軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あの国の動向

「ここがエルス……」

オーグが、俺たちはまだ行ったことがないと言っていた意味が分かった。

エルス自由商業連合国は、カーナン王国やクルト王国よりもさらに東にある国。

以前、各国に魔人が現れてもすぐにゲートで行けるようにと世界中を回ったことがあったが、その際エルスには立ち寄らなかった。

魔人領とエルスの間には、カーナンやクルトがあるからね。

そこを飛び越えてエルスに襲撃することはありえないだろうという判断からだ。

ちなみに、イースはアールスハイドやスイード、ダームの南側にある。

それはともかくだ。

「オーグはいつの間にエルスに来てたんだ?」

「ああ。魔人領の再開発の件でな。何度か足を運んでいたのだ」

あ、そうか。

魔人王戦役……あのシュトロームが引き起こした騒動はそう呼ばれているんだけど、それが終わったあと、旧帝国は戦争に参加した各国に分配された。

その際、旧帝国に国境を接していないエルスとイースは飛び地になるため、領土の分配を受けられない。

しかし、大国であるエルスとイースに連合へと参加してもらいたいので、エルスにはその復興に必要な資材等をすべてエルス商人に任せるという条件で連合に参加してもらった。

イースの方は、イース神聖国直轄の教会の設立を条件に連合に加わってもらった。

これだけ聞くとイースだけ条件が悪く聞こえるけど……イースはその会談でやらかしてくれたからね。

本当は、飛び地になるんだけどイース神聖国領の領地を割り当てる案があったそうだから、あのフラーって元大司教のせいでイースは大損したことになる。

結局、国際会議の場で他国の要人を浚おうとしたこと、その結果イースの地位を貶めたこと、さらにイースが得るはずだった利を大きく損なったこと、そしてそれ以前からの悪行からフラーは処刑されたらしい。

それはともかく、魔人王戦役のあとのエルスは、旧帝国領の復興のため非常に多忙を極めていた。

それは現在進行形だけど。

オーグは、その戦後復興の手助けをしているんだろう。

俺たちはオーグがそうやって復興に携わっている間、各国に自然発生した災害級の魔物の討伐や、自然災害により被害を受けた地域の復興などにしか出動していない。

要するに割と時間があったのだ。

俺とシシリーは、その空いた時間をほとんどシルバーの世話に当てていたので、オーグの動向までは把握していなかったんだよな。

「へえ、結構ちゃんと王太子の仕事やってんだな」

「……お前の中での私の評価に物申したいところだが……まあ、通信機でのやり取りもできるが、書類を付き合わせての折衝もあるからな。やはり直接会う必要もあるのだ」

「そうか。それでゲートが使えるオーグが度々エルスに来てたと」

「そういうことだ。ここも、私がゲートで移動するためにエルスが用意してくれた部屋でな。今日もここから馬車で大統領府まで行くぞ」

「大統領府?」

エルスの大統領であるアーロンさんとは面識がある……っていうか、兄弟子って立場だ。

そんな兄弟子に会うために、わざわざ新しい制服に着替えて馬車に乗って大統領府に行く?

それってつまり、今日の用件は大統領からの正式な依頼ってこと?

「なんか……えらい大ごとな感じがするな」

俺がそう言うと、オーグは疲れたような溜息を吐いた。

「実際大ごとだ。詳しくはアーロン大統領から話がされるから詳しくは言えんがな」

「ますます面倒な予感がするわ」

一国の王太子であるオーグがこの場で話せないって……。

面倒事の予感しかしねえよ。

「とはいえ、これはエルスから我々アルティメット・マジシャンズに寄せられた正式な依頼だ。一国のトップからの依頼、断るわけにもいくまい」

「まだ、組織としては稼働してないのにな……」

「まったくだ……」

俺たちが学院を卒業したのが昨日。

予定では、この後各国から俺たちが世界に対して邪な思想を抱かないようにという、監視の意味も含めた事務員が派遣されてくる予定である。

その人たちが着任してから正式に組織として稼働する予定だった。

それを待たずにこの依頼。

「アーロンさん、相当焦ってるのか?」

「焦ってるというか、周りからの突き上げがうるさいというのが実情だな」

アーロンさんは大統領という名の通り、国民からの総選挙で選ばれた国の代表だ。

アールスハイドや他の王国と違い、世襲ではない。

ということは、アーロンさんを蹴落としたい人物もいるだろうし、そう言う人たちはアーロンさんの揚げ足を取ろうとするだろう。

行動が遅いとかなんとか言って。

となると、一つ確かめたいことがある。

「でも、実際に俺たちに話がきたのがこのタイミングって……」

「その通り。アーロン大統領が、周囲からせっつかれているにも関わらず、私たちの卒業を待ってくれたのだ」

やっぱり、そうか……。

アーロンさん、色々と言われているだろうに、俺たちのこと配慮してくれたんだな。

……ばあちゃんが怖いからとかいう理由じゃないよな?

それが一番ありえそうな気がする。

ともかく、そういう配慮をしてくれたんだ、弟弟子としては兄弟子の期待には応えないといけないな。

こうして俺たちは、建物に常駐している馬車に乗り込み、大統領府を目指した。

数台の馬車に分かれ、俺の乗る馬車には、シシリー、マリア、オーグといういつものメンツが揃った。

多分すぐ着くだろうけど、その馬車での移動中に、俺は一つずっと気になっていたことがあったのでオーグに聞いてみることにした。

「なあ、オーグ」

「なんだ?」

「……ダーム、どうなってる?」

「ダームか……」

商人たちによる共和制を敷いているエルスに来たことで、俺はあることを思い出した。

魔人王戦役が終わったあと、世界中に宣戦布告をしようとしてすぐに鎮圧され、その後王制が撤廃された国、ダーム。

当時は、その王の暴挙を事前に食い止めたヒイロ=カートゥーン軍司令長官が暫定の国家元首となっていたけれど、その後正式にカートゥーン氏がダームの首相の座に就いた。

国名もダーム王国からダーム共和国に改名し、貴族制を完全に撤廃。

元貴族は完全に廃絶し、市民から議員を選出して国を運営しているという。

エルスも大統領を市民による総選挙で選出しているけど、完全に民主制かと言われるとそうとも言い切れない。

大統領に立候補できるのは各街を治めている知事だけなのだが、その知事は有力な商人から選出される。

その知事の選出は、商人たちによる合議によって選出されるのだ。

市民による選挙ではない。

なら、なぜ知事は商人による合議という密室で決められるのか。

それは、一般市民より商人の方が他の商人のことを知っているからだ。

経営手腕からその人間性まで。

それに、言っちゃあ悪いが、エルス市民の教養の低さというのも理由にある。

旧帝国ではないが、学校に通えるのは一部の裕福な人間だけ。

そうでない者の方が圧倒的に多いので、教養という面ではどうしても低くなってしまう。

一五歳以下に義務教育が施されているのなんて、アールスハイドくらいのものだ。

そういった理由もあって、知事の選出には一般市民は加われない。

しかし大統領選挙は一般市民による総選挙。

それはなぜかというと、候補者である知事が有能であるかどうかは、その知事が治めている街の発展具合を見れば分かるから。

他の街の発展状況は、大統領府にある選挙管理委員会が公平に作った各街の評価資料を見ることで判断することができる。

市民たちは、どの街を治めている知事が大統領になれば自分たちの得になるのか、それを見定めて候補者に票を投じる。

こうしてエルスは大統領が選出されるのだが……。

今回ダームが選んだのは、完全な民主制。

ダームはそんなに大きな国ではないが、国内に街はいくつかある。

その街の代表や、運営する地方議員、さらには国家を運営する国会議員まですべて一般市民から選出したのだ。

つまり、今まで各街を治めていた貴族がしていた統治を、市民の代表が代わりに行うようになった。

貴族制から民主制への移行。

前世の歴史を見ても、そう珍しいことではない。

ただ……。

「シンの懸念の通りだったな。うまくいっていない」

「やっぱり……」

今回のダームの完全民主制への移行。

それに関する俺の懸念。

それは……。

貴族制を「完全」に撤廃し、政治の場から貴族を排斥したことだ。

今まで各街や国を運営していたのは、貴族たち。

いわば政治のプロを完全に排斥し、代わりに議員として選出されたのは政治の素人である一般市民。

街や国を治めるノウハウもなしに、いきなり市民による政治なんかできるものなのか?

普通、貴族制から民衆制に移行する際、元支配階級の人たちも一部政府に残しておくものだと思っていた。

それを、完全に排斥したことを懸念していたんだけど……。

懸念通り、うまくいっていないらしい。

「議員と商人の間では賄賂が横行、それどころか議員の息のかかった犯罪組織まであるらしい」

「まだ体制が変わってから一年ちょっとだよな? もうそんなことになってんの?」

「どうも、議員に選出された人間の中に、裏社会の人間がそれなりの人数いるらしいのだ」

「自分の部下たちを使って、組織票で選出されたのか……」

「今まで国からの監視の目を掻い潜っていた裏社会の人間が正統な権力を得たのだ。ダームはもう魔窟と呼んで差し障りない」

「かといって、口出しはできない……か」

「内政干渉になるからな。我々は静観しかできない。歯がゆいがな」

それにしても、ダームのカートゥーンさんはなんでこんなことしたんだろうな?

確かにダームは何度か失敗した。

軍のトップが暴走し、危うく魔人を取り逃がしかけた。

外交官がよりにもよって、創神教の教皇であるエカテリーナさんを殺しかけた。

実際には、そのどれもが魔人によって操られていたと後に判明したが、国家間の信用はガタ落ちした。

最後には王まで暴走し、しかもそれは魔人をすべて討伐したあとだったもんだから、完全に私欲のためだった。

そんな王族から権力をとりあげたかったのは分からないでもないけど……。

いきなり市民に政治を任せたらこうなることを予想出来なかったんだろうか?

……出来なかったんだろうな、この結果を見ると。

国家としての名声を取り戻したくて行ったはずの改革で、さらに国家としての信頼を落とす。

ダームの行く末に、かなりの不安を抱きながら俺たちはエルス大統領府に辿り着いた。