軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話  ツェンド来訪

大樹館は慌ただしい空気に包まれていた。

ベルツェ侯爵から借りた官吏達が故郷に引き上げるため、空いた席を埋めようと動き回っているのだ。

教育を受けて一人前になったばかりの人材をいきなり配置する事に、ソラは不安と申し訳なさを覚えていた。

本来なら二人一組で一つの町に就かせる予定だったが、旧伯爵領の官吏を処罰した事で空席が増えてしまった。

それでも、人員の関係で処罰を免れた官吏がいくらか存在している。

一人前になったとはいえ、部下や同僚の不正に目を光らせながらの仕事になる。

この上、後輩の育成まで任せては、あまりに酷だろう。

まだしばらくは人材不足で悩みそうだった。

処罰を免れた官吏から送られてきた嫌がらせ染みた内容の嘆願書に、ソラは目を通す。

無駄に長い文の中に本題が散りばめられ、非常に読み難い。

ソラは疲れを覚えて目頭を押さえた。

──それにしても、何でこの二人がここにいるんだ?

ソラは気付かれないように執務室の隅を見た。

頬が触れ合いそうな距離で、サロンとローゼが一緒に本を読んでいる。

どうやら騎士物語のようだ。

ラゼットかゼズが買い与えたものだろうか。

──大人しくしているし、仲良くなったのなら別に良いか。

年が近いため、きっかけがあれば仲良くなるまでは早いだろうと、ソラも思っていた。

きっかけが本だったのは意外だったが。

書類仕事に戻ろうとした時、扉が叩かれた。

聞き慣れた音の感じからラゼットだと判断したソラは、書類を置いて立ち上がる。

サロンとローゼが顔を上げたが、すぐに本に視線を戻した。

子供達の邪魔にならないよう、ソラは静かに扉を開けた。

案の定、廊下に立っているラゼットを見て、ソラは口を開く。

「ツェンドが来たのか?」

「お察しの通りです。後、ツェンドに預けていた船大工も来ています」

──新型船を作らせている船大工か。

ソラは船大工の居場所を聞き、少し考える。

「船大工はリュリュとサニアに任せよう。俺はツェンドに会ってくる」

ソラの言葉を聞いて、ラゼットが子供達の様子を不安そうにちらりと見る。

まだ幼い事もあって、誰かがそばにいた方がよい。

「ツェンドなら俺一人で十分だ。ラゼットは子供達を見ててくれ」

「恐縮です」

気にするな、とソラは後ろ手を振りながら、廊下を歩き出す。

応接室に向かう途中、足を延ばしてリュリュがいる研究室を訪ねる。

「リュリュ、入るぞ」

研究室の中に入ったソラが最初に見た物は、水が入った大きな桶とそこに浮かぶ船の模型だった。

船の模型を動かしていたリュリュが、顔を上げる。

すでに新型船の設計は済ませ、建造に移っているはずだが、完成まで不安で実験を繰り返しているのだろう。

「ソラ様か、どうしたの?」

「ツェンドが船大工を連れて来た。庭の方にいるそうだから、サニアと一緒に対応してくれ」

リュリュは頷き、船の模型を指差す。

「動くと思う?」

「動かなければ造り直せ。それだけの価値がある」

「……分かった」

リュリュが苦笑した。

模型を片付け始めたリュリュを置いて、ソラは応接室に向かった。

窓から見える庭も手が入り、数ヶ月もの放置期間の名残は見つからない。

窓のそばにも埃一つ落ちてはおらず、完全に元通りとなっていた。

執務室に到着すると、ツェンドが笑顔でソラを出迎えた。

「お初にお目にかかります。ソラ・クライン伯爵」

含みのある笑みで言うツェンドに、ソラは仮面の中からくぐもった笑い声を返した。

「あぁ、こうして会うのは初めてだな。ツェンド、これからもよろしく頼むよ」

「はい、変わらぬご贔屓を頂ければ、私共も嬉しく思います」

くすくすと笑い合い、ソラとツェンドは向かい合わせに腰を下ろす。

ソラは日付を数えながら、世間話を振る。

「ウッドドーラ商会に使いをやって三日か。ツェンドにしては遅かったな。俺を後回しにするほど、儲かってるのか?」

「儲けはさほど出してはおりませんよ。旧伯爵領側への支援物資は慈善の意味合いが強いですから」

ウッドドーラ商会はソラが王都へ処刑に行く直前、旧伯爵領への支援物資を発注されていた。

当初は渋ったツェンドだったが、右腕であるミナンの一言で発注を受けた経緯がある。

「妻の読みはあたりでしたよ」

ツェンドが何気なくこぼした一言に、ソラは目を丸くした。

「妻って……ミナンの事か?」

「おや、ご存じありませんでしたか。二月ほど前に結婚の運びとなりました」

初耳である。

──そういえば、ミナンもいい年だよな。結婚も遅いくらいか。

ソラの記憶が確かなら、三十を過ぎているはずだ。

「しかし、大丈夫なのか? 明日には商会ごと乗っ取られていた、なんて事になりかねないだろ」

「さて、どうでしょうか。すでに夜は上に乗られておりますが」

心配するソラに、ツェンドは下品な笑みを浮かべた。

「……元気そうで何よりだ」

唐突に夫婦生活をほのめかされ、ソラは呆れ半分に苦笑した。

サニアやリュリュを連れてこなくて正解だった。

特にサニアなら丸一日は不機嫌になるだろう。

「いやはや、商会の者にこの手の話はなかなか出来ませんので」

誰が人様の赤裸々な夫婦生活など聞きたいものか。しかも、上司のそれともなれば罰ゲームでしかない。

「ソラ様もそろそろ申し込まれているのでは?」

問われて、ソラは微妙な顔をする。

「……何か問題がおありで?」

ツェンドが心配そうに訊ねた。

仮面で隠れて表情が見えずとも、口を閉ざしたソラの様子から何かを察したらしい。

「今のところ、申し込みはないな。旧伯爵領を負の遺産と見て、立て直すまではどこも様子見をしているようだ。教会の残党の件もある」

ソラの言葉にツェンドがなるほどと言葉を返す。

「教主レウルも処刑を免れておりますし、勢力が大幅に衰えたとはいえ、未だ教会の脅威は残っておりますか」

「逆だな。教会の脅威が残っているから、レウルは処刑を免れている」

教会は勢力を大幅に減じたが、今も信者は存在する。

実数が掴めない信者に反乱を起こされないよう、人質としてレウルを確保しているのだ。

血に凝縮された歴史は代えが利かない。

信者もそれが分かるからこそ、迂闊には国へ反旗を翻せないのだ。

混乱が静まった暁には、密かに処刑が行われる事だろう。

ソラの予想を聞き、ツェンドは理解を示した。

「では、まだしばらくの間、サニアさんも安心できるわけですね」

「それをなぜ、俺に言うんだ」

ツェンドが笑みを浮かべて言い放った台詞に、ソラはそっぽを向いた。

「そろそろ、誰かが言わなければならない頃かと思いまして」

「大きなお世話だ。仕事の話をしろ」

ツェンドがこれ見よがしに肩を竦めた。

もとより、でしゃばりの自覚はあるのだろう。

おもむろに、ツェンドが仕事の話を切り出した。

「では、支援物資の話から──」