軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アルマさんの正体

「おい、シン。ちょっといいか?」

「お? どうしたオーグ」

エリー襲撃犯が逮捕されてから数日後、まだアルティメット・マジシャンズの業務を休業しているオーグが事務所にやって来て仕事終わりの俺に声をかけてきた。

わざわざ事務所まで来るってことは、なんか捜査に進展でもあったのかも。

俺とオーグは、事務所の上の階にある会議室みたいな部屋に来た。

ウォルフォード商会がある建物の四階と五階をアルティメット・マジシャンズの事務所にしていて、事務所は四階にある。

五階はこうした会議室や仮眠室、食堂なんかがあるけど、俺たちは滅多に使わないから、何気にこの部屋に入ったのも初めてだったりする。

「で、態々こんな部屋まで来るってことは、事務所ではできない話か?」

「ああ。できれば聞かれたくない相手がいる」

「聞かれたくない……」

ちょっと前の会話を思い出してみると、その相手はなんとなく想像がついた。

「……アルマさんか?」

「ああ」

「ってことは、やっぱりそうなのか?」

俺がそう訊ねると、オーグは頷いた。

「あのあと、仲介人と思われる商人の目撃情報を全て調べた。その結果、ある一国だけ出身地だと言っていなかった」

「それが、ダームか」

「御名答だ」

オーグはそう言うと、腕を組んで椅子に深く座り長い溜息を吐いた。

「別に、ビエッティが関与していたという情報が入ってきたわけじゃない。しかし、どうしても不審な人物と会っていたという情報が頭から離れんのだ」

「不審人物ねえ……」

エリーが襲撃される前、アルマさんが素性の分からない男性を部屋に招き入れていた。

元々ダームに対して不信感を持っているオーグからすれば、アルマさんの行動は怪しく見えてしょうがないらしい。

俺は恋人だと思うんだけどなあ。

「アルマさんって、勤務態度も真面目だし、彼女が作った報告書は相変わらず評価高いし、問題ないと思うけど」

「そうなんだが……」

オーグは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「ひょっとして、仲介人の捜索は難航してるのか?」

俺がそう訊ねると、渋い顔をしながら頷いた。

「これまでの証言から、その仲介人の商人がダーム出身だろうということは間違いないと思う。しかし、そこから先が辿れんのだ」

「なるほどなあ」

ダーム出身の仲介者の足取りが掴めない。

なので、少しでも情報が欲しい。

「で、オーグはアルマさんに話を聞きたいと」

「もし本当に関与していたら素直に話してはくれんだろうが、こちらにはコレがある」

そう言ってオーグが取りだしたのは、ペンダント。

「お前……それを使うのか?」

オーグが持っているのは、自白用のペンダント。

自白というか、本当のことしか話せなくなるので、これを身に着けた状態で話す証言は噓偽りのない証言になる。

大変便利な魔道具なのだけど、人間には誰しも秘密にしたいことの一つや二つあったりするものだ。

なのでこの魔道具を使うのは、犯罪捜査の取り調べのときだけだとオーグと約束して渡した。

今回は、アルマさんに怪しいところはあるが証拠があるわけじゃない。

そんな人にその魔道具を使うなんて……。

「もちろん事前に説明する。着ける着けないは本人の意思に任せる。私以外にも立会人を付ける。という条件ならどうだ?」

「……それなら、まあ」

いいのかな?

まあでも、アルマさんの疑惑を晴らすには、本人の口から真実を話してもらうしかないわけだし……その証言に信憑性を持たせるには、この魔道具は最適だしなあ。

「分かった。じゃあ、俺も立ち会うし、アルマさんは女性だから、カタリナさんと、一応マリアにも立ち会ってもらおう。それでいいか?」

俺がそう言うと、オーグは腕を解いて立ち上がった。

「ああ、それで構わない。じゃあ、早速ビエッティとアレナス、それとメッシーナを呼んでこよう」

オーグはそう言うと、部屋を出て三人を呼びに行った。

……王太子自らそういうことすんのね。

今いるのが俺らだからなのか、俺らといるせいでそういうこと気にしなくなったのか、どっちだろうなあ。

などと、どうでもいいことを考えながら部屋で待っていると、オーグが戻ってきた。

「……おい、なんで部屋で寛いでいるんだ?」

戻ってきて早々、そんなことを言われた。

「え? だって、お前がさっさと行っちゃうから、連れて来てくれるんだと思ってた」

「……まあいい。三人とも、入ってくれ」

自分の行動を思い出したのか、オーグは今にも舌打ちしそうなくらい顔を歪めたあと、後ろにいた三人に声をかけた。

「し、失礼します!」

「お邪魔します……」

「ちょっと殿下。なんなんですか? 早く要件を言ってくださいよ!」

ガチガチに緊張しているアルマさんと、おっかなびっくりといったカタリナさんと違い、マリアは不機嫌そうだ。

「いいから座ってくれ。ビエッティはそこ、アレナスとメッシーナはそこだ」

オーグは、アルマさんを自分の正面に座らせ、カタリナさんとマリアを側面に座らせた。

俺は、マリアとカタリナさんの正面に座ってる。

「急に来てもらって済まない。そして、話を始める前に、約束してもらいたいことがある」

オーグはそう言うと、連れてきた三人のうちアルマさんとカタリナさんを見た。

「これから話す内容は機密事項に該当するため他言無用だ。もしどこからか漏れたらお前たちを処罰しなければならなくなる。いいか?」

オーグがそう言うと、アルマさんとカタリナさんは青い顔をしつつもコクコクと頷いた。

連れてこられたもう一人のマリアは慣れた様子だ。

「また機密事項ですか。なんか、殿下の口から出る話って機密事項ばっかりなんで、なにがそうだったのか分かんなくなるときあるんですよねえ」

うん、ちょっと慣れ過ぎだな。

オーグもそう思ったようで、額に手を当てている。

「メッシーナ。お前、本当に気を付けろよ? 例えメッシーナでも、機密事項をうっかり漏らしたら処罰しないといけないかもしれんのだぞ?」

まあ、俺らは依頼以外で一般人とあんまり関わらないから大丈夫だと思うけど。

それでも、うっかりはあるかもしれないしな。

「処罰ですか……ちなみに殿下、もし処罰するとしたらどんな罰になるんですか?」

マリアのその質問に、オーグは少し考えたあと答えた。

「そうだな、例えば……女子修道院に長期間入院してもら……」

「絶対に漏らしません!!」

「そ、そうか」

オーグが伝えた罰の内容に恐れをなしたのか、オーグの言葉を遮ってまで機密を守ることを宣言した。

よっぽど嫌だったのだろうか?

「女子修道院に長期間……なんて恐ろしい……」

嫌だったようだ。

とにかく、マリアも承諾したようなのでオーグがアルマさんに向かって話し始めた。

「まず、今回起きたエリー暗殺未遂事件なのだが……」

オーグはそう言って女子三人を見る。

「犯人はすでに逮捕されている」

その言葉を聞いた三人は、アルマさんとカタリナさんが嬉しそうな顔になっており、マリアは心底安堵したという表情になっていた。

マリアは、エリーの友人だしそういう顔になるのは分かる。

それ以外の二人は、純粋に犯人が逮捕されたことを喜んでいるようだ。

まあ、同じアルティメット・マジシャンズの仲間であるオーグの奥さんとはいえ直接面識はないので、心配ではあっただろうけどマリアほどではないって感じかな。

その表情を見て、やっぱりアルマさんは関係ないんじゃないかと思っていると、オーグは続きを話し出した。

「公表していないのは、犯人たちをまだ全て逮捕したわけではないからだ」

それを聞いた三人は驚きに目を見開いていた。

「え? 犯人って一人じゃなかったんですか?」

アルマさんとカタリナさんはオーグに質問なんてできそうにないので、マリアが代表して訊ねた。

「ああ。少なくとも、首謀者、仲介者、実行犯がいる。このうち、実行犯と首謀者はすでに逮捕している。だが……」

「仲介者がまだってことですか……」

オーグの説明を聞いて、マリアが一瞬納得した顔を見せたが、すぐにハッとした。

「で、それと私たちを呼んだのとなにが関係あるんですか?」

まあ、なにも説明していないなら当然か。

「実はな……」

なのでオーグは、俺と一緒に考えた仲介人のことについて話し始めた。

最初は感心したように聞いていた三人だが、段々一人の顔色が変わり始めた。

アルマさんだ。

犯人はダーム出身である可能性が高いと説明した辺りからである。

正直、俺はこのアルマさんの顔色の変化を、どう捉えていいのか分からなかった。

自国の人間がこんな大事件を起こしたことに対する、申し訳ないという気持ちなのか? はたまたスパイがバレたかもという恐怖なのか……。

「それで、ビエッティはダーム出身だ。色々と話を聞きたいと思ってな」

そう言うオーグの目は真剣そのものだ。

元々、その王太子という立場に委縮していたアルマさんは、その剣呑な雰囲気にさらに委縮してしまった。

「色々……ですか」

マリアもそう言いながらアルマさんを見る。

そういえば、クワンロンにいたときにダームから派遣されてくる人物に気を付けろという話を皆にしていた。

それを思い出したんだろう。

しかし、アルマさんを見るマリアの表情は複雑だ。

仮にも、数ヶ月間一緒に仕事をしてきた仲間だ。

その仕事内容に疑わしいところなどなかったし、疑いの目で見たくはないのだろうな。

もう一人のカタリナさんは「え? え?」と全く分かっていない素振りをしていた。

「それで殿下。アルマさんはともかく、なんで私とカタリナさんは呼ばれたんですか?」

マリアからの質問に、オーグは例のアレを取り出した。

「あ、それ……」

「そうだ。これを身に着けると真実しか話せなくなる……ぶっちゃけ自白強要の魔道具だ」

その存在を知っていたマリアは、それを使うのかという驚きでオーグを見、アルマさんとカタリナさんは、そんな魔道具があるのかという驚きで魔道具を見ていた。

「本来なら、犯罪捜査の中で虚偽の証言をしないように利用されるものだ。今回、ビエッティは罪を犯したわけではない。なので、まずはこの魔道具を着けて証言をするかどうかの意思確認を行いたい。ちなみに、この魔道具はシンの制作で信用度はかなり高い。これを着けた状態での証言は、間違いなく真実だと認められる。どうする?」

オーグからそう聞かれたアルマさんは、どうしたらいいのかとマリアを見た。

それを見たマリアは、納得の表情を浮かべていた。

「なるほど。この魔道具を着けることを強要したわけじゃないと、その証人として私とカタリナさんを同席させたんですね?」

「その通りだ。それに、この魔道具を身に着けると嘘が付けん。プライベートな質問にも噓偽りなく回答してしまう。ビエッティは女性だ。そういった不適切な質問をしないようにという監視と、そういう質問をしなかったという証人でもある」

ホント、アルマさんのことはかなり疑惑の目で見てるのにこういうとこ真面目だよなコイツ。

オーグほどの権力があれば、有無を言わさず自白の魔道具を身に着けさせることも、プライベートを丸裸にすることもできる。

しかし、そういったことができてしまうので、逆にその力を極力振るわないようにしている。

こういうところも、民衆から支持が集まる要因なのかもな。

マリアもそう感じたらしく、はぁっと息を吐くとアルマさんに向き直った。

「大丈夫ですよアルマさん。何度かこの魔道具が使用されたところを見たことがありますけど、身体に異常がでたところは見たことないです。それに、女性に対して不謹慎な質問は止めるようにという殿下自身のお達しです。変な質問はされないと思いますよ」

なので、着けても問題ないとマリアが言ったので、俺も補足しておく。

「さっきオーグが言ったように、この魔道具を着けて証言したことは間違いなく真実とみなされます。アルマさんが今まで読んだ本の中で、証言を信じてもらえず窮地に陥った話はありませんか? あれがなくなると思ってもらっていいです」

俺がそう言うと、アルマさんはハッとした顔をした。

やっぱり、そういう本があったか。

アルマさんには、こう言った方が効くと思ったんだよな。

すると、やはりアルマさんは覚悟を決めたようでオーグに視線を向けた。

「つ、着けます」

「そうか。では、これを首からかけるだけでいい」

そう言いながらアルマさんにペンダントを渡す。

「え? あの、起動させなくていいのですか?」

「ああ。それは魔石を使用している常時発動型の魔道具だ。だから身に着けるだけでいい」

オーグがそう言うとアルマさんは、若干手を震わせながらペンダントを身に着けた。

そして大きく深呼吸すると、オーグに顔を見た。

「あの、もう大丈夫です」

その言葉を皮切りに、オーグの尋問が始まった。

「まず単刀直入に聞くぞ。ビエッティ、お前はエリー襲撃事件に関わっているか?」

「え? い、いいえ」

いきなりの質問に、アルマさんはしどろもどろになりがらも関与していないと答えた。

って、これで尋問終了しちゃうんじゃ?。

そう思ったが、オーグの質問はまだ続いていた。

「では、次の質問だ。この商人の名前に見覚えはあるか?」

オーグはそう言うと、商人の名前の書いた紙をアルマさんに見せた。

口に出さないのはカタリナさんがいるからだろう。

その紙を見たアルマさんは、首を傾げたあと「知りません。聞いたことがない人です」と答え、仲介人との関りもないと証明された。

……同時に、仲介人に関する有益な情報がないことも証明されたけど。

「では次の質問だ。ビエッティは……今回の派遣に対して、上司からなにか言付けられていることなどはあるか?」

オーグの質問はつまり、アルティメット・マジシャンズ、もしくはアールスハイド王国の内情を調べてこいと言われているかどうかの確認だろう。

人によっては不快に感じる質問かもしれないが、さっきオーグが色々と疑っている旨の発言をしていたので、しょうがないと思っているのかもしれない。

アルマさんは特に嫌な顔をせず、こちらに来る前のことを思い出すそうとする仕草を見せた。

「そうですね……」

しばらく記憶を探っていたアルマさんは、ようやく「ああ」と言って話し始めた。

「上司から、お前の文章作成能力は確かだから、心配しなくても貢献できる。胸を張って行ってこいと言われました」

「……」

そのアルマさんの言葉に、オーグはポカンとした顔をした。

「え? いや……それだけか?」

「あ、はい。ああ、同僚には羨ましがられましたね。私が行きたかったのにと恨み言を言ってきた人もいました」

ごく普通の上司の励ましに、ごく普通の同僚の反応。

アルマさんは間違いなく自白の魔道具を身に着けているので言っていることは真実だ。

まさか、全く疑いようのない返事が返ってくるとは思っていなかったんだろう。

オーグはしばらく呆然としていた。

「おい、オーグ」

「はっ!? あ、ああ、すまないビエッティ。そうか、問題なしか……」

そう言うオーグの顔は、ホッとしたような、残念なような顔をしていた。

しかしなんとか気を持ち直し、アルマさんに対する質問を再開した。

「では……これが最後の質問だ」

「はい」

オーグの言葉に、アルマさんは姿勢を正した。

「先日……アレナスが本を持ってきていた日があっただろう?」

「え……あ、はい」

「ああ、あのアマーリエの新刊を持ってきた日ですか?」

「そうだ」

カタリナさんの言葉をオーグが肯定すると、アルマさんがビクッとした。

「あの日、お前はメッシーナの誘いを断って先に帰ったな?」

「……はい」

ん?

どうしたんだろう?

正直今までの問答で、アルマさんの疑惑は払拭されていると思っていたのに、急にソワソワしだした。

え? まさか。

本当に会っていた男性は……。

「あの日、ビエッティの家の前で、男性がお前の帰りを待っていたという目撃証言がある。その後帰宅したお前はその男を部屋に招き入れていたともな」

オーグがそう言うと、マリアが口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと殿下! それ、プライベートな質問ですよ!?」

「心配するな。そこまでは聞かん。だが、これだけは聞かせてくれ」

オーグはそう言うと、アルマさんの目を真っ直ぐに見た。

アルマさんは……うわ、今までの比じゃないくらいメッチャ怯えてる……。

「あの男性は、どこの誰だ?」

今まであまり聞いたことのないオーグの低い声に、マリアまでビクッとしている。

多分初めて聞いたであろうカタリナさんも怯えた顔をしているし、正面からその言葉を投げかけられたアルマさんは……。

気を失いそうになるくらい顔面蒼白だ。

ああ……これは……。

黒……かなあ……。

俺がそう思っていると、オーグがアルマさんに返事を促した。

「どうした? 早く答えろ」

若干威圧も籠ったその言葉を受けて、アルマさんがようやく口を開いた。

「あ、あの人は……」

「アイツは?」

「あの……へ……」

「へ?」

「へん……」

なんだ「へん」って?

はっ!

まさか! 変質者か!?

そんなことを考えたときだった。

「へん、しゅう、しゃ……です」

「「「「……」」」」

アルマさんの答えに、会議室内の時間が止まった。

俺だけでなく、カタリナさんやマリアも固まっている。

オーグは……。

「んん? 聞き間違えか? 今、編集者と聞こえたのだが……」

そう聞き返すと、アルマさんは顔だけでなく首まで真っ赤にしながら俯いてしまった。

「はいぃ……そう、言いましたぁ……」

アルマさんはそう言ったあと、よほど言いたくなかったのか、両手で顔を覆って隠してしまった。

え? 編集者ってなに?

なんでそんな人がアルマさんの家に来てんの?

「ちょっとまて! なぜそんな人間がビエッティを訪ねてくるのだ!?」

あ、オーグも俺と同じこと考えてた。

っていうか、カタリナさんもマリアも同じみたいで、アルマさんの返事を興味深げに見守っている。

しばらく両手で顔を隠したまま俯いていたアルマさんだったが、俺たちがなにも言わないので諦めたのか、顔を覆っていた手を下ろし、俯いたまま話し始めた。

「その……私が……小説を書いていますので……」

そう言うアルマさんの顔は茹ってるんじゃないかというくらい真っ赤だ。

そのアルマさんの返事を聞いたオーグは……。

あ、放心してる。

「えっと、じゃあ、あの日その人が来てたのって、打ち合わせ?」

オーグが使い物にならなさそうなので、代わりに俺が質問しておいた。

するとアルマさんはゆるゆると頭を横に振った。

「実は……あの日が締め切りで……でも出来てなくて……原稿が完成するまで見張られていたんです……」

「ああ、そういうことか……」

だから数時間出てこなかったんだ。

アルマさんの答えには整合性があるし、なにより自白の魔道具を身に着けているから間違いなく真実だ。

ちらりとオーグを見ると……。

頭を抱えて机に突っ伏していた。

そりゃあ、あれこれと疑惑を持っていたら、全部的外れだったとなればそうなるよな。

アルマさん以上に恥ずかしいわ、コレ。

まあ、それはともかく、アルティメット・マジシャンズの事務員であるアルマさんの疑惑は完全に晴れたな。

そう思っていると、カタリナさんとマリアがアルマさんと話していた。

「なるほど、小説家さんだったんですね。通りで報告書を書くのが上手なはずです」

「字が綺麗なのもそうなの?」

「え? どうでしょう? 私は編集さんが読みやすいように気を付けてますけど、中には解読するのが難しいほど字が汚い人もいるって聞いたことあります」

「じゃあ、字が綺麗なのはアルマさんだからってことですね」

「ど、どうも」

カタリナさんに褒められて、アルマさんは嬉しそうにモジモジしている。

オーグのプレッシャーから逃れたからか、大分気が楽そうになっている。

それにしても、同じチームの人に疑いをかけたことは悪かったなあ。

あとでアルマさんにはなにか形のある謝罪をしないといけないな。

なんて思っていると、カタリナさんとマリアはあることに気が付いた。

「そういえば、私結構本を読むんですけど、アルマ=ビエッティっていう作家さんは聞いたことがないですね」

「あ、私もそれ思った」

「うっ!」

あれ? 気が楽になったと思っていたのに、また挙動不審になってる。

もしかして、小説家とは言ったもののあんまり売れてなくて恥ずかしがってるとか?

「あの……恥ずかしいので本名で本は出してないんです……」

「へえ、じゃあペンネームですか?」

「なになに? なんてペンネームなの?」

二人がそう追及してくるが……。

おい、二人とも、アルマさんはまだ自白の魔道具を着けていることを忘れてないか?

そう思って注意しようとしたんだけど、一歩遅かった。

「ちょ、二人とも……」

「あの……アマーリエって名前で……」

「「「ええええっ!!」」」

アルマさんが告げたペンネームを聞いて、俺とマリアとカタリナさんは、思わず立ち上がって叫んでしまった。

机に突っ伏していたオーグまで、ガバッと顔を上げている。

え? え?

アマーリエって、あのアマーリエ!?

カタリナさんが大好きって言ってて、エリーも愛読してる、あのアマーリエ!?

アルマさんの、あまりに衝撃的な告白に、俺たちは誰一人声も出せずに呆然としてしまった。

アルマさんは、その重い空気が辛いのか俯いてしまっている。

そんな中、一人が動いた。

「ア、アマーリエ先生!!」

「ひゃ! ひゃい!!」

カタリナさんが、凄い形相でアルマさんに詰め寄っていた。

「サ、サインを! 私が持っている先生の著書にサインをしてもらってもよろしいでしょうか!?」

「ふぇっ!? あ、はい」

「ありがとうございます!!」

カタリナさんは、ものすごい勢いで頭を下げた。

九十度どころか、立位体前屈かってくらい頭が真下にある。

そんな様子を呆然と見ていたアルマさんだったが、ハッと我に返って慌てだした。

「あ、あの! カタリナさん!!」

「はい! なんでしょうか先生!!」

「うっ……」

ものすごいいい笑顔のカタリナさんを見たアルマさんは、物凄く気まずそうだ。

しばらくモジモジしていたアルマさんだが、意を決してカタリナさんに話しかけた。

「あの、先生はやめて下さい……恥ずかしいので……それと……できれば今まで通りに接して頂けませんか? 畏まられるとその……同じ職場の同僚なのに距離を感じてしまうので……」

ああ、アルマさんが言いたがらなかったのはこれが原因か。

カタリナさんの話を聞く限り、アマーリエは相当な人気作家だ。

自分がそうだと判明した途端に、態度が変わってきた人を何人も見てきたんだろう。

アルマさんは、最初はオドオドしていたけど、段々皆にも慣れてきて事務所内で楽しそうにお喋りしているところを何度も見ている。

多分、アルマさんはこういった畏まられない人間関係を手に入れたかったんじゃないだろうか?

だから皆にも内緒にしていたんだと思う。

アルマさんに、今まで通りに接してほしいと言われたカタリナさんは「え……でも……」と困惑気味だったが、アルマさんが懇願するようにジッと見つめていると、大きく深呼吸した。

「分かりましたアルマさん。すみません、ちょっと暴走してしまって」

「あ、い、いえ! 大丈夫です! こちらこそ偉そうなことを言ってしまって……」

「実際偉いんですから問題ないです。でも、そうですね、私と距離は置かれたくないってことですもんね」

「そ、そうです! 今まで通りにしてくれたら嬉しいです」

アルマさんがそう言うと、カタリナさんは満面の笑みになった。

「うふふ。では今まで通り、お友達として接しますね!」

ん? あれ? 同僚じゃなくて? いつの間にお友達になったんだ?

カタリナさんの言葉に首を傾げていると、アルマさんは感激した面持ちになっていた。

「おともだち……はい! 私たちはお友達です!」

アルマさんはそう言ってカタリナさんと手を取り合ってキャッキャしていた。

「ねえ、ちょっといい?」

二人がキャッキャしているところを見ていると、マリアがなぜかジト目でアルマさんを見ていた。

「あ、す、すみません! お騒がせしてしまって……」

「あ、いや、そうじゃなくて」

アルマさんの謝罪を遮って、マリアはアルマさんを指差した。

「ソレ、いつまで着けてんの?」

「「「あ」」」

アルマさんの首には、まだ自白の魔道具がぶら下がっていた、

「あ、あの、殿下……」

「……はっ!? な、なんだ?」

オーグの奴、今の今まで呆然としてやがったな。

「あの、コレ……まだ着けていないといけませんでしょうか?」

「あ、ああ。もう外して構わないぞ」

「ありがとうございます」

オーグの了承を得たアルマさんは、ペンダントを外しオーグの前に置いた。

「オーグ、これでアルマさんの疑いは晴れたってことでいいか?」

「……ああ。全く問題ないな。済まないビエッティ。不快な思いをさせた」

オーグはそう言うと、アルマさんに向かって深々と頭を下げた。

「うえっ!? あ、頭をお上げ下さい殿下! 私は全然気にしてませんから!」

「……そうか」

「はい!」

疑われたことより、王族が自分に頭を下げたことの方がよほどショックだったようで、アルマさんは全く気にしていなさそうだった。

自白の魔道具がなくてもそれが本心だと分かるアルマさんの表情を見て、オーグもホッとしたようだ。

なんせ、これからもアルマさんはアルティメット・マジシャンズの事務員として働いていくんだからな。

変なシコリがあったらやりにくいし。

アルマさんの疑いも晴れて、オーグに対する遺恨もなさそうで良かった。

と、そう思っていたのだが、今度はオーグがなにか言いたげで、しかし言い出せない感じになっていた。

「なんだよオーグ。まだなんかあんの?」

俺がそう聞くと、オーグはバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。

「ビ、ビエッティ」

「は、はい!」

「その……厚かましい話だとは重々承知しているのだが……その……」

「?」

なんだろう?

オーグがこんなに言い淀むなんて珍しいな。

そう思っていると、若干顔を赤くしたオーグが話を切り出した。

「エ、エリーがアマーリエの大ファンでな……その、良かったら後でサインをもらえないだろうか?」

「あ、はい! 喜んで!!」

オーグの予想外のお願いに、アルマさんは一瞬呆けていたが、すぐに了承した。

へえ、嫁さんのためにファンの作家のサインを強請るなんてな。

分かっていたけど、オーグがエリーを溺愛しているんだなと思われる光景を見て、俺は思わずニヤニヤしてしまった。

「……なんだ?」

「別に? あ、アルマさん、俺にも後でサイン頂戴」

オーグが睨んでくるけど、流しとこう。

折角有名人が身近にいるんだ、サインとか貰っとかないとね。

そう思ったのだが……。

「ひえっ!? み、御使い様に私のサインなんてとんでもないです!! むしろ私がサインください!!」

「なんでだよっ!?」

「あ! 私は友達だけどサイン貰ってもいいですよね!?」

「もちろんです!」

「だからなんでだよ!?」

オーグにもカタリナさんにもサインあげるのに、なんで俺は俺からサインあげなくちゃいけないんだよ!

っていうか、サインなんて書類にしかしたことねえよ!

アルマさんに対する疑惑が晴れたことによって空気が弛緩したのか、ギャアギャアと暫く騒いでいる俺たちを見て、別にアマーリエのファンでもなく、俺のサインなんてコレッぽっちも欲しくないマリアがポツリと溢した。

「なにやってんの? アンタら」

そのあまりにも冷めた目を見て、俺たちは騒いでいることが恥ずかしくなって静かになった。

結局、オーグとカタリナさんには、最新刊にサインをして渡し、俺はアルマさんと色紙に書いたサインの交換をした。

いや、だからなんでよ?

疑惑の晴れたアルマさんと、立会人として呼ばれていたマリアとカタリナさんも会議室を退室し、俺とオーグだけが残された。

二人きりになった途端、オーグは深い深いため息を吐いた。

「はあぁ……まさか、こんな結果になろうとはな……」

「まあなあ……お前、いかにもアルマさんが犯人だ! って顔で追い詰めてたもんなあ」

そして推理は大外れ。

そら恥ずかしいわ。

俺がそう言うと、オーグはギリッと歯を食いしばった。

「わ、私はそんなことを言っているのではない!」

「ふーん?」

おお、照れ隠しか。

そう思ってニヤニヤしていると、オーグは『チッ!』っと舌打ちした。

王太子が行儀悪いよ?

「ビエッティの証言には期待していたのだ。そこからなにか打開策があるのではないかとな。だが、全く関りがなかった……つまり、犯人に繋がる糸が切れてしまったということだ」

「ああ、そうなのか。っていうか、もうなにも情報ないのか?」

俺がそう訊ねると、オーグは髪の毛をクシャクシャと掻き毟った。

「相当周到に用意していたようでな。痕跡が全く辿れんのだ」

「じゃあ、ダームに直接問い合わせてみるとかは?」

俺の提案に、オーグはまた苦い顔をした。

「証拠がない。仲介人がダームの出身ではないかというのも、不自然にダームの名を出していなかったことに関して我々が推理をしただけだ。そんな不確定な要素でダームに問い合わせなどできるか。国際問題になるわ」

「めんどくせえなあ……」

「面倒くさいんだよ。外交というのはな」

でも、そうなると、本格的に手詰まりだな……。

「で、結局どうするんだ?」

これ以上仲介人の商人を追うのは無理だとして、これからどうするんだろう。

放置か?

「証拠がないとはいえ、ダームが疑わしいのは間違いない。これから、国境の入国審査を厳しくしていくしかないだろうな」

「でもさ、ダームだけ厳しくしてたらそれこそ国際問題にならないか? 自分の国を疑っているのかって」

まあ、実際疑ってるんだけどね。

「ダームだけ厳しくするわけにはいかないからな。これから、入国する際の審査は全ての国共通で厳しくする必要がある」

「え、全部?」

それはいくらなんでもやり過ぎじゃ……。

そう思ったのだが、オーグは首を振った。

「この場合は証拠がないのが幸いしたな。エリー襲撃を企てたのは外国の商人。どこの国の者だか特定できなかったので、全ての国の入国審査を見直すこととした。そう言えば誰も反対などしないさ」

「はあ~、それを逆手に取るのか」

コイツ、こういうところは流石だよな。

転んでもタダでは起きない。

「今回、本当の黒幕を取り逃がしたことは、我々の失態だ。証拠を残さず撤退したのだったら、せいぜいそれを利用してやるさ」

そう言うオーグの顔は、いつもの自信満々の不適な笑みを浮かべた顔ではなく、眉を顰めた苦々しい顔だった。

こうして、エリー暗殺未遂事件は、実行犯と首謀者を逮捕。

その二者を繋いでいた仲介者は、国外の商人であることまでは判明したが、逃亡し行方不明であると公表された。

首謀者であるドーヴィル伯爵親子には、裁判の末極刑が言い渡された。

実行犯である魔法師団員に関しては、家族を人質に取られていたこと。

深い反省の念が見られ、首謀者逮捕に協力的であったことなどが情状酌量され、極刑は免れ、長期の強制労働刑が言い渡された。

そして、仲介者が国外の人間であったことから、アールスハイド国内への入国審査が、全ての国に対して厳しくなった。

状況が状況だけに、各国もそれを素直に受け入れ、非難どころかむしろ同情的な意見が多かった。

これにはダームも従わざるを得ないので、ハッキリとした確証は無いがダームからの不穏分子の介入はこれ以降防ぐことができた。

……と思われる。

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アールスハイド王国が王太子妃エリザベート暗殺未遂犯の逮捕を公表し、各国に対し入国審査の厳格化する少し前、ダームにある街の一つで身なりの良い男がイライラしながら側近の男に当たり散らしていた。

「あの無能がっ! 失敗しやがった!!」

「いぎゃっ! か、かしら! お、落ち着いてください!」

「かしらって呼ぶなって言ってんだろうが!!」

「すみません議員!」

「くそっ! 任せろっていうから任せたのに、なに失敗してやがんだ!」

議員はそう言うと、側近の男への八つ当たりを止め、椅子にドッカリと座り、それと同時に頭を抱えた。

「……まさか痕跡とか残してんじゃないだろうな」

「さ、さすがに、そこまで無能じゃないですよ」

「……そう信じたいね。もし痕跡が少しでも残っていたら、俺もお前もどうなるか分かんねえんだぜ?」

それを聞いた側近の男は、ブルリと身を震わせた。

なにせ相手は、大国アールスハイド王国。

アルティメット・マジシャンズを自国の保有戦力ではないと公言しつつも、自国の王太子がその次席。

あの国が……王太子が本気になれば自分などあっという間に消されるだろう。

だからこそ迂遠な策を弄したというのに、まさか失敗するとは思いもしなかった。

その日から議員は、夜も眠れない日々が続いた。

だが、アールスハイドが公表した内容を見て心底安堵した。

大丈夫、あいつ等はここまで辿り着けていない。

それはすなわち、自身の安寧を保証するものだった。

その日から、また議員は夜よく眠れるようになった。

だが数日後、厳格化した入国審査により自身の手の者が何人も逮捕される事態になり、今度は悔しさで眠れない日々を送ることになるとは、このときの議員は少しも思っていなかった。