軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話  いつも踊らされる人

バタバタと慌ただしい足音を耳にしたソラはすぐさま魔法について書かれた布を裏返して敷物に見せかけると木のナイフでおままごとを始めた。

使用人なら誰も日本語が読めやしないが念には念を入れるに越したことはない。

ソラの涙ぐましい隠蔽作業が終わると同時にラゼットが部屋の扉を開けて入ってきた。ソラの手に木製のナイフがあるのを見つけると彼女は一瞬だけ首を傾げた。

「そういえば、まだ二歳でしたね」

ラゼットがぼそりと呟く。

ソラとのやり取りを経てラゼットは彼を子供と認識しなくなっていた。

「あと一年近くは二歳児をやってるつもりだよ?」

ソラが混ぜっ返す。

「そのつもりでしたらもっと子供らしくしていてください」

ラゼットが苦笑しながらもそう言って部屋の扉を閉めた瞬間、再び扉は開かれた。

勢い良く開かれた扉はその速度を殺しきれずに壁に激突して派手な音を立てる。廊下に木霊する激突音をBGMにして部屋へと飛び込んできたのは肩で息をしているミナンだった。

使用人とは思えない荒々しい登場をしたミナンにソラとラゼットが揃って固まる。

「はぁはぁ、ソラ様、ウッドドーラ商会と組みましたね!?」

驚きで動けないソラ達にミナンが怒鳴った。

ラゼットが冷や水を浴びた猫のように肩を跳ねさせ後退る。対して、ソラは落ち着きを取り戻していた。

「ラゼット、確かウッドドーラ商会は材木商会だったな?」

「えっと、はい。ツェンド商会長が経営している商会です」

ラゼットの返答を聞いたソラはミナンに視線を向ける。

よほど慌てていたのか、なかなか整わない息を苛立たしそうに抑えていたミナンはソラの視線に気付いて睨み返す。

「ソラ様はそうまでして二度目の宝くじを潰したいのですか? 何をしたのか分かっていますか?」

「落ち着け。いい大人が子供の前で取り乱すな。って二歳の俺が言うのもおかしいけど」

冷静に言葉を紡ぎながらソラはミナンを宥める。

──ったく、何でこっちに飛び火してくるんだよ。お前等で潰し合ってろ。利益をかすめ取るのが俺のやり方だってのに。

しかし、ソラは真っ黒な心を見透かす者がいないのを幸いと好き放題に心の中で毒吐いていた。

二面性に気づかれてややこしくなる前に話を進めてしまおうとソラはミナンに説明を要求した。

「説明もなにもウッドドーラ商会が宝くじの開催を告知したのです。それが原因で材木が更に値上がりしてクラインセルト家では採算が合わなくなりました。ソラ様がウッドドーラ商会に宝くじのやり方を教えたのでしょう?」

詰め寄るミナンをソラは鬱陶しそうに押し退けた。

今更過ぎる情報である。値上がり過ぎて宝くじが主催できないなどソラの知ったことではない。

「あんな単純な商売を真似できないはずがないだろ。ウッドドーラ商会が勝手にやってるんだよ」

「勝手にやっているのが問題なんです。クラインセルト家の商売を横取りしたも同然なんですから領主である旦那様の耳に入ればウッドドーラ商会が処罰されます。あの材木商会が取り潰されたら他にも悪い影響がでますよ」

ミナンが脅すような口調で言う。

ソラがラゼットに目配せすると彼女は小さく頷いた。

ミナンの懸念は的外れと言えないのだ。

「ラゼット、なぜ黙っていた?」

「まさか商会名義で主催するとは思わなかったものですから。教会名義であれば領主であろうと迂闊なことはできません」

「なるほどな。だが、ウッドドーラ商会はそこに頭が回らないほどの馬鹿なのか?」

「ソラ様はよくご存知でしょう? ウッドドーラ商会と手を結んでいるのですし」

「ミナン、口を挟むな。それとウッドドーラ商会と手を組んでいるわけがないだろ。利益もなければ意義もない」

「それは、そうですけど……。」

「分かったなら出て行け。邪魔だ。それと、裏切り者の顔は不愉快なんだ。今度来るときは原形を留めないくらい顔面を壁に打ち付けてからにしろ」

ソラの突き放した物言いにミナンは口を開きかけるも、凍えるような視線を前に無駄と悟り、退出していった。

後ろ姿を見送りもせずにソラはラゼットに声をかける。

「ラゼットが慌ててたのも今の話が原因か?」

「い、いえ」

少し怯えたような声でラゼットが答える。

他人に正面から悪口をぶつけるソラを初めて見たからだろう。実際、使用人の中でのソラに対する評価は概ね好意的だ。不気味という者もいるが大半は手が掛からず礼儀正しい子供だと思っている。

ラゼットもソラは頭が良く優しい子供だと思っていただけに、衝撃をうけたのだろう。

「宝くじの話でないなら慌てていた理由はなんだ?」

「あ、あの教会とウッドドーラ商会の関係についてです」

言っている間に宝くじに関連した事柄だと気付いたラゼットは緊張で喉を鳴らす。

普段は優しいためについ見落としがちだがソラはクラインセルト家の跡継ぎだ。やろうと思えば合法的に庶民の一人や二人を亡き者にできる力を持っている。

「ラゼットは怯える必要がない。裏切らない限りは、な」

ソラが顔を寄せてラゼットに言う。あどけない笑顔を浮かべながらその目は笑っていない。

「わかり、ました」

「……よし、演技は終わりだ。全く、ミナンめ。聞き耳立てやがって。少しは俺を信用しろっての」

ソラは部屋から遠ざかる静かな足音に小さく舌打ちする。

ラゼットは脱力して椅子に座り込んだ。

「柄にもないことをして疲れました。アイコンタクトを決めていてよかったですね」

「そうだな。目配せのタイミングが早すぎたかと思ったが伝わってよかった」

「先輩が出ていってすぐに始めないと怪しまれますし、タイミングはバッチリでしたよ」

ソラとラゼットは視線を合わせるとどちらからともなく片手を挙げてハイタッチを交わした。

おそらく、ミナンは盗み聞いた内容を元に教会と商会の関係を調べ、ソラの父に報告するだろう。そうなればソラの父は教会と険悪になるのを嫌がりウッドドーラ商会への処罰を見送る。

「とりあえず、ウッドドーラ商会の取り潰しからくる混乱は回避できたと見ていいな」

「そうですね。ミナン先輩はそれなりに有能な方ですからすぐに報告書を王都の旦那様に送ると思います」

一仕事を終えてソラは魔法について書かれた布を木のナイフに巻き付けて片付ける。

「なんで切れもしない木のナイフに布を巻くんですか?」

「秘伝の巻物っぽくて格好いいから。ロマンだよ、ロマン。それより、本当はどうして慌てていたのか教えてくれ。浮浪児に何かあったのか?」

布巻ナイフをオモチャの奥に隠しながらソラは話を逸らした。途端にラゼットの表情が曇る。

「浮浪児達が薪を貯めていた場所を数人の男が襲撃しました」