作品タイトル不明
第八話 貴族そろい踏みのパーティー
火事発生から三日、王都では新しい事件が起きなかったこともあって魔窟の火事の話題で持ちきりだった。
数年前に貧民街が全焼したこともあり、火事そのものに敏感になっているのだろう。
ソラも初期から捜査していたため、住民の噂話が耳に入ってきていた。
王都の住民にもサニア犯人説が流布されていたが、魔窟に住む魔法使いたちがこぞって否定している事もあってあまり支持されていない。
だが、ソラがより重要視したのはサニア犯人説を流している者の存在だった。
断片的な情報を拾いながら辿ったところ、岩塩貴族の使用人が取引のある商会などで話を流布している事が分かっている。
悪い噂を広めるのはよく使われる手だが、やり口があまりに杜撰すぎるのが気になった。この程度で尻尾を出すほどの無能が仕掛けた罠にしては、今回の火事事件は手が込んでいる。
何しろ、いまだに染布や蝋燭の購入経路が特定できていないのだ。真犯人はかなり慎重に事を運んでいるはずだ。
火炎隊による証言集めは順調に進んでいるのだけが救いである。
ソラは証言を頭の中で羅列して次の手を考えつつ、ため息を吐く。
がやがやとパーティーの開催を待つ招待客たちの話し声が、思考をかき乱して煩わしい。
「――こんなところにいる場合じゃない。そんな顔をしてるぞ」
カクテルを持ったチャフがソラの隣に立ち、周りに聞こえないように声を落として言った。
ソラはチャフに横目を投げる。
「仮面でわからないだろう」
「そうだな。訂正しよう。早く帰りたくて仕方がないのが態度で丸わかりだ」
ソラは舌打ちをこらえて肩から力を抜く。
チャフにまで見破られるという事は、誰の目からも明らかという事に他ならない。
チャフが周囲に視線を巡らせ、誰もそばにいない事を確認して口を開いた。
「サニアの様子はどうだ?」
「……落ち込んでいるに決まっている」
言葉の底に激しい火が渦巻いているような声で、ソラは呟く。
一瞬だけソラが出した剣呑な雰囲気にチャフは動じなかったが、比較的近くにいた若手の貴族の集団は何かを感じ取ったらしく水を打ったように静かになった。
チャフに視線で咎められ、ソラは肩をすくめる。
チャフがため息を吐いた。
「当然か。ソラ卿のためにと、浮浪児から伯爵の側近まで駆け上がった努力家が自分の存在一つでソラ卿に迷惑をかけたのだから」
「チャフにしてはわかってるな」
「また余計なひと言を」
チャフがまたため息を吐く。今回の火事で心労をためているのはチャフも同じなのだろう。
「このパーティーは王国貴族が勢ぞろいする。陛下も後から出席されるそうだ」
「仕掛けてくるならこのパーティーでって事か?」
「おそらくな」
ソラは会場をさりげなく見回して王太子の姿を探す。
「……殿下はどうした?」
「直前に会場入りするそうだ。招待客が全員来てからになる」
そうか、と応じるソラの視界に、ブライアン男爵とメーティエの姿が映った。
「ソラ伯爵、機嫌はどうかな?」
ブライアン男爵が友好的な笑みを浮かべて問う。
ソラは無言で首を横に振った。
そうか、と短く返したブライアン男爵は傍らのメーティエに視線で何事かを促した。
メーティエが小さく頷いて一歩前に出る。
「魔窟の火事の件ですが、気になったので少し調べました」
「メーティエ嬢が?」
「恋する殿方の味方ですもの」
頬を上気させて意気込んでいるメーティエから視線を外し、ソラはブライアン男爵を見る。
「しっかり手綱を握らないと暴走するぞ」
「奈落に落ちる前に舵を切る甲斐性はあるつもりだ。それより、メーティエの話を最後まで聞いてくれないか」
ブライアン男爵に促されるまま、ソラはメーティエに話の続きを促す。
メーティエが周囲の視線が外れた瞬間を見計らってポシェットから布の切れ端を取り出した。
「――現場に落ちていた染布はこちらでありませんか?」
メーティエが取り出した染布を見て、ソラは目を細める。
あまり詳しくはないものの、材質と色合いはかなり近い。現場にあった物とは異なり、煤にまみれていないため色合いがはっきりしていた。
「これをどこで?」
「特徴を聞いたお父様が私に心当たりを聞いてくださったの。後日、当家主催のお茶会でお集まりの皆さんにそれとなく訊ねてみたら、おそらく東部で獣人だけが使う染布だろう、と」
メーティエはそう言って、染布をポシェットの中に戻す。
貴族には差別対象である獣人だけが使う染布を王太子主催のパーティー会場に持ち込むのはかなり勇気のいる事だろう。
「メーティエ嬢、感謝します」
ソラは礼を言って、会場内にいるメロヴイン伯爵を睨んだ。
しかし、すぐにブライアン男爵がソラの視線を遮る。
「王都どころか王領で購入された物でない以上、真犯人を見つける事は出来ない。けれど、この染布が南部で使われていないなら、君の側近の無実を晴らす傍証の一つにはなるだろう?」
ソラが知るかぎり、南部では使われていない布だ。少なくとも、ソラ伯爵領内で出回っていればソラの耳にも入ってくる。
「関を通る貿易品の中にそれらしいものはなかったように思う。チャフはどうだ?」
「イェラに確認を取れば確実だが、オレの知る限りではないな。獣人だけが使う布という物自体、初めて知った」
後程イェラに確認を取らせよう、とチャフが確約してくれた。
同じく南部貴族であるブライアン男爵も染布については初めて知ったという。
「どうやら、神話時代から染め方を変えていない伝統技術らしい。昔は染布の色で獣人の村の中での所属を示したときいたよ」
「詳しいな」
「ブライアン男爵領は昔から養蜂が盛んな土地柄でね。ミツバチを棒一本で安全に叩き落として巣を取れる獣人は我が領では労働力として貴重なんだよ。我が家自体、あまり獣人に思うところがない」
異端児なんだ、と自虐的に笑いつつ、ブライアン男爵の目は真剣そのものだった。
「魔窟の火事のやり口は卑劣に過ぎる。けれど、獣人差別が根付いた貴族らしい貴族は何とも思ってないだろう。それが同じ貴族として恥ずかしい」
「同感だ。目に物見せてやろうかと思ったが、いま動くと王太子殿下の顔に泥を塗りかねない。サニアの身に危険が及ばない限りは様子見をするつもりだ」
ソラの答えにブライアン男爵は笑顔を見せて頷いた。
ブライアン男爵が手を差し出す。
「ソラ卿はもっと冷徹な卑劣漢だと思っていたが、勘違いだったようだ。今後も変わらぬ付き合いを願えないか?」
「無論だ。何かあったら言え。恋の相談にも乗るぞ」
ソラはブライアン男爵の握手に答えつつ、冗談を飛ばす。
ソラの冗談にブライアン男爵はメーティエを横目で見ると一言「必要ないと思うよ」と返した。
嬉しそうに頬を染めてブライアン男爵に寄り添うメーティエを見て、ソラはチャフと一緒に肩をすくめる。
「そのようだな」
少しだけ肩の力が抜けたとき、見計らったように王太子が会場に入ってきた。
会場の客が王太子に気付き、一斉に口を閉ざす。
「みんな、よく集まってくれた」
一段高く作られたひな壇の上に立った王太子が挨拶を始めた。
東部の状況に関して軽い牽制が入った挨拶が終わり、パーティーの開催が告げられる。
公爵家から順に王太子へと挨拶するため動き出す中、ソラは注意深く東部貴族の動きを探っていた。
何か仕掛けるとすればこのパーティーだと、チャフに言われるまでもなくわかっている。
このパーティーには王国貴族が勢ぞろいしているのだ。
南部西部貴族派閥に致命傷を与えるならば、最高の舞台である。
公爵家の挨拶に続き、ベルツェ侯爵、ジーストラ侯爵を始めとした侯爵家が挨拶に向かう。
子爵であるチャフや男爵であるブライアンに先んじて、伯爵であるソラは挨拶のため王太子の下へ歩き出す。
同時にメロヴイン伯爵が動き出した。
派閥としての形を維持している東部貴族であるメロヴイン伯爵と、王太子が重用しているソラ、後ろ盾としてはどちらが大きいともいえない。
中央集権がなされていたり、南部西部貴族派閥が完成していればソラが明らかに優位なのだが、いまはどちらにも該当しない。
伯爵の位を受けてからの期間ではメロヴイン伯爵に軍配が上がるため、ソラは歩調を緩めざるを得なかった。
だが、先に譲った方が相手の派閥の優勢を認めることになる。
メロヴイン伯爵がなんでもない顔でソラを見る。
明らかな挑発行為だが、ソラは気にも留めず、歩調を緩めた。
「トライネン伯爵、どうされましたか?」
同じ伯爵であり、メロヴイン伯爵よりも長く位を持ち、なおかつ国王の信任厚い王国随一の武将、トライネン伯爵をソラは持ち出す。
メロヴイン伯爵の足が止まった。
トライネン伯爵がソラを一瞥して王太子に向かって歩き出す。
「チャフ、お前も来い」
「はい、父上」
チャフがトライネン伯爵に続いて王太子の下へ向かう。
王太子に重用されているのはなにもソラだけではない。したがって、先に挨拶するのはソラでなくともよい。
チャフがソラにすれ違いざま「悪いな」と呟いた。
挨拶の順序は爵位が上の者からが基本、同じ爵位ならば派閥の影響力や実務経験、王国への貢献の度合いで順序が入れ替わる。
つまり、先に挨拶する方が貴族としては名誉なのだ。
貴族の名誉にいささかの興味もないソラはチャフの言葉に内心苦笑した。
南部西部貴族の派閥内における重要度でソラよりもチャフが上になってしまおうと、ソラにとっては痛くもかゆくもない。
だが、派閥としての挨拶で後れを取ったメロヴイン伯爵が一瞬顔を顰めるのは見逃さなかった。
すぐにすまし顔に戻ったメロヴイン伯爵がソラに歩み寄る。
「ソラ・クライン伯爵、お先にどうぞ」
「ありがとうございます」
ソラは好青年ぶった調子の声で応じつつ、メロヴイン伯爵を観察した。
なぜ、このタイミングで譲ったのか、と。
無論、挨拶の順序にも流れがある。
トライネン伯爵家、中でもチャフと最も親交が深いのはソラであり、伯爵であるとともにチャフと同じ派閥に属している。
流れから言えば次に挨拶をするのはソラで間違いない。
だが、メロヴイン伯爵ならば強引に出ていくのではないかと考えていた。
まだ何かあるのだろうか、とソラは訝しむが、答えを出す前にトライネン父子の挨拶が終わってしまう。
ソラは仕方なく、王太子の下へ歩いた。
「殿下、お招きいただきうれしく思います」
「うん。ソラ卿は一人か。妹のサロンの様子はどうだい?」
「久しぶりの王都に喜び、遊び疲れて体調を崩しております」
「では、後日見舞いの品を届けさせるよ」
王太子の申し出をソラはありがたく受ける。
このやり取りも会場の貴族達には筒抜けだ。いまこそ関係の強固さをアピールする機会とばかりに利用する。
挨拶を終えたソラは王太子の前を後にして、メロヴイン伯爵に後を譲る。
何か仕掛けるかと警戒したが、予想に反してメロヴイン伯爵は当たり障りのない挨拶に終始していた。
ソラはチャフに近付く。
トライネン伯爵がチャフの隣で腕を組んだ。
「ソラ卿、いい判断だった」
「お手を煩わせまして、申し訳ありません」
「気にするな。私は少々ベルツェ侯爵や義父上と話してくる。どうも東部貴族の動きがきな臭い。静かすぎる」
トライネン伯爵が義父と慕うのは活火山ことシドルバー伯爵である。
南部貴族の最重要人物がそろい踏みで話すのだから、近づける者はまずいない。
だが、ソラは一足先に動いている人影を見つけていた。
「ジーストラ侯爵も同じ考えのようですね」
先に挨拶を終えているベルツェ侯爵とジーストラ侯爵が表向き和やかな空気を醸し出しながら話しているのが見える。
付き合いの長いソラには、ベルツェ侯爵が何らかの情報交換を行っているのだと分かった。
トライネン伯爵が静かに頷く。
「後程、国王陛下をお迎えに行かねばならない。そうなれば私とベルツェ侯爵、義父上は動けない。派閥としては陛下により近いのでな」
「では、仕掛けがあるとすれば」
「うむ。いまだに息を殺している東部の連中の考えはわからんが、仕掛けるなら国王陛下の入場後だろう」
王太子の派閥の戦力が乏しくなった段階で東部が仕掛ける。
トライネン伯爵がシドルバー伯爵に目配せし、ベルツェ侯爵へと歩き出す。
「ソラ卿、メロヴインの奴は貴族らしい貴族だ。腹の立つこともあるだろうが、堪えろ。利益を提示すれば交渉に応じる輩だ」
「ご助言、痛み入ります」
ソラはトライネン伯爵に礼を言い、見送った。
挨拶を終えたブライアン男爵とメーティエが加わる中、貴族たちによる王太子への挨拶はつつがなく終了する。
悟られないように身構えるソラ達が国王を迎えに行くトライネン伯爵達の背中を見送った時、東部貴族が動き出した。