作品タイトル不明
第十五話 不穏な冗談
クロスポートを出発したチャフ達は馬を常歩で進めていた。
チャフとフェリクスを先頭に、六騎が二列となって規則正しく道を行く。
等しく開いた間隔は常に一定を保ち、人も馬もそれがさも当然であるかのような涼しい顔をしていた。
騎兵隊の練度なら王国随一のトライネン伯爵家だけあり、人馬一体の整然とした行進はすれ違う人々の目を奪っていた。
正面から来る馬車があっても、手綱をさばき、流麗な動きで速度も落とさず避けていく。
馬車の周囲を固める傭兵達を見て、フェリクスが目を細めた。
会話が聞き取られない程度に離れた事を確認し、フェリクスが背後の仲間に声を掛ける。
「ちょっと妙じゃねぇか?」
「さっきの傭兵連中か?」
フェリクス達が違和感を確認し合う。
会話を耳に挟んだチャフは小首を傾げた。
「数が多いとは思ったが、そこまで妙な事なのか?」
「一山いくらの傭兵にしちゃあ、馬が訓練され過ぎてます。騎手が下手くそなのを隠すくらい」
フェリクスが後ろの仲間に同意を求めると、仲間は頷いて口を開いた。
「あれじゃ乗ってるんじゃなく、運ばれてますね」
「違いねぇな」
護衛達が一斉に笑い声を挙げる。
だが、目は笑っていなかった。
「思うんですよ。あれは馬車の中身じゃなく」
フェリクスが言いながら馬の速度を緩やかに落とす。
「──馬を輸送してんじゃねぇかって」
チャフを含め、全員が馬の脚を止めた。
耳を澄ますまでもなく、馬車と傭兵が進む音が乱れた。
おそらく、チャフ達の様子を密かに伺っていたのだろう。
フェリクスが落ち着いた口調でチャフに問い掛ける。
「一触即発のこの情勢下、あの数の優秀な馬をどうする気かってぇ話ですよね」
フェリクス達がチャフを見る。
「行き先を確かめておきましょうか?」
チャフは一瞬考えたが、首を振った。
「あの馬が活躍しない未来を導くために、オレはここにいる」
──無闇に刺激して、戦闘になれば事だからな。
チャフは馬を再び歩かせる。
フェリクス達が一瞬遅れて追随した。
「若様が言うなら、先を急ぎましょうか」
チャフ達が追ってこない事に安心したのか、馬車と傭兵達から聞こえてくる音は落ち着きを取り戻した。
──かなり、緊迫しているな。
すれ違うだけでこの有様だ。
ソラとジーラ商会連合の睨み合いを肌で感じながら、チャフは一路ジーラを目指した。
ジーラの付近まで来ると、行商人の姿を多く目にするようになった。
人と物が集まり、何より金が集まれば当然だ。
また、傭兵も増えていた。
ジーラに続く道のそこかしこに立っている。
形だけは物々しい雰囲気だが、傭兵達は気さくに行商人へ挨拶などしていて、どこか暢気さが漂っていた。
町に入れば、好奇の視線を浴びる事になったが、のんびりとした雰囲気は変わらない。
フェリクス達と顔を見合わせる。
「なんか、拍子抜けなんですけども……」
「とにかく、イェラに会わない事には始まらない」
町の様子を調べたい気持ちはあったが、ひとまず後回しにする。
ジーラの町は大きな川に隣接した町であり、商会連合に加わった多数の商会が軒を連ねている。
民家と商会が混ざり合った独特の町並みは、やや不便ながらも活気づいていた。
町官吏の館は町の中心から少し港に近付いた位置にあった。
元々は中心にあった物が、町の拡張に伴ってずれてしまったのだろう。
館の周辺には、商会連合の創設時に名を連ねた大手商会の本店が並ぶ。
規模に見合った立派な造りの建物だ。
しかし、大手商会の本館とは対照的に質素な建物が奥に見えていた。
みすぼらしくはないが、周りに比べると見劣りしてしまうその建物が、目的地である町官吏の館らしい。
子爵位を持つチャフが突然に来訪して来た事に、警備していた傭兵が驚いた。
「……今、話を通していますので、待合室へご案内します」
貴族を門前で待たせては失礼だから仕方なく、と心の声が聞こえてきそうだ。
護衛を伴って待合室へ案内される。
こちらもやはり質素な部屋だ。
高価な調度品の類も見つからず、いっそ素朴と言ってしまった方が褒め言葉になりそうだった。
待合室には先客がいた。
チャフを見ると眼鏡の位置を気にしながら立ち上がる。
「イレーネオと申します」
──他国の商人か?
聞き慣れない名前の響きに、チャフは内心で首を捻る。
無言のまま頭を下げ、男は眼鏡の位置を直した。
「……後ろの方々は護衛、ですか?」
フェリクス達を無遠慮に眺めながら、イレーネオが訊ねてくる。
チャフは答えようとしたが、イレーネオが勝手に納得顔で頷いた。
「なるほど、邪魔者の暗殺ですね」
チャフ達が腰に帯びた剣を見つめ、イレーネオが物騒な冗談を飛ばした。
チャフは不愉快さに顔をしかめるが、イレーネオに効果はないらしい。
未だに眼鏡の位置が合わないのか、何度も調整しながらイレーネオが冗談を続ける。
「やはり、貴族の方々には商会連合が目障りですか?」
「おい、いい加減に──」
チャフは思わず感情的に言い返し掛け、踏みとどまった。
イレーネオの目の色が、シドルバー伯爵のそれに似た輝きを宿していたからだ。
──こいつ、オレを計っているのか……?
チャフは言葉を選び、慎重に口を開こうとした。
しかし、折り悪く待合室にメイドがイレーネオを呼びに現れる。
「残念ながら、時間切れです」
イレーネオは一方的に告げ、メイドにいま行くと言い返す。
眼鏡の弦に人差し指を掛け、ようやく満足する位置に落ちつけたのか溜め息を吐き出した。
「貴族の方々には理解出来ないかと思いますが、ジーラ商会連合は合議制です。現状では、まとめ役のイェラさんの発言力が大きいですが、暗殺しても頭がすげ変わるだけですよ」
世間話でもするように、イレーネオはチャフに言い含める振りをする。
自分から時間切れと言ったのに、あくまでも冗談で済ませるつもりらしい。
「そうなれば、発言力は経済力と等価になる。熾烈な競争が始まるでしょう。貴族など、たやすく振り切って……」
書類が入っているらしい鞄を持って、イレーネオは無表情のままチャフの横を抜ける。
廊下への扉を潜りざま、イレーネオはチャフを肩越しに振り返り、最後に一言を残していく。
「──冗談ですけど」