軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話  新装開店の料理屋

王太子への夕食を出したコルは厨房で一人、ぼんやりとしていた。

「つ、疲れた……」

今日一日の感想を一言に凝縮し、吐露する。

明日の朝食の仕込が残ってはいるが、王太子は朝食を食べずにベルツェ侯爵領へ発つとの事で、ソラやラゼット、ゼズ、数人の火炎隊が見送りに外出する。

朝食が必要なのはサニアとリュリュ、警備に残る火炎隊、ローゼやサロンで、用意する数はさほど多くない。

サニア達も、心労が溜まっているコルを気遣って朝食は軽く済ませてもいいと申し出ているため、コルは少し気を抜いていた。

コンコン、とくぐもったノックの音に気付いて、コルは瞼を上げる。

眠っていたわけではなかったが、眠る寸前ではあったらしい。

コルは厨房の扉に目を向けるが、音の調子から出所は裏の勝手口だと気付き、立ち上がった。

食材搬入用の勝手口は大樹館の裏門に面している。

宿料亭組合長を務めるコルと直接連絡を取るための窓口だが、使われる事は珍しい。

食中毒でも出たのかと思い、コルは勝手口の扉を引き開ける。

大樹館裏門を警備する火炎隊士に連れられて立っていたのは、先日、宿料亭組合の会館で受付をしていた娘だった。

「……お疲れみたいですね」

開口一番、娘はコルの顔を覗き込んで心配そうに呟いた。

疲れているのは事実なので、コルは曖昧に笑い返す。

「ご用件は?」

「営業申請しに来た方がいらっしゃって、書類を届けに来たんです」

娘は用向きを答えながら、手元の書類をコルに差し出した。

コルは苦笑して書類を受け取った。

営業申請は行政の管轄で、組合ではなく大樹館の窓口へ届け出が必要だ。

組合はあくまでも自由参加であるため、行政としての窓口はない。

ソラは組合へ行政窓口を設ける機会を窺っているが、人員が足りないため先延ばしになっているのだ。

届け出の主は間違えてしまったのだろう。

コルは書類に目を通す。

「届け出を出した方は?」

「今日の受付の子が確認せずに書類を受け取ってしまって、申請者は帰ってしまったんですよ。ひとまず書類だけでも届けておこうと思ってきたんですけど……呼びに行きましょうか?」

コルは厨房を振り返り、少し考えて首を振った。

「いえ、僕が直接出向きます」

今日の仕事は終わったのだから、とコルは勝手口から出る。

帰りに気分転換の散歩でもして、開放感を味わいたかった。

扉にしっかりと施錠して、書類に視線を落としながら裏門へと向かう。

書類を届けた時点で娘の仕事は終わっているはずなのだが、なぜか裏門を出た後もコルに付いて来る。

書類に不備は見つからず、視線を落とし続けても読み終わっている事がばれる頃になって、コルは仕方なく顔を上げた。

「あの、家に帰った方が……」

「いえいえ、遠慮なさらずに」

「遠慮というわけではなくて……」

「ほら、組合への参加を促す時に、現組合員から話を聞きたがるかもしれませんよ? 私がいた方が何かと便利だと思いますけどねぇ」

のらりくらりと言い逃れる娘に、もともと口下手なコルが敵うはずもない。

諦めて、コルは書類にある店の住所を確認した。

そういえば、と娘が世間話を始める。

「この間お話しした南方の屋台の人、今年の夏祭りには出店しないらしいです。ソラ伯爵領の味を覚えるために修行するんだって、うちの店に弟子入りしてきましたよ」

少し自慢するような報告だ。

自分の店は弟子入りしたくなるほど美味しい料理を出せる店、という自負があるのだろう。

娘は機嫌よく胸を反らし気味に歩く。

「代わりに南方の料理をいろいろと教えてもらう事になりました。魚の干物を使った料理とかあるんです。うちの店に来れば、いまだけの限定メニューで食べられますよ?」

ちゃっかり宣伝して、娘は上目使いにコルを見る。

娘と視線がぶつからない様にさっと顔をそむけたコルは、街並みを眺めるふりをした。

「か、考えておきます」

「前向きに考えてくださいね」

しばらく娘の店には近づかないでおこうと心に決めるコルだった。

コルの内心を見透かしたように、娘は剣呑な光を瞳に宿して口を開く。

「私のとっておきの創作料理も披露したいので、食材が無駄にならないように早めの来店をお願いします」

攻勢を強める娘から距離を取り、コルは話題の転換を図る。

「あの、新しく出店してきたこのお店は夏祭りに参加すると思います?」

書類を目の前に掲げて早口に訊ねるコルに、娘は険しい顔をした。

露骨すぎたかと後悔したコルだったが、娘の険しい顔には別の理由があった。

「あくまで噂なんですけど、そのお店は新ジユズに本店を置く商会の資本だって話があるんですよ」

コルは慌てて書類の名前を確認する。

署名は王国ではありふれた名前だが、仮にスパイだとしても馬鹿正直に本名を名乗るはずがない。

コルは弱り顔で書類を見つめる。噂を裏付けるようなものは見当たらない。

「噂の出所、わかりますか?」

コルは聞き込みから始めようと、娘に訊ねた。

「行商人です。新ジユズに行った事のある行商人が懐かしい料理が食べられるって喜んでるんですよ」

ほら、あれを見たそうです、と娘が道の先を示す。

通りの先に真新しい店が見える。

建物は石造りだが、どこか新鮮な印象を受けて、コルはつぶさに観察する。

原因が屋根から下がる照明器具だと気付き、コルはさらによく観察しようと目を凝らす。

細い鉄で表面が細工された明かりは足元を効率よく照らせるように上部の金属傘で光を反射させている。

建物の壁も明かりで照らされる事を念頭に置いた作りをしており、夜に溶け込むような落ち着いた佇まいの中に、光に浮かび上がる優雅さがあった。

娘が指差しているのは店の前に置かれた看板らしい。

書かれていたのはメニュー表だ。

コルは上から下まで読み進め、見慣れないメニューの多さに困惑した。

「じゃ、じゃがいも? 確か資料室の図鑑にあったような……」

記憶を探るが、詳しい事は思い出せない。

大樹館に帰ったらソラに相談しようと思いつつ、コルは店の扉をノックする。

明かりはついていなかったが、中から返事をする声が聞こえる。

「はいはい、いま開けますから。ちょっと待ってて」

以外にも若々しい声が返ってきたかと思うと、扉が開かれる。ソラ伯爵領では珍しく、引き戸である。

現れたのは二十代半ばの若い男だった。

「すみません。まだ営業許可が下りてないので、料理は出せないんですよ」

若い男はエプロンを畳みながら申し訳なさそうに言う。

コルは書類を掲げ、さりげなく自らの顔を隠す。

「お、遅れてすみません。受理は、その……まだなんですけど、衛生基準を満たしているかどうか、少し確認させてもらってもいいですか?」

スパイだったらどうしようと内心気が気ではなかったが、コルは務めを果たすべく訊ねる。

「衛生基準? あぁ、はいはい。水回りとか検査するっていうやつね。どうぞ、中へ」

予想に反して、若い男は気安く中へとコルを招き入れた。

コルはびくびくしながら店中に入る。

店の内装もどこか異国情緒を感じられるものだった。

「食器とか食材は搬入されたばかりで、俺もどこにあるかまだ把握しきれてないんだ。料理人は出払ってる」

「あの、き、今日は簡単な検査で済ませるので」

「本番みたいなものがあるって事? それって抜き打ちだったりすんのかな?」

「えっと、営業前には行えるようにします」

コルはそそくさと床や壁の状況、掃除道具の場所や従業員が使うトイレの位置などを調べる。

コルに付いて回る娘が、若い男へ顔を向けた。

「宿料亭組合の事は聞いてます?」

若い男は一つ頷いて、会館がある方角を肩越しに振り返る。

「ソラ様が設立したっていうのは聞いてる。参加する気はないけどな」

若い男の返答に、コルは静かに安堵した。

どうやら、スパイかもしれない者を組合に入れて心労を増やさずに済んだようだ。