軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 フェアリーチェス

大型船の上は殺風景だった。

積み荷の銀も今は王都にあるのだから当然だ。

帆を張り、出航の準備も整いつつある。

双頭人形は舷梯から船に上がると、慌ただしく動く兵達を見回した。

もう逃げきったも同然、と双頭人形は互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「最後だけは少し楽しかったわ」

「予想外の事が多かったものね」

談笑しながら、双頭人形は甲板に足を運ぶ。

船縁から河原を見下ろせば、戦況は一目瞭然だった。

上司は奮戦空しく火炎隊に捕らえられ、舷梯守備隊は撤退をほぼ完了している。

手すりに肘をかけ、双頭人形はイレーネオを探す。

「──あら、負けてしまったの?」

地面に腰を下ろしてうなだれているイレーネオを見つけ、双頭人形は声をかける。

声に振り返ったチャフと目があって、双頭人形は小さく手を振った。

「ご苦労様」

「ご足労様」

口々にチャフを労い、双頭人形はクスクスと笑い声を上げる。

甲板にいた兵の一人が、無防備にチャフの前に姿を晒している双頭人形に気付き、注意する。

「危険です。お退がりください」

「大丈夫よ。もう投げナイフを持ってないもの──そうでしょう?」

兵に言い返して、双頭人形はチャフに笑顔で確認する。

チャフがため息を吐いた。

「よく分かったな」

「動きを見ていれば、分かるわよ」

事もなげに言ってのけ、双頭人形は手すりに揃って頬杖を突く。

その姿は、店先に並べられた一級品の人形を思わせた。

「こんな結末になってしまって、本当に残念」

双頭人形は言葉とは裏腹に笑顔を浮かべていた。

「ホルガーとザシャが勝手をしなければ、もっと楽しく遊べたのに」

「やはり、他国に銀を運ぶつもりだったのか」

チャフが口を挟むと、双頭人形は肯定せずに小さく笑い声を上げた。

答え合わせの続きを促すように、双頭人形は揃って首を傾げて聞く姿勢を作る。

「銀を他国の王に献上し、特権を得る。他国は二頭同盟を通して我が国へ干渉する建前を手に入れる」

チャフが言葉を連ねる度、双頭人形の笑みは深くなっていった。

チャフが不愉快そうに目を細める。

「もちろん、領主であるソラ卿は許さないだろう。だが、ソラ卿の戦力は微々たるものだ」

ソラの持つ正規の軍は火炎隊のみ、各町の自警団を動員しても軍としての機能には疑問符が付く。

干渉する足掛かりとしては絶好の土地だ。

「──よく出来ました」

突然、双頭人形は手を合わせた。

合わせた手をそのままに笑顔をかき消し、無表情になる。

「ソラ卿の受け売りでなければ、ね」

双頭人形が見透かすと、チャフは肩を竦めた。

チャフの態度が気に入ったのか、双頭人形は再び笑顔を浮かべる。

「けれど、分かっていても防げないと意味がないわ。銀に何か仕掛けがあったようだけれど、他国の王にとっては真贋なんて二の次よ」

他国の王には銀よりも飛び地としての二頭同盟の方が価値がある。

極端な話、偽の銀であっても献上品と認めて、王国への干渉を優先する事も出来るのだ。

双頭人形は南、海のある方角を見る。

「いくら大型船といっても、あんな旧式船で他国への銀の輸出を防ごうなんて無理よ。二頭同盟の新型船が逃げきっておしまい」

双頭人形はチャフに視線を戻す。

違うかしら、と双頭人形が小首を傾げると、夜明け前の暗闇の中で銀髪が輝いた。

質問を装いながらも、双頭人形は疑っていなかった。

計画通りに進めていれば、ソラは手出しできなかった、と。

「──違うな」

だからこそ、チャフが一言で否定すると、不思議そうに瞬きを繰り返した。

双頭人形の反応に、チャフが不敵な笑みを浮かべる。

「銀の娘、勘違いしているようだから教えておこう。ここはソラ伯爵領、お前達がもっとも警戒すべきはソラ卿だ」

双頭人形を見上げながら、チャフが断言する。

「お前達は必ずソラ卿に捕まる」

不意の風がチャフの髪を揺らし、双頭人形の銀髪を靡かせ、大型船の帆に捕まった。

上司やイレーネオ達を残して、大型船が動き出す。

チャフと言葉を交わしている内に、出航の準備が整ったらしい。

「何を言ってるの? ソラ卿は王都でしょう。水路を使って急いでもベルツェ侯爵領にいる頃よ。いない人に気を付けても意味ないわ」

チャフを小馬鹿にして笑いながら、双頭人形は正論を返した。

しかし、チャフは苦笑混じりに口を開く。

「ソラ卿の恐ろしい所は、誰もが無視する可能性を平然と現実にするところだ」

実感の籠もった言葉だったが、双頭人形は信じなかった。

「ソラ卿に伝言です。また遊びましょう、とだけ」

双頭人形は口元に片手を当て、鏡写しのように左右対称な動きでチャフに別れを告げた。

後方に遠ざかるチャフを見送り、双頭人形は船上を見る。

「面白い人ばかり置いてきてしまったわ」

上司やイレーネオを思い浮かべながら、双頭人形はつまらなそうにため息を吐く。

誰かからかい甲斐のありそうな者はいないかと、連れ立って船内を見て回る。

繰船に必要な人員まで舷梯の守備に駆り出したためだろう、どの兵も疲れた顔で働いていた。

からかっても反応は鈍そうだ。

諦めて流れる景色でも眺めようかと再び甲板に出る。

夜明け直前の真っ暗闇が出迎えた。

空を見上げれば、徐々に遠くから白み始める。

まるで見送るような日の出だと、二人は笑いあった。

早朝の冷たい風に膨らむ帆を見上げ、銀の娘達は涼やかな鳥のさえずりを聞く。

祖国では聞いた事のない鳥の声に耳を澄まそうと、瞼を下ろした。

「……いま何か、音が聞こえたような」

微かな異音に双頭人形は首を傾げ、正体を探す。

疲れた顔で立ち働く兵の他に音を立てそうなモノはない。

顔を見合わせた銀の娘達はふと気付いて、船の後部甲板に回り込む。

そして、音の正体らしきモノを河下に見つけ、目を凝らした。

「……船?」

早朝の太陽光を受けて美しく煌めく河の水面を裂いて進む、一隻の船があった。

帆はなく、櫂も見当たらない。

しかし、その船は遠目にもそれと分かるほどの速力で河を上ってくる。

双頭人形が乗っている大型船に匹敵する巨大な船が、見る見る内に距離を詰めてくる。

双頭人形の視線を追って、迫りくる異様な船に気付いた兵達がざわめきだした。

「なんだ、あの船は……速すぎる!」

「どうやって動いてんだ!?」

謎の大型船は、倍にも達しようかという速度で水面を切る。

近付くにつれて、謎の大型船の甲板に三つの人影が浮かび上がった。

向かって左には赤が複雑に混じった金髪を船風に靡かせる美女。

向かって右には黒髪に覗く特徴的な熊の耳を朝日に透かして輝かせる獣人の娘。

「──よお、いま帰りか?」

中央にいた仮面の男は、ここにいる事がさも当然であるかのような口調で親しげに声を掛けてくる。

「……ソラ卿?」

怪しみながらもそうとしか考えられず、双頭人形は呟く。

呟きが聞こえたわけでもないのだろうが、ソラは馬鹿にするように肩を竦めた。

「見送りに来てやったぜ」