作品タイトル不明
第十話 犯人は何処
聞けば、宿料亭組合に加入する料理屋の娘だというコルが背負って来た患者を、ソラは客室へ運ばせた。
しばらく安静にしていれば容体も落ち着くだろう、とソラは判断する。
「この娘の家族を呼びに行かせろ。ただし、食中毒事件とは無関係だと装え」
ゴージュに命じて火炎隊を動かし、ソラは腕を組んで廊下の天井を睨む。
「……獣人だけが狙いじゃなかったのか?」
どうにも腑に落ちない、とソラは首を傾げる。
犯人が、事前にばらまいた噂と矛盾する人間の患者を出すとは思えない。
偶発的に発生したのかとも考えたが、時期が重なり過ぎている。
娘への質問内容を考えていると、客室の扉が開き、サニアが顔を出した。
「気分が良くなってきたみたい。質問するなら今の内だよ」
「あぁ、いま行く。コルも来い」
サニアの報告に胸を撫で下ろして退場しようとしていたコルの襟首を捕まえて、ソラは客室に入る。
「な、何で僕まで……」
「コルがいないと無駄に緊張させるだろうが。それとな、今回の食中毒には赤面するような症状はないんだよ」
ソラの指摘に、コルは視線を彷徨わせる。
コルの反応を見たソラは、呆れのまなざしを送った。
「気持ちに気付いてるならはっきりした態度をとれ。大樹館に連れ込んだ時点で本心が現れてる気もするが、言葉に出すのと出さないとでは大違いなんだからな」
――まったく世話のかかる。
ソラは客室に引っ張り込んだコルの背中を押して、娘が座っているベッドの横に立たせる。
「ど、どうも」
コルが狼狽えつつ間抜けな挨拶をする。
強めにコルの背中を叩いたソラは、コホン、とわざとらしい咳払いをして手近な椅子を引き寄せた。
「仮面で気付いていると思うが、俺がみんな大好きソラ伯爵だ」
緊張している様子の娘に冗談を交えて自己紹介しつつ椅子に腰かけたソラは、手早く質問を始める。
「さっそくいくつか質問させてもらう。温度感覚に異常が現れたのは今日からで間違いないな?」
娘が頷くのを見届けて、ソラはさらに質問を続ける。
「最近、ウツボや大型魚を食べてないか?」
シガテラ毒は生物濃縮を経た魚を食べる事で発症するため、原因となる魚は肉食性であり、生態系の上位に位置する場合が多い。
ソラの質問に対して娘は困ったように首を傾げた。
「毎日魚を食べてるので、自信ないですけど、多分食べてないと思います」
ソラ伯爵領の蛋白源はほとんどが海や川からとれる魚介類であるため、娘のような受け答えをする者は多い。
食中毒の原因がシガテラ毒でほぼ確定している現状でも、原因の魚を特定するのが難しい状況だった。
――本当に厄介な物を持ち込みやがったな。
内心舌打ちするが、怒りを仮面の中に押し隠してソラはさらに質問する。
「最近、魚の干物は食べたか?」
「えっと……」
娘の目が泳ぐ。
何かを思い出しているというより、どうやって誤魔化そうかと思案するような眼の動きだった。
当然、ソラは見過ごすつもりがない。
「どこで食べた?」
干物を食べたと断定したソラの質問に、娘の目がさらに泳ぐ。
娘が素直に話すまで、ソラは無言で見つめ続けた。
言い逃れは無理だと悟ったのか、娘はちらちらとコルを気にしつつ、口を開く。
「うちのお店で修行中の料理人が持ち込んできた干物を二枚……」
「修行中の料理人?」
なぜ見習い料理人が独自に干物を持ち込んでいるのか、とソラは首を傾げる。
一方、隣で話を聞いていたコルには思い当たる節があったらしい。
「……それ、以前言っていた南方の料理人、ですか?」
コルが確認するように問うと、娘はその人です、と頷いた。
ソラは目を細めてコルを見る。
「どういう事だ?」
コルが思い出すように斜め上を見ながら、説明する。
「夏祭りを目当てに来た南方の料理人が屋台を出していたんですけど、ソラ伯爵領の味を覚えたいから、と修行しているそうです」
――南方の料理人が持ち込んだ魚の干物、か。
ソラの口元が獰猛に弧を描いたことを、仮面を透視できない周囲の者達は知る由もない。
「その料理人、サンゴがあるような地域の出身だったりしないか?」
「本人は否定してましたけど、出す料理はサンゴがあるような暖かい地方の料理らしいです」
質問に答えた娘に、ソラはさらに質問する。
「魚の干物、頭が落とされていただろ? 箱も二つ以上に小分けされてなかったか?」
「まるで見てきたように言いますね。頭はありませんでしたし、箱も大きなものが四つありましたけど」
ずばずばと言い当てられて、娘が気味悪そうにする。
しかし、ソラは娘の反応を無視して大体の事情を把握した。
ソラは椅子から立ち上がる。
「コルに手料理でも振る舞いたかったのかもしれないが、これに懲りたらつまみ食いはほどほどにしておけよ」
娘が赤い顔をして俯くのを見て、ソラはくすくす笑いながら、サニアとリュリュを連れて客室を出る。
ついて来ようとしたコルの胸を軽く押して客室に戻したソラは、容赦なく扉を閉めた。
「しばらく二人きりにさせておけ。お互いにとっていい薬だろ」
「ソラ様、楽しんでるでしょ?」
サニアが悪戯をとがめるような口調で言うが、ソラと同じく状況を楽しんでいるらしいことが目の色でわかった。
「こんな面白いもの、楽しまないわけないだろ」
肘でサニアの横腹をつつくと、サニアは口元の笑みを隠しながら耳をそばだてる。
「気まずそうにしてるみたい」
「後で菓子でも持って様子見に行ってやろう」
彼女を連れてきた息子に対する母親の定番悪戯を提案するソラに、サニアが笑いながら頷いた。
悪ふざけを模索するソラとサニアに苦笑して、リュリュが話を戻す。
「シガテラ毒入りの干物を持ち込んだのはさっきの娘さんの料理屋にいる南方の料理人みたいだけど、すぐに捕まえる?」
シガテラ毒はネズミなどにも作用するため、証拠として干物を押収すれば事態の鎮静化を図る事が出来る。
しかし、ソラは渋い顔で首を振った。
「いま犯人を捕まえると、俺の自作自演を疑われかねないんだよな」
シガテラ毒は本来ソラ伯爵領にはない自然毒だ。
クロスポートに帰還したばかりのソラがスピード解決してしまうと、なぜ毒の正体をすぐに突き止められたのかと領民が不審に思うだろう。
アリバイとして方々の領地に問い合わせる時間を置かなくてはならない。
「背後関係も洗っておこう。あの娘の証言から察するに、犯人は有毒の干物と無毒の干物を分けてあるようだから、有毒の干物に事故を装って水を掛け、使えなくする。有毒の干物の仕入れ先も抑えてしまいたい」
娘の協力が必要不可欠だが、ある程度の事情を話せば協力を得るのはさほど難しくないだろう。
コルに対する娘の態度を思い出しながら、ソラは大雑把に捜査人員を思案する。
「早く捕まえたいが、俺が出ると角が立つ。多分、犯人側の狙いも領民の俺に対する不信感を煽る事だろうし、見苦しい言い訳が飛び出すだろうな」
「我々はソラ様の指示を受けただけなのに、なぜ罪に問われるんだ、とか?」
サニアが演技がかった口調で犯人の言い訳を予想する。
ありえそうなセリフに、ソラは頭が痛くなった。
「俺の息がかかってないと領民が判断できるような奴が逮捕に協力してくれたらいいんだが」
そんな都合のいい人物はいないか、とソラは肩を落とした。