軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48話 ある人達

サンディスの領地でフィービー達が遅めの昼食を摂っている頃、帝都にあるウェリタース邸では、フィービーの侍女ハンナが両手に畳んだタオルを持って移動していた。

「お嬢様……元気にしているのは間違いないだろうけど……」

フィービーがウェリタース家から姿を消して二ヵ月以上経過。最初の頃と比べると邸内の空気はマシになったと言えど、未だどんよりとした重苦しさは消えていない。唯一の救いは、幼いジゼルが徐々に立ち直り、明るく振る舞っていること。無理をしているようにも思えるがそんな時はエイヴァがさり気無くジゼルのサポートをしている。

「私も手伝うよ」

右への曲がり角に差し掛かった時、ひょっこりと先輩侍女のミラージュが現れた。先代夫人のダイアナの専属を務めていたミラージュは、ハンナ等後輩に当たる侍女に対しても気さくで気軽に接せられるよう人目のないところでは敬語を遣わなくてもいいと笑う。

「ありがとうミラージュ」

「良いのよ、自分の手が空いて暇だっただけ」

「えー? ホントかなー?」

「ホントよ」

こうやって冗談を言い合ったりもする。半分のタオルをミラージュに持ってもらい、引き続き目当ての浴室へと向かう。

「旦那様やミリアン様の前では、大っぴらに言えないけれど……フィービーお嬢様、元気にしているといいわね」

「そうね……」

「ハンナはお嬢様付きの侍女だったから、特にミリアン様からの当たりがきつかったけれど……今も?」

「最初と比べると大分マシになってるわ。奥様やダイソンさんがミリアン様を止めてくれたお陰よ」

フィービーがいなくなった当初、真っ先に手を貸した人物としてハンナは疑われた。手を貸していないと訴えれば、今度はフィービーの動向に違和感を感じなかったのかとミリアンに激昂された。同じく怒りを露にしていたゴーランドであるが、ミリアンの怒りは度が過ぎていると止めていたのをよく覚えている。

「ハンナ、貴女にだから話すけど……フィービーお嬢様、出て行って正解かもしれない」

「え」

意外なミラージュの発言に思わずハンナの足が止まり、瞳を丸くして次の言葉を待った。

「ダイアナ様が亡くなって以降、旦那様達やお嬢様の関係が大きく変わったじゃない? 私……知ってるの。ダイアナ様は、亡くなる間際、お嬢様に旦那様やミリアン様のことを託されていた。お嬢様はダイアナ様亡き後の旦那様やミリアン様が早く立ち直れるように私が二人を元気付けるんだって仰っていらした……」

「ダイソンさんに聞きました……お嬢様がお二人に言われたことも」

亡き母に託された最後の願いを叶えるべく一人奮闘したフィービー。結果は見るも無残なものへと変わり果てた。残された家族三人の関係のように。

「私とミラージュしかいないから言えますが……最低です。お二人は。それなのに、フィービーお嬢様が出て行ったら、お嬢様に捨てられたって被害者の顔をするなんてっ」

ずっと側でフィービーを支え続けてきたハンナは知っている。大好きなダイアナを失って以降、急にゴーランドやミリアンと距離を取り始め、気丈に振る舞いながら二人が注ぐ心無い言葉に傷付いていたフィービーを。再婚相手のエイヴァが初めてウェリタース家にやって来た時も、まだダイアナを失った傷が癒えていないのに後妻を快く迎えるべく努めて明るく振る舞ったのに、ゴーランドやミリアンの目にはエイヴァを受け入れていないと見做された。

「ダイアナ様が亡くなるまでは、家族として機能していたのに……」

「……私思うのよ。旦那様もミリアン様も、フィービーお嬢様をダイアナ様の代わりとしてしか見ていなかったんじゃないかって」

「ダイアナ様の?」

「うん」

ピンクがかった銀の髪、青の瞳、声までも。完璧な淑女と謳われたダイアナに瓜二つなフィービーをダイアナと見立てることで心の均衡を保っている節がゴーランドとミリアンにはあった。

「ぼうっとしている時、フィービーお嬢様に声を掛けられたことがあって。その時、私はダイアナ様に呼ばれたんだって勘違いしちゃった。危うくダイアナ様って呼びそうになって慌てたわ」

「そんなことが……」

長くダイアナと接してきたミラージュでこうなら、ゴーランドやミリアンがフィービーにダイアナの面影を求めてしまうのもまた納得してしまう。

ハンナは違う。

「私は……皆が言うほどお嬢様とダイアナ様が似ているとは思えない」

「そう?」

「見た目は確かにそっくりよ。声も似てる。だけど、ふとした時の仕草や声はダイアナ様とは似てない。お嬢様だけにしか出せないものだった」

「ふふ。それって、ハンナはしっかりフィービーお嬢様を見ていたって証ね」

ダイアナとフィービーを知る者は口を揃えて言う。

フィービーはダイアナと瓜二つだと。

いくら瓜二つだと言っても別の人間。親子であって双子ではない。

「ハンナのような人が一人でもいてお嬢様にとっては救いになっていた筈」

「そう……だといいな……」

一緒に連れて行ってほしかった。生粋の令嬢として育ったフィービーが誰かの手を借りようと外の世界で生きていくのは厳しい。フィービーの隣で、フィービーが自然に笑っている姿を見ていたかった。

会話をしながら浴室に到着し、棚にタオルを仕舞った。最後の一つを受け取ったハンナは棚の扉を閉めるとミラージュに振り向いた。

「ありがとう。ミラージュと話せて気分が晴れたわ」

「私の方こそ、話相手になってくれてありがとう。今の状況だと気軽に話せる人が限られてちょっとだけ参ってたんだ」

苦笑するミラージュにハンナも何とも言えない笑みを浮かべ見せた。フィービーの家出に手を貸した身として、今の状況を生み出した責任がある。扉の前で別れるとハンナは次の仕事をするべく気持ちを切り替えた。

「……」

一人になったミラージュは先程までハンナに見せていた人の好い笑みを消し、能面になると屋敷の外へ向かい、裏側に回って誰も使用しない小屋の前まで来ると屋敷の壁に背を預けた。小屋の中からダイソンが出て来ると頭を小さく下げた。

「休憩ですか? こんなところで」

「ミラージュこそ。一人になりたかったのですか」

「はい。そんなところです。……ダイソンさんは……未だに、私がクリストファー=ローウェル様の密偵だとウェリタース家の誰にも話していないのですね」

「話しませんよ。話して誰かが救われるならそうしますが、誰も救われない」

緩く首を振ったダイソンはゆっくりな足でミラージュの横に立った。顔を上へ上げれば、雲一つない冬の快晴が広がっている。初めてウェリタース家にやって来たダイアナも今のような混じりっ気のない澄んだ瞳をしていた。

完璧な淑女の名に相応しい隙のない美しさを兼ね備えたダイアナは人間離れした雰囲気を纏っていた。初恋の人を妻に迎えられて舞い上がっていたゴーランドは緊張した様子でエスコートをしていた。

「ダイアナ様はフィービーお嬢様が生まれるまで……ウェリタース家で幸せを感じたことは少なかったのではと……時折考えてしまいます」

長年仕えるゴーランドが心の底からダイアナを愛し、大切にしていたのを知っている。しかし——

「ダイアナ様が常に気を張っていらしたのを……旦那様は最後まで気付かれませんでした。私が指摘をしても旦那様の目には自然体に見えていたのです」

完璧な淑女の姿こそ、ダイアナの姿だと盲目的なまでに信じていたゴーランドにダイソンの言葉は届かなかった。

「フィービーお嬢様までもが……ダイアナ様と同じになってしまっていた。せめて、お嬢様だけでも気付いてあげてほしかった」

懺悔に似た言葉は後悔の色が濃く滲んでいた。何とも言えないミラージュは不意に声を発した。

「でも、フィービーお嬢様はダイアナ様に似て活発なところもありました。意外と逞しく生活をしていらっしゃるかもですよ」

「そうですね。私はそろそろ戻ります。ミラージュもちゃんと戻って下さいよ」

「分かってますって。ウェリタース家でのお給金は要らないって言ったのに、きっちりと払われるのでその分の仕事はちゃんとします」

流す情報は全てダイアナに関することのみ。仕事の能力は高く、信頼の篤いミラージュを見逃すのはきっちりと働いてもらうため。

「ミラージュが辞めて得をする人は誰もいませんからな」