作品タイトル不明
332話 継承 後編
「デランダルさんは実際どの程度強いんですかね?」
普段は俺たちと立ち合ってもずっと勝ったり負けたりで、俺たちより強いのは確実だが、強さの底を見せたことがない。勝つときも負けるときもかなりあっさりで、ほとんど本気でやっている様子がない。
「一度見たからソロモンにも勝てるだろうな」
「それほどですか」
デランダルさんの特殊能力、完全記憶で一度見た相手や技にはめっぽう強いが、それでもソロモンに勝てるのなら相当なものだ。
「あるいはデランダルこそが剣聖へと至る器であったかもしれぬ。だがあやつはソードマスターになった時点で満足してしまった」
普段の言動を考えれば、上を目指す気がないのはよく分かる。そもそもデランダルさんは領地改革を強引に進めたせいで親族から暗殺されかけて、自分の身を守るために剣士の修行に来た。それが思いの外素質があって剣聖の弟子にまでなっただけで、さらに先へと進む動機がなかったのだ。
趣味の音楽になら人生を捧げる勢いだし、文官をやらせれば帝都の王子直属の官吏が頭を下げて教えを請うほどに有能だ。千年計画にすでに参加済みでなければクライアンス王子かウィルがスカウトしていたことだろう。
貴族でもあるし帝都でも楽しそうにしていたし、剣にすべてを捧げる理由がない。どちらかというと暴力的なことは嫌いで、元が文官向きな雰囲気もある。
だがそれでも俺たちより強いのだ。師匠が勿体ないと言うのもわかるが、修行を強制したところで本人にその気がなければどうしようもない。
デランダルさんとヴォークト殿が間合い手前で向かい合い、一旦立ち止まった。剣と剣が触れそうな距離で間合いを保ったまま探るようにデランダルさんがゆったりと、ヴォークト殿の周囲を回るように横へと動く。二人はあまり接触がない。直接やるのは初めてかもしれない。間合いや出方を計っているのだろう。
半歩ほどデランダルさんが踏み込んで……またスッと間合いを取った。静まった会場でもふぅーと溜息が漏れる。どちらも世界最高峰の手練れだ。一瞬たりとも見逃せない。
静かな中、カシャリと聞き慣れない機械音がする。動きがなかったからシャッターチャンスだったか。
カメラはイオンに話したら神国でさほど時間もかからず開発に成功した。最初に作ったのはピンホールカメラで、いま客席から撮影したカメラはなんとか手持ちにサイズに小型化した次世代型。フィルムはガラス板でそこに感光剤を塗ったタイプだ。動きのある写真はまだ取れないが、静止した状態ならモノクロだが綺麗に撮影できた。ただ相変わらず魔法頼りでフィルムの量産ができないから貴重品である。
「これじゃ始まらないか」
ちらりとカメラのほうを見たデランダルさんが呟き、ヴォークト殿もそうだなと頷く。そして不意に双方が間合いに、同時に踏み込んだ。至近距離で剣同士がぶつかり合い、パッとデランダルさんが後退する。そこにヴォークト殿が追撃し、また剣と剣がぶつかり、双方が距離を取った。
次はヴォークト殿が踏み込み、また剣と剣が交錯し、離れる。そしてもう一度。同じようなやり取りの後、間合いが取られた。俺やサティ相手にはぐいぐい来ていたヴォークト殿がずいぶん慎重な動きだ。
どちらも深くは追わない探り合い。どちらかが踏み込んでも片方が正面衝突を回避する。しかしどちらも一手ミスをすれば決まりかねない鋭い攻撃、剣筋だった。
手ぬるい剣では相手の限界は測れない。どれもぎりぎりでのせめぎ合いだった。
「そろそろアレが来るかな?」
しかしそれにもすぐに変化が訪れる。デランダルさんが集中力を増した気配がする。必殺技とも言える、完全記憶を使った相手の動きをすべて把握した上での先読みが発動する。
普通の二手三手先の読みとは違うレベルの未来予測とも言うべき剣は、相手の動きをすべて封じてしまう。
デランダルさんの攻勢にヴォークト殿が防戦一方になる。それでも俺たち相手に使って即仕留めるのとは違い長引いているのは、実力が伯仲しているからだろうか。
「よく粘るが動きはすべて見切ったよ。もう何をしても無駄だね」
そう言うとろくに呼吸も整えずに、距離を取ったヴォークト殿を追撃していく。
肝は先読みからの誘導なのだと師匠は言っていた。先読みは誰でもやる。動きの誘導もだ。しかしそれをとことんまで突き詰め、誰も真似しえないほどに精度を高めたのがデランダルさんの先読みだ。やっかいなことに相手の動きをコントロールもするから、ある程度のイレギュラーにも対応できるのだ。
それでも師匠には勝てないし、上三人の師範代もそれ以上というのだから、意味がわからない。
師匠によると読みを外すか、読まれてもなお防げないような攻撃をすればいいという。野球で一五〇キロのストレートが来るとわかって普通の人は打てるだろうか? あるいは横綱のぶちかましが防げるだろうか? 単純な話、デランダルさんの対処能力を上回ればいいのだ。
しかし奇をてらった動きをしたところでそれは単なる変な動きだし、パワーもスピードも効率が悪く、ただの無駄な足掻きにすぎない。奥義にも当然対応される。同門というのもあるが、剣の理に沿った効率のいい動きというのは師匠の手により掘り尽くされている。
そしてデランダルに対して見せたことのない技があったとしても、デランダルさんは師匠の技は全て見て知っている。なにせ後継者として一時は期待されていたのだ。
剣聖へと期待されていたほどの達人を剣技で上回る。俺やサティのスピードやパワーがあってもそれは不可能だった。
だが決まるはずの先読みがヴォークト殿を仕留められない。それどころか反撃を許すようになっていた。デランダルさんの顔に焦りが見える。
「一体なにが?」
二人の戦い方に目立った変化はない。ただ、徐々にデランダルさんが劣勢になっていったのだ。
「ヴォークトの取れる手段の多さが読みを上回り、誘導を無効化したのだ」
剣術とは型を学ぶこと、すなわち動きのパターン化だ。有効な剣の攻撃、防御や回避は決まった動きがあり、それを体に覚えさせて実戦で使う。いちいち考えていては間に合わないからだ。それ故、デランダルさんの技が嵌まる。
デランダルさんが誘導により、たとえば五ある選択肢を四個減らして一つにする。あるいは二つにまで絞る。俺たちの選択肢は経験不足で少ないから、師匠やヴォークト殿くらいになると簡単に動きが読まれてしまう。
ところが選択肢が一〇もあれば誘導して五個減らしたところでまだ五個残る。六の選択肢が三個になるだけでもいい。読みが外れてしまえばデランダルさんが後手に回らざるを得なくなる。
デランダルさんのやっていることをヴォークト殿が理解し、対処した。ただそれだけのことだと師匠が説明してくれる。
「結局のところ、読みの深さがヴォークトのほうが上なのだ」
相手の動きを記憶しての対応も優秀だが、実際に相手の動きを見て気配を探り、次の動きを予測する技術に関してはヴォークト殿が上回る。そこでデランダルさんの誘導をずらすことができれば、後は地力や経験での勝負となる。
説明されても高度すぎて俺では何が起こっているのわからない。見えている戦いの裏で、高度な読み合い、裏のかきあいが発生しているのだ。その領域に踏み込まなければ理解も難しい。
ヴォークト殿の剣がデランダルさんの鎧を掠める。完全にデランダルさんが劣勢となっている。終わるかと思われたのだが師匠が言う。
「しっかり見ておれ。デランダルはまだ終わらんぞ」
その師匠の通り、デランダルさんの雰囲気がまた変わる。デランダルさんの一撃をヴォークト殿が大きく回避した。奥義か!
読みを維持したまま、さらに奥義での強力な攻撃を織り交ぜ、戦いを互角へと押し戻した。そして奥義に対抗するため、ヴォークト殿も奥義を使い始めた。
「これは……ほぼ互角、ですか?」
そう見えたが拮抗した戦いは長くは続かない。奥義はそう何発も放てないのだ。気力体力の盛大な削り合いが長く続くはずもない。
デランダルさんの膝がわずかに崩れ、そしてそれを見逃すヴォークト殿ではなかった。ヴォークト殿の剣がまともに叩きつけられ、デランダルさんは地に伏せった。
「最後は経験の差だったな。マサル」
師匠に言われてデランダルさんに駆けつける。ぴくりとも動かないが死んでないよな? エクストラヒールをかけるとデランダルはすぐに意識を取り戻し、むっくりと起き上がった。
「うう……ひどい目にあった」
そう言いながら剣をもろに食らった場所をさすっている。ヒールで完治はしているはずだが、大きなダメージのあった場所はしばらく違和感があるんだよな。急激に回復した組織と無事だった組織のずれと、激痛の残滓だ。
「お疲れ様です」
そう言いながらちらりとヴォークト殿を伺う。勝つには勝ったが今も肩で息をし、その疲労は大きい。俺など全力で奥義をぶっ放すと腕や肩が壊れて戦闘が終了することもあるのだ。奥義はいかにリスクを減らして使うか、パワーを抑えて余力を残すかが重要となる。
だがデランダルさんが相手だ。抑えた奥義で対抗できるほど甘くはなかったはずだ。残り三人も居るのにすでに相当消耗してしまっている。
俺たちが戻ると、入れ違いにホーネットさんが闘技場の中央に歩み出た。
「少し休憩しても~いいのですよ~」
相変わらずのドレス姿、裾の広がったフレアスカートで、のんびりした様子でホーネットさんが言う。後ろからだと開いた背中が艶めかしい。剣は手にしているが、防具はドレスの下にもまったく装備してないらしい。腰と胸を抑えるコルセットは革装備といえなくもないかもしれないが。
「必要ない」
そう答えても、ホーネットさんは動かない。
「あとで~、万全でなかったから負けたなどと言い訳されてもつまりませんからね~」
呼吸を整える時間程度は待つつもりらしい。
「ホーネットも才能に溢れた剣士だったのだ」
それを見ながらぽつりと師匠が言う。しかし才能が有りすぎたのだという。元から強かったのだが剣聖の指導を受け、その技術を地面に染み込む水のように吸収し、そして成長が止まった。
「これはワシのミスだった」
師匠も本人も壁にぶつかったことにしばらく気が付けなかった。修練もまじめにこなしていたし、新しい技の習得もしていた。しかしその時点ですでに確実に勝てるのは師匠以外にはいなかったのだ。
ホーネットさんが今より若かりし頃は荒れていて、師匠に合う前に生意気な貴族のボンボンとその取り巻きとトラブルを起こして惨殺し、帝国中から指名手配を受けてしまった。それでも誰にも捕まらず逃げ切っていたのを、師匠が帝国からの依頼を受けて捕獲した。
師匠はホーネットさんの才能を惜しみ、帝国内に入らないこと、師匠が保護することを条件に、ホーネットさんの身柄を貰い受けた。
師匠の元で剣技を学び、高弟までになり、周囲からの尊敬と心から落ち着ける居場所を得た。そしてそこでホーネットさんは満足してしまった。強くなろうという渇望が消えてしまったのだ。
「あるいは一度ここから放り出すべきだったかもしれぬ」
だが血反吐を吐いてでも強くなろう、剣聖をも超えようという意思を持たねば、上手く行かなかっただろう。
「真の強さというのは育てて育つものではない。難しいものだ」
師匠をして手助けをするだけしかできない。俺たちへの指導も面倒な修行相手をしょっちゅう用意はしたが、教えること自体は最低限だった理由だ。師匠は俺たちが自分の意思で強くなることを目指し、そしてどうやったら強くなるか考えさせた。
「だから今回のことはホーネットにとってもいい機会だった」
ヒラギス戦後にヴォークト殿との立ち合いで敗北したのを、師匠が煽ってホーネットさん自らが修行をするように仕向けた。今回のことはホーネットさんにとってもいい成長の機会だったようだ。
「じゃあ死になさい」
そうホーネットさんが言うと静かに戦いが始まった。ダンスのように舞うホーネットさんの剣を、ヴォークト殿は着実に受け、躱し、そして切り裂かれた。しかし浅い。鎧を掠めただけのようだが、驚いた表情でヴォークト殿が後退する。
「ふふーん。一度不意打ちで勝ったくらいでいい気になられても困るのですよ~」
ヴォークト殿に負けてからおおよそ二ヶ月間の修行はそれなりの成果があったらしい。
「では今度こそ、どちらが強いかはっきりさせよう」
ヴォークト殿の煽るような言葉に、ホーネットさんがいきなり動いた。間合いが一気に詰まる。サティの使った縮地だ。
舞うような動きから、鋭い刺すような剣が連続で放たれる。かと思えばゆったりとした動きから別の生き物のように剣が踊る。俺たちの使う直線的な剣よりふらふらと遅い非効率な動きのはずなのだが、卓越した回避、防御力により一手の遅さは打ち消され、そして織り交ぜられる速さのある攻撃が緩急により効果的となる。
これが流水系の一つの極地。幻惑する剣と早さが同居したホーネットさん必殺の剣だ。
突きを多用した速さを極めた剣だけでもやっかいなのに、そこに最高レベルのフェイントが来るのだ。俺も指導を受けたことがあるし、相手をしてもらったこともあるが一本も取ったことがない。受けや回避にも絶対の自信を持っていて、だからこそ防具を使わない。
ヴォークト殿も果敢に反撃するが、剣は空を切る。剣で剣すら捉えきれない。
そして俺たちには更に先がある。奥義による瞬間的な強化は、効果的に使えば防御も回避も不可能な必殺の一撃となる。
ホーネットさんの繰り出した奥義の一撃がヴォークト殿を捉える。突きを肩口にもろに食らったはずだが、しっかりとした動きで後退をした。ダメージのほどは不明だ。剣を持たないほうだったから、剣を振るうのに問題はなさそうだが……
「大人しく負けを認めてもいいんですよ〜」
そう言いながらもゆっくりと間合いを詰める。ヴォークト殿も回復魔法くらいは使えるから、使わせるつもりもないのだろう。
「この程度で戦えなくなるほど柔な鍛え方はしておらん」
「なら〜、動けなくなるまで切り刻んであげましょうね〜」
これまでのパターンなら相手の動きを見切ったヴォークト殿が反撃に出るのだが、現実はそう甘くなかった。
ダメージのせいか、ホーネットさんの動きに対処のしようがないのか、防戦一方、押されっぱなしとなってしまっている。
だが攻撃はすべて回避か防御をしている。反撃の機会を伺っている? やるとすれば派手に動いているホーネットさんの息が切れた瞬間――ここだ。
瞬間、双方が剣を引き、大きく距離を取った。
「ヴォークト殿の反撃にホーネットさんがカウンターを合わせようとして、失敗した?」
それにしては剣の動きが中途半端だった。技に入る前に双方が引いた感じだった。俺でも予想できるタイミングだ。ホーネットさんも当然予期していたのだろうが……
「ホーネットのカウンターはそのままなら成功していたな。だが相打ちになってしまうのを嫌った二人が、同時に剣を引いたのだ」
ヴォークト殿は後のことも考えるとこれ以上食らいたくないし、ホーネットさんは防具もないから一撃すらもらうつもりがない。双方の思惑が重なって、どちらも大きく踏み込む前に剣を引いた。
俺なら強引にたたきつけてしまうが、これも高度な読み合いか。
しかしヴォークト殿のようやくの反撃にすらカウンターを合わせてきた。やはりホーネットさんは難敵だ。
「ヴォークト殿、勝てるんですよね?」
「うーむ。一度は勝ったのだ。問題なく勝てると思ったのだがのう。ホーネットの剣が以前にも増して鋭くなっておる」
たった二ヶ月ほどの修行で大きく成長した。それが才能があるということなのだろう。
「どうするんですか」
「ま、まあ見ておれ。ヴォークトとてこのままでは終わらだろう」
だが再開された戦いはまた同じ流れを、いやヴォークト殿が大きく動いた。奥義で出力を上げた連打でホーネットさんの剣を抑えようとして――失敗した。
攻勢を凌いだホーネットさんも手を休め、双方が離れて息を整えている。ホーネットさん側のチャンスだと思うのだが、休憩を選んだのは……
「ホーネットさんはスタミナに問題があるんですかね?」
「確かにタフさやスタミナでは劣る面がないではないが、この程度ではまだ動きは衰えんぞ」
戦闘を長引かせて有利に運べるほど簡単でもないか。
戦闘はすぐに再開された。ヴォークト殿は防御主体で動きが少ない。反撃の機を伺っているのかと思ったが、ホーネットさんの体がほんのわずかに泳いだ。
ヴォークト殿の使う、間の阻害だ。たとえば予想しないところで段差に足を入れ、がくんと倒れそうになる。あるいは手すりに体を預けようとしたところで、手すりがいきなり折れてしまう。そういった動いた時のタイミングを外すことで、やられると動きがガッタガタになってしまう恐ろしい技だ。相手の動きの読みが必須なのだが、ここにきてやっとホーネットさんの動きの間を掴んだのだろう。
それともここぞというタイミングを測っていたのか。ほんのわずかに崩れた間をヴォークト殿は見逃さなかった。
放たれる奥義の一撃、雷光の剣は、ホーネットさんの体を切り裂いたかにも見えた。
二人の動きが数瞬止まり、そしてホーネットさんが膝から崩れ落ちた。
「や~ら~れ~た~」
そう苦しげに言ってばったりと横ざまに倒れた。結構余裕あるな。奥義をもろに食らったようだが、たぶんヴォークト殿側が加減をしたのだろう。でなければ防具もなしで鉄剣を食らって、致命傷になってもおかしくなかった。
おっと、考えてないで救護しなきゃだな。闘技場内は俺たちだけだ。救護班なんて当然居ないし、用意もされてない。
ヴォークト殿も自分で回復魔法をかけている。しかし恐ろしいな。絶剣の由来はこれか。間を壊す技で一瞬の隙を作り、ただの一撃で勝負を決める。
読みは誰もがやる技術だ。問題は読んでそれからどうするか。ヴォークト殿は読みから間の阻害をする。デランダルさんは相手の動きを自分の望むように誘導した。ホーネットさんはそもそもが読ませない動きをして、回避不能の速さの攻撃をするといったところか。
俺とホーネットさんが戻ったところで、壁際に座っていたブルーがのっそりと立ち上がり、ずしずしと歩んでいく。装備はちゃんと革装備だが、手にした武器は鉄製の六角棒、そしてそこそこのサイズの歪な盾。以前エリーが空間魔法で切り裂いたやつだな。
「さあ、楽しモウ」
ブルーが鉄棍を振り上げ、うぉおおおおおおおと雄叫びをあげた。こわー。
「ブルーさんはホーネットさんより強いんですか?」
「最後にやったときは決着がつかず、ホーネットが音を上げた形であったな」
ホーネットさんがスタミナ切れで降参したのか。いやしかしだ、ブルーはホーネットさんの攻撃を凌ぎきったということか?
「今やればきっと勝てますよ〜」
「わからんぞ?」
ホーネットさんの言葉に師匠が答えた。ブルーはパワーは当然あって技術もあるといっても、ホーネットさんの動きについていけそうにもない感じがするのだが……そう言えば以前、あれで剣技のレベルも高いと師匠が言っていたな。師匠が高いと褒めるくらいなら相当なのだろうか。
だが何かを聞く間もなく、戦いが始まった。雄叫びを上げたブルーが即座に動いたのだ。ヴォークト殿に迫り豪快に振り回される鉄棍だったが、すべて躱されていく。回復魔法で傷は治せたようだが、ろくに休む時間もなくホーネット戦での疲労が抜ける時間はなかった。少しは休みたいのだろう。
しかしそれを許すほどブルーも甘くはなかった。鉄棍がヴォークト殿を捉える。パワーに任せた正面からの一撃だ。躱すは無理でも剣で受け流すのは難しくない。ギュリッと鉄が無理やりこすりつけられる音がして、鉄棍が逸らされる。
「相変わらずの馬鹿力だ」
「それだけだと思うナ。もうあの時とは違うノダ」
そう言うとブルーが再び荒ぶる攻撃を開始した。
「弟子になったのはブルーのほうが先だったのだ。だがヴォークトもまた天性の剣才があった。ブルーはあの体格であろう? ある程度剣の理を仕込めば、それだけでもはや天下無双の剣士となれたのだ」
それが弟弟子のヴォークト殿、そしてエルド将軍に続けて破れた。
「ブルーには剣の才能がなかったんですか?」
「普通、といったところか。肉体の強さ以外で目立った才はなかったな」
ブルーが軽く剣を振るうだけで大抵の者は吹き飛んだ。肉体の強さだけで技も技術も不要だったのだ。
ブルーにしてもホーネットさんにしても師匠が直に修行に付き合えれば良かったのだが、二〇年前にしてもすでに八〇歳だ。若くて強い弟子たちとの直接の立ち合いは滅多にしてやれなかった。
体は日々衰え、師匠をして剣の維持だけで精一杯という状況だったのだ。それでヴォークト殿も師匠の下を離れ、武者修行に出た。
「しかしこれほど長生きするならもっと付き合ってやれば良かったのかもしれぬな」
「体を労ったからこそ、これほど長生きできたのですよ、きっと~」
「それでブルーはな、諦めなかったのよ」
中年に差し掛かって初めて、真に剣の技術を学ぼうとした。ブルーの力強さはむしろ繊細な技術を手に入れるのに邪魔だったが、努力を重ね続けた。
「あれでものすごく器用なんですよね~」
「料理も上手くなったしな」
昔はイメージ通り、肉を丸ごとかじり取るような食事をしていたらしいが、剣の技術と料理はブルーにとって何か通じるものがあったらしい。少しずつ料理に上達し、剣の技術を覚え、そしてホーネットさんの攻撃すら凌ぐくらいになった。
「あんな大振り~当たるものじゃないですけどね~」
パワーで鉄棍を豪快に振り回す戦闘スタイルは主義なのか合ってると思ったのか、剣術を学んでも捨てることはなかった。そんな大振りでも防御が固いのは大きな盾の使い方が上手かったからだ。普通の人の持つ大盾サイズを軽々と操り、相手の攻撃を万全に防ぐ。
「マサルの魔法を正面から受けるのも、今もなお強くなることに余念がないからよ。あやつが勝ちを優先すれば、マサルでも簡単には勝てんぞ?」
薄々そんな気がしたが、デランダルさんもホーネットさんもブルーも全員ソロモンより強いんじゃ?
覚悟を決めたのか、少しは休んで体力が回復したのか、パワーとパワーのぶつかり合いが展開された。技術もなにもないように見える怪獣大決戦だ。こういうものを映像で残したかった。ただの写真や話では到底伝わらない迫力だった。
ブルーの一撃はヴォークト殿を後退させ、ヴォークト殿の一撃もまたブルーの巨体をよろめかせた。
双方が出し惜しみなくパワーを、奥義を繰り出していく。
しかし最後に勝負を決定したのはヴォークト殿の技術だった。剣技によってブルーの鉄棍は受け流され、攻撃は大盾をもすり抜けた。
それでもヴォークト殿の必殺の一撃でもブルーは倒れない。戦意を失わず戦い続けた。
二発、そして三発目でようやくブルーは動きを止め、その膝をつかせることができた。
さすがにダメージが深いのか、グゥゥとうめき声をあげ、盾も取り落としてしまっていた。
「まダ……届かぬカ」
しかし嬉しそうにそう言うと、すっくと立ち上がりしっかりとした足取りで俺たちのほうへと戻ってきた。あれ? ダメージは……
「まだ戦えたであろう?」
「続けてモ勝てなカッタ。ならばアーマンドにも残してやらねバナ」
ふん、と師匠が鼻を鳴らす。しかし今でさえヴォークト殿はブルー相手に何度も奥義を使い、限界まで体力を出し切って、どれほど戦える力が残っているだろうか。
そして最後の相手、二刀のアーマンド。師匠が最後に指名した剣士が闘技場の中央へと向かう。
「きつそうだな。明日にでも延期するかい?」
「ようやく身体が温まったところだ」
ふうふうと肩で息をしながら、それでも平然とそう答える。
「それは良かった。もし明日にするなんて答えたら、この場で即切り捨てていたところだよ」
「この程度の疲労で戦えないなどと、師匠は、剣聖なら言わないはずだ」
うん、とアーマンドさんも頷く。ヴォークト殿はダメージ自体はほぼないはずだ。しかし最初から最後まで全開だったブルーの相手をするため常に全力を出さざるを得なかった。奥義も何度も使っていたし、ブルーの攻撃をただ受けるだけでも手や腕は痺れる。休めば多少体力は回復するが、パワーもスピードも当然落ちるし、足も動かなくなる。
そうなると最後にものを言うのは意地と根性だ。気力だけで戦うことになるのだが、ヴォークト殿の目は微塵も輝きを失っては居ない。
「僕はね。三年前師匠に挑み、破れた」
ヴォークト殿が汗だくで立ち尽くしながら、黙ってアーマンドの言葉を聞いている。剣をだらりと地につけ、持ち上げる力すら無駄にしたくないようだ。
「三年前、最後に立ち合ったとき、アーマンドはワシに一撃をいれた。今ならどうであろうな?」
「師匠に一撃を入れたのに、ホーネットさんとブルーと互角の実力なんですか?」
「ワシから見れば大して変わらん」
実際に立ち合えばほぼ互角の勝率らしいのだ。もしその気になれば、二人とも師匠に一撃を入れるくらいの力はあるはずだと師匠は言う。しかしブルーはあの通りの大振りだし、ホーネットさんは師匠に本気で向ける剣は持っていなかった。
「師匠に引導を渡すつもりだった。しかし剣聖の名を継いでもいいと大口を叩いて、埋められない差を見せつけられた。とんだ思い上がりだったよ」
そう言って二つ名の通り、剣を両手に構えた。
「ヴォークト殿に剣聖の資格があるか否か、このアーマンドが確かめてやろう」
疲労困憊のヴォークト殿に向けて、アーマンドさんが足を踏み出した。