作品タイトル不明
第七話 不在証明の否定根拠
ソラは蝋燭の燃えカスと染布について王都警備隊に訊ねる。
「この二つはすでに発見していたのか?」
「えぇ、まぁ……」
歯切れ悪く答える王都警備隊士を見れば、蝋燭と染布を使った時限発火装置を利用した火付けであると彼らも予測を立てていたのだろう。
話についてこれずに不思議そうな顔をしているフリーダを振り返り、ソラは簡単に説明する。
「蝋燭に火をつけた状態で下に可燃物を設置しておけば、蝋燭が短くなると下の可燃物に引火して周囲に燃え広がる。設置後、犯人は現場を後にして蝋燭が短くなるまでの間に不在証明を完成させる時間が稼げるって寸法だ」
古典的な手口なだけあって、捜査に当たった王都警備隊もすぐに気付いたのだろう。
「道理でサニアの不在証明が認められないはずだ」
ソラは舌打ちする。
時限発火装置を仕掛けた犯人が誰かわからない以上、出火元であるフリーダの家に出入りしたサニア達が真っ先に疑われる。
ソラはフリーダに蝋燭の燃えカスを指差す。
「フリーダは家に蝋燭を常備してたか?」
「誰に言ってんのか分かってる? あたいは魔法使いだ。蝋燭なんか使うわけがない。そっちの染布も見覚えがないね」
だろうな、とソラは蝋燭のそばにある染布を見る。
いまある手がかりは蝋燭と染布の二つだけだ。
あとは魔窟の住人の証言を集めるくらいだろうか。
「ゴージュ、証言を集めろ。魔窟に入った人間は残さず特徴を書き残してくれ」
ひとまずサニアの容疑を晴らすための行動を始めたソラは、フリーダに声を掛ける。
「家がこの状態だと泊まる場所もないだろう?」
我が家の残骸を見て困り果てていたフリーダがぱっと顔を上げる。
「屋敷に泊めてくれるのかい?」
「いや、王都の宿を紹介する。口裏を合わせるつもりだとか、屋敷に幽閉して脅すつもりだとか、難癖をつけてきそうなやつに心当たりがあるんだ」
「お貴族様は大変だね」
久しぶりにサニアに会いたかったな、とぼやくフリーダにソラは苦笑する。
「容疑が晴れたら会えるさ。フリーダにも護衛が必要だな。ゴージュ、火炎隊から一人出してくれ」
ソラは火事現場を離れ、馬車に向かう。
リュリュのメモ帳から紙を一枚もらって、クラインセルト家の継承騒動で利用した宿に宛てて紹介状を書いた。
「これを持っていけば、この時間でも部屋に入れてもらえるはずだ。宿主のばあさんによろしく言っておいてくれ」
紹介状を渡すと、フリーダは魔窟の入り口にたむろしている魔法使いたちを見る。魔窟への立ち入りが制限されているため、フリーダの家の近所に住む者は今晩の寝床がないらしい。
フリーダが言いたいことに気が付いて、ソラは仕方がないと肩をすくめた。
「今晩だけなら彼らの分も宿を都合しよう。部屋が足りない場合は相部屋になるだろうが、説明はフリーダから頼む」
「おぉ、太っ腹だね。さすがサニアの主だけあるよ」
フリーダはソラの肩をなれなれしく叩いて礼を言った後、たむろしている魔窟の住人達の下へ走っていった。
後の事をゴージュに任せて、ソラは馬車に乗り込んだ。現場の指揮を執るゴージュと入れ替わりに御者席に座った火炎隊士が馬に前進の指示を出す。
ソラの対面に座ったリュリュが難しい顔でメモ帳を片付け、ソラを見る。
「真犯人を捕まえるのはかなり難しいね」
「捕まえるのは無理だろうな。今回の件はおそらく東部貴族の仕業だろうから、足がつくようなまねもしないはずだ」
実際、証拠品も偶然インクがかかって燃え残った蝋燭と染布の切れ端であり、科学捜査が発展していないこの世界ではまず足がつかないだろう。
「染布の切れ端から指紋を採取するとか?」
「犯人の特定には役立つだろうが、肝心の容疑者が絞り込めていないからあまり意味がないな。それ以前に、数少ない手がかりである染布を俺たちに渡してくれるとは思えない」
容疑者として扱われているサニアの主君であるソラに、捜査資料を提供するはずがなかった。
「お手上げって事?」
「犯人逮捕に関してはお手上げだ。サニアの無実を晴らす方向で動くしかない」
真犯人を捕まえることができれば早いのだが、それができない以上はサニアの不在証明を行うなどで外から詰めるしかない。
「ひとまず、染布の購入経路を調べるところからはじめよう」
染布が購入された店なら犯人の顔を見ている可能性もある。逆に、サニアを見ていないと証言を得ることもできるだろう。
馬車が貴族街に入る。
ソラは窓から月の位置を確認した。
リュリュが貴族街の街並みを睨みつつ、口を開く。
「それにしても、東部の連中は何を考えてるんだろうね」
「俺もいまそれを考えていた。フリーダの家へ火をつける動機がサニアにない以上、逮捕まで至るとは考えにくい。つまり、容疑を掛けること自体が東部貴族の目的だと思うが……」
「状況証拠は整っているから、逮捕の可能性もあるでしょう?」
「いや、状況証拠だけで捕まえられる情勢ではない」
ソラはリュリュの考えを否定する。
「新ジユズ国の工作で獣人の肩身が各地で狭くなっている今の情勢で、獣人のサニアを状況証拠だけで逮捕したら、獣人の目にはどう映る?」
「……獣人弾圧、かな?」
考えた末のリュリュの答えをソラは肯定する。
獣人で魔法使い、更には伯爵の側近という肩書まで持つサニアは非常に目立つ。ソラ伯爵領ではジーラの孤児院で講演を行うなどの活動もあり、知名度はかなり高い。
したがって、サニアに期待する獣人も多く、いまの肩身の狭い情勢下でサニアを捕えようものなら獣人は大いに反発するだろう。
東部貴族は新ジユズ国との開戦を望んでいるため、国内の獣人の反発は足かせにしかならない。
ソラの説明に納得した様子のリュリュだったが、ふと思いついたように口を開く。
「逆に、王国の東部では弾圧するしかないくらい獣人の不満が高まっているのかもしれないね」
「いくら新ジユズ国の工作があったとはいえ、そんなに一度に爆発するとも思えないが……」
ソラは眉を寄せつつ考え込む。
ソラにとっては腹立たしいことに、貴族の中には露骨に獣人を差別する者がいる。
新ジユズ国の工作以前から東部貴族が獣人への差別政策を進めていたならば、ここにきて不満が爆発する可能性もある。
「あんまり考えたくないが、可能性は否定できないか。俺は東部の情勢を探る。リュリュは染布の購入経路を当たってくれ」
ソラの指示を受けてリュリュが深く頷いた。