軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話 エピローグ

「──それで、銀の娘達は行方不明ですか」

大樹館の執務室、ラゼットが紅茶を入れながら、ソラの話に納得して呟いた。

「護衛に付いていたという兵は逃がしても良かったんですか?」

ソラは出納帳を眺め、仮面の中で欠伸を噛み殺す。

「故郷で上の連中に報告してくれるからな。外輪船も魔鏡剣も見たんだ。武力でどうこうしようとは当分、考えないだろう」

外輪船や魔鏡剣の威力は絶大であり、他国を牽制する。

王国を少々かき乱しても、戦争を仕掛けて勝てるかどうかは分からない。

少なくとも、船舶の技術はソラ伯爵領が群を抜いており、まともにぶつかって勝てる差ではない。

他国からの干渉も、今後は威力偵察紛いのモノではなく、影での諜報活動が主体になるだろう。

「諜報員が来たら捕捉して可愛がればいい。他国の情報が欲しいのはこちらも同じだしな」

くっくっ、と弄ぶ獲物を待ち構えるように笑うソラに、ラゼットがため息を吐く。

ソラが持つ出納帳を指差し、ラゼットは呆れ顔で口を開いた。

「外輪船の経費もあって大赤字なんですから、大きな事は出来ませんよ? 銀も結局──」

「分かってるよ」

ラゼットの説教を途中で遮って、ソラはそっぽを向く。

実際の所、二頭同盟の商圏や輸送路が丸々手に入ったため、来年からは他領との貿易が活性化する。

ウッドドーラ商会が小躍りして輸出品目録を作成しているとも聞いていた。

多少の赤字は、関税によって数年で帳消しに出来るだろう。

ソラは出納帳を机に置き、確認した事を示す印を押す。

「サニアに渡してくれ」

ソラから出納帳を渡されたラゼットが、ペラペラとめくって印の押し忘れがない事を確認した。

ラゼットが一礼して執務室を出て行こうとした時、廊下からなにやら口論する声が聞こえてくる。

ラゼットがソラを振り返った。

「チャフ様とイェラさんみたいです」

口論している者達の声を聞き分け、報告してくる。

ソラは疲れを覚えて、机へ肘を乗せた。

「……リュリュの奴、実験室に籠もったまま伝え忘れたのか」

呟く内に聞こえてくる声は大きくなる。

ラゼットが離れた時、勢い良く扉が開かれた。

「ソラ卿! お前からもイェラを説得してくれッ!」

「ですから、今回の事件の発端は私が作った商会連合だから、暗殺未遂の責任を取らないと──」

「イェラは関係ないだろう! 実行犯はイレーネオで指示したのはホルガーとザシャだ!」

「その理屈が通用しても、各貴族から攻撃される弱点になるのが政治だと、何度も言っているでしょう!」

「言いたい奴には言わせておけばいいんだ! とにかくオレは認めない!」

「本当に分からず屋ですね、あなたは!」

「イェラこそ、強情に過ぎる!」

部屋に入るなり口論を激しくするチャフとイェラに、ソラは救いを求めてラゼットを見る。

しかし、出納帳を掲げたラゼットは、ソラに呼び止める暇も与えず風のように執務室を去って行った。

──逃げ足ばかり早くなるな。

ソラは心の内でぼやき、口論を加熱させているチャフ達を見る。

どうやら、暗殺未遂事件をソラの監督不行き届きとして追及される前に、イェラは政界から消えるつもりらしい。

しかし、イェラの夢を知るチャフが引き留め、結果として口論になっている。

とりあえずひと段落するまで待とう、とソラは書類を取り出した。

「おい、ソラ卿! 何をしている。お前も引き留めろ!」

目敏く見つけたチャフが眦をつり上げ、執務机を叩いた。

「引き留めろ、と言われてもな」

ソラは書類を眺めて、肩を竦める。

「“ここにいない奴”を引き留められないだろ」

「……待て、なんの話だ?」

ソラのおかしな返答を聞き、チャフとイェラは口論を止めて困惑する。

二人の様子からも、リュリュが伝え忘れた事は間違いないと見て、ソラは悪戯っぽく笑い声を漏らす。

「何って、イェラの話だろ?」

ソラはイェラを指差した。

「簡単な話だ。チャフがイェラだと“勘違い”しているその女は別人で──」

ソラは次に北、王都の方角を指差した。

「“本物”のイェラは国王陛下に引き渡したんだよ」

チャフとイェラが目を点にして、顔を見合わせた。

無論、この場にいるイェラが商会連合設立の立役者だと、半年以上も一緒にいるチャフには分かっているだろう。

チャフが胡散臭そうにソラを見た。

「また何かしたんだな?」

「心外だな。何もしてないさ」

ソラは書類をめくりながら、独り言でも呟くように続ける。

「それにしても、銀の娘達はどこに行ったんだろうな」

「……あ」

イェラが声を上げ、口を押さえて考え込む。

イェラの代わりに双頭人形を使ったと気付いたのだ。

双頭人形は商会連合の設立時にも暗躍し、目撃証言もあった。

イェラにまつわる噂と混じって特定が困難になるほどだ。

外部からの特定は難しく、イェラと成り代わっていても判別出来ない。

イェラから説明されて、チャフはソラに視線を向ける。

「陛下を騙したのか?」

ソラは頭の後ろで手を組み、椅子の背にもたれ掛かった。

やはり独り言のように、ソラは呟く。

「接収した銀で赤字を帳消しできると思ったんだが、陛下に献上したんだよなぁ」

「……取引したのか」

チャフが苦笑した。

ソラは国王の目の前で銀を取り上げておいて、交換条件のカードにしたのだ。

双頭人形をイェラとして全ての責任を負わせる事と引き替えに、接収した銀を国王に献上する、と。

財政を健全化しようと躍起になっていた国王に、断る選択肢などない。

国王は双頭人形をイェラ本人だと認めて、身柄を拘束した。

各貴族は双頭人形がイェラではない、と否定しにくくなる。

なぜなら、国王の判断が間違っている、と指摘する事と同義だからだ。

イェラは本人の預かり知らぬところで自由を勝ち取っていたのである。

「得意分野だと分かってはいるが、毎回よくやるな……」

「聞こえないな」

ソラは子供っぽく耳を塞いで、のたまった。

静かに考え込んでいたイェラが、恐る恐る質問する。

「あの、義父の監督責任は……?」

「“傭兵集団を引き連れたイェラに軟禁されていたジーラの官吏を務めるか弱い爺さん”がどうかしたのか?」

ソラがサラリと言ってのけた台詞に、イェラは額を押さえた。

自分が予想以上の極悪人に仕立て上げられたからだろう。

「あの爺さんなら引退させて、来年に設立する孤児院と職業訓練所の監督を任せるつもりだ。設立までは商会連合の監査だな」

ソラの言葉から、義父には咎めがないと判断したらしく、イェラは胸をなで下ろした。

その時、ソラの瞳が仮面の奥で怪しく光った。

「分かったなら、痴話喧嘩は余所でやれ」

ソラが言い放つとしばらくの間、執務室を静寂が支配した。

「……まだるっこしいな、お前ら」

赤い顔を互いから背ける二人を眺めて、ソラは盛大なため息を吐いた。

そして、ふと思い出したような口振りで、ソラは口を開く。

「そういえば、ジーラの爺さんがトライネン子爵領に伝手があると言ってたな」

「……何?」

聞き覚えの無い話にチャフが反応する。

そもそも、子爵領自体がまだ選定中である。

トライネン伯爵が重い腰をようやく上げた事から、ソラ伯爵領に面する地域になると噂されてはいる。

本気で悩み始めたチャフに呆れの視線を向けた後、ソラは人差し指を立てた。

「横を向け、横を」

ちょいちょい、とソラが指を動かせば、チャフも合点がいったらしい。

「俺は席を外そうか? なぁ、色男」

「お、お前は一々……ッ」

真っ赤な顔をするチャフの肩を叩き、ソラは執務室を後にする。

後ろ手に扉を閉めて、廊下を歩いた。

中庭でチャフとイェラの今後の進展予想をして賭けているフェリクス達を見つけ、一口乗ろうかとソラは足を向ける。

「──ついでに、ソラ様とサニア殿についても賭けてはどうですかな?」

「自分はリュリュさんに一票っす」

建物の影、ソラから死角になっているその場所からゴージュ達の言葉が聞こえ、ソラは即座に踵を返した。

──危ない、危ない。吊し上げられるところだった。

ソラは忍び足で離れる。

食堂に顔を出すと、茹で卵を恐る恐るつついているサロンと、応援するローゼ、特製ソースで匂いを誤魔化すよう提案しているコルがいた。

リュリュのお仕置きが効き過ぎたようだ。

サロンの丸い体型を眺めたソラは、ダイエットの一助になればいい、と静観を決める。

良案を求められない内に、ソラはそそくさと食堂前を横切った。

玄関ホールに差し掛かった時、ラゼットとゼズが話す声が聞こえて、顔を向ける。

ソラに気付いたゼズが片手を上げて簡単な挨拶をし、口を開いた。

「情勢も落ち着いたし、ラゼットと一緒に三日の休暇を貰っていいか?」

「予定を調整してからなら構わないが、帰郷か?」

ソラが快諾しつつ理由を問うと、ゼズの隣にいたラゼットが頷いた。

「ローゼを見せびらかしに行こうかと思いまして」

「……三日だと短すぎるだろ。もう二日やるから、予定表を組んだら持ってこい──ラゼット、いま読み通り、とか思ったろ?」

「……邪推ですよ」

言葉では否定しながらも、ラゼットはソラから視線を逸らした。

頬を掻くゼズと一緒に苦笑したソラだが、前言を撤回するつもりはない。

「きっとサロンも行きたがる。足止めの方法を考えておけよ」

ソラの言葉で初めてサロンの事に思い至ったらしい。

難しい顔で額を寄せ合う二人に笑いながら、ソラは歩き出した。

辿り着いた場所はリュリュのいる科学実験室だ。

本来リュリュが伝えるはずだったチャフとイェラへの伝言は、ソラから直接伝わった事を教えておこうと考えたのだ。

ソラは扉をノックするが、中からの反応はない。

また実験に熱中しているのかと思ったが、取っ手の感触から判断する限り、扉に鍵はかかっていないらしい。

「リュリュ、邪魔するぞ」

声をかけて中に入ったソラは、返事がなかった理由を知って苦笑した。

実験室に備え付けの机に、リュリュとサニアが大量の紙に埋もれて眠りこんでいた。

歩み寄って手近にあった紙を一枚、手に取る。

「ほう、これはこれで面白いな」

机の上に溢れた紙には様々な外輪船の改良案が記されていた。

運動エネルギーへの変換機構や、外輪の位置、形状の変更案の他、使えそうな魔法陣についても模索しているようだ。

その派生として生まれたらしい道具や技術の案もいくつか見受けられた。

殆どは子供の妄想にも似た荒唐無稽な案だったが、中には魔法の利用を念頭に置いた実用的な案が隠れていた。

ソラの知識には含まれない、この世界独自の技術、その萌芽だ。

ソラは自然とこぼれた笑みを押さえようとして、仮面を付けていた事を思い出す。

仮面を外し、窓から青空を仰ぐ。

大きな太陽が天高く輝いていた。

「未知の領域も近いな」

窓際に背中を預けて瞼を下ろし、ソラはいずれ来る未来に思い馳せる。

今にも駆け出しそうな馬の嘶きが聞こえた気がした。