作品タイトル不明
第二十四話 戦いの決め手
啖呵を切ったものの状況は不利だった。
チャフは護衛対象のイェラを抱えており、動きが制限されているからだ。
──いつまでも相手をしたくはないな。
チャフはイレーネオの馬に視線を向ける。
馬さえ仕留めれば、逃げる事はたやすい。
チャフの考えを悟ったイレーネオが曲刀で突き掛かってくる。
チャフは柄を握る手首を柔らかくして、突きを受け流し、イレーネオの腕が伸びきるように左へ逸らした。
しかし、イレーネオは読んでいたように手首を返し、曲刀の形状を生かして長剣の裏へ切っ先を滑り込ませた。
「ちっ、厄介な!」
蛇のような挙動で迫る切っ先を視界に捉え、チャフは長剣を回転させ、曲刀を更に左へ追いやる。
左へ流された曲刀の勢いのまま、イレーネオが左腕を水平に振って勢いを殺す。
「良い反応です」
さらりとチャフを褒め、イレーネオは腕を引き戻した。
「そろそろ、眼鏡も邪魔ですね」
呟いたイレーネオが右手で眼鏡を外した。
ポケットに眼鏡を仕舞った後、鋭い目つきでチャフを睨み据える。
曲刀の柄を握る位置を変え、限界まで間合いを広げた。
チャフはイレーネオの微細な動きも見逃すまいと神経を研ぎ澄ます。
きらり、と線とも点とも判断出来ない光がチャフの視界を横切った。
「──ッ!?」
次の瞬間、チャフの左脇腹を激痛が襲う。
目で見て確認するまでもない。
防ぐ暇も無く曲刀で突かれたのだ。
湾曲した刃は押し込むだけで傷口を広げる事が出来る。
チャフは痛みを堪えて長剣を振り、イレーネオを遠ざけようとする。
しかし、イレーネオはチャフから引き抜いた曲刀で軽々と長剣を弾いてみせた。
──くッ、痛みで力が入らない……!
顔を歪めるチャフに対し、イレーネオは余裕の表情で曲刀を振り被った。
しかし、イレーネオは不意に視線をそらし、舌打ちする。
曲刀を振り下ろすより先にイレーネオは体を横に倒した。
空気を切る音と共に、ナイフが飛来してイレーネオの肩先をかすめていく。
「──若様、無事ですか!?」
フェリクスがナイフを投げた手に長剣を持ちながら声をかけてきた。
脇腹の痛みで嫌な汗が流れている事を自覚しつつ、チャフは心配するな、と首を振る。
無理をしてでも、今は逃げきるしかないのだ。
フェリクスが悔しそうな顔をしたが、追いついてきた敵騎兵に斬り掛かられ、やむを得ず対応する。
チャフは長剣の握りを確かめ、イレーネオを見据えた。
フェリクスに対する警戒を緩めたのだろう、イレーネオが馬を一時的に加速させ、チャフの右に並んだ。
直接、イェラを狙うつもりなのだ。
チャフは長剣を握る手に力を籠める。
曲刀を持つイレーネオの左腕が上がった瞬間、チャフは直感的に長剣を振り上げ、馬の首を守った。
甲高い金属音が短く上がる。
安心は出来なかった。
チャフは横腹の痛みに歯を食いしばりながら、焦る。
──やはり、目で追い切れない……!
二度目にして、チャフは確信する。
イレーネオの突きを何度も防ぐ事は不可能だと。
──どうする、どうすればいい?
最も重要な作戦はイェラを守り通す事。
チャフの脳裏にある光景が蘇った。
チャフは自嘲気味でありながらも獰猛な笑みを浮かべる。
──やってみるか。
チャフは長剣を横向きに構え、イレーネオの攻撃に備えつつ、口を開く。
「イェラ、オレは少し手が離せなくなる。とどめを頼みたい」
イェラが肩越しに振り返り、チャフの顔を見つめる。
「……分かりました」
イェラがチャフの腰から青銅剣を抜いた。
逆手で抜いた青銅剣を持ち直し、いつでも掲げられるようにする。
イレーネオが不審そうに見つめた。
イェラが全力疾走する馬に乗りながら剣を振り回せる程に腕が立つ、とは思えないからだろう。
「チャフ様、後少し持ち堪えてください」
イェラが道の先の日溜まりを睨みながら、懇願するように呟いた。
「もとより、そのつもりだ」
チャフはしっかりとした口調で返す。
イレーネオの動きをつぶさに観察しながら、チャフはその時に備えた。
イェラが持つ青銅剣を警戒しながらも、イレーネオはチャフに視線を移す。
「何を企んでいるのか知りませんが、終わりにしましょう」
言い切った次の瞬間、イレーネオは鋭い突きを放つ。
チャフは突きを目で追う事を諦め、長剣でイェラを庇った。
耳障りな音が響く。
攻撃を防いだのだと理解出来たが、視界に入ったイレーネオの手が再び突きを放てるように動く気配をチャフは感じとった。
長剣を握る手を固定したまま、引き戻される曲刀の切っ先を追うように長剣を振る。
長剣の腹で曲刀の切っ先を絶えず押さえ込み、突きを放てないようにしたのだ。
だが、イレーネオは長剣の壁をあざ笑うように手首を捻り、曲刀の位置を高くする。
長剣の壁を上部から避けた曲刀は、切っ先を捻り込むようにチャフの右肩を狙う。
手首を捻った事で間合いが狭まり、チャフにしか突きが届かなかったのだ。
それでも、目にも留まらぬ早さで繰り出される突きならば、避けられはしない。
勝負は決するはずだった。
「──な、なにッ!?」
イレーネオの胴に向かって、長剣が投げられなければ……。
曲刀にかわされた長剣を、チャフはそのまま手放した。
慣性に従って空中を進む長剣は、ただの鉄の塊としてイレーネオにぶつかる。
イレーネオの体勢こそ崩せなかったが、ぶつかった反動を殺すため、イレーネオは曲刀を引き戻せなかった。
「……あぁ、これなら掴める」
小さな声だった。
次の瞬間、チャフはイレーネオの手首を掴み取った。
驚愕するイレーネオの瞳に、肩を浅く突かれながらも獰猛な笑みを浮かべるチャフが映った。
「ちっ。死に損ないが」
イレーネオが舌打ちして、力任せに腕を戻そうとする。
チャフは左脇腹に傷を負っているのだ。力比べで負けはしない、そう思ったのだろう。
「サニアによくやられたのでな」
チャフは掴み取ったイレーネオの手首を外側に捻る。
それだけで、イレーネオは思うように腕に力が入らなくなった。
腕がらみと呼ばれる柔道技である。
本来、肘を押さえて完成するこの技だが、馬を併走させていて距離を詰められない今、自身の体が錘となって肘を曲げる事が出来ない。
王都でサニアに教わっていなければ、考え付きもしなかっただろう。
イレーネオが初めて焦りの表情を浮かべ始める。
互いに相手を引き倒そうと全力を込めるが、釣り合ったまま微動だにしない。
そして、二人の間に一条の光が射し込んだ。
勝者を決めかねるように、雲間から射し込んだ光は二人の間を揺れる。
「──参ります」
イェラが呟き、青銅剣を掲げた。
「お前ら、敵を向いて片目を塞げ! 馬もだッ!」
青銅剣を見たフェリクスが仲間達へ叫ぶ。
怒号と剣戟の音と緊張感の中で、チャフはイレーネオを見据えて笑みを浮かべ、言葉を放つ。
「──時間切れだ」
青銅剣が太陽光を反射したかと思うと、その場に強烈な光が煌めいた。
太陽を直接目に入れられたような極光に、イレーネオを含む騎兵達がたまらず目を閉じる。
チャフの護衛達は片目を焼く強烈な光に視界を奪われ、閉じていたもう片方の瞳を解放する。
「今だ。全力で離脱するぞッ!」
イレーネオの手首を離しながら、最後にチャフが全身全霊をもって命じる。
イレーネオの馬が光に目を眩ませて転んだ。見れば、他の敵騎兵も突然の光で一時的に視力を奪われて足を止めざるを得なくなっていた。
「やりましたよ。チャフ様!」
イェラが嬉しそうにチャフを振り返る。
「……チャフ、様?」
だが、チャフには返事をするだけの体力も残っていなかった。
左脇腹の傷は無理な戦闘が祟って大きくなり、大量の血が流れている。
落ちそうになる左腕を上げ、イェラに馬の手綱を託すのが精一杯だった。
イェラに名を呼ばれながら、チャフは意識を手放し、暗闇に飲まれた。