軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話  異臭騒ぎ

ソラから製法を走り書きされた紙を渡されたリュリュはそのままの方法で寒天を作り、未知の感触を持つその物体で遊んでいた。

濃度による硬さの違いを調べたりするのを遊びと認識してしまうあたり、リュリュの感性は一般人のそれと大きな開きが出来ている。

「リュリュ、遊び過ぎだ」

「うるさい! 放っといて」

夢中になっていた彼女は背後からかけられた声に思わず怒鳴り返し、遅れてソラの声だと気付いて恐る恐る振り返った。

扉の前にいた彼は耳を押さえて苦笑している。隣ではラゼットが同じ顔でリュリュを見ていた。

「放って置くわけにもいかないんだ。時間がないからな」

「ごめんなさい。つい熱が入って……。」

素直に頭を下げたリュリュにソラは苦笑を深めた。

実験に熱が入っていたから貴族相手に怒鳴り散らすなど、この世界の人間に共感を得られるはずもない。

主であるソラはもちろん、ここ大樹館の人間は癖がありすぎる。

「そんな実験狂いのリュリュにプレゼントだ」

遊び道具とも言うけどな、と心の中で付け加えたソラが持っているのは黄鉄鋼と呼ばれる鉱石。

愚者の黄金との別名を持つこの鉱石は金色の光沢を持ち見た目は金と大差がない。だが実体は硫黄鉄であり、黄金とは重さからして全く違う。

しかし、鉄鉱山で鉄の採掘時に出てくるありふれた鉱物であり、黄金と見せかけて詐欺を行う者も多くいた。騙される者も後を絶たないが、黄鉄鋼は時間経過で酸化し色がくすんでいくため騙されたことに気付くのだ。

ウッドドーラ商会が王都で宝くじを続けられなくなった原因の詐欺で使われた小道具でもある。

コルに命じて王都を歩かせれば黄鉄鋼を持つ詐欺師があっと言う間に押しつけていった。硫黄が欲しかったためにコルに騙されてくるよう頼んだのだが、非常に簡単に手に入ってソラも拍子抜けした。

騙しやすいと思われたことに気付いたコルは部屋に閉じこもってしまっている。後で寒天ゼリーの作り方を教えてご機嫌取りをしなくてはならない。

リュリュは黄鉄鋼を見て目を輝かせる。

「今度はそれが材料か?」

「最初に作る物の材料だ」

リュリュの言葉にささやかな訂正を加えつつソラは実験室を眺め回し、道具を確認する。

原料には黄鉄鋼と水、海草として昆布を用意させてある。

「問題は無いな。毒ガスが出るから念のため、窓を全開にしろ」

リュリュが言われた通りに窓に向かう。

ソラは黄鉄鋼を放り込んだフラスコの口に木の皮で作ったホースを取り付ける。べつのフラスコに水を入れてホースを繋ぎ合わせた。

窓を開けて戻ってきたリュリュが不思議そうに覗き込む。

「ラゼット、昆布が灰になるまで燃やしてくれ」

黄鉄鋼の準備をひとまず終えたソラはラゼットに指示を出し、リュリュにはビーカーを用意させる。

二人が灰になるまで燃やした昆布をビーカーに移している間にソラは羊皮紙に手順を書いていく。反応式も書いてあるが読めるのはソラとリュリュだけだ。

「昆布を燃やすと毒ガスが出るんですか?」

ラゼットが昆布の灰をソラの前に置きながら訊ねる。

「昆布からは出ない。黄鉄鋼を燃やす時に出るんだ。やたらと臭いのがな」

ラゼットは嫌そうな顔をしたが、リュリュは残念そうな顔をした。

どんな臭いか気になるけど毒と聞いては諦めるしかない、リュリュのそんな葛藤を見抜いてソラは笑う。

「毒ガスは硫黄という物質が原因で腐った卵の臭いがする。一回嗅げば硫黄の言葉だけで思い出してしまうくらいに酷い臭いだよ」

ソラはリュリュに反応式を見せながら言う。

実際に始めれば嫌でも分かる、とソラは黄鉄鋼の入ったフラスコを火にかける。

黄鉄鋼は燃焼する事で二酸化硫黄や三酸化硫黄を発生させる。

これらの酸化硫黄がホースを通って隣のフラスコに向かい、水と反応して希硫酸が出来るのだ。

だが、わずかに漏れてしまう酸化硫黄が兎に角臭い。

実験を始めてしばらくするとラゼットが実験室から逃げ出した。

更に時間が経過すると異臭を嗅ぎつけた鼻の良い火炎隊のメンバーが慌ててやって来た。事情を説明して実験室の前で見張りをして貰っている。

怒ったチャフがやってくる頃には希硫酸の精製を終えていたが、流石のリュリュも臭いに我慢ならなかったらしくサニアを呼んで魔法による換気を頼もうとしたが、獣人特有の優れた嗅覚を持つ彼女が大樹館に残っているはずもなく、とうの昔に麓の街に避難した後だった。

最終的に大樹館の皆がソラを廊下に立たせて叱りつける騒ぎに発展した。

午後になり、性懲りもなく実験を再開したソラとリュリュは昆布の灰に希硫酸を反応させていた。

昆布の灰を水に溶かし、希硫酸を加えていくと溶液の色が徐々に変わり茶色に染まっていく。

色の変化を見届けたソラは溶液を濾過して昆布の灰を取り除き、濾液を熱した。

発生する気体を集めた試験管には紫色の気体が貯まっていく。

「なにこれ?」

「ヨウ素だ」

にやりと笑ったソラは手に入れたヨウ素の瓶に動物の皮を巻き付けて暗所に保存した。

リュリュが物欲しそうな顔をしているので特性などを書いた羊皮紙を渡す。

羊皮紙の束を嬉しそうに抱えて、リュリュはソラに礼を言った。

実験の片付けをするソラの横で羊皮紙に書かれたヨウ素の特性を読んでいたリュリュはしたり顔をソラに向ける。

「デンプンは王都で手に入れるってことかな?」

「そういう事だ」

ソラは澄ました顔で返す。

リュリュは羊皮紙を丸めて棚に仕舞いながらクスクスと笑う。

「チャフ様には内緒にしておくよ」

「そうしてくれ」

イタズラ好きな笑みを向けあった二人は堪えきれずに笑いあった。