作品タイトル不明
第二十話 ナイトの決戦――開始
停泊した二隻の大型船にイレーネオがたどり着いた時、戦いはチャフ側の有利に運んでいた。
今となっては瓦解した二頭同盟が所有する二隻の大型船は、王国の最新型だけあって堂々としたものだ。
しかし、乗せていたイレーネオの部下達は総出でチャフによる猛攻に対処していた。
それぞれの船へ乗り込むための二つの舷梯を守るために離れられない上司達に対し、チャフ達は騎兵の機動力と突破力を生かし緩急を付けた攻撃を繰り返す。
商人達が内陸へ商品を運ぶ際の積み降ろしの場でもあり、騎兵隊が動き回るには十分な広さがあった。
イレーネオは遠くから上司と視線を交わし、意思疎通を図る。
無言の内に各々の役割を分担し、イレーネオは背後の双頭人形を振り返る。
「馬ごと船に乗ってください」
悠長に乗り降りしてはいられないと判断して、イレーネオは双頭人形に告げる。
正面では上司達が舷梯への道を開きつつ、チャフ達との間に壁を作った。
チャフがとっさに投げナイフを飛ばす。
投げナイフは上司達の間を器用にすり抜けたが、イレーネオが反応して曲刀を横に突き出し、すんでのところで弾く。
「──フェリクス、二刀流の男を抑えろ。他はあの銀の娘の確保を優先! イレーネオは俺がやる」
チャフが指示を飛ばし、突撃隊形を作らせる。
「させるかよ!」
上司が突然に馬を駆けさせ、チャフに向かって斬りかかった。
「若様ッ!」
「……交代だ。イレーネオをやれ」
虚を突かれたフェリクスが焦るが、チャフは冷静に指示を変え、鉄剣を構える。
「……ったく、父親譲りですね。死なないでくださいよ」
フェリクスは一瞬だけ困ったように笑うと、手綱をさばき、イレーネオ達に向かって駆け出した。
上司が抜けた舷梯守備隊を加速を付けた一撃でよろめかせ、突破していく。
一人で取り残されたチャフを見て、上司は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「若い奴の無謀は嫌いじゃねぇが、仕事なんでな。手加減抜きだ!」
左の曲刀をちらつかせて注意を誘いながら、不意打ち気味に右の曲刀を閃かせる。
フェリクスとの戦い方から上司の出方を予想していたチャフは危なげなく鉄剣を合わせた。
互いに馬を止めて相手を斜向かいに捉え、対峙する。
実力はチャフの方が下だ。
上司も実力の差を察して素早く勝負を付けるべく曲刀を構えた。
勝負手は馬の首で死角になる下からの切り上げ。上司は右の曲刀を下方に構え、左の曲刀はいつでも突きを放てるように肩口に高く構える。
上下に広い構えは胴体の守りを捨てながら、チャフへ強制的に広く視野を持たせた。
不用意に胴体へ攻撃すれば、上下から曲刀の挟み撃ちに遭う事だろう。
チャフが反撃を警戒して時間をかけても、上司は一向に構わない。
その間に双頭人形が船に乗り込めば、反転して自らも乗船して引き上げるだけだ。
いくらフェリクスがいるとはいえたった五人の騎兵。
イレーネオを含む十人の精鋭が人数差を覆されるとは思えない。
「おら、どうした? 仕掛けてこいよ」
上司はチャフを挑発する。
チャフは一か八かで仕掛けなければ、戦況は動かない。
そう上司は確信していたが、チャフがゆっくりと馬を後退させ始めたの見て、眉を寄せる。
勢いを付けるつもりかと勘ぐって上司は前進し、チャフとの距離を詰めようとするが、海波のようにあっさりとチャフは引いていく。
イライラしつつ、上司は背後の船を気にした。
あまり離れるわけにはいかないのだ。
しかし、上司の考えを見抜いたチャフが青銅剣の柄をこれ見よがしに叩く。
上司の後方から剣戟の音が響いた。
双頭人形を連れたイレーネオの部隊とフェリクス達がぶつかり、戦闘を開始したらしい。
いま目眩ましを使われては、チャフに背を向けているフェリクス達は無事でも、対するイレーネオ達はひとたまりもない。
「てめぇ……ッ!」
歯ぎしりする上司に対し、チャフはニヤリと笑って、馬をゆっくりと後退させた。
ここは河沿いの道だ。頭上には月が大きく輝いている。
距離が開けば、チャフは光の魔法を使うだろう。
上司は距離を詰めるしかない。
剣を合わせずに攻守が入れ替わっていた。
「無謀なんて言って悪かった。とんだ狡猾さだ」
上司が悪態吐くが、チャフは小さく肩を竦めて見せた。
「実はまだ、続きがあるんだ」
「……なに?」
まだあるのか、と嫌そうな顔をする上司に、チャフは苦笑する。
「ほら、来たようだぞ」
チャフが呟くと同時、上司の後方から大地を揺らす雄叫びが轟いた。
燃え盛る戦意を圧縮したようなその雄叫びは、戦場の音という音を残さず塗り潰す。
何が起きているのか、上司には分からない。
だが、有利だったはずの戦況が五分に揺り戻された事だけは、確実だった。
「──イレーネオ、状況を報告しろ! イレーネオッ!」
チャフの魔法を警戒して振り返る事が出来ず、上司はイレーネオに問いかける。
だが、返事は聞こえてこなかった。
戦闘が続いている事は、未だに止まない剣同士の激突音や怒号からも明らかだ。
つまり、イレーネオが返事する余裕をもてない程、状況が逼迫している事になる。
上司は曲刀の柄を握りしめ、チャフを睨んだ。
「次から次へと……嫌がらせだけは一丁前だな」
「俺なんてまだまださ」
謙遜してチャフは笑い、目を細めた。
「……さて、長らく待たせて悪かったな。改めて、名乗りを上げよう」
チャフは上司に視線を合わせ、胸を張る。
そして、怒号溢れる戦場にあってなおよく響きわたる朗々とした声で、言葉を紡ぐ。
「我が名はトライネン伯爵家跡継ぎ、チャフ・トライネン。これより、全力を持って」
チャフは言葉を区切り、堂々と宣言する。
「──貴殿の軍、貫かせていただく」