軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十.結局夕方近くまでだらだらと

結局夕方近くまでだらだらと雑談し、店を出た時にはすっかり西日が差して辺りが薄赤に染まっていた。見上げた空の雲が朱色になっていて、陰影のせいで形が嫌にくっきりとしている。

段々上から夜がかぶさって来るらしい、白々した天頂の辺りに星が瞬いている。

夕方の涼風が吹き始める中、シャルロッテは空を見上げてほうとため息をついた。少し不安そうな表情である。アンジェリンは首を傾げた。

「どうしたの?」

「……こんなに楽しくていいのかなって」

シャルロッテは目をしばたかせ、何かに思いをはせているらしい、少し目が涙で潤んだように思われた。今ある幸せと、自分の犯してしまった過ちが天秤の両端に乗ってゆらゆらと揺れていた。

理不尽な暴力で国を追われた身とはいえ、無関係の他人に悪事を働いていいという免罪符にはならない。復讐にのぼせた頭では分からなかった事が、今になって彼女の心を責め苛んでいた。自分に幸せになる資格があるのだろうか、と。

アンジェリンはぽんぽんとシャルロッテの頭を優しく叩いた。

「そんなの気にしない……生きるのは楽しい事がいっぱい」

「……うん!」

シャルロッテはアンジェリンの手を握り返した。

帰り際に行商市場に寄った。

大小の馬車が庇を出して露店の様相を呈し、あちこちから来た色とりどりの食材がその軒先をにぎわしている。夕飯の買い物に来た人々で市場はいっぱいだ。

大道芸人が大仰な見世物をし、ジプシーたちが路上で演奏し、まるでお祭りさながらの賑わいである。

冷蔵魔法庫(フリッジ) 付きの大きな馬車では魚が売られていた。エルブレンの魚を運んで来たと言っている。

成る程、捕れたてとは言えないが、冷やされたまま運ばれて来た魚はつやつやしてうまそうだ。シャルロッテが思いついたようにアンジェリンの手を引っ張った。

「ねえ、お姉さま。今日は魚を買って帰ってお料理しましょ!」

「ん……いいかも……」

昼は肉料理を食べた。それなら夜は魚というのは悪くない提案だ。

ならばどの魚を買おうかと物色していると、「あれ、アンジェ」と後ろから声がした。アンジェリンが振り向くと、シスター・ロゼッタが立っていた。買い物に来ていたらしい。

「ロゼッタさん。お買い物?」

「うん、夕飯のね! そっちの子たちは……」

ロゼッタはシャルロッテとビャクを見やった。シャルロッテは少し眉をひそめてアンジェリンの後ろに隠れた。ビャクは黙って立っている。

「こっちはシャルロッテ。こっちはビャク。訳あって今はうちに居候してるの……」

「へえ、そうなんだ。よろしくね、二人とも。わたしはロゼッタっていうんだ。近くの教会孤児院でシスターをやってるんだよ」

ロゼッタはにこやかに言うが、シャルロッテはムスッとして答えない。ビャクも小さく会釈して黙ったままだ。ロゼッタは困ったように笑って頬を掻いた。

「嫌われちゃったかな……」

「シャル……そういう失礼な態度を取っちゃ駄目」

「だって……」

「駄目。ロゼッタさんはわたしのお母さん候補だぞ……」

「こらアンジェ! まだそんな馬鹿な事言ってるの!」

ロゼッタはこつんとアンジェリンの頭を小突いた。アンジェリンは口を尖らした。

「馬鹿な事じゃない……わたしは本気」

「もう……」

ロゼッタは嘆息した。シャルロッテはフンと鼻を鳴らした。

「ヴィエナ教のシスターなんてお姉さまにはふさわしくない……」

ロゼッタは少し驚いたように目を開き、シャルロッテを見た。

「何かあったみたいだね……よかったら聞かせてくれるかな?」

「……別に話す事なんか」

「そうもいかないよ。主神の慈愛はあまねく地を照らす。迷う子を導くのもわたしらの仕事なんだ」

「何が慈愛よ! そんなものあるわけないじゃない!」

シャルロッテの大声に、人々が驚いて足を止め、怪訝そうな顔をしてじろじろ見る。魚屋の主人が顔をしかめた。

「お嬢ちゃんたち、商売の邪魔だからどっか行ってくれないか?」

四人は往来の市場の端の方に寄った。

道は人通りが多く、立っていると邪魔だから裏路地に入ったような形で、建物の影だ。

ずっと不機嫌そうにして黙っているシャルロッテの代わりに、アンジェリンが大まかに説明した。

シャルロッテがルクレシアの出身だという事、枢機卿の娘だという事、政争に巻き込まれて両親が死んだ事など。

話を聞き終わると、シスター・ロゼッタは静かに十字を切って祈りを捧げた。それからあくまで優し気な表情でシャルロッテに話しかける。

「……大変だったんだね。頑張ったね」

「ふん、あなたなんかに同情されるいわれなんかないわ。ヴィエナ教なんか信じられない」

ロゼッタは困ったように眉をひそめた。

「うん……そりゃ、聖職者の中にも色んなのがいるのは確かだよ。立場や権力を利用して悪い事をする人だっている。けどね、敬虔に祈りをささげて、心静かに暮らす人たちもいるんだ。そんな人たちを主神は決して見捨てない」

「嘘よ!」

ロゼッタの言葉を遮るようにして、シャルロッテが叫んだ。拳を握りしめ、目には涙さえ浮かんでいた。

「敬虔だったわ! 毎朝毎晩お祈りして、礼拝に行って、幸せである事を感謝してた! 恨んだり、悪い気持ちを持ったりした事なんかなかった! それなのに、どうして主神はお父さまとお母さまを助けてくれなかったの!? なんで!? なんでよぉ……」

シャルロッテはロゼッタに掴みかかり、小さな拳でぽすぽすと殴りながら涙をこぼした。声を上げ、嗚咽し、溢れる感情を叩き付けるようだった。理不尽な怒りだと頭のどこかでは分かっていても、つい感情的になって怒りが露わになる。両親の顔が脳裏によぎり、涙はとめどなく溢れた。

ロゼッタは悲しそうに目を伏せ、そっとシャルロッテの頭に手を置いた。

「……ごめんね。わたしはそれには答えられない」

「やっぱり! そんな事だろうと思った! この偽善者!」

「シャル、落ち着いて。ロゼッタさんは悪くない」

言いかけたアンジェリンを制して、ロゼッタは前に出た。

「アンジェ、下がっててくれるかな?」

「……分かった」

アンジェリンは後ろに下がってビャクと並んで様子を見守った。

ロゼッタはしゃがみ込み、シャルロッテの肩に手を置いた。シャルロッテは涙をこぼしながら鼻をすすった。

「ごめんよ、わたしは無責任だったね……」

「ふん! あなたにわたしの気持ちなんか分かるわけないわ!」

「うん……そうだね。軽々しくそんな事言えない。それでもね」

ロゼッタはシャルロッテを優しく撫でた。

「祈らせて欲しいんだ。起こってしまった事にじゃなくて、あなたのこれからが祝福されるように。辛い過去を乗り越えて行けるように」

「そんな事! 口でなら何とでも言えるわ!」

シャルロッテは怒ったようにロゼッタを突き飛ばすようにして離れた。

やるせなさ、怒り、悲しみ。色んな感情がシャルロッテの中で渦巻き、彼女は無我夢中で路地から出ようと走った。

だが、どんとぶつかるものがあった。シャルロッテが驚いて顔を上げると、巡回らしい兵士が怪訝な顔をして立っていた。

「こんな所で何をやっている」

ロゼッタが駆け寄ってにこやかに話しかける。

「お疲れ様です、兵士さん。あの、何でもないんです。ちょっと話をしていて」

「こんな所で。夕暮れ時に? 危ないじゃないか。悪い人が現れるかも知れないよ。わ、わ、悪い人が、人が、悪い、わる、悪い子、だなあ」

兵士の目の焦点が合わなくなり、瞳は虚ろで光を失った。腰の剣を抜いて振り上げた。

「わ、わ、悪い子は、ころ、ころ、殺さなきゃ、ねえ?」

「ひっ……!」

身をすくませたシャルロッテに剣が振り下ろされる。

シャルロッテはぎゅうと目をつむった。

だが、ふわりと暖かいものに抱きすくめられるように押し倒され、地面に転がる。後ろからアンジェリンの叫ぶ声がした。

「ロゼッタさん! シャル!」

シャルロッテは目を開ける。予想した痛みはない。

「……! なんで……」

ロゼッタがシャルロッテを抱くようにして覆いかぶさっていた。顔を上げ、弱弱しく笑う。

「いたた……大丈夫かい?」

「いやっ……! いやあっ!」

シャルロッテは必死になって、さっきまで憎んでいた筈のロゼッタを抱きしめた。

手にべっとりしたものを感じた。見ると血が付いている。ロゼッタの緑色の僧服が、背中の方からどす黒く染まって行く。

シャルロッテは絶望したような表情で呆けた。

尚も剣を振り上げた兵士を、アンジェリンが蹴り飛ばした。兵士はもんどりうって倒れ、しかし人形のように起き上った。

アンジェリンはいらだたし気に舌を打ち、起き上った兵士を再び蹴倒す。

「直前までなんの気配もなかった……! くそ、わたしの馬鹿!」

散々気を抜かないように気を付けていたのにこれだ。不甲斐なさに嫌になる。お父さんならこんな失敗なんかする筈ないのに。

突如として周囲に気配が充満した。四方八方からナイフが投擲される。

アンジェリンはシャルロッテとロゼッタを守るように剣を構えた。だが、ナイフは途中で弾かれるように地面に落ちた。

「ぼんやりしてんじゃねえよ」

ビャクがアンジェリンの背後を守るように立っている。不可視のままだが、周囲には立体魔法陣が飛んでいるのだろう。

アンジェリンはロゼッタを抱き起こすと、背中におぶった。それから恐怖に動けなくなっているシャルロッテの手を取って立たせる。

「わたしの……わたしのせいで……」

「シャル! しっかりして……!」

ざざざ、と足音をさせて気配が迫る。見るとオルフェンの兵士たちだ。しかし目は虚ろで、人形のようである。しかし身のこなしはすさまじく、前に相対した仮面の襲撃者よろしく、壁を駆けるようにして向かって来た。

アンジェリンは剣に鞘をかぶせて、シャルロッテを抱き寄せた。

「ビャク、この人たちは操られてるだけ……! 殺しちゃ駄目」

「チッ……」

ビャクは腕を振る。見えない魔法陣が兵士たちを弾き飛ばした。怒鳴った。

「もたもたすんな! 路地を出ろ!」

「お前も一緒に来るの! わたしが守ってやるから、戦わなくていい!」

そうでなきゃ、ビャクはいつまでも心を開かないままだ、とアンジェリンは道を塞ぐ兵士を剣で殴りつけて腰に戻し、空いた手でビャクの腕を引いた。

表通りに飛び出す。

日が暮れかけてそこいらは薄暗い。露店や商店の軒先に明かりが灯り、行き交う人々の影が生き物のように動いていた。

ロゼッタはアンジェリンの背中で弱弱しく呼吸していた。まだ死んではいない。

しかしシャルロッテをかばって背中をばっさり斬りつけられたせいで、出血がひどい。放っておいては確実に死んでしまう。

未だ心ここにあらずといった様子のシャルロッテをビャクに任せ、アンジェリンは素早く思考を巡らせる。

「孤児院……は駄目だ……ギルド!」

近いのは孤児院だが、シスターたちや子供たちを巻き込むわけにはいかない。これ以上の人数を一人で守り切るのは無理だ。

アンジェリンは人ごみを縫うようにして走った。シャルロッテを抱きかかえたビャクもその後に続く。

後ろからは操られた兵士たちも追って来ているようだ。時折肩や肘にぶつかる人々が、非難めいた視線で彼らを見た。

走りながらアンジェリンは考える。

操っている人間が必ずいる筈だ。そいつを叩かない事には、兵士たちは死ぬまで追って来るだろう。

そうだとすれば、目視にせよ魔法にせよ、術者はどこかで自分たちを見ている筈である。これだけの動きをさせる魔法ならば、あまり離れた所にはいるまい。

しかし、まずはロゼッタの治療が先だ。ギルドまで行けば霊薬がストックされている。

背中に感じるロゼッタの心臓の鼓動が止まぬ事を祈りながら、アンジェリンは走り続けた。

通りの両側の建物の上を、並走するように駆けて行く気配を感じる。おそらく上からも襲撃者が見ているのだろう。身軽ならばこちらから仕掛けてやるものを、とアンジェリンは歯噛みした。

人通りに救われたか、何とかギルドの建物までたどり着いた。

アンジェリンたちが中に飛び込むと、ロビーにたむろしていた冒険者たちが驚いたようにざわめいた。アンジェリンはそれには構わずに受付のカウンターに飛び付く。

「霊薬! 霊薬を出して!」

受付嬢がビックリして悲鳴を上げた。

「ひゃああ、アンジェリンさん!? な、なにがあったんですか!?」

「説明は後……! 急がないと死んじゃう……!」

受付嬢は、アンジェリンの背中のロゼッタを見て、一気に表情を引き締めた。

「分かりました! ひとまず医務室に!」

「うん……ギルドマスターたちは?」

「それが、融資先の貴族様から呼び出しがあって、皆出払ってしまっていて……」

「もう、肝心な時に……!」

アンジェリンはロゼッタを受付嬢に任せながら、ビャクの方を見た。ビャクは不機嫌そうに顔をしかめ、その腕に抱かれたシャルロッテは、よほどショックだったのか、まだ呆然としている。

「ビャク、シャルをこっちに……」

アンジェリンが手を伸ばしたその時、操られた兵士たちが建物の中に雪崩込んで来た。初めにアンジェリンたちを追って来た時よりも数が増えている。血を流していたり、明らかに腕や足が折れていたりしているが、それでも手に手に武器を持って、虚ろな目をぎょろぎょろ動かしている。

冒険者たちは驚いて立ち上がり、武器を構えた。今にも打ち掛かりそうに野太い威嚇の声を上げる。

アンジェリンは慌てて冒険者たちを制した。

「待って! その人たちは操られてるだけ! 殺しちゃ駄目!」

言いながら、腰の剣を鞘ごと手に持って構えた。

「術者を片付ければ何とかなる! それまで何とか殺さずに持ちこたえて!」

無茶言うな、と冒険者たちはぶうぶう言いながら後退った。

兵士たちが武器を振り上げて前に押して来る。

その時、大きな音がして閃光が迸り、兵士たちが後ろから吹き飛んだ。アンジェリン初め、冒険者たちはぽかんと口を開ける。

ばたばたとひっくり返った兵士たちを飛び越えるようにして、誰かが飛び込んで来た。海のように濃い青髪が揺れた。

「……! ユーリさん!」

「もう、一体何があったの?」

ユーリは青い髪の毛をかき上げながら、周囲で起き上る兵士たちを見て眉をひそめた。

「兵士さんたちじゃない。アンジェちゃん、悪い事でもしたの?」

「違う。この人たち操られてるの……術者を何とかするから、殺しちゃ駄目……!」

兵士が一人起き上ってユーリに襲い掛かった。ユーリは小さく身をかわし、拳を握り込んで兵士の顎を殴った。同時にぱしん、と白い光が弾けて、兵士は痙攣して倒れ込んだ。

「……よく分からないけど、ひとまず動けなくすればいいのよね?」

ユーリは手早く髪の毛を束ねてから、拳を握ってぽきぽきと音を立てた。手首から先が帯電したように白く明滅した。

アンジェリンはニッと口端を上げた。

「そういう事!」

アンジェリンも剣を振って、手近な兵士を殴り倒した。

冒険者たちも不承不承という態ではあるが、武器に布をかぶせたり鞘に納めたりして、殺さぬように工夫しながら兵士たちを迎え撃った。

しかし、こちらは殺さぬようにしていても、相手方は殺そうと向かって来る。しかも、倒れ伏しても何度でも起き上って来るのだ。

まるでアンデッドでも相手にしているようで、冒険者たちは次第にやる気をなくして来た。

そんな中、ユーリは軽い身のこなしで飛び回り、電撃を纏わせた拳で、次々と兵士たちに土を舐めさせていた。流石は元AAAランクの冒険者である。頼もしい事この上ない。まだまだ現役でも通用しそうだ。

その時、不意にぼんやりとした明かりが浮かび上がった。砂色の幾何学模様の立体が飛び回る。ビャクが立体魔法陣を可視化させたようだ。それらは次々と兵士たちを叩き伏せて、そのまま重量を増すようにして背中や腕を押さえ付けた。冒険者たちが驚いたように声を上げた。

アンジェリンは眉をひそめてビャクを見返る。

「お前は下がっていていいのに」

「フン……テメェに守られるなんざ御免だ。手間取りやがって情けねえ」

ビャクは腕を振って魔法陣を操り、次々と兵士を押さえ付けて動けなくした。

アンジェリンは唇を噛んだ。守るだ何だと言っておいて、結局助けられなくては何もできていない。これでは単にベルグリフの真似事をして、いい気になっていただけだ。

「くそ……」

はやく術者を何とかしなきゃ、とアンジェリンは地面を蹴り、動きの鈍くなった兵士たちの間を縫うようにしてギルドの建物の外に出た。

すっかり日が暮れて、街燈に火が灯り、行き交う人々の表情も分からなくなっている。

術者はどこだ、とアンジェリンは鋭く周囲を見回し、感覚を研ぎ澄ました。

傀儡の魔法を使っているという事は、細い魔力の糸がある筈だ。

冒険者ギルド近くで、魔法使いが何人もいる事もあって、魔力の気配が混ざり合って分かりづらいが、それでもアンジェリンは微弱な気配を感じ取って顔を上げた。

「そこか……ッ!」

地面を蹴る。軒の柱に飛び付いて、そこから庇の上に飛び上がり、建物の壁を駆け上がるようにして一気にのぼる。

「見つけた」

仮面を付けた数人が固まって、アンジェリンを見ていた。術者らしいのは仮面の模様が少し違う。

周囲を取り巻く仮面たちは剣を抜いてアンジェリンにかかって来た。

「お前らには容赦しないぞ……!」

アンジェリンは剣を抜き放ち、かかって来た数人をまとめてなで斬りにした。そのまま前に飛び出す。

術者を狙って振られた剣を、仮面の襲撃者が一人、体で受け止めるようにして防いだ。肉に食い込んだ剣を、そのまま手で掴んだ。押しても引いても動かない。

顔をしかめたアンジェリンに、パッと散って周囲を取り囲んだ別の仮面たちの剣が迫った。

だがアンジェリンは剣から手を離すと素早く身をかがめて攻撃をかわす。

腰のベルトからナイフを引き抜いて一人の喉元に突き込み、さらに一人の足を払って建物から下に落とした。

上から人が落ちて来たので、下の往来で騒ぎが起こっている。

「通行人に当たってませんように……!」

呟きながら、剣を掴んだ仮面を蹴倒し、無理矢理に剣を引き抜いた。引き抜いた勢いのまま剣を振り、尚も周囲から迫って来た襲撃者たちを一息に切り伏せた。

顔を上げて術者の方を睨む。仮面を付けているから表情は分からない。しかし何かぶつぶつと呟いていた。

「主神……主神よ……悪しき者より守り給え……」

「……えげつないぞ教皇庁めッ!」

アンジェリンは怒号一声、剣を振った。

術者の首が飛び、その体から飛ばされていた魔力の糸がふっつりと断ち切られる。

アンジェリンは剣を振って血を飛ばし、鞘に納めた。何だかどっと疲れた。

建物の端に行って下を見る。ギルドの中からは我に返った兵士たちが傷の痛みに呻く声が聞こえた。殺さないようにしたとはいえ、かなりの怪我を負った者もいるだろう。

「……全然駄目だな、わたし」

アンジェリンは暗澹とした気分になったが、ロゼッタやシャルロッテの事を思い出して、そんな暇はないと急いで下に駆け下りた。

ローブを着て、フードを目深にかぶった男が腕を組んで立っていた。アンジェリンが戦っていた所からは少し離れた場所だが、アンジェリンの様子はよく見えていた。

「……ふむ」

男は顎に手をやり、考えるように目を細めた。

「確かに強い……しかし、それだけでは」

男はさっきまで戦いのあった所まで飛ぶようにして行った。

死体が転がって、鼻を突く死臭が夏の宵の暑気に蒸されて漂っている。男は死体を一つ一つ確かめるようにしながら歩き、首を傾げた。

「丁度いい当て馬だと思ったが、こんな連中では力を図るには弱すぎるな……冒険者に関しては浄罪機関も碌な情報を得ていないと見える」

男はちらとギルドの方を見た。

「……もう一当てしておくか」

懐から黒い宝石を取り出した。何か呪文を唱えながら、宝石を持った手に力を込める。

青白い光が手から溢れ、風もないのにローブの裾がはためいた。

「行って来い」

男は宝石をギルドの方に放り投げた。