軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16:もっちり令嬢達の怖いもの

「シャルロッテさんは馬車が怖いんですの?」

とは、不思議そうなクラリス。場所はブルーローゼス家の庭、いつものもっちりしたお茶会だ。

クラリスの言葉に、マリアンネとフランソワも「馬車が?」「どうして?」と首を傾げている。

そんな三人に対してシャルロッテはうまく説明が出来ずにいた。あの時の感覚は自分でもよく分からない。そのうえ昔のことはあまり言わない方がいいはず。

ゆえに明確な話が出来ず、困惑の声を漏らすと項垂れてしまった。

あの日は、ぐっすり眠って起きると気持ちはだいぶスッキリしていた。

良い夢が見れたかは生憎と覚えていないが、それでも悪夢ではなかったのは確か。レスカによく眠れたと話せば彼女は嬉しそうに「とっておきのお薬だからね」と笑ってくれた。

そうして再び平穏な日々を送っているのだが、それでもやはりあの時のことを思い出すと不安になってしまう。

その気持ちをこのお茶会で友人に説明しようとしてるのだが、クラリス達はいまいち分からないと言いたげだ。

なにせ彼女達は馬車を恐れていない。今日だって馬車に乗ってブルーローゼス家に来たのだし。

もしかしたら「馬車が怖いなんておかしい」と笑われてしまうかもしれない。

そんな不安がシャルロッテの胸に湧く。

だが……、

「世の中には怖いものがいっぱいですものねぇ」

と、クラリスが溜息交じりに話した。幼いながらにその溜息の深さといったら。

次いで彼女は「実は私……」と深刻な声色で話し出した。

「おばあ様のお家にある絵がとても怖いんですの。大きな湖の絵なんですが、夜で真暗で、でも月が明るくて……。それがどうしても怖くて、私が遊びに行く時は隠してもらってるんです」

凄く怖い、とクラリスが話す。思い出しているからか声も普段の彼女らしからぬ弱々しさだ。

そんなクラリスの話に続いたのはマリアンネ。

「私、家で猫を飼っていますでしょう?」

マリアンネの愛猫の話に、シャルロッテは思わず瞳を輝かせてしまった。

彼女が猫を飼っているのは知っている。どんな猫かも以前に聞いた。黒毛の長毛、名前はボンボン。

だが彼女の家の茶会では生憎と会うことが出来なかった。曰く、来客があるとボンボンは家の中で一番背の高い棚の上に乗ってしまうのだという。残念だが、猫とはそういう生物らしい。

「マリアンネさんは、ボンボンが怖いんですか?」

「普段のボンボンは怖くありませんわ。とっても可愛くて大好きですの。……でも、夜中のボンボンは真っ暗な中にいると姿が見えなくて、目だけがギラっと光りますの」

何も無いと思っていた暗闇に突如光る猫の目……。

それが怖いのだとマリアンネが語る。

「ボンボンが夜だけは白猫になってくれると嬉しいんですが……」

はぁとマリアンネが溜息を吐いた。先程のクラリスの溜息同様、こちらも深い。

「みんな怖いものいっぱい……。ロッティも、なんだか馬車が怖くなっちゃったんです……」

「怖いものがあるのは仕方ありませんわ。私も他にも怖いものがありますもの。でも大人になると怖くなくなるそうですわ」

「おとなになったら?」

「えぇ、そうですの。おばあ様の家にある湖の絵、昔はお兄様も怖かったんですって。でも今は大丈夫って笑ってますの。だからもしかしたら、私も大きくなったら怖くなくなるかもしれませんわ」

「……ロッティも、馬車が怖くなくなりますか?」

シャルロッテの疑問に、クラリスがふむと考え出した。

真剣な表情だ。マリアンネとフランソワも同じように考え込む。

普段はみんなサクリサクリと食べているクッキーも、今だけは誰も手を伸ばそうとしない。

「絶対に怖くなくなるかは分かりませんわね……。お兄様は湖の絵が怖くなくなったと言ってましたが、お母様は昔から今もずっと虫が怖いと言ってますわ」

「怖いものがずっと怖いこともあるんですか?」

「そうですわね。でも大人だって怖いものがあるんですから、私達に怖いものがあっても仕方ありませんわ」

クラリスがはっきりと断言する。

だがこれに対してシャルロッテはしょんぼりと俯いてしまった。

これから先もずっと馬車が怖かったらどうしよう……。

「馬車にのれないなら、ロッティ、クラリスさんのお家のお茶会や、フランソワさんやマリアンネさんのお家のお茶会に行けません……」

項垂れながらのシャルロッテの言葉に、クラリスが「大丈夫ですわ」とコロコロもちもちと笑った。

「シャルロッテさんが馬車が怖くても、私達は馬車は怖くありませんもの。シャルロッテさんのお家でお茶会を開けばいいんですわ」

「ロッティのお家で……?」

「えぇ、だって私達は馬車が怖くありませんもの!」

クラリスの言葉に、マリアンネとフランソワも同意を示す。

マリアンネ曰く、真夜中の暗闇に光るボンボンの目が怖いときは兄がボンボンを明るいところに連れてきてくれるという。

「お兄様はボンボンの目が光っても怖くないから、怖い私のためにやってくれるんです」

「怖くない人が怖い人のために怖くないようにすれば良いんですわ! これが貴族の嗜みですわ!」

力強いクラリスの断言。同意するフランソワとマリアンネ。

シャルロッテの視界で、三人がいつも以上にキラキラと輝きだした。

怖い人がいれば、同じものがまったく怖くない人もいる。怖かったけれど怖くなくなった人もいれば、シャルロッテのように怖くなかったものが怖くなる人も。

ならば怖くない人が怖い人のために行動すればいいのだ。なんて分かりやすくて素敵な考えなのか。

「ロッティ、もしもクラリスさんとマリアンネさんとフランソワさんに怖いものがあって、ロッティが怖くなかったら、ロッティが怖くないようにします!」

「その時はぜひお願いいたしますわ!」

「はい!」

シャルロッテが元気よく返せば三人も頷いて返す。

そうして再びクッキーを……となった中、フランソワが「そういえば」と話しだした。誰もがサクリサクリとクッキーを食べながら彼女に視線をやる。

「お父様に怖いものがいっぱいと話したら『その怖い気持ちをいつまでも忘れないように』って言われましたわ」

「わすれたらダメですか?」

「怖くなくなっても怖かった時の気持ちを忘れなければ、怖い人の気持ちが分かる優しい子になれるそうです」

「やさしい子に……」

「怖いものがいっぱいなら、そのぶん怖い人の気持ちがいっぱい分かりますの。私達、可愛くもっちりしたうえに優しい令嬢になれますわ」

フランソワの話に、そしてクラリスの言葉に、シャルロッテは瞳を輝かせて胸元を押さえた。

馬車はまだ怖い。きっと乗ったら頭の中がぐるぐるして泣いてしまうだろう。

だけどいつか馬車が怖くなくなるかもしれない。そしてその時にまだこの気持ちを忘れずにいれば、馬車が怖い人の気持ちに寄り添える。

可愛くてもっちりして優しい令嬢。そんな素敵な存在になれるかもしれない。

そう考えれば怖いこの気持ちも少し受け入れられた気がして、シャルロッテは気分が晴れるのを感じながらクッキーへと手を伸ばした。

◆◆◆

小さな令嬢達のお茶会から数日後。

テオドールはフレデリカと共に夜会に招待されていた。

これといって特に代わり映えのない夜会だ。挨拶をされ、他愛もない会話をする。

そんな中、一人の男性を見つけてテオドールが近付いていった。

「これはテオドール様、どうなさいましたか」

大陸一の公爵家当主が突然話しかけてきたのだ。しがない子爵家当主が驚くのも無理はない。

だがそんな男に、テオドールは親しみを込めて「娘が世話になっている」と告げた。

「シャルロッテ様のことですか。いえ、うちのフランソワこそよくして頂いております」

「先日、娘のシャルロッテが馬車を怖がってしまって、それを貴殿のご息女や友人達に相談したらしいんだ。そこで『怖い気持ちを忘れずにいれば優しい令嬢になれる』と話を聞いたらしく、嬉しそうに話してくれたんだ」

その話を、テオドールは自室でシャルロッテから聞いた。

怖いものがあるのは普通のこと、誰だって怖いものはある、怖くない人が怖い人のために怖くなくせばいいのだと。そう瞳を輝かせて話していたのだ。

そうして「フランソワさんのお父様がね」と話してくれた。

怖いと思った気持ちを忘れずにいれば、怖くなくなっても怖い人の気持ちに寄り添える。優しい令嬢になれる、と。

その話にはテオドールも感銘を受けてしまった。

「もとの性分か騎士隊生活ゆえか、どうにも苦手なものは早く克服しなければならないという気持ちが強くてな」

「ご立派なお考えです。……実を言うと、情けない話ですが自分は昔から臆病だったんです。それで、自分の臆病さを受け入れようと考えるようになりまして」

それを娘にも伝えたのだと話す男に、テオドールはこれにもまた感銘を受けた。

臆病でそれゆえの考えだというが、その考えがシャルロッテを救ったのだ。

恐怖心を認めて受け止めようとするシャルロッテの瞳は輝いており、恐怖心の先に優しい令嬢になった自分の姿を見ているようだった。

「事情は知っているだろうが、突然娘を持つ身になり、どう接していいのか迷うこともある。今後もどうか助言をお願いできないだろうか」

「そ、そんな、公爵家のテオドール様に助言等と」

「公爵家としてではない、『娘を持つ父親』としてだ。男児を勇ましく育てることには自信があるんだがな」

肩を竦めて冗談めかして話すテオドールに、フランソワの父も、周りの者達も表情を和らげた。

シャルロッテを機に、それでいてシャルロッテの知らないところで、『娘を持つ父親』という新しい交友関係が生まれていた。

もちろん、シャルロッテはそんなことは知る由もなく、温かな布団でぐっすりと眠っていた。