軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある男の異変

魔人領攻略作戦に終わりが見え始めた。

連合を組んでいる各国は、なるべく早い段階でこの事態を終息させたいと、各国の閣僚が集まり、最終的な詰めの話し合いを行っていた。

今は通信機が各国に行き渡っているので、代表者は会議開催地であるダームにずっと泊まり込みである。

作戦が発動してからすでに数ヶ月が経過し、各国から派遣されている軍隊も半数に減らされた。

後はこのまま旧帝都を、シュトロームを刺激しない程度の距離から包囲し監視網を構築すれば、今回の作戦は終結する。

後は、魔人達に不穏な動きがあれば、すぐさまシン達アルティメット・マジシャンズが対応することになっている。

先の魔人戦で実際にその戦闘を見た各国兵士達は、魔人をあそこまで圧倒できるシン達なら、この先なにが起きても大丈夫だろうと、シン達に絶大な信頼を寄せていた。

だが、自分達の知らない間に事が起こってしまえば、いくらシン達でも対処しきれない。

そうならないように監視する必要がある。

そのための監視網であり、それが完成するということは、人類の安寧に繋がると、誰もがそう確信していた。

だが、シン達も永遠に生きるわけではない。

今後、もしアルティメット・マジシャンズがいなくなったらどうするのか? という意見もあった。

だが、魔物に子供が産まれるという事例は報告されておらず、おそらく今いる魔人達以上に魔人は増えないと推測された。

なので、シン達頼みではあるが、この監視網構築をもって魔人領攻略作戦は終結とみなすことになった。

そして、終わりが見えてくると、話の内容はその次の話題に切り替わってくる。

この騒動が終息した後の、領土の振り分けについてである。

実はこの領土の振り分けについては、一度纏まった話である。

なら、なぜ改めてこの話題が議題に上ったのか。

それは、ある事態が起こったからだ。

「それでは、以前取り決めた領土の分配から、ダームの領土の再分配についての協議を始めます。よろしいですか?」

議長を務めるアールスハイド代表の言葉に、列席している各国閣僚が無言でうなずく中、ダームの代表だけが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……」

「ダーム代表、よろしいですか?」

「……ええ、大丈夫です」

今回の魔人領討伐作戦において、ダーム軍の代表であるラルフが暴走し、魔人を取り逃がしかけるという事態が起こった。

もちろんこれはダームの意思ではなく、ラルフ個人の暴走である。

しかし、事は個人の暴走、失態で済ませていい話ではない。

シン達アルティメット・マジシャンズの力をもってすれば、例えあそこで取り逃がしていたとしても、いずれは魔人を追い立てることができていただろう。

だが、その間にも、兵士や一般市民に対する危機が増すことは想像に固くない。

つまりラルフは、この非常事態の早期解決の芽を潰し、人類に無用の被害をもたらすところであったのだ。

そんな危険人物を軍の代表に据えていたダームの責任は重く、全くのお咎め無しにするわけにはいかなかった。

今回のラルフ暴走事件については、聞き取り調査でおおよその把握ができていた。

ラルフが、シンを神の御使い、シシリーを聖女と呼ぶことに批判的であったこと。

そして、そのシン達に功績をあげさせまいとし、自分達がその功を奪おうとしたことにより暴走したというのである。

これに激怒したのがイースだ。

シンを神の御使いと認定したのは創神教教皇であるエカテリーナである。

敬愛する教皇倪下が認定したにも関わらず、そのシンを蔑ろにし、功を掠め取ろうとしたとして、イース代表はかなり強い不快感を示した。

しかし、今この会議に参加しているダームの代表も、国王を含めた上層部も、シンを神の御使いと呼ぶことに肯定的な人物である。

それが、少数派である、神の御使い否定派のラルフによって、ダームは信じられない窮地に陥った。

ラルフが暴走したことは、一般市民には伝えられていないが、上層部は当然その情報を得ている。

一部少数派のせいで、本来なら得られたはずの領地が縮小してしまうこと。

それになにより、ダームが失った信用の大きさを考え、暴走したラルフに対し、以前は信頼を寄せていた人間も怒りを顕にしていた。

今回の会議に参加しているダームの代表もそうである。

(あの疫病神が! 大人しく作戦に参加していれば、黙っていても領土の拡大ができていたものを!)

そのダームの代表は、自分抜きで進んでいく会議を、ラルフを内心で口汚く罵りながら苦々しい表情で眺めていた。

結局、ダームに分配される領土は元々の予定から半分に減り、スイード・カーナン・クルトの三カ国に再分配された。

精神的な主国であるイースが不快感を表しているということもあり、ダーム代表に反論など許されるはずもなく、決定事項にただうなずくしかなかった。

閣僚にまで上り詰め、ダームという一国の代表にまでなったというのに、なんの反論も許されず交渉の余地さえない。

しかも、この会議が行われているのは、立地的な条件からまたしてもダーム王国なのである。

自国で行われている世界会議において、惨めな思いをさせられた。

しかも、イース代表からは、かなり強い批判の言葉も受けていた。

そのことは、ダーム代表のプライドを著しく傷付けた。

「くそっ、ラルフめ! なんてとんでもないことをしてくれたんだ!」

自国で行われている会議なので、ダーム代表は自宅に戻ったのだが、戻るなり自室にある家具を蹴飛ばし、我慢していた怒りをぶちまけていた。

使用人達は、普段こんなに声を荒げることのない主人に困惑し、妻でさえ時折大きな音が聞こえる部屋に近付かなかった。

「はあっ……はあっ……くそっ! 陛下になんと報告すれば……」

会議で散々惨めな思いをしたというのに、さらにその会議の結果を国王に報告しなければならない。

そのあまりに憂鬱な事実に、ダーム代表は逃げ出したくなった。

しかし、報告はしなければならない。

怒りと憂鬱で、ダーム代表の精神はこの時、正常な状態ではなかった。

暴れ回ったため、物が散乱している自室の机で頭を抱えていると、不思議なことが起こった。

(憎くないか?)

「!?」

突然聞こえたその声に、ダーム代表は驚き辺りを見回す。

しかし、使用人達は荒れる主人を怖れて部屋には近付いていないため、誰の人影も見えない。

気のせいか?

そう思ったその時。

(憎くないか?)

また声が聞こえた。

「だ、誰だ!? 出てこい!」

ダーム代表は思わず大きな声をあげたが、その声の主は姿を表さない。

「くそっ! 誰だ!? どこに潜んでいる!?」

(お前はなにも悪くないのに、非難され、貶められた)

その声は、ダーム代表が心の中で思っていたことを口にした。

「そうだ……私はなにも悪くない……悪いのは、全部あの狂人ラルフなのに……」

皆の信頼の篤かったラルフは、この度の暴走で、ダームの上層部から『狂人』と呼ばれていた。

(そうだ。そのたった一人の狂人のために、優秀なお前はかかなくていい恥をかかされた)

「そうだ……あいつのせいだ……あいつの……」

この時、ダーム代表が正常な状態であったら、この部屋に充満する黒い魔力に気が付いただろう。

しかし、怒りと憂鬱により精神が不安定な状態であったこと。

その不安定な状態で突然語りかけられたため、恐怖と困惑が上乗せされたダーム代表には、この部屋の異常に気付くことができなかった。

そのため、ダーム代表は徐々に催眠状態に陥り、姿の見えない者の声を素直に聞き入っていた。

(本来責められるのはあの男であって、お前ではないはずだ)

「そうだ! なのになぜ、なぜこの私がこんな辱しめを受けなければいけないのだ!」

(お前は悪くない……お前は悪くないんだ)

「そうだ……俺は悪くない……俺は悪くない……」

こうして、黒い魔力に包まれたダーム代表は、姿なき者の声に耳を傾けていった。

少し時間をおいて、ダーム代表が国王へ報告をするために、馬車に乗って自宅を出た。

そのダーム代表の自宅の屋根の上で、その様子を見ている者がいた。

「さて、実験通りに上手く踊ってくれよ?」

その人影はそう呟くと、姿を消した。

そして、その人影を見た者は、誰もいなかった。

「そうか……やはりそうなったか……」

「はっ! 誠に残念ながら……」

ダーム代表は王城に到着し、ダーム国王へ会議の結果を報告していた。

そして、その報告を聞いたダーム国王は、沈痛な顔をした。

「此度の一件で、我等ダームの信頼は一気に地に堕ちたのう」

「……」

国王の自嘲気味の言葉に、ダーム代表の男は言葉が出ない。

「これも、余の不徳とするところか……」

「そっ! そんなことは!」

「よい。アレの心の闇に気付かず、軍の長官に指名したのは余なのだ。全ての責は余にある」

すでに老境に差し掛かっている国王は、心痛のせいだろうか、若干老け込んだように思える。

「ご苦労であったな。まだ会議は続くであろう。辛い立場かと思うが、よろしく頼む」

「そんな……そんな勿体無いお言葉を……」

敬虔な創神教信者で人の良い国王にこんな心痛を与えている。

そのことにダーム代表の男は、ラルフに対する怒りと憎悪を増幅させていった。

そしてその日の夜から、彼はある夢を見続けることになる。

寝ていると、あの時の声が夢に出てくるのだ。

そして、その声は自分は悪くない。悪い奴は別にいると自分を擁護してくれる。

あまりにも辛い立場であった彼は、その夢の中の声に救いを求めた。

そのため、彼は心の防御を解いてしまった。

彼の寝室を覗いた者がいたら腰を抜かしていたことだろう。

なぜなら、彼の心の闇をつくように、黒い魔力が彼に絡み付いていたのだから。

しかし、その様子を見た者はいない。

彼の妻も、尋常ではない彼の様子に怯え、寝室を別にしていたからだ。

そうして誰にも気付かれずに黒い魔力に蝕まれていった彼は、日に日にやつれていく。

家の者は、その様子にますます怯え、食事すら一緒にとらなくなっていた。

そして各国の閣僚達は、ダーム代表の尋常ではない様子に気付いていた。

気付いていたが、会議の内容がダームに不利なものであるため、心労によりやつれているのであろうと、誰もが思った。

思ったが、自分達がその責を追及した側であるため、声をかけることをためらったのだ。

誰もがその男の異変に気付きながら、対応することを怠った。

その結果、ダーム代表の中で、ある決意が生まれていたことに気付く者はいなかった。

「悪いのは俺じゃない……悪いのは……あんな決定をした……」

彼の中で、自分をこんな窮地に追いやった犯人は、すでに特定されていた。

そして、もう少しで監視網が完成するという時点で世間は春を迎え、新年度がスタートした。