軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 捨てる銀髪、拾う金髪

ひとまず部屋で話そうという老人に従い、ロジーナは階段を上がる。

互いに顔面蒼白のまま、ロジーナ達は向かい合わせに椅子へ座った。

「……ロジーナさんも銀髪の娘の話を聞いて?」

老人に問われ、ロジーナは力なく首を上下させる。

「ジーラの商会連合をまとめ上げた立役者と、有名でしたから」

「噂ばかりが先行していたからね」

老人が悔しそうに同意する。

ロジーナは銀髪の娘と初めて会った日を思い出す。

銀髪の娘がロジーナ商会を訪れた時期は、アイク商会による商圏拡大路線が明確になった頃合いだった。

銀髪の娘はジーラの商会連合にロジーナ商会を組み込む事を前提にしつつ、秘密裏にアイク商会との安値競争へ手を貸す旨を伝えてきた。

出資者として街官吏であるザシャの名を挙げ、逆にアイク商会の商圏を奪う道筋を示したのだ。

安値競争が激化し、アイク商会がとどめを刺そうと布を作るための職人を雇用したタイミングを見計らい、ザシャによるロジーナ商会への出資を公表する。

この筋書きならば、赤字が膨らみ人件費もかさんでいるアイク商会は撤退せざるを得なくなる。

そこを逆に畳みかけて、アイク商会の商圏を奪おうという策だ。

ロジーナが説明すると、老人はやはりか、と呟いた。

「全く同じ策を提案されたようだ。こちらの場合、ザシャ様ではなくホルガー様の名前が出ていた」

老人の言葉で先程見せられた手紙を思い出し、ロジーナは納得した。

未練がましく自分の手紙を見つめ、ロジーナはため息を吐いた。

「何故、こんなに回りくどい事を……」

ロジーナ達の商会が大手商会と張り合ったとしても、遅かれ早かれ潰される。

わざわざ騙し討ちを仕掛けなくとも、商圏を奪う事が出来るはずだ。

老人は少しの間、目を閉じる。

そして、考えをまとめ終えたらしく、口を開いた。

「職人を雇って布を生産しろ、と言われなかったかね?」

老人の質問が示す銀髪の娘の意図を、ロジーナはすぐに理解した。

ロジーナ商会の人件費を増やす事で倒産までの期間を短縮したのだ。

アイク商会の赤字を最小限に留めるためでもあるのだろう。

「銀髪の娘は大手商会側の間者だったのだよ」

老人が締めると、ロジーナは机にひじを突いて俯いた。

「この手紙には、街官吏の署名が入っています。騙された事を子爵に訴えれば、あるいは……」

ロジーナの案に、老人は首を振った。

無言で手紙の文面を指さされ、ロジーナはため息を吐く。

「会って話したいとしか書いてませんね」

仮に、融資について触れられていたとしても、条件が折り合わなかったと言われたらそれまでだ。

ロジーナは手紙を握りつぶしながら、涙をこらえる。

資金は乏しく、出資者は消え、膨らんだ人件費と赤字を出すだけの安値競争が残った。

──終わった……。

万策尽きている。完全に詰んでいた。

後は従業員を少しずつ解雇して延命を図る、嫌がらせ染みた消耗戦しか考えつかない。

「今となっては、あの銀髪の娘が本当にジーラ商会連合の立役者かどうかすら、わからんな」

老人が呟いて、杖を手に取る。

「これ以上、意地を張ると首を吊るしかなくなる。せめて、尽くしてくれた従業員に働き口を探してやらねばならん。ロジーナさん、これも何かの縁だ。互いの伝を融通し合おうじゃないか」

ロジーナにとっても、ありがたい申し出ではあった。

しかし、先代から共に働いてきた仲間達と最後まで足掻きたいとも思う。

経営者として、最大の愚を犯そうとしていると自覚してもいた。

自覚しているからこそ、最終的にはロジーナ商会を潰し、仲間達を解雇する選択をするしかない。

「考える時間が必要だろう。幸い、ロジーナさんはまだ若い。傷が浅ければやり直す目もあるだろうよ」

老人は労るようにロジーナの肩に手を置いた。

杖が床を叩く音が遠ざかり、部屋の扉が閉まる音を最後に老人の気配は消えてしまった。

ロジーナはしばらく俯いていたが、やがて立ち上がり、宿を後にする。

ジーラの活気に辟易しつつ、馬屋に預けていた馬を引き出し、拠点がある東を目指す。

この馬も手放す事になるのだろう。そう思うと、自然に道中の村や町には立ち寄れなかった。

長い間世話になった馬との最後の時間かも知れない。村や町で馬屋に預けて離れ離れになるのは、馬に対して不義理な気がした。

ジーラでは躊躇なく馬屋に置いてきたくせに、現金なものだと思う。

ロジーナ商会本店がある町に着くと、町の入口に部下が居た。

ロジーナを見つけると大きく手を振って、駆け寄ってくる。

馬の足を止め、地に降りたロジーナの側に来た部下は沈痛な面もちで口を開く。

「アイク商会が、北でベルツェ侯爵領産の布を扱う大手商会と手を結びました。一昨日の事です」

焦りが滲む声の報告を受け、ロジーナは曇り空を仰いで苦笑した。

──とどめを刺しに来たんですね。

どちらにせよ、道中で店を畳む覚悟を決めてきた。

「店に戻ります。みんなを集めてください。話があるから」

ロジーナが努めて落ち着いた声を出す。

部下は全てを悟ったように俯いた。

「……わかり、ました」

辛うじて返事をして、部下はロジーナを先導して歩き出す。

「……力不足で、ごめんなさい」

「ロジーナさんが出来なかった事は店の誰にも出来ませんよ」

部下の言葉に、ロジーナはもう一度謝った。

その後は言葉もなく、本店へと向かう。

ぽつりぽつりと雨が降り始め、ロジーナ達の肩を濡らした。

「……なんだ?」

部下が呟く言葉で、ロジーナは顔を上げる。

ロジーナ商会本店の前に一台の馬車が止まっていた。

馬車を守るように火傷顔の男が一人立っており、その近くには、吸い込まれるような美しさを持ち、瞳を好奇心に輝かせる、赤毛が混じった金髪の娘がいた。

「化石だよ! サニア、早く、スケッチ描いて! 早くッ!」

馬車に向かって声をかけ、身悶えしている娘の姿に、火傷顔の男は嬉しそうにしている。

一瞬、どこの愉快な馬鹿娘が訪ねてきたのかと眉を寄せたロジーナだったが、娘の顔に見覚えがある事に気付く。

「確か、クラインセルト子爵の秘書……?」

何故、こんな所に、とロジーナは呟いた。

馬の蹄の音が聞こえたのか、娘が名残惜しそうに化石から視線を外す。

「あぁ、お久しぶりです、ロジーナ商会長」

赤毛を含む金髪を揺らし、娘は挨拶する。

娘は美しい笑みを浮かべ、赤い舌に言葉を乗せる。

「とても安い布──売りつけに来たよ」

娘が言葉を放つと共に、馬車から一人の少年が降りたった。