作品タイトル不明
287.
「あ、あの、黄龍様の封印を解く事ができるのでしょうか。数年前から鱗がくすみ始めて、最近はとてもおつらそうにしている時間が増えてきたのです。自然の中で回復できるはずの龍力が枯渇しそうになっているせいだと……」
明珠(ミンジュ) は目に涙を浮かべながら、俺を見る。
ジェスが俺に提案をしていたせいだろう。
そのジェスは小さくあくびをしていた。
「ジェス、ここから念話で黒を呼べるか? それが無理なら迎えに行ってくれると助かる」
「わかった。お父さんはいつも巣から出ないから、お迎えに行ってくるね」
『ジェスよ、黒にこれを見せればワシがここにいるとわかるだろう。持って行け』
転移魔法を使うためか、ジェスが数歩俺から離れた時に黄龍が待ったをかけた。
爪で自分の顔を軽く引っ掻くと、ジェスの顔ほどの大きさの鱗が落ちて足元に転がる。
身体の鱗は大きいが、顔周辺の鱗は小さいようだ。
ジェスは鱗を拾い上げ、抱き締めるように抱えたが、目がトロンとしている。
「そろそろ黒は寝ている時間だろう。一晩一緒に過ごして、明日の朝にでも来ればいい」
「うん、ジュスタンおやすみなさい」
「ああ、おやすみ。いってらっしゃい」
俺の言葉を最後まで聞いたかどうかのタイミングで、ジェスは転移魔法で姿を消した。
それまで俺とジェスのやり取りを見ていた将軍と皇帝が辺りをキョロキョロと見回す。
「ジェスはどこへ行った!?」
「あの子供は黒とやらを父親と申しておったが、黒とは何者なのだ!?」
これでジェスの正体がバレるのは確定したようなものだが、今からそれを問い詰められるのは勘弁してもらいたい。
「ジェスは転移魔法で黒を呼びに行きました。明日になれば本人も来ますから、その時全て明らかになりますので、それまでお待ちください」
「そうか……。ん? 転移魔法だと!?」
一瞬納得しかけた皇帝だったが、自分達の常識ではありえない魔法に驚きの声を上げた。
やはり流してはくれなかったか。
「黒に教わったそうです。本人しか転移できない上、色々と条件がありますので何も期待されませんように」
「なんと……! 他の者も共に転移できたのなら、有用性は測り知れなかっただろうに」
悔しそうにしているが、もしも転移に同行できたら、どんな手段を使ってでもジェスを引き留めただろう。
そんなのはごめんだ。
「陛下、今日のところは戻りましょうか。陛下はともかく、後宮内に儂らがいつまでもいるのは避けた方がよいかと」
「……そうだな。では、黄龍様、御前失礼します」
『うむ、久々に 明珠(ミンジュ) 以外と話せて楽しかったぞ。明日も来るのだろう?』
「必ずや」
皇帝が黄龍と挨拶を交わし、俺達と共に 明珠(ミンジュ) も地上へと戻った。
外に出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫でる。
「ではお父様、わたくしはここで失礼いたします。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
明珠(ミンジュ) は頭を下げると、壁沿いに去って行く。
「皇女はこちらから出ないのですか?」
「ああ、向こうの扉から出ると 明珠(ミンジュ) の住まう宮殿が目の前にあるからな。あちらの扉の前に宮女達が控えているはずだ」
「なるほど、ここには入れないからですね」
改めてここに入れた事は特別な事だったのだと思わされる。
その思いが強くなったのは、俺達がここに入った時に通った扉を開けた時だ。
「陛下! 長年お仕えした私ですら入った事のない場所に、どうして会ったばかりのよそ者を入れたのですか!?」
そう騒いでいるのは、蘭の事が書かれた記録を取りに行った侍従長の 張(チャン) 。
年齢的に皇帝が生まれた時からの侍従なのだろう。
そんな侍従長を差し置いて、いきなり現れた俺達が皇族の秘密の場所に入ったのだから気に入らないのは当然だな。
「エルフの長からの手紙に書かれていたのだ。明日もまた彼らと共に入る事になるから時間を作るように」
「……承知いたしました。ん? そういえば、一緒にいた子供はどちらに?」
ジェスがいない事に気付いた 張(チャン) が、辺りを見回した。目ざといな。
皇帝が俺の方をチラリと見たが、転移魔法の事はできれば言ってほしくない。
俺が首を振ると、皇帝は小さくため息を吐き、口を開く。
「あの者はここにいない。使いに出ておる。これ以上の詮索は無用だ。戻るぞ」
「はい」
素直に頭を下げた 張(チャン) だったが、その横顔が絶望と屈辱にまみれているように見えたのは気のせいだろうか。
その後、俺達の事は将軍が案内をしてくれ、そのまま解散となった。
「団長、藍之介、おかえり。ジェスは?」
俺の部屋で待っていたシモンが床を見ながら言った。
ジェスはそんなに小さくないぞ。
どうやらシモンはジェスを探していたわけではなく、何かを探しているようだ。
「どうしたんだ?」
「いやぁ、さっきこの本をパラパラめくっていたらさぁ、挟んであった紙が落ちちまって。絵が描いてあったように見えたんだけど」
「貴様……! 百年くらい前の記録なんだぞ!? もっと丁寧に扱え!」
本来なら手袋をして取り扱わないといけないくらい貴重な文献のはずだ。
俺も探すと、シモンの座っていた椅子の後ろに落ちていた。
拾い上げると、そこには髪を結い上げ、黄鱗帝国の豪華な衣装を着た、華奢なエルフ女性が描かれていた。