軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編1:小さな公爵令嬢の初めてのクリスマス(前)

「ロッティ、タンタさんからプレゼントもらったことがありません」

シャルロッテがしょんぼりとしながら話したのは、とある寒い日の昼過ぎ。

マリアンネの家で開かれた友人達とのお茶会でのこと。

以前は庭で開かれていた茶会だが、今日はいつも以上に冷えるので屋内で行われている。部屋には黒猫のボンボンもおり、ソファの上でころんと丸くなって眠っている。

そんな中でクリスマスの話題になり、シャルロッテが先程の発言をしたのだ。

今までクリスマスプレゼントを貰ったことがない。そもそもクリスマスというものを知ったのもつい先日。

タンタ、もといサンタクロースのことも、そもそもクリスマスが何なのかも教えてもらったばかりだ。

それも、フレデリカに読んでもらったクリスマスの絵本はどれも内容が少しずつ違っていて、お祭りだったりお祈りをしたり、大きな木に飾りをつけたかと思えば家の中に置く小さな木を飾ったり。

殆どの絵本でサンタクロースがプレゼントをくれるが、子供が寝ている夜遅くに煙突から家に入ってくることもあれば、クリスマスパーティーに現れることもある。

絵本の種類がありすぎて、情報量が多く把握しきれていないのだ。――あまりの情報量に、シャルロッテは「タンタさんは、トナカイさんをくれるんですか?」と勘違いしかけていたほど――

だからクリスマスというものがいまいち理解できていない。

そもそもどうしてサンタクロースはプレゼントをくれるのだろう?

絵本には良い子にプレゼントをくれると書いてあった。

良い子ならみんなにあげるのだろうか?

それなら……、

「ロッティのところに、タンタさんは来てくれなかったから、ロッティは良い子じゃないのかもしれません……」

サンタクロースが来てくれなかったということは、自分は良い子ではなかったということか。

そう考えると、クリスマスを楽しんで良いのかも分からなくなってしまう。

周囲のキラキラとワクワクに染まりたいのに、どうしても染まりきれない。良い子じゃない自分はクリスマスのキラキラとワクワクを楽しんで良いのか不安になってしまう。

そうシャルロッテが項垂れながら話した。

この話を家族にすれば、きっとみんな「そんなことはない」と言ってくれるだろう。抱きしめて、「シャルロッテは良い子だ」と言ってくれるに違いない。それは分かる、信じられる。

だけど、今まで一度もサンタクロースが来ていないのは事実で……。

「シャルロッテさんのところには、サンタクロースは来たことがないんですのね」

「はい……。ロッティ、一度もタンタさんからプレゼントをもらってません」

やっぱり自分が良い子じゃないから。そう考えてシャルロッテが更にしょんぼりとすれば、フランソワは優しく名前を呼んでクッキーを食べるように勧めてくれるし、マリアンネはボンボンを連れてきて撫でさせてくれた。

シャルロッテの膝の上に連れてこられたボンボンがグルグルと喉を鳴らしている。ゴチンと頭をぶつけてくるボンボンを抱きしめるも、気持ちは沈んだままだ。

そんな中、クラリスは真剣な表情で考え込み……、

「戦ったのではないかしら」

と、ぽつりと呟くように話し出した。

「戦う……、タンタさんが……?」

「えぇ、そうですの。シャルロッテさんはブルーローゼス家に来るまで、悪い人達に捕まっていたんですのよね?」

「……はい。ロッティ、怖くてわるい人たちといました。で、でも、ロッティ、わるいことはしてません! あんな人達、だいっきらいです!」

一緒に居たが、仲間ではない。シャルロッテが慌てて話せば、クラリスはもちろん、マリアンネとフランソワも分かっていると頷いてくれた。

そうして再びクラリスが話し出す。

「考えてみてくださいませ。シャルロッテさんはそんな辛い場所にいて、でも悪いことはしなくて、テオドール様が助けにくるまで待っていた。まちがいなく良い子ですわ。でもサンタさんからプレゼントをもらえなかった」

状況を整理するように話すクラリスの口調は真剣そのもので、さながら探偵。もっちり名探偵である。

シャルロッテも彼女の空気に当てられ、真剣な表情で話を聞きながらコクコクと頷いた。

「これはつまり『サンタさんがプレゼントをくれなかった』のではなく『サンタさんはプレゼントをあげられなかった』と考えるのが自然ではないかしら」

「タンタさんは、ロッティにプレゼントをくれようとしてたんですか?」

「サンタクロースほどの方がシャルロッテさんに気付かないわけがありませんわ。でもプレゼントをあげられなかった。なぜか? それは悪い人たちがいたからですわ。でもサンタさんですもの、きっと勇敢に戦ったんですわ!」

サンタクロースが戦う様子を想像しているのか、クラリスが話しているうちに興奮していく。

その熱意に、シャルロッテも思わず拳を握ってしまった。

頭の中ではサンタクロースとかつて自分を荷台に閉じ込めていた男達が戦っている。

悪い男達は何人もいた。テオドール率いる騎士隊が皆倒してくれたが、騎士隊もまた数十人いたのを覚えている。

争っている最中はまだ荷台の中にいてその現場こそ見ていないが、外からの音は聞こえていた。荒々しい音。きっと激しい争いだったのだろう。

そんな悪い集団を、サンタクロースひとりで……。

「サンタさんは白いお鬚を生やした太ったお爺さんですから、悪い人達には勝てませんわ……」

先程まで興奮気味で話していたクラリスだが、サンタクロースの分が悪いと語る時は随分と声色が沈んでいる。

きっと彼女の頭の中で、敗れたサンタクロースがソリに乗って逃げていったのだろう。クラリスの眉根に皺が寄り、溜息は深い。

悔しさすら感じさせる様子に、シャルロッテは「クラリスさん……」と彼女を呼んだ。

見ればマリアンネとフランソワまで切なげな表情をしているではないか。みんなシャルロッテの境遇に胸を痛めているのだ。

そんな友人達を見て、シャルロッテは考え……、そうだ! と思いついた。

「ロッティ、タンタさんにお手紙かきます! ロッティ、もう大丈夫って、怖い人たちはもういないって!」

「名案ですわ。私達も、サンタさんにいつもお礼のお手紙を書きますの。それとクッキーも焼きますのよ。サンタさんをお迎えするマナーがありますから、シャルロッテさんに教えてさしあげますわ」

「はい!」

クラリスの提案にシャルロッテは元気よく答えた。マリアンネとフランソワも楽しそうに微笑んでいる。

彼女達が「クリスマス、楽しみですわね」と笑っている。

そんな友人達と一緒にいると、どう受け止めて良いのか分からなかったクリスマスが次第に楽しみに思え、シャルロッテもまた「たのしみ」と心からの言葉を口にして笑った。

◆◆◆

「それでね、クラリスさんが、タンタさんはロッティのために戦ってくれたって、でも、タンタさんはおじいさんだから、悪いひとたちに勝てなくて、それで、ロッティにプレゼントをあげられなかったって!」

「なるほど、確かにそうだな。シャルロッテは良い子だからサンタクロースが来ないわけがない。さすがクラリス嬢だ」

納得したとテオドールが頷いた。

場所はブルーローゼス家の庭。テオドールが騎士隊から戻ってきたところちょうどシャルロッテの帰宅と重なり、興奮気味に「お父様きいて! タンタさんがね!」と話しかけてきたのだ。

宥めてもなかなか落ち着かず、ならば落ち着くまで話をさせてあげようと庭のベンチに座って今に至る。

肌寒い風は仕事を終えたばかりのテオドールには心地良く、興奮気味のシャルロッテに至っては冷たい風も関係無しと頬を上気させて話している。

「だからロッティ、タンタさんにお手紙かくんです。ロッティ、もう大丈夫って。それでね、タンタさんはクッキーが好きだから、クラリスさんもマリアンネさんもフランソワさんも、クッキーをやくんです。だからロッティもやきます! タンタさんに食べてもらうの!」

「クッキーか。この前一緒に読んだ絵本にも枕元にクッキーを置いておくと書いてあったな」

「クリスマスたのしみ!」

満面の笑みでシャルロッテが話す。

なんて輝かしくて愛らしい笑顔なのだろうか。

テオドールは惹かれるままにシャルロッテへと手を伸ばすと、優しく頭を撫で、それだけでは足りないと抱き上げて、キャァとあがる歓喜の声を聞きながら屋敷へと戻っていった。

◆◆◆

シャルロッテがまだブルーローゼス家に来て間もない頃。

同年代の令嬢と接する機会も必要だと考え、クラリス達との対面の場を設けたのはフレデリカである。

最初こそ「まだ早いのでは」「シャルロッテと気が合うのか」と心配していたテオドールだったが、今のシャルロッテを見ればすべて杞憂だったと分かる。

クラリス達は自分達が愛されていると自覚し、そして愛されていること前提で物事を考えている。

愛されているから自信を持って行動し、愛されているから周りに愛情を返そうとし、愛され続けるに値する立派な令嬢になろうと励む。

それは彼女達にとって当然のことなのだ。なぜなら自分達は愛されているから。

愛も何も知らず薄暗い荷台が世界のすべてだったシャルロッテにとって、彼女達の当然の考えは眩しく映るだろう。憧れ、共感し、そして共に過ごすことで馴染み、シャルロッテの自尊心と自己肯定感を育ててくれる。

「時期も人選も、さすがフレデリカだな」

テオドールが褒めれば、フレデリカがコロコロと笑う。

同席していた四人の息子達もこの采配に感銘を受けている。「さすが母上」と褒められ、フレデリカは上機嫌だ。

時刻は既に夜。

夕食を終え、夕食後の一時も終え、幼いシャルロッテはうとうとと船を漕ぎだしてリシェルと共に自室に戻っていった。

他の者達もそれぞれ自室に……、となったところでフレデリカが引き留め、今日の茶会のことを話しだして今に至る。

これを聞き「でもプレゼントかぁ」と溜息交じりに呟いたのはライアン。部屋の扉を見つめているのは、そこを通っていったシャルロッテの姿を思い出しているのだろう。

「今までプレゼントを貰えなかったから、良い子じゃない……。シャルロッテってば、そんな風に考えてたのかぁ。気付いてあげられなかったね」

「繊細な子だわ。でも悔やむより、クラリスさん達が素敵な答えに導いてくれたことに感謝しましょう。それで、クリスマスプレゼントなんだけれど、クリスマスの夜にシャルロッテの部屋にプレゼントを届けに行くサンタクロースは誰かしら」

家族を一度見回し、フレデリカが問う。

この問いに手をあげたのは、テオドール、ジョシュア、ライアン、ハンク、グレイヴ。……つまりフレデリカ以外の家族全員である。

誰もが当然だと言いたげな表情。対してフレデリカは扇子を口元に当て、それでも隠し切れぬ盛大な溜息を吐いた。やっぱり、と言いたげな溜息である。

「一人に対してサンタクロースが多いのよ。シャルロッテが起きちゃうでしょう」

「だが父親ならばサンタクロースとしてプレゼントを贈るのは当然だろう」

「末の妹の最初のクリスマスを彩るのは長兄の役割かと」

「僕、クリスマスのために赤い刺繍のベストを用意したんだ。それに朱色のスカーフを合わせる予定。ズボンも赤だと派手過ぎるから、黒いズボンに赤い飾り。サンタクロースだもん、シャルロッテが寝ていたとしてもお洒落にしないとね」

テオドールに続いてジョシュアとライアンが主張する。

片や長兄としての責任感を持ち、片や明るくお洒落心を忘れず、なんとも二人らしい主張ではないか。

それに続いたのはハンク。

「ぼ、僕は……、トナカイのぬいぐるみを作ります。……そ、それに精霊が入ってくれるはず」

クリスマスに部屋を訪れるサンタクロースと精霊、なんて素敵な組み合わせだろうか。

これにはフレデリカも表情を和らげ、その光景を想像したのか「おとぎ話のようね」と褒めている。これもまたハンクらしい提案だ。

そうして最後に口を開いたのはグレイヴ。……なのだが。

「俺は……、その……、う、……馬をつれていきます」

「屋内よ、やめなさい」

グレイヴの提案をピシャリとフレデリカが一刀両断した。

グレイヴ本人も無理だと分かっているのだろう、らしくなく歯痒そうにぐぬぬと唸りをあげている。

だがどれほど唸れども、フレデリカを説得できそうなクリスマスらしい主張が思い浮かばないのだ。強さや逞しさなら自信があるが、クリスマスとなるとさっぱりである。

馬にトナカイの角を着けて……、と考えたが、言うよりも先に頭の中で却下した。これも一刀両断されるのは火を見るよりも明らかだ。

そんなグレイヴをフレデリカがじっと見つめ、手にしていた扇子を向けた。

指差すよりも明確に、ビシと音がしそうなほど鋭く。

「グレイヴ、クリスマスの夜はサンタクロースを信じて早く寝なさい」

「母上! 俺はもう十三歳で、騎士隊にも所属しているんですよ!?」

「二人の可愛い子供のもとに、四人のサンタクロース。ちょうどいいじゃない。それに、息子達とテオドールで二回に分かれればシャルロッテも眠っていられるでしょう」

機嫌よくフレデリカが笑い、パンと開いた扇子で己を扇ぐ。なんと優雅なのだろうか。それでいて反論は許さぬ圧を漂わせている。

そうしてちらりとハンクに視線をやるのは、「三人の可愛い子供でもいいかもしれないわね」と思ったからだ。

察したハンクが必死で首を横に降る。小声で呟かれる「十六歳、無理があります」という訴えの必死さと言ったらない。

「そうね、ハンクは精霊を連れてきてくれるんだもの、立派なサンタクロースだわ。精霊に見守られるなんて素敵なクリスマスになりそうね」

「……ハンク兄さん、ずるいぞ」

母からは期待の言葉を、弟からは恨みの言葉を受け、ハンクがなんとも言えない表情を浮かべた。