作品タイトル不明
第一話 東部貴族
王都、商業区と魔窟の境にある高級料亭に東部の貴族が勢ぞろいしていた。
東部の魔法使い派貴族、自身も光の魔法陣を改良するなどの実績を持つメロヴイン伯爵は招待客を見回した。
今日ほど露骨に東部貴族派閥を喧伝するパーティーは今まで開かれたことがなかった。
国境を接する新ジユズ国の脅威を肌で体感する東部貴族たちは、対新ジユズ国の意識の下で一種の連帯感を維持していた。わざわざ王都で無粋なパーティーを開き、王家を刺激しなくともまとまりがあったのだ。
しかし、王家を刺激することを念頭に置いても、パーティーを開かねばならなくなった。
東部貴族をけん制するために王太子が南部西部貴族の派閥を結成しようとしている昨今の動きを重く見たのだ。
今日までは、東部貴族も悠長に構えていた。
今年二十歳になる若輩の王太子はいまだに動きが稚拙であり、情報は逐一東部貴族の耳に届いていたからだ。
今この料亭にいる東部貴族の中で最も耳ざといと自負のあるメロヴイン伯爵も、王太子の動きなど歯牙にもかけなかった。
情報が手に入っているのだから対策は立てられる。後手に回っても十分に対策が機能するほど、王太子の動きは筒抜けだった。
国王はようやく健常化しつつある国庫のやりくりに手いっぱいらしく、王太子の動きに手を貸す素振りがない。王太子の経験不足を考慮したうえで、今回の派閥づくりを教育の一環ととらえているのだろう。
東部貴族とて、国王の考えはお見通しだった。
担ぐ神輿は軽い方が良いが、無能を担ぐと共倒れになってしまう。王太子の教育が必要だという国王の考えには東部貴族も同感だった。
だからこそ放置して、今日のパーティーを迎える羽目になった。
「南部の小狸の奴、余計なことばかり」
「いまは仮面狸だがな」
メロヴイン伯爵の言葉に些細な訂正を加えた東部貴族の一人が、不愉快さを共有したように舌打ちした。
「ジーストラ侯爵が殿下の側についたのは痛手だ。ソラ伯爵がしゃしゃり出てこなければ、塩の兵糧攻めで教会派閥ごと取り込めたものを」
「岩塩を押さえたのは無駄でしたな」
東部貴族の言葉に、岩塩の産出地を持つ教会派貴族の小男がびくりと体を震わせる。
この岩塩貴族、統率者であるレウルを失った教会派全体から岩塩の利権を奪われるのではないかと被害妄想を抱え、メロヴイン伯爵に泣きついてきた経緯を持つ。
大した能力もない男だったが、岩塩を押さえるのは教会派諸貴族の首に手をかけるにも等しいと考え、メロヴイン伯爵は笑顔で迎え入れたのだ。
岩塩さえ押さえれば、真綿で首を絞めるように教会派の息の根を止め、傘下に収めることも十分に可能だと考えていた。
しかし、ソラが塩の輸出をあっさりと再開し、メロヴイン伯爵が教会派の首に掛けた真綿を引き千切っていった。
処刑前のクラインセルト子爵時代から、教会派と争い続け、ついには教主レウルを牢へ叩き込んだ張本人が、文字通り教会派へ塩を送ったのだ。
腹の立つことに、ソラ伯爵領の塩は新工程を挟む事で口当たりが滑らかになっていると評判らしい。
いまさら岩塩の輸出を再開しても利益は見込めないだろう。
西部教会派貴族の雄であるジーストラ侯爵の参加により、王太子の派閥結成の動きはにわかに活気づいた。
塩の輸入が滞っていた教会派貴族が、ソラ伯爵領産の塩を当て込んでこぞって参加の動きを見せている。
もとより、王国最精鋭の騎兵隊を持つトライネン伯爵家や王国の金庫である各種鉱山を所有するシドルバー伯爵家、さらには農林業が盛んで自身も内政手腕に定評のある気狂いベルツェ侯爵が参加しており、武力、経済、食料が揃っている。
そこに教会派という数が加わったのだ。教会信者は少数ながら魔法使い派貴族領にも存在することを踏まえれば、かなりの脅威となる。
ジーストラ侯爵令嬢と恋仲であるブライアン男爵も問題だ。
南部貴族のブライアン男爵はどういうわけか女性受けがよく、貴族令嬢に顔が利く。
メーティエ嬢との恋仲が広まってもどう立ち回っているのか、嫉妬ややっかみが聞こえてこないほど、社交界の泳ぎ方を心得ていた。
考えれば考えるほど、メロヴイン伯爵の眉間に皺がよる。
「殿下は新ジユズの愚か者どもを知らないらしい。この前も奴らにそそのかされた忌々しい獣人どもが暴れたというのに、何も学んでいない」
新ジユズ国から入ったと思われる諜報員が持ち込んだ麻薬により、差別に遭っていた獣人達が集まり危うく武装蜂起するところだった。
寸前で獣人の武装蜂起を食い止めたと思えば、今度は王都へ呼び出されてしまった。
「今回は相手が獣人だったからこそ強引な手段に訴えても富裕層から文句が出なかったが、もしも人間が混ざっていたならどうなっていたか。考えるだにぞっとする。だというのに、殿下は再発防止策を機能させる前に王都へ東部貴族を呼び出す始末……」
事の重大さがわかっていない、とメロヴイン伯爵は人目もはばからず吐き捨てた。
その通りです、と媚びた愛想笑いを浮かべる岩塩貴族をメロヴイン伯爵は一瞥する。もはや岩塩に利用価値がないことはこの貴族も分かっているらしい。むざむざ敵の手札を増やすこともないため、メロヴイン伯爵はまだ岩塩貴族を捨てるつもりがないのだが。
「――ですが、殿下の考える南部西部貴族派閥はソラ伯爵がいなければ成り立ちませんね」
東部貴族の一人が南部西部派閥の陣容を踏まえて穴を見つけ出す。
王太子の派閥は主要人物のほとんどがソラと経済的な交流を持っている。
裏を返せば、ソラと王太子の関係にひびを入れるだけで派閥の機能は王太子の手を離れるのだ。
メロヴイン伯爵は愛想笑いを浮かべたままの岩塩貴族を見る。
岩塩に用はなくとも、この男に使い道があったではないか、と。
「ソラ伯爵の家臣には獣人がいるそうだ。パーティーの度に魔窟へ行くという獣人がな」