作品タイトル不明
第二話 派閥の中枢
連日のパーティーで飲み飽きたレモネードをグラスの中で揺らしながら、ソラはため息を飲み込んだ。
面倒だ、というのがソラの正直な感想だった。
今日も今日とて王太子は画策している南部西部貴族派閥の結成にいそしんでいる。
さして利益がない上に半ば無理やり派閥の中枢に組み込まれたソラとしては、南部諸侯とジーストラ侯爵筋の教会派を巻き込んだ事で王太子への義理は果たしたと考えていた。
ソラは早く自分の領地に帰ってオルスク群島開発の進捗状況が知りたいのだ。
いつも自領に掛かり切りで社交界に出ていないソラはパーティー会場でも浮いている。
ただでさえ仮面をつけていて怪しさ満点なのだ。黒い噂も多く、好き好んで近づこうとする人間は限られる。
「――ソラ伯爵」
横合いから掛けられた声に目を向ければ、メーティエをエスコートして歩いてくるブライアン男爵がいた。
物好き二人、とソラは心の中で呟く。
「これはこれは、仲睦まじい様子に安心しました」
ソラは内心の気怠さを払いのけ、失礼のないようにブライアン男爵とメーティエを迎える。
赤と青の糸で刺繍された絹織物を丹念に捩って作られているらしい飾り紐を肩掛けにしたブライアン男爵の洒落っぷりに対比するように、メーティエは落ち着いた色合いのドレスを着ており、装飾品も琥珀を用いた穏やかな物になっていた。
幸せ一杯でにこにこしているメーティエがソラの周囲に人がいないのを見て取ると首をかしげる。
「殿下やトライネン子爵はどちらに?」
「南部の中立派と話してくるそうです。例えばシドルバー伯爵ですね」
言っているそばから会場の端から豪快な笑い声が響いてくる。見るまでもなく、シドルバー伯爵の笑い声だと分かるあたり、活火山のあだ名はだてではない。
ブライアン男爵がくすくすと笑う。
「ソラ伯爵、もしかして逃げたんですか?」
「その通りです」
ソラが臆面もなく肯定すると、メーティエが「あらあら」と口元を隠す。
ソラがブライアン男爵やメーティエの相手をしていると、貴族の令嬢が数人会話に混ざってくる。ブライアン男爵が一人一人丁寧にソラへ紹介してくれた。
さっきまで猫の子一匹近付いてこなかったというのに、ブライアン男爵がやってきた途端これである。ブライアン男爵は誘蛾灯か何かだろう。
貴族の令嬢を蛾扱いするわけにもいかないので、ソラは浮かんだ想像を喉の奥にとどめておく。
令嬢たちの機嫌を取っていると、いつかの恨みを果たしてやるとばかりにチャフが遠巻きにソラを眺めて笑っていた。
救援は必要ないものの、チャフに笑われているのも癪だ。
ソラは仮面の位置ずれを直す振りをして手を挙げ、自然な動作でチャフに手を振る。
令嬢たちが一斉にソラの手で視線を誘導され、チャフを見た。
チャフの笑顔が凍りつく。
チャフとは正反対に、ソラは仮面の下に慈悲深いまでの暖かな笑みを浮かべていると分かる声で、チャフとその隣にいる王太子を呼ぶ。
「いい機会です。皆さんと親睦を深めませんか?」
諦めろ、とばかりにチャフの肩を叩いた王太子が率先して歩きだす。
トボトボと王太子に付いてくるチャフが恨めしそうに睨んでくるが、ソラは仮面に視線を阻まれた振りをして無視した。
令嬢の親に当たる貴族たちが話に加わり始め、ソラは王太子の隣でチャフともども対応に追われる。
完全に王太子の側近のような位置取りになってしまっており、ソラとしても歯がゆいが、国内の安定はソラ伯爵領の安定にもつながるからと自らを納得させる。
だが、付き合いの長いベルツェ侯爵には読まれていたのだろう。
すっと割って入ったベルツェ侯爵がソラの肩を叩いた。
「ソラ殿、ジーストラ侯爵を紹介してもらえないか。三人で落ち着いて話をしたい」
魔法使い派の実力者であるベルツェ侯爵と、教会派の雄ジーストラ侯爵の会談となれば、間を取り持つソラが抜け出す理由として申し分ない。落ち着いて話をしたいと言われれば、むやみに付いて行く者もいなくなる。
ベルツェ侯爵らしい気の回し方にほっとしながら、ソラは頷いた。
「殿下、少し外します」
「あぁ、分かった。ゆっくり話してくるといいよ」
王太子もソラの疲労に気付いたのか、遠回しに休憩を促した。
ソラは礼を言ってベルツェ侯爵と共にジーストラ侯爵の下へ移動する。
ジーストラ侯爵はバルコニーの近くに用意されたテーブル席に一人座っていた。
ソラとベルツェ侯爵に気付くと、側にいた警備の近衛隊士を一瞥する。
近衛隊士は黙礼し、ベルツェ侯爵とソラが席に着くと会場の視線から三人を隠すような位置に立った。
「ソラ伯爵は人気者だな」
席に着いたソラに、ジーストラ侯爵はからかうような色を浮かべた目を向ける。
「縁談を嫌がるわけだ。より取り見取りなのだからな」
「殿下に仰ってください。そうすれば、私は晴れて自領へ帰れます」
「いまの殿下に伝えても皮肉にしかならんだろう。なぁ、ベルツェ侯爵」
ジーストラ侯爵がベルツェ侯爵に水を向ける。
ベルツェ侯爵が同意するように頷いた。
「この派閥、主導権は王太子殿下が握るようだが、実質的にジーストラ侯爵やソラ殿、私の三人が中心となっている。中でも、ソラ殿の発言力が飛び抜けて大きい」
「ソラ伯爵は代替品のない貿易商品を多数持っておるのだから、自然と発言力も大きくなる。そのあたりをソラ伯爵に伺いたいのだ」
ベルツェ侯爵とジーストラ侯爵の物言いから、何を言いたいのかを悟り、ソラは肩をすくめた。
ようは、南部西部派閥が結成された後にソラが発言力を積極的に行使するつもりがあるのかを聞いているのだ。
ソラがあまり派閥の結成に乗り気でない様子を見てとって、動きが気になったらしい。
「私は王都の政治にあまり興味を持っていません。殿下がやる気を見せているのですから、殿下にお任せするつもりでいます」
ソラは本心を答える。
王都の政治に関わっている時間など、今のソラにはない。
旧クラインセルト子爵領の飛躍的な発展も、旧伯爵領側の著しい復興も、予定されているオルスク群島の開発も、様々な問題をはらんでいる。
その日のうちに決裁しなければならない案件もたびたび出てくるのだ。今こうして王都でパーティーに明け暮れている事さえ不本意だった。
このうえ、王都に残って派閥運営などやっていられるはずがない。体は一つしかないのだから。
ベルツェ侯爵もジーストラ侯爵も、ソラの答えは予想していたらしい。
納得した顔を見合わせた二人の侯爵は、ソラにさらなる質問を飛ばす。
「では、王太子殿下とソラ伯爵の意見が食い違った場合はどうなる?」
「さぁ、私は私の判断でのみ行動しますから、その時にならないと分かりませんね」
「頼りないことだな」
ジーストラ侯爵がソラの答えにため息を吐く。
派閥を束ねているソラが派閥として行動するつもりがないと聞けば、派閥そのものの行動指針は王太子に一任される。問題は王太子の方針に反発したソラの不興を買うことを恐れて身動きが取れなくなる貴族が出てくることだ。
すべて承知の上で、ソラは行動指針を王太子に丸投げしているのも始末に悪い。
ソラにとってこの派閥は必要ないと言っているのにも等しいため、派閥の士気にもかかわってくるのだ。
しかし、ソラは笑みを浮かべて見せた。
「必要な時には脅す覚悟を持て、と私は殿下に要求しております。奥庭での問答を覚えている限り、殿下は派閥を牽引するための努力を怠らないでしょう。大丈夫ですよ。私の発言力は一時的なものです」
ベルツェ侯爵が片眉を跳ね上げ、いぶかしげにソラを見る。
「ソラ殿には発言力を落とす算段でもあるのか?」
「ないこともないです。落としすぎないよう、注意しなければいけませんが」
ソラは言葉を濁してくすりと笑い、会場の中央を見た。
王太子とチャフ、ブライアン男爵の三人が令嬢や南部貴族たちと談笑しているのが見えた。