軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話  仮面の伯爵

王都の朝、奇怪な格好をした青年が大通りを歩いていた。

上質な生地で仕立てられた落ち着いた色合いの服を着ており、ときおり覗く肌は白くきめ細やかで若々しい瑞々しさに満ちている。

上品な振る舞いは一目で貴族だと、周囲の人々に理解させた。

だからこそ、奇怪だった。

青年が仮面を被っているからだ。

目も鼻も口もない、ただ視界を確保するための穴が二つ開けられただけのシンプルな白塗りの仮面は、青年の素性や表情の一切を覆い隠す。

頬に当たる部分にだけ描かれた頭に葉を乗せた狸の意匠が、青年の人間性を表している。

腰には左右に二つずつ、違う仮面を提げていた。

音もなく貴族街を進んでいく。

やがて、青年が足を止める。

目の前にはベルツェ侯爵の邸宅があった。

「ようこそ、いらっしゃいました」

ベルツェ侯爵家の執事が丁寧に腰を折った。

「旦那様が中でお待ちです」

執事は青年を招き入れる。

門をくぐった青年が大通りを振り返り、小さく手を振った。

執事も大通りに向き直り、優雅に礼をしてみせる。

「皆々様、我がベルツェ侯爵家の客人を“密かに”護衛して下さり、ありがとうございます」

青年と執事が余裕の足運びで建物へ去っていった。

するとどうした事か、大通りのあちこちから様々な男が現れた。

身のこなしが軽い目つきの鋭い男や荒事慣れしていそうな大男など、穏やかな雰囲気には見えない。

彼らは青年と執事の背中を見送った後、悔しそうに手近な壁を殴りつけた。

邸宅に入った青年は執事に向かって肩を竦めた。

「相変わらずいい性格をしているな。まぁ、ずっと付けられて迷惑していたから、胸がスッとした」

「おや、初対面のはずですが?」

「本当に、いい性格だ」

執事にサラリと返されて、青年は仮面の下から笑い声を漏らした。

足を止めず、応接室に向かう。

使用人達は青年の風体を見ると首を傾げたが、声を聞くなりすぐさま正体に気付いたらしい。

使用人達に笑顔を向けられながら、青年と執事は応接室に足を踏み入れる。

部屋ではすでにベルツェ侯爵がハーブティーを片手にくつろいでいた。

テーブルにカップを置いたベルツェ侯爵が、仮面の青年を見て微笑んだ。

「ソラ卿、随分と待たせてくれたな」

仮面の青年、ソラは一礼してベルツェ侯爵の向かいに腰を下ろす。

「王都を立つ前ですから、陛下にご挨拶をして参りました」

「なるほど、しかしソラ卿もそうだが、陛下もお人が悪い。処刑されると聞いた時は肝が冷えた」

もはや笑い話だとばかりに、ベルツェ侯爵は朗らかに笑う。

「チャフ卿など活火山に怒鳴りつけられるまで、毎日城へ抗議に行っていたからな。今はクラインセルト……いや、ソラ伯爵領だったな、あちらにいるはずだ」

「会ったらどんな文句を言われるか、今から頭が痛いですね」

ソラは困ったように頬を掻こうとして、仮面に阻まれ、断念する。

一連の動作を、ベルツェ侯爵が面白そうに見つめた。

「文句は言われるだろうが、甘んじて受けるしかあるまいよ。チャフ卿が睨みを利かせたおかげで、各家の子爵位持ちの子弟は身動きができなかったのだからな」

貫陣のトライネンの息子ともなれば、進んで敵に回す者は少ない。

同世代の子弟達なら尚更で、教会派も魔法使い派も身動きを封じられたのだ。

しかし、チャフでは伯爵以上の家は押さえ切れない。

ソラが指摘すると、ベルツェ侯爵はにやりと笑った。

「チャフ卿は今頃、ソラ伯爵領で施設の警備をしているはずだ。向こうで合流した時には礼を言っておくといい」

ベルツェ侯爵の言葉に、ソラは頷いた。

方々に迷惑をかけた自覚がある。

最近は頭を下げてばかりだ、とソラは仮面の中で苦笑した。

「新しい名は、ソラ・クラインだったな。家名をソラにしようとは思わなかったのか?」

「家名にしてしまうと、もうベルツェ侯爵にソラ卿と呼んでもらえなくなりますから」

「妙な社交辞令を使うな。痒くなってしまう」

ベルツェ侯爵が呆れたように言葉を返す。

ソラは仮面を被っているため、ベルツェ侯爵からは本気か嘘かも判らないはずだが、長い付き合いのおかげで見破れたのだろう。

「実を言いますと、名前を残しておいた方が領民も疑問を挟まないだろうと思ったのです。人気がある今の状況を維持する努力は、旧伯爵領側の復興に役立ちますから」

「確かにな。別人かも知れないと疑われる余地は可能な限りなくすべきか」

ベルツェ侯爵が納得して、頷いた。

旧伯爵領側の荒廃振りは酷い。

旧子爵領側から大量の支援物資が送り込まれ、様々な商会が進出してはいるが、焼け石に水という状況だ。

ベルツェ侯爵が腕を組んで、ソラに情勢を伝える。

「せめて、ソラ卿の家臣団が継続して復興の指揮を執ってくれれば良かったのだが……」

「暗殺や拉致の危険性がありましたので、身を隠すよう指示してあったのです」

「分かっている。我が領でも他領からのそれらしい者達がソラ伯爵領に入った、と報告を受けたからな」

裏では懸賞金がかけられたとの情報が流れているらしい。

ソラは首を振った。

「懸賞金は流石にデマでしょう。ただ、注目度は高いのでしょうね」

「ソラ卿も道中、気を付けてな」

ベルツェ侯爵から掛けられた注意喚起に礼を言い、ソラはふと思い出したように口を開く。

「ジーラの商会連合について、ベルツェ侯爵は如何に思われます?」

ソラが持ち出した話題に対し、ベルツェ侯爵が苦い顔をした。

そして、はっきりと断言する。

「邪魔で、危険で──潰すべきだ」

ベルツェ侯爵は両手を組み、顎を乗せる。

鋭い目つきは重大な問題に対処する時に見せるものだ。

「ソラ卿、はっきり言って商会連合の件は、どの家も派閥を関係なく危険視している。あのまま商圏を拡大し、人を抱えたなら手が付けられなくなるからだ。早い内に手を打て」

ソラは深く息を吸い込み、静かに吐き出した。

間を空けて空気を作ったソラは、重々しく口を開く。

「──それが、難しくなったのです」