軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14話 とある提案

新品の鏡台の前に座ってアズエラに髪を梳かれるフィービー。慣れた手付きで髪を梳き、あっという間に一つに纏めてしまったアズエラに感動していた。

「すごい……侍女にしてもらっていたのとまるで同じ」

「ほんと? 嬉しい。神官になってからは、身の回りのことは自分でするようになったのよ」

「伯爵家で暮らしてはいなかったの?」

「折角採用試験に合格したのなら、自立しようと思って寮で暮らしていたわ。お兄様にはかなり反対されたけど……」

フィービーも自分で髪を結えるようになろうと決め、休みの日に結い方を教えてもらう約束をする。櫛を髪に通すくらいは自分でするようになっても、自分で髪を結うのは無理だった。

「いっそのこと、長い髪を切ってしまおうかしら」

「ええ? 勿体ない」

最初の頃と比べるとお互い話し方も砕けるようになった。アズエラに纏められた髪は腰の辺りまである。貴族の女が髪を短くする時は、出家し修道女になる時だと言われている。ウェリタース家を出て行ったフィービーも似た境遇にあるのなら、思い切って髪を短くするのも悪くない。

二人で部屋を出て、途中で別れるとフィービーは教会の外に出た。秋になったばかりだが北の端に位置するこの地域の気温は冬に近い。早い内に冬の準備をしておくようにとはオルドーに言われている。

併設されている孤児院へ向かうには、教会の入り口を左に行き、長い廊下を抜けた先にある扉から外へ出ると目の前に真新しい建物が現れる。過去アリアージュ公爵夫人と回った孤児院より規模は小さい。オルドーによると身寄りのない子供の人数は十二人。内、赤子が三人、残る九人は十歳未満の子供達だ。

今日より自分が働く場に足を踏み入れる。

「……よし」

意を決し、ドアノブを回し扉を開けたフィービーは孤児院に入った。

扉の先には一人の女性が立っていた。薄い水色の髪を左耳の下に垂らし、紫色の垂れ目が入ったフィービーを見るなり柔く笑んだ。

「オルドー支部長より話は伺っています。貴女がフィービーさんですね?」

「は、はい。フィービーです。本日よりお世話になります」

肉付きがよくフィービーの知っているどの女性よりふくよかな体型をしており、初めて会ったのに母性を感じさせる人だと、頭を下げたフィービーは感じる。

「孤児院の責任者を任されているダイアナです」

「!」

昨夜、オルドーの言っていたダイアナは彼女のことだった。

顔を上げたフィービーは早速ダイアナに施設内を案内された。

「フィービーさんが貴族のお嬢様だとオルドー支部長より聞いています。子供達と触れ合ったことは?」

「帝都近辺にある孤児院に行ったことがあり、その時に」

「でしたら、心配はありませんね。フィービーさんには礼儀作法の他に、女の子達に刺繍を教えてあげてほしいです」

文字の読み書きはダイアナや他職員が教えており、礼儀作法は子爵家出身のダイアナが教えていると話すものの、高位貴族の礼儀作法を教えられる者はおらず、今回フィービーが来てくれたお陰で子供達の将来への道が広がった。

「やはり、下位貴族と高位貴族では学ぶ作法が違います。城へ上がる機会の多い高位貴族の礼儀作法を下位貴族が学ぶとなると家庭教師もかなり数が限られてきます」

昔同じことをアイが話していた。財力が豊富なアシュフォード家の娘な為、皇族の家庭教師の経験を持つ教師を雇えたと。

「ダイアナさんが職員になってどれくらい経ちますか?」

「まあまあ長いかしら。二十年は経っているかと」

教会、孤児院の職員や神官で合わせるとダイアナは古株の一人に入る。元々は神官として働いていたらしいが、孤児院を併設するにあたって子供の扱いが上手いダイアナが責任者に抜擢された。真新しい建物を見ると分かるが最近に開設されている。

施設の中で一番大きい広間に到着すると中で遊んでいた子供達や三人の職員の視線が一気にフィービーとダイアナに集中した。途端に緊張するフィービーだが「そう気負わないで。リラックスリラックス」と励まされ、深呼吸をして緊張を解いた。

「今日から着任することになったフィービーさんです。フィービーさん、自己紹介を」

「はいっ」

紹介されたフィービーはダイアナの一歩前に出るとお辞儀をした。

「本日より此方で働かせていただくことになりました、フィービーです。よろしくお願い致します」

なるべく笑顔を保って顔を上げると視線の先にいる子供達や職員達はぼうっとフィービーを見つめていた。初手から失敗した? と内心焦っているとダイアナが「ふふ」と笑った。

「貴女の綺麗なお辞儀に皆驚いているのね」

「私……何か失敗をしたとかは……」

「ううん、そんなことはないわ。安心して」

良かったと息を吐くと一人の女の子が近付いて来た。両腕にクマのぬいぐるみを抱いた姿がよくお気に入りの犬のぬいぐるみを抱くジゼルと重なってしまう。

「お姉さん今日から此処にいるの?」

「はい。皆さんのお役に立てるよう頑張りますね」

女の子と目線を合わせようと膝を折った。

「お名前を教えていただけますか?」

「ナナリー!」

黄色味のある茶髪を赤いリボンでハーフツインにした女の子はナナリーと名乗り、人懐っこい笑顔を浮かべた。歳はきっとジゼルとそう変わらない。ナナリーを皮切りに続々と子供達がフィービーに近付き輪になって囲んだ。次々に名前を言われ、ダイアナが止めるもののフィービーは制止した。

「大丈夫ですよ」

フィービーは一人一人目を合わせると教えられた名前を口にしていった。

「ハリソン君、エペルさん、ロジー君、ベリーさん、マーゴットさん、アントニアさん、ドロレスさん、キンバリーさん、ジェレマイア君ですね。皆さんの名前、確りと覚えました」

顔と名前は一致しており、驚く子供達に笑い掛け、膝を伸ばし感心するダイアナに向いた。

「赤子が三人いると聞いていますがそこへは……」

「今は朝ご飯を上げたばかりで眠っているから、赤ちゃんの紹介は起きた時にしましょう」

赤子は環境の変化に敏感で些細な物音にも反応し、泣き出してしまう子がいる。一人が泣くと他の二人も連動して泣き出してしまうので赤子に会うのは三人が起きている時にとなった。

子供達に解散! と告げ、意識を遊びに向けさせたダイアナは職員三人を呼び付けた。

中年の女性がスザンナ、同じくらいの歳の男性がウォレス。二人は夫婦で息子夫婦が町でパン屋を営んでいる。三人目はトレイシー。年齢はフィービーより少し上で髪の毛の色は焦げ茶なものの、紫色の垂れ目がダイアナと同じ。訊ねてみるとトレイシーはダイアナの娘であった。

「歳が近いし、フィービーさんの教育はトレイシーに任せましょう。トレイシー、良いかしら?」

「うん……」

頷いてはいるがフィービーと視線を合わせようとしない。人によっては他者を簡単に受け入れないとは聞く。その辺も覚悟しているフィービーの考えを読んだのか、ダイアナが苦笑しながら「ごめんなさいね、この子ちょっと人見知りをしてしまって」と教えた。

「根は悪い子じゃないの。二人共、歳が近い分仲良くしてちょうだいね」

「はい」

「はい……」

フィービーはハッキリと、トレイシーは曖昧に返事をしたのだった。

建物内の案内をトレイシーに任せたダイアナは二人を部屋の外へ出した。

「……こっちに来て。乳児部屋に案内します」

トレイシーの後ろを歩いていると不意に足が止まり、フィービーも立ち止まった。

「ただの……好奇心で聞くだけだから変な意味で捉えないでね……? どうしてこんな田舎に? 都会のお嬢様が好むものなんて此処にはないのに……」

「フィデス司祭に紹介をしていただきました。地方の教会で働きたいと私が頼んだのです」

「……」

くるりと振り向いたトレイシーはじっとフィービーを見つめると徐に頭を指指した。

「お母さんの髪は、この地域でよくあるけれど、フィービーは見たことがない」

フィービーにしてみるとダイアナの薄い水色の髪の方が珍しい。

「私の髪の色は母譲りなんです。遡ると他国出身の曾祖母が始まりです」

「そう……なんだ……。綺麗だけれど、とても目立つ色ね……」

「……」

ピンクがかった銀の髪を持つ女性は帝国ではフィービーだけといっていい。北の端にある町には、滅多に貴族は訪れないと聞く。この地を治める領主の屋敷は徒歩では辛い距離にある。万が一にも鉢合わせしないようオルドーが目を光らせるとは言ってくれるがトレイシーの指摘を受けて考えを改めた。

「あの、町で染色剤を手に入れるには何処の店に行けばいいですか?」

「え?」

突然の申し出に吃驚するトレイシーはまじまじとした視線をやる。

「髪……染めるの?」

「トレイシーさんの言う通り、私の髪の色は目立ちます。目立たなくなるようにしようかと」

「あ……えっと……、それなら、……」

まじまじとフィービーの髪を見つめていたトレイシーはハッとなって首を横に振り、髪を染めるのではなく鬘を被る提案をした。冬は極寒、夏は帝都より涼しく鬘を被っても暑苦しいとはならないだろう、と。

「髪を染めるには、まず強いアルコールで髪を脱色してからになる……。それをすると髪は傷んでしまうわ……勿体ない」

トレイシーの気遣いが嬉しく、お礼を述べ微笑んだフィービーは夕刻オルドーに鬘を被る相談をしようと決めた。