軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

316話 異世界における安全対策

セーフ。間に合った。蒸気タービンはすでに火を入れる直前だった。だから早いよ! 見た感じ爆発しそうな構造ではなかったが、それでも一旦その作業を止めさせて、爆発暴発の危険性を話し、作業場所を離すか防護壁などでしっかりと隔離するよう指示をする。また今後作業する人員には十分な防護と、ゴーグルの着用も命じておく。

しっかりとした対策ができるまで作業は中止だ。事を急いで貴重な人員に被害は出したくない。

「魔法? そうだな。魔法で防御すればいいのか。まあ安全に作業ができるなら手段は任せる」

電気を扱っている部門も素手で作業をしていたから、こっちも耐電使用の手袋を作るまで、これも実際の作業を中止させた。蒸気タービンで大電流が発生すると死人がでかねない。

石油の精製は現在は設備も小規模で爆発はしなさそうだが、火気に関しては注意が必要だ。精製物を貯蔵するタンク周辺も危ない。これは場所をもっと考えたほうがいいな。それと石油燃焼後の排気ガスの健康被害への注意喚起だ。

「対策なしに煙を吸い込んでたら、下手したら寿命が半分以下になるぞ?」

そう聞いたエルフたちは震え上がっていた。肺がんにでもなったら、現状の医療、回復魔法では治せないのだ。

それからゴムやプラを作る際の薬品を扱う時の注意だ。こちらも防護服にマスクにゴーグル。隔離した実験室が必要だ。

ただ錬金術師は毒物も扱うのでそれなりに対策はやっていた。それなりだけど。

「熟練の錬金術師はそんなヘマはしません」

そう断言してろくな防護もなく作業をしていたが、これから新人作業員が増えるし、新しい物質、薬品も扱うことになるのだ。安全対策をするように、強く念押しをしておいた。

「化合物の中には吸い込むと一発で死ぬような物もあるんだ」

「それは……良い武器になるのでは?」

化学兵器かあ……有効なんだろうけど、あんまり活用したくないな。

「もしできそうでも絶対に極秘にしておけ」

それを魔物にだけ使うならいい、そう声を潜めて話し出す。だがたとえばエルフの里を一瞬で殲滅できるような兵器ができて、製法が流出して誰にでも作れるようになったら? 他国の、他種族の善意を、自制心をそこまで信用できるか? あるいはダークエルフに漏れてしまえば?

実際塩素ガスなら塩水を電気分解するだけで作れるはずだ。他にも製法が分かれば簡単に材料が調達できて作れる毒物なんていくらでもある。

「とにかく安全対策は取りまとめて周知させておいてくれ」

俺の言葉にエルフは強く頷いた。

そうして研究所を一巡して気がつけばお昼。食事が終われば会議である。

とりあえず昼食時も仲間相手に安全対策の講義だ。特に神国は目が届かないし医療関連の話をイオンにする。

研究所を独立させて無菌状態の維持をする。病原体を調べるなら感染対策も厳重にする必要がある。もちろん安全対策のための装備、マスクやゴーグル、防護服の開発も必須だ。

「こうして話しているだけでも、もし俺の呼吸に病原菌が潜んでいたら、みんなに感染リスクが発生するんだ。たとえば破傷風という傷から発生する病気の研究中に、風邪の病原菌持ちが何の対策もなくやってきたらどうなる?」

それからヒラギスの緑死病の話もする。あれはたぶん空気感染だが、患者の咳の飛沫や排泄物も当然感染源となるだろう。治療に行くなら最低限、マスクとゴーグル。できれば耐毒物用の完全防備が望ましい。

「装備を使った後は消毒、殺菌、洗浄だ。汚れを他に持ち込んでは意味がないからな。浄化がどの程度効果があるのか、それも調べたほうがいいな」

どんな作業でもまずリスクを考える。クソ面倒だし、バイトくらいしかしたことない俺が、なんでこんな重大なことを力説してまわってるのか。しかし俺がやらないとかなり適当なことになりそうだ。実際みんな、安全対策なんて考えもしないで作業をしている。

そうして大事故が起こってからやっと対策を考えようとなる。それではダメだ。

「鉱山と同じだ。安全対策を怠れば怪我人や死人がでるし、鉱毒を放置すれば周囲にまで被害が及ぶ。俺たちのやろうとしているのは、それと同じか、あるいはそれ以上に影響が大きいことなんだ」

まあ二〇年じゃ大規模な環境破壊まではいかないだろうが、注意を払い、ある程度は意識を高めておくことは重要だろう。

他に何か事故がありそうなパターンは……高所作業だ。今も城壁の工事は進んでいるはずだ。まだ食事中だが、あまり食欲の出る話じゃなかったし、会議が始まるまでに見に行くか。

「まだ見てなかった場所を思い出した。それで安全対策は今日の議題でも話して、後で資料も作ってくれると思うけど……ウィルのほうはどうなった?」

皆にはそのまま食べているように言って、俺だけ食事を切り上げ、立ち上がってそう聞く。

「俺とフランチェスカの件はそこそこ進んだっすね。ただ、計画に関して国王陛下の腰が重くて、どの程度協力を期待できるかが……」

「それはまあ昨日話を聞いたばかりで具体的な話も難しいだろうから、今日の会議で少しでも話が進めばいいさ」

最低限の協力でも、邪魔さえしなければそれで別に構わない。王国が協力してくれれば助かるが、帝国と神国が参加しているから必須とも言えないのだ。

外壁の工事はあと数日で主要部分が終わるくらいまで進んでいた。そして現場の責任者に事故の話を聞いたが数件あったような? という程度。その場で怪我はすぐに治療できるし、そもそも高所は魔法で飛べなければ危険だという認識くらいは当然あって、後は落下物に関する注意が足りなかったくらいだろうか。

「飛べない者は高所作業に関わらないのか? たとえばエルフも魔法使いが居ない場合とか」

「もし飛べる者が居なくても、城壁作りなんかは誰かがやらなければならないでしょうね」

当然安全帯、落下を防ぐための装備など存在していない。エルフの里の現場では不要だろうがとりあえず安全帯のことを話しておく。体につけるベルトかハーネス。丈夫なヒモ。工事現場に設置してヒモを繋げる金具は、土魔法で実際に作って見せた。

「これを移動するたびに付け替えるとなると、工事の進捗が遅れそうですね」

「落下して作業員が死んだり大怪我するよりマシだろう?」

ただの作業員だとたとえ死亡しても賠償金なんかは雀の涙みたいだが、熟練の作業員が失われると作業は当然遅れるし、現場の士気にも関わる。新人でも死人が出るような現場では誰も働きたがらないだろう。

「それもそうですね。貴重な戦力が、城壁の工事程度で失われるのは大きな損失です」

うん、そうだね。戦力は大事だものね。ここの工事もかなりの数の冒険者が手伝いに来てるし、主力として働いているエルフにしても工事や大工の専門というのは当然少ない。それで外壁の工事が終われば、計画のほうへと人員が一気に投入できるようになる。

「城壁ももう完成か」

特にエルフの里ではあらゆる場所で魔法が活用できるのだ。重機や高度な技術を使う現代日本と比べても上回る速度で工事が進む。

「どうじゃ、マサルが考案し、我らが総力を上げて建造したこの城壁は! 物理攻撃装備も整え、今度こそ何が来ようと落とせぬぞ!」

リリアがそう胸を張る。とりあえず今は大型のクロスボウと落とし穴だけではあるが、それでも相手が亀なら十分に勝算はありそうだ。ちなみに落とし穴はそこら中に作られていて、トリガー式にして普段はドラゴンが歩いても落ちないようになっているらしい。

「落とし穴にはガソリンでも詰めとくか。魔物が落ちたら火を付けて蒸し焼きにできるぞ」

「それはいいのう。試してみるとしよう」

前回は落とし穴で足止めしかできなかったし、クロスボウで狙うより確実だろう。あとはなんだろな。電気が使えるようになりそうだし、電磁砲、レールガンか? 電磁力で加速するだけだし、案外できそうな気もするが……

そうして話してるうちに飛行物体がエルフの里へと近づいてくるのに気がついた。もう試験飛行ができたのか。二代目だか三代目の無動力グライダーだが、ちゃんと先頭に付いたプロペラが回っている。

高度を下げながらこちらへと向かい、速度を上げてきているようだ。プロペラと風魔法を併用している様子だ。速度試験でもやっているのだろうか。

「おお、かなり早いぞ」

自分で飛ぶのと比べると軽く倍以上は出ていそうだ。そんなことを考えながら上空を通過していくのを眺めていると、バキッと音がして一瞬機体がふらついた。

プロペラの軸かギアが折れたか。プロペラ機はすぐに姿勢を制御してスムーズに滑走路がある方へと向かっていった。航空機部門は事故の心配はしなくて良さそうだな。注意するとしたら離着陸の管理くらいか? 機体が複数になってからでもいいとは思うが。

「壊れたのう……」

「最初はそんなもんだ」

たぶん木か土魔法でプロペラや部品を作ったのだろう。やはり時間がかかっても金属加工が必要だが、この制作の素早さも捨てがたいな。

それに土からでもかなり硬い素材は作れるはずだ。セラミックは土だったはず。ロケットの外壁に使われるほどの耐熱性と硬度を持つ。固めて焼けばいいのか? 土の種類もあるだろうが、試してみる価値はありそうだ。もし土魔法で金属に負けない硬度が出せれば、工業化に弾みがつきそうだ。

すぐにでも実験に取り掛かりたかったが、そろそろ会議の時間だと呼び出しが来てしまった。リリアのフライで運んでもらい、城に到着。会議の場所に移動すると、エルフ王一行が入り口付近で俺たちを待っていて、どうやら俺たちが最後だったようだ。

「すいません、待たせてしまいましたか?」

「大丈夫だ。さあ、一緒に入ろうではないか」

何が楽しいのか普段より嬉しそうに俺を差し招き、会議室へと一緒に足を踏み入れた。そうして俺たちが部屋に入ると楽隊の演奏が始まった。これはエルフ国国歌のお披露目か。

立ち止まって演奏に聞き入る。完成したエルフ国の国歌は原曲の色を十分に残しつつ、楽器が増やされて壮大な雰囲気の曲に仕上がっていた。それをエルフでも最高の歌姫が心を込めて歌い上げる。歌詞の翻訳も改めて聞いても問題はないどころか、中々の出来に思えた。元が名曲で歌詞もほとんど単純な翻訳でいけたせいであるのだが。

三分ほどの演奏が終わるとエルフ王が前に進み出て宣言した。

「今日をもって、この『故郷への道』をエルフ国の国歌と定める」

拍手喝采が沸き起こる。半数以上を占めるエルフたちは事情を知っているが、その他の者もよくわからないまま、披露された名曲に感動したのかしっかりと拍手している。

拍手の中、それぞれの席につく。会議室は大学の講義室に似せて、半円状の席が段々になっていて、王様たちも座るのでゆったりと豪華な作りになっている。俺はもちろん教壇の位置だ。

「しかしこのようの場で、エルフだけ曲を披露するのは不公平というものではないか?」

ど真ん中最前列に陣取った帝王陛下がちくり嫌味を言う。たぶん先を越されて悔しかったんだろう。

「他はまだじゃが帝国の曲は一応は完成しておるようじゃぞ? この場で披露させても良いが、祭りの閉会式でお披露目の予定であろう?」

やはり嫌味を言っただけのようで、正式なお披露目を楽しみに待つことにするようだ。

「本日は急な召集にも関わらず集まってくれて感謝する。それでまずは新たな仲間、リシュラ王国が千年計画に参加することを歓迎したい」

まばらな拍手が起こり国王陛下が軽く手を上げて応える。確かに反応が今ひとつだな。冷めた感じで表情もあまり動かさない。確かに俺たちの側も大歓迎って感じでもないが、昨日すでに来ていたことは周知の事実だ。

俺が失礼、というか無礼な態度を取ったせいだろうか。本来なら臣下のはずなのだ。んーむ、考えてもわからないし、今は後回しにするしかないか。

「そして昨日完成したこの基礎科学教本を計画の参加者は最初に読んでほしい。これを読めば世界の真理の一端を知ることができるはずだ」

二〇部ずつ配布して、増やしたいなら各国で写本。秘密保持なども改めて話しておく。

「新規参加者にもそれは徹底してくれ。これに関しては真偽院が全面的に協力してくれている」

それからここまでの計画の成果のことを話していく。鉄筋工法による城壁の建設。望遠レンズと顕微鏡。プロペラ機は最初の飛行でフライの三倍近いスピードでの飛行を実現した。石油の発見と蒸気による新たな動力の開発。電気を生み出す発電機と電気モーター。神国では遠心分離機が試作され、医療研究が始まっている。木材から紙を量産する方法と印刷の研究もいくらか前進した。

具体的な成果はこれくらいだろうか。望遠レンズで天体観測は盛んに行われているようだが、具体的に何がわかったというこはないようだ。

「エルフの里、神国に研究所ができ、近々帝都にも研究所が開設されるわけだが、すべて千年計画のための共同の研究所で、人の行き来、情報の制限は一切なくし、また人材や物資に関しても相互に融通しあってほしい。リシュラ王国に関してはどうするかは、後ほど話し合いを持ちましょう」

そう国王陛下に向けて言っておく。

「それで今後の話になるんだが、我々の目標が月への到達であることを改めて確認しておく。そのためには今まで人族がなし得なかったパワーと強固な金属。非常に高度な技術や計算能力が必要となってくる。そのために広範囲で大規模な調査と研究をすることになるだろう」

だが現状、どれほどの規模になるかもわからない。

「この世界のすべてを知る、理解できるようにするんだ。まあ少なくともそうできるように努力する。そして敵は魔物だ。千年計画の参加者は国を忘れろとは言わん。しかし一旦脇に置いて、全面的に協力しあってくれ」

そうでなければ成し遂げられない。あと一九年しかないのだ。

ああ、そうか。国王陛下はそのあたりを知らないのか。だから何かつまらないことでへそを曲げている。

「さて、次は安全対策の話をしよう――」

これは概要だからそう長い話にはならない。後で資料をまとめて配布して、現場が立ち上がり次第対策の実行を確認していくことになるだろう。

「今後の、直近の話になるんだが、正直どう計画を進めていいものか迷っている」

現状は個人で好きな研究開発に携わっているのと、俺がその場で思いついたことを特に計画もなくやってもらっている。後は俺の発言や書いた資料の理論研究と学習だな。

「これが月へと向かうためのロケットだ。全長が五〇メルトほどある」

そう言って教壇に貼った大きな紙に図を描いていく。黒板とチョークもほしいな。

「重量は二〇〇トンくらいだろうか。鉄の数倍の硬度の金属製で、最高速度はフライの数百倍以上に達する。燃料は石油の精製物と空気の混合物を燃焼させる。人員はこの部分に二名から四名ほど乗って、あとの部分のほとんどは燃料が占める。ロケットの操作は船首から電気でコントロールする」

金属の船体、高温の燃焼に耐えるロケット部分に各種部品。燃料、電気系統。

「遠距離通信に、軌道を計算するための数学もいる」

正確な時計や計器もだ。コンピューターは一応開発を視野には入れておくが、果たして間に合うか……

「最低限これだけのものが必要だ。問題は山積み。残り時間は少ない」

俺の言葉に聴衆がざわめいた。しまった。時間の話は口が滑った。しかし……これは極めて重要で、参加者にも密接に関わる話だ。

「期限は二〇年。この計画の予備段階としてすでに一年を使っているから、残りは一九年だ。これは絶対的な期限だ。遅延は許されない。絶対にだ」

さらにざわめく。

「俺は世界を救うべく神に遣わされた使徒だ。この計画が失敗すれば……」

世界が滅ぶ? 果たしてどうやってだろうな?

「何が起こるかわからん。だから各人、覚悟を持って計画に臨んでほしい。この世界を救うために最善を尽くしてほしい」

誰かがごくりと唾を飲み込む音。前列の誰かが手を上げて言った。

「あの……」

「この件に関してはこれ以上話せないし、一九年の期限に関してもそういうものだと疑問は差し挟まないで、世界がどうとか言ったことは忘れて、一切外には漏らさないでくれ。いいな?」

ぐるっと部屋を見渡す。特に異論のある者は居ないようだ。

「では月へ行くために何が必要か、みんなで考えることから始めようか」

まずは基礎研究と素材の収集だな。レアメタルが必要だが、まずはレアメタルは何かから、始めなければならん。リチウムを探してこいって言われて、たとえば普通の日本人のうち何人わかるんだろうな? 無理難題にもほどがあるが、それでもやらなければ世界は救えないし、俺はこれ以外の方法は思いつかない。

いま思えば二〇年の猶予は俺が千年計画を立ち上げることを見込んだ上でのことだったのだろうか。たとえば魔王討伐だけなら、師匠も元気なことだし位置さえ判明すれば今でもできそうだ。もう少し修行が必要だとしても二年、ゆっくりしたとしても五年もあれば十分。それが二〇年余裕を持って連れてこられた。

魔王を倒すのとどちらが簡単だったろうな? そんなことを考えながら俺は会議を進めていった。