作品タイトル不明
8 不安
「よ、用事がね。合ったんだよ。本当なんだ!」
セオドアは明らかに嘘をついていた。目は泳いでいて声も震えていて「なぜ王都に?」とローズマリーが問いかけただけで本当なんだと釈明する。
それは明らかに嘘だが、ローズマリーの気分はまったく悪くなかった。
むしろ、喜んではいけないと思うのに、嬉しくなってしまいそうなほど。
ローズマリーは、二ヶ月後に迫る王宮勤めのために王都に住まいを移していた。
魔法学園からほど近いメイスフィールドのマナーハウスならまだしも、王都にまで用事でやってきて週に二日しかない休みの内の一日をローズマリーで潰すなんてあり得ないことだ。
学生の身分だって暇じゃない。
先週も顔を見せに来たのに、頻繁に来られてはローズマリーも心配になってしまう。
そしてそれをセオドアもわかっているから嘘をついているのだろう。困った人だ。
「……」
「……」
「ごめん……本当は嘘なんだ」
ローズマリーが困っているとわかるとセオドアは、とても後ろめたいことをしてしまったみたいな顔をして白状した。
「で、でも言い訳させて。だってさぁ、せっかくローズマリーがいい返事くれて、これからは、ずっと一緒にいられるかもしれなくてっ、そう思うと、僕」
セオドアは、すぐに赤くなる。色が白いので顔に出やすいのかもしれない。
ふわりとしたミルクティー色の髪と目をしていて、ガゼボの間をさらりと吹き抜ける風が彼の髪をふわふわ揺らしていた。
寒い時期ではあるが、ガゼボ内は空間を温める魔法具で保たれていて、外にいても春みたいな陽気だ。
ガゼボの外には雪の合間にカメリアが咲いている。
「……僕さ」
やけに貯めてセオドアが言うので、よっぽど嬉しくて舞い上がっているのかとローズマリーは考えた。
しかし、次に彼の口から出た言葉は予想外のものだった。
「めちゃくちゃ不安で……」
「あら、なぜ?」
少し驚いてローズマリーはすぐに問いかけた。
「だって、僕は今ローズマリーの隣にはいられないし、その間にも君は素敵な男性と出会ったり、運命的な出来事が起こったりする可能性なんていくらでもあって」
可能性がまったくないとは言わないが、今のところはどちらかというと甘酸っぱいというよりも殺伐としている世界観である。
おちょくってくる兄から元婚約者の問題を聞かされたりしている状態だ。
甘くなどない。
「ローズマリーはすごく優秀で優しいから。僕よりずっと魅力的な人がローズマリーと添い遂げたいと思ってアプローチしてくるんだ」
なぜかセオドアの言葉は断定的であり、かもしれない可能性と言うよりも当たり前にそれが起こると想定していた。
(それに、優秀はよく言われるけれど優しい、ですか。わたくし優しくはないのですけれど)
「そうしたら、まぁ、比べられれば魅力的には僕が劣るわけで、そうなったら、そちらを選ぼうって結論を出すと思うんだよね」
「……それで?」
ローズマリーはツッコミどころの多さに、セオドアの話を遮りたくなったが、ぐっと堪えて最後まで聞くことにした。
「だからそれまでに会えるだけ会っておいて、備えておかないと僕の今後の人生が後悔にまみれたものになりそうって言う……不安で」
「っふ」
「笑い事じゃないよ! ローズマリー……僕は真剣なんだよ」
セオドアは自分の手を手で握って胸元に当てて、涙を浮かべている。
話しているうちに悲しくなったのだろうか。
「心底、君が好きなんだから」
すねた子供のように言う彼の声は涙声で、セオドアはやっぱりどこまでもまっすぐで言葉を惜しまない。
自分のプライドを気にして、口をつぐんで、感情を隠して振る舞ったりしない。
「泣かないでください」
「……僕はね、君と同じ年なんだから、そう簡単に泣いたりしないよ。これでもね」
「初めて話をしたときには、泣いていたじゃありませんの」
「っ、あ、汗! 汗だから!」
「ふふっ、ええ。そういうことにしておきましょう」
「うん。そぉして。ま、でもだからさ。そういうことだから気にしないで楽しい話とかしたいな」
ローズマリーが肯定すると彼はニコッと笑みを浮かべて切り替える。
しかしローズマリーはそれに乗ってやるつもりがない。
なんせ、彼の言ったことはただの妄想であって事実じゃない。
セオドアを捨てるつもりなど毛頭ないので、これから先も彼はずっと不安にさいなまれて休日の度にやってくることになる。
それでは学生の本分がおろそかになるだろう。
「却下です」
「え」
「却下」
「な、なんで」
「だって、わたくしはあなたを捨てるつもりなんてありませんもの」
「そうは、言っても、僕より魅力的な――」
「わたくしにとってあなたより魅力的であるハードルがどれほど高いかわかりますか?」
「わ……わかんない」
「であればあなたは自分は捨てられるという前提で不安を持つのは馬鹿げている……けれど、それでも来てしまいたくなると言うのなら……」
ローズマリーは考えながら言葉を紡いで、テーブルを挟んで向こうにいる彼に手を伸ばした。
指先でセオドアの手の甲に触れてみる。
それからそっと手を重ねた。
「あなたは捨てられないという、安心材料を来る度に差し上げますわ」
ローズマリーに触れられるとセオドアの手はぐっと力が入って硬直した。
目を見開いて、カッと赤くなったまま肩をすくめて「ハ、ハワ」と謎の言葉を漏らした。
ローズマリーの言葉を聞いているのかわからないが、それでも話した。
「手に触れたのは、初めてね。セオドア」
「っ、あ、し、しっとり、してる」
「わたくしは、温かく感じますわ」
「う゛っ!!」
「次来たら、抱擁します。その次に来たら、頬にキスを、その後は…………」
ローズマリーが手の甲を指でつつっとなでながら言うと、セオドアは赤くなりながらブルブルと震えだして悶絶した。
こうすれば気軽には来られまいという算段だが、もちろんやってきたらやってきたで手厚く歓迎しよう。
ローズマリーは言わなかっただけで、感情豊かでまぶしいセオドアに触ってみたいとずっと思っていたのだから。
しばらくそうして、手を握ったり、なでたりした。
するとやっと感情を抑えたセオドアは「し、心臓が……もたないから、自重します……」と言って、ローズマリーは少し残念に思ったが、にっこり笑って「そうね」と返したのだった。