作品タイトル不明
第七話 不安定な銀
「──投機熱?」
支援物資の輸送計画を一通り詰めた後、ツェンドが切り出した話にソラは首を傾げる。
「新ジユズ国の話か?」
「ソラ様もご存知でしたか」
ツェンドの話はソラも王都で小耳に挟んでいた。
隣国の新ジユズ国は王女の死を悼んだ国王によって、国全体で贅沢が禁止されていた。
しかし、十年近くが経過した今になって禁止令が解除され、抑圧されてきた反動もあって消費が拡大した。
商会もここぞとばかりに商品を作り、新ジユズ国は好景気を迎えている。
ソラが聞いた話で判断する限り、投機熱とは言ってもバブルにまでは達していない正常な上昇だと思える。
十年かけて縮小した経済が揺り戻しているのだろう。
しかし、隣国の投機熱の高まりをツェンドが持ち出す理由が、ソラには分からなかった。
「隣国の話だ。一枚噛もうなんて思ってないだろうな?」
現代日本のように情報網が整備されているのならいざ知らず、この世界で隣国の投機に手を出すなど自殺行為だ。
情報を聞いてから動いても、国家間を移動する時間で情勢が一変している可能性が高い。
手を出すつもりなら直接、新ジユズ国に出向かねばならない。
ウッドドーラ商会を畳んでまで手を出すほど、投機が魅力とも思えない。
首を傾げるソラに、ツェンドは苦笑した。
「私共も馬鹿ではありません。新ジユズ国の投機熱はあくまでも話の枕でして、本題はここからです」
懸念を否定されたソラは一瞬だけ考える。
──投機熱、資金の流れ、金……。
連想ゲームのように結論を導き、ソラは目を細めた。
「貨幣にまつわる話か?」
「ご明察です。貨幣、特に銀貨の動きについて」
ツェンドが語ったのは王国内からの銀貨流出だった。
新ジユズ国の投機熱の煽りを受け、王国内の銀貨がそのまま、あるいは鋳潰されて延べ棒となり、流出した。
それらは新ジユズ国内を資金として巡る事になる。
だが、問題なのは王国内の銀の総量が目減りした事だ。
「王国内の銀の価値は上昇しています。いまや、市場価格に比べ銀貨の額面価格は低い」
王国内では、銀貨を銀貨として扱うよりも、鋳潰して銀そのものとして扱う方が価値が出る状況になったのだ。
ツェンドの指摘を聞き、ソラは細めていた目をまぶたで覆い隠した。
仮面が邪魔をして表情の変化に気付かなかったツェンドは、ソラがただ静かに耳を傾けていると判断した。
「この状況が私にはどうも腑に落ちない。ベルツェ侯爵領とシドルバー伯爵領との貿易路が、銀の産出と流通を助ける物だと考えていただけに、貿易路完成から今にいたるまで状況が改善されない事もやはり、私には理解が出来ないのですよ」
貿易路を整備する計画に一口噛んでいたソラに対し、ツェンドが鎌を掛ける。
新たな銀山が出す利益を当て込んで王家からも費用が供出され、完成した貿易路をソラは思い出す。
──銀の価値に変動を与えるはずもないな。
心の中で嘆息し、ソラは目の前の商人をどうしたものかと黙考する。
その場しのぎの言葉をいくら並べても、ツェンドは見破るだろう。
そんな信頼にも似た、ある種の確信があった。
だが、真実を話すわけにもいかなかった。
ツェンドと同じ予想を立て、貿易路の効果を想像し、銀が市場に供給されて値が下がるのではないかと懸念する商人は多い。
ソラが真実を語れば、懸念が払拭されて銀貨を鋳潰す者が出てくるだろう。
──あの鉱山から銀は出ない、なんて口が裂けても言えないな。
黙秘するソラを見て、最後にはツェンドが折れた。
「ソラ様が何も言わないのでしたら、何か面倒事なのでしょう。ですが、貿易路の整備で王家の懐具合も寒いのではないか、と私は思っております」
ツェンドの新たな言葉にも、ソラは黙秘を貫いた。
ソラの反応を予想していたらしく、ツェンドは話を続ける。
「王家が懐を温めたい現状で、ジーラ商会連合を野放しにしておいては危険ではありませんか?」
やはりきたか、とソラは口の中で呟いた。
──あちこちから突き上げられるな……。
少々うんざりしつつ、仕事だからとソラは割り切った。
ツェンドは商人の視点から現状を分析し、ジーラ商会連合が王家に資金を出して特権を得る未来を想像したのだろう。
「恐れながら、ソラ様が苦しい立場に置かれている事は、私共にも想像がつきます。しかし、ジーラ商会連合の動きは目に余るのです」
ジーラ商会連合は旧伯爵領に進出すると、瞬く間に勢力を拡大した。
ソラの不在中、ラゼットがウッドドーラ商会と協力していくつかの商会を取り込んだため、致命的な事態は避けられた。
しかし、ソラ伯爵領の中央やや東から西部までを勢力に収め、多数の労働者を抱えている。
潰すにはあまりにも大きすぎる勢力となっていた。
未確認だと前置きして、ツェンドは情報を開示する。
「銀の娘がグランスーノとグラントイースに出入りしているとの噂があります」
「……やはり、そうきたか」
ソラは呟いた。
ソラ伯爵領の北部と東部に位置する重要な貿易拠点を押さえようとしているのだ。
それぞれの街に配置された官吏、ザシャとホルガーは巨大な商会に融資する資産家でもある。
「やはり、という事は手を打ってあるのですか?」
ソラの呟きを聞いたツェンドが、オウム返しに問いかけた。
「まだ中途半端ではあるが、押さえ込めるように他領との境に町を育てた。あの辺りは絶対になびかない」
ツェンドが顎に指を当てた。地図を思い浮かべているのだろう。
わずかな間を挟み、ツェンドは納得して頷いた。
「薫製木材の倉庫を兼ねた、難民を集めて作った町ですか。ジーラ商会連合の倉庫もあったはずですが?」
「薫製による輸出も行っている。薫製技術を伝えた村は子爵領で最速の復興を遂げたあの村だ。そして、あの村の薫製技術は俺の手元にある」
倉庫を兼ねた町がジーラ商会連合に寝返った場合、ソラの主導で行われていた海産物の薫製事業から外されてしまう。
独自に継続しようとしても、一歩先を行く本家本元の村には技術的に太刀打ちできない。
ソラからの支援を継続して受ける方がずっと得なのだ。
しかし、勢力に蓋をしたとしても、ジーラ商会連合は今の段階で既に脅威だ。
二つの街まで取り込まれてはなおさらである。
「あくまでも噂との事だが、真実として対応するよ」
「そうして頂ければ幸いです。……アイクの二の舞を踊りたくはありませんので」
不吉な未来予想を口にして、ツェンドが口を閉ざした。