いだ。
リリアもティリカも当然ながら無事で、城壁下の兵士詰め所に居た。エルフの里の外部城壁は世界でも類を見ないほどの規模と強度を誇る。たとえエルフが役立たずとなってもそう簡単に落ちるものでもないのだ。
「マ、マサル様~」
俺を出迎えたシャルレンシアが情けない声をして俺に抱きついてきた。ティリカもリリアも一緒に居て、難しい顔をしている。
「よしよし。俺が来たからもう心配はいらんぞ」
「しかしマサルよ。どうするのじゃ?」
だがゆっくり話している暇もないようだ。城壁の上からの大型種の接近を知らせる声。しゃーない。登るか……
「リリアは応援の兵士たちと話をして、魔法なしでの防衛体制をできうる限り整えるんだ。いいな?」
「じゃが……」
「俺もいる。剣聖もいる。エルフの里はそう簡単に落ちない。今のようにエルフの魔法が尽きても戦い続けられる。そういう状況を想定した里の防備を俺たちは作ったはずだぞ」
本当はここに千年計画の成果物も加わるはずだったのだが、いかんせんまだ戦争に使えるような兵器などが作られていない。だがそれでもリリアは腹が据わったようだ。
「ポーションの備蓄は十分だな? 暇なエルフをやって前線にポーションを届けるんだ」
「そうじゃな。我らエルフも剣を取ろう。槍を持とう。できることからやっていくのじゃ!」
ティリカに目を向ける。判断を誤った。ティリカはもっとも安全な帝都に置いておくべきだった。だがいまそんなことを言って何になる?
「わたしなら大丈夫。マサルは気にしないで戦って」
ティリカの言葉に頷くしかない。
「とにかく時間を稼ぐ必要がある。俺たちからまったく連絡がないとなればエリーたちが事態に気づくはずだ」
定時連絡の取り決めでもしておくべきだったかもしれないが、今更何もかも手遅れだ。俺が夜間爆撃をする連絡をしたばかりで各地も戦闘で忙しいとなれば、いつエルフの里のことに気がつくことか。
それからアンチマジックメタルの除去方法を城の者に探ってもらっていることと、脱出路が使えないこと。他の場所も同じような魔法封鎖を食らっている可能性も手早く話しておく。
「脱出路の件は妾のミスじゃ。使用してない時に外部からの進入路になってしまっては本末転倒じゃと思ったのじゃが……」
「誰も今みたいな事態は考えもしなかったんだ。どうしようもないことは考えるな。俺たちはちゃんと生き延びてそんなことも笑い話にしてやるんだ」
「そうじゃの。派遣してもらった兵士はベテラン揃いじゃし、我らも今やれることを探すこととしよう」
「じゃあ俺は城壁へ行く。師匠は下でお願いします」
いざとなれば師匠にも剣士隊を率いて出撃してもらうのだ。俺は上からだ。城壁はおおよそ五〇メートル。二〇階分にもなる階段を登らねば上にはたどり着けない。
ハーピーが城壁付近に集ろうとしているが、城壁上の兵士によりしっかり撃退されている。俺に目を止めたハーピーも俺へ向かってくる途中で撃ち落とされていった。護衛は居ないが周囲に兵士は多い。問題なさそうだ。
総攻撃。魔物は俺たちを無力化したこのチャンスに一気に事を決めるつもりらしい。やはり他からの救援の可能性はあるのか? 前回は俺たちや冒険者の救援が間に合って、エルフの里は持ちこたえたものな。同じ轍を踏まないということなのだろう。
ようやく長い階段を登りきり城壁に到達しようとした時、「ぶつかるぞ!」との声とともに、派手な激突音と城壁にわずかな振動が感じられた。だがそれだけだ。ドラゴンだろうがなんだろうが、エルフの里の城壁は破壊できない。そのようにエルフたちが丹精込めて作ったのだ。
それでも急いで残りの階段を駆け上がって、城壁の状況を確認する。城壁には当然ながら立派な堀が設えられている。どうやら走った勢いで堀を飛び越え、頭から城壁に激突したようで、そのまま堀の水の中に沈んでジタバタとしている。
城壁は激突された部分はさすがにひび割れができているようだがそれだけだ。
それよりも地竜があと二体、突っ込んできている。
アイテムボックスから剛弓を取り出して、重量のある総鉄矢を素早く番える。
狙いは急所。眉間のあたり。その強力な弓をギリギリと引き絞り、放った。
二本目の矢を手に取りながら、命中を確認する。だが地竜は勢いを弱めたもののまだ突っ込んでくる。しっかり眉間の付近に当たっているように見えるが、当たりどころが良くなかったか? 的がでかいだけに外すことはないが、相対的に矢も小さい。脳の位置を外したのかもしれない。こっちはもう間に合わんな。
三体目に狙いを定め、矢を放つ。矢は地竜の脳天を貫き、地竜は走りながら足をもつれさせ、そのまま横ざまに転がっていった。その間にも俺が矢を突き立てた二体目の地竜が城壁にぶつかったが、やはり大きな衝撃はない。城壁の表面はダメージを受けたように見えたが、あくまで表面だけだ。鉄筋を仕込んだ分厚い壁はまったく揺らぐ様子もない。
残念だったな。貴重な地竜三体を消費して突破口を開くつもりだったのだろうが、外部城壁はその程度では揺らぎもしない。
すぐさま次の矢を堀から上がった一体目の地竜に狙いを定めて放つ。今度はしっかり急所だったようで、地竜が地に伏せた。急所は俺が最初狙った場所より後ろだったようだ。眉間よりもっと首寄りだ。二体目の地竜もその狙いでしっかりとトドメをさせた。
それでようやく一息ついた。呼吸を整えながら状況を確認する。飛竜が接近するのが見えるが、俺の位置からは遠い。魔物の陣の方向から陸王亀がやってくるのが見えた。さすがにアンチマジックメタル装備はしてないか。普通の鉄を防御装備にしているように見えた。
ハーピーが多数城壁に攻撃を加えようとしているが、矢に狙われ、ろくに接近もできていない。エルフの里へ派遣されている兵は優秀な兵が多い。そうしたリリアからの説明は偽りではなかったようだ。
「勇者殿、飛竜が!」
接近していた二体の飛竜が猛然と城めがけて降下していくのが見えた。だがある程度接近したところで二体とも突然その体から力が抜けたようになり、無様に落下していった。
サティのほうが弓の腕がいいな。俺のように外さない。一発で確実に仕留めているのはやはり経験値の違いだろう。
「見ての通り城は大丈夫だ」
エルフの里内部の城以外を狙われると面倒だが、避難は終わっているのだ。被害が出たとしても建物のみ。外周に関しては兵が大量にいる。厄介な敵かもしれないが、飛竜としても壁と壁の狭い間の兵を狙うのは面倒なはずだ。
「エルフの魔法は復活する見込みはないのでしょうか?」
王国兵の指揮官らしき兵からそう質問がされる。
「ない。すまんが今日一日でいい。どうにか耐えてくれ」
そう言いながらも雲霞のごとく迫るオークに目を向ける。
「このアンチマジックメタルの粉がある限り、魔法は阻害されて使えない。だがエルフの里から連絡が途切れたことで、外部からの救援が絶対に来る。もちろん転移持ちで強力な魔法使いたちだ」
どうにか状況を伝える方法があればいいのだが。いっそ師匠に脱出してもらうか? だが転移が無効なことである程度のことは推察できるはずだ。それに単なる伝令に使うにはもったいなさすぎるし、ヤマノス村にたどり着いたとしても、一番近いアンも王国の反対側だ。
旧型のプロペラ機での脱出はリスクが高すぎる。やるならハーピーが減る夜間になるが、それでも失敗して墜落したらまず助からない。落下ダメージを生き延びられても、そこいらじゅう魔物だらけなのだ。それに魔力での電力補充がないと一時間ほどしか飛行できない。
とりあえず目の前の状況だ。探知は使えなくなったが、鷹の目は無事だ。高い場所からだと戦況がよく見える。
堀は健在だし城壁がすぐに突破されることはない。だが数え切れないほど大量のオークを効率的に倒す手段はもはやない。オークのパワーならたとえ強化した城壁でも、時間をかければ削ってしまえる。
広くなったエルフの里には応援の前衛中心の兵力を含め、十分な戦力があるはずだった。 だがそれもエルフの魔法があってのことだ。
さすがに魔法全てが使えなくなるなどとは考えられもしなかった。今回の防衛戦略はもし俺たち加護持ちが一人もいなくても守りきれる。そういった想定での戦力の増強だったのだ。
ハーピーは今のところ撃退できている。問題はオークどもだ。堀を渡って城壁下に取り付かれても倒す手段が限られてしまう。なにせ上から五〇メートルもの高さだ。弓矢を撃つか、槍を投げるか。それも盾をしっかり構えられると簡単には倒せない。
師匠に出撃してもらおうかと思っていたが、それも論外だな。地を埋めるオークに、師匠は良くても他が死ぬ。
状況を密かに悲観していても仕方がないと、とりあえず数を減らすため、弓で攻撃を加えていく。普通の矢でも俺が剛弓で放てば鎧も貫き、一発で倒すこともできる。ろくな装備もないオークは他の兵士に任せ、盾持ちやしっかりとした装備をしている指揮官級と思われるオークを狙っていく。今回は魔法を使うオークは不在か後方のようだ。外壁の外側もピンクの粉まみれで、オーク側も魔法が無効だとわかっているのだろう。
堀から壁に取り付いて、城壁を削ろうとしているオークがいる。城壁は地上付近は特に強固になっていて、専用の道具でもないと削るだけでも苦労をすることだろう。でも倒しておく。
堀の向こう側で穴掘りをしているオークがいる。城壁は土台部分をかなり地下深く埋め込んである。堀の下をくぐり抜け多少掘り進めたところで地下で壁にぶち当たるだけだろう。だけどアイテムボックスから石油の入ったツボを取り出して投擲。ぶっかけてやる。
「誰か火種を持ってないか? 助かる」
布を油に浸し、即席の火矢にして油のぶちまけられた穴を燃やしてやる。
ああ、堀を埋め始めているな。手に手に岩や木材、土嚢のようなもの、仲間の死体までも投げ込んでいる。妨害しようと魔物を倒すと、そいつが堀を埋める材料になってしまう。
魔物側の物量が圧倒的だ。下手をすれば一時間もかからず、堀は埋まってしまう部分がでてきそうだ。
どうする? どうすればいい? とにかく時間稼ぎが必要だ。堀が埋められたとて、そこからも頑健な城壁があるのだ。すぐにどうこうとはならないはずだ。
夜まで待つとは言わずに航空機でさっさと魔物へ攻撃していればよかったのだ。そうすれば俺は難を逃れた。だがそれも疑問だ。
ダークエルフは俺との会談をわざわざ設定した。俺が魔物側につくとはさすがに考えていなかったはずだ。そうして交渉も何も無い、休戦協定の破棄と単なる宣戦布告。あれは俺がエルフの里へと居ることを確認し、確実にこの罠に嵌めるためだったのか?
アンチマジックメタルの粉の投下が始まったのも、俺のメテオが合図だったようなタイミングだった。俺とエルフを確実に殲滅する。すべてはそのための仕込みだったのか……
城壁上の粉を掃き清めるか? もしかするとそれで魔法が使えるようになるかもしれない。しかしもし俺が魔物側なら、魔法を確認した場所にまた粉を投下する。それに細かい粉はほうきで掃く程度では除去しきれない。水で流すか。五〇メートルの城壁を、バケツに水を入れて……
水はどこにある? 内部城壁の堀か。堀の水もアンチマジックメタルで汚染されているが、しないよりはマシだろう。
「このあたりのアンチマジックメタルをできる限り除去してくれ」
そう弓を構えるエルフに指示を出し、階段を降りていく。下に降りたところで護衛とサティに合流できた。
城のほうはいいのかと思ったが、今のところ飛竜は打ち止めのようだ。もし飛竜が確認されたら城から鐘の合図が出て、大急ぎで戻るらしい。性能の良い耳はアンチマジックメタルでも健在のようだ。
とりあえず今やっている作業を移動しながら説明する。内堀から水をアイテムボックスに入れて、また長い階段を上っていく。
装備をすべて外し全裸になる。俺だけじゃない、サティやエルフも全員だ。そこに真冬の冷水を頭からかぶる。城壁の上も水でできる限り洗い流した。
魔法は……それでもダメか。魔力のコントロールがまったく利かない。浄化が使えれば、そこから一気に。そう思ったのだが、この程度ではアンチマジックメタルは除去できないようだ。
ガタガタ震え、唇を真っ青にしながら装備をつけ直す。気の利いたことに兵士たちが、俺たちの奇行を見ないようにしながらも、焚き火を起こしてくれていたので、ありがたく温まらせてもらう。アイテムボックスにあったスープも出して、体の内と外から温まり、ガタガタと震えながらもようやく人心地がついた。
やはり粉を吸い込んでしまったのが致命的だったか? それから空気中にはアンチマジックメタルがいまだ浮遊しているし、爪の間や皮膚に付着した細かなアンチマジックメタルも除去しきれていない。
脱出案もそれで魔法が使えないとなると戻るに戻れなくなり、エリーたちの誰かが到着するのを待つだけになってしまう。それにハーピーが追加でピンクの粉を投下してきている。まだまだ在庫は十分ということなのだろう。せっかく掃除してくれたのにまた汚染されている。
「勇者殿。堀が何カ所か、埋められてしまいました」
俺が遊んでいる間に。そう思ったが俺ががんばって一カ所防いだところでそれこそ無駄な努力か。
陸王亀がもう間近まで接近してきている。これまで見た中で最大規模。城壁まで到達されては城壁が耐えきれるかどうか。踏み潰されるのを恐れてか、オークが正面から引いていく。
「弩弓砲用意!」
対大型種用の固定大型弩が二台、俺のいる場所付近に据え付けてある。要は俺たちの使う剛弓プラス鉄矢をそのまま大型化したようなものだ。使うことはないと思っていたのだが、備えはしておくものだ。ドワーフが作った兵器で試射でも問題なかったそうだし、理論的にも実験でも陸王亀の甲羅にも効果があるはずなのだが、眼の前の陸王亀はちと大きいし、要所に装甲までつけている。
「てーっ!」
ブォンガチャンと二発の大型の弾、鉄槍が陸王亀に放物線を描いて向かい、一発はど真ん中に命中……
しかけたところを陸王亀の背に乗っていた大柄な魔物に切り払われた。切られた鉄槍は周りの魔物を巻き込んだものの陸王亀の背をすべるのみで、もう一発は狙いを外し、肩の付近に突き立った。
「ソロモン?」
見た目はまるでオーガだ。体格は人間の時より大きくなっているし、肌色がどす黒くなっている。二本の角も生え、顔つきも化け物じみた雰囲気になっているが面影はある。何より振るわれた剣筋が見たことのあるものだった。
そうしてソロモンが吠えた。
「勇者よ! オレと戦え!」
その手に掴んでいるのは人間の子どもだ。村ごと攫われた村人たちから確保しておいたのか。ソロモンはぐったりしている子どもを掴んだまま陸王亀から飛び降り、一人城門の前までやってきた。
「出てこい! 一対一だ!」
ソロモンは城壁上の俺を見つけたようだ。そう俺に向かって言うや子どもを無造作に投げ捨てた。ここで俺が出ていかなければ確実に子どもは殺される。ああ、ちくしょう。あれは女の子だよ。
魔法は封じたが、俺を確実に倒しておきたいのだろう。ソロモンの周囲からは魔物の姿が消えている。本当に一対一を希望しているようだ。
だが勝てるのか? ソロモンとは魔法があってやっと互角。しかもなんか化け物にバージョンアップしている。体格は一回りも二回りもでかくなり、もちろん力も増していることだろう。
じゃあ見捨てるのか? それが正しい選択だ。たった一人の子どもと俺の命。この戦場でどちらが重要かは明白だ。
「ちょっと待ってろ!」
勇者として逃げたくはない。逃げるべきではない。しかし降りようとしたところでサティに引き止められた。
「あれを」
そう城門を示される。城門の通用口から誰か……師匠だ。見てる間に魔物に埋められた堀をぴょんぴょんと飛んで渡り、ソロモンの前に立った。
「バルナバーシュ・ヘイダ!」
「化け物染みた姿になりおって。神国の人間ともあろうものが、邪神の信徒にまで落ちぶれたか」
「黙れ。貴様になど用はない」
「本当にそうか? お前がそんな姿になってまで戦いたかったのは勇者か? 違うだろう?」
「勇者を出せ。さもなくば子どもは殺す」
「好きにせよ。たかだか子ども一人が死んだところで勇者は出て来ぬ」
その言葉にソロモンが俺を見上げて睨みつけてくる。いや俺は出ていく気はあるんだけどな?
「ワシを倒せば次は勇者だ。簡単な話であろう?」
そう言って師匠が腰の剣を抜いた。剣闘士大会とは逆だな。師匠と戦いたい時は俺が出て、俺と戦いたい時は師匠が出てくる。つくづく対戦運のないやつだ。
「それとも勇者のような若造とは戦えても、この剣聖からは恐ろしくて逃げ出すか? 光輪流後継者ソロモン・ライトマンよ」
「俺をその名で呼ぶなああああああああああああああああ」
激昂したソロモンが剣を高く振りかぶった。俺が降りる間もなく、二人の戦いが始まってしまった。