軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15:ぐっすりと眠って素敵な夢を

サジェスは商家の生まれで、いまはレスカの助手である。

といっても医学の知識は浅く、少しかじっていた程度。精神的な分野に関してはてんで門外漢で現在勉強中である。

そのため患者を診ることは出来ず、カルテもいま一つ理解しきれない。あくまで仕事は手伝いとレスカの日常生活のサポートである。

そんな彼がなぜレスカの助手なのかといえば、かつてレスカの家ラングリッジ家にとんでもない迷惑をかけ、その流れでブルーローゼス家にまで多大な迷惑をかけたからだ。

両家から睨まれ社交界からは爪弾き、家族からも勘当、親族も知らぬ顔。社交界どころか世間からも白い目で見られる。助けを求めようにも友人達も巻き添えを恐れて手を引き、田舎に逃げようにもどこまでも話が広がっている……。

そんな行き場も頼る先もなにもかも失った中、ラングリッジ家令嬢の助手の座に滑り込むことでなんとか命拾いしたのだ。首の皮一枚で繋がっているとはまさにこのこと。

そんなサジェスからしたらブルーローゼス公爵家は針のむしろ。

迷惑をかけたフレデリカとテオドールはもちろん、四人の息子達にも会いたくない。むしろ使用人達にだって会わないで済むならそうしたい。

それでも話さなくてはならず、甘いマスクに愛想笑いを張り付けたまま喋り出した。

「今日は休診日で、先生はカルテの確認、僕は診療所の掃除をしていました。そこにブルーローゼス家の御者が飛び込んできて……。あ、でも飛び込んできたといっても挨拶はしていましたし、さすが公爵家」

「それは良いから話を進めろ」

「はぁい……。それで御者が言うには、シャルロッテ様が突然火が付いたように泣き出してしまい様子がおかしい、急ぎブルーローゼス家に来てほしい、と」

御者の説明は随分と断片的だが、わけが分からない中でそれでもと行動してくれたのだから仕方あるまい。

そんな説明を聞いたレスカはすぐさま準備をし、あっという間に診療所を出たという。

サジェスがポツリと「言い訳して逃げる暇もなく」と呟いたが、テオドールは気付かなかった。……わけではなく気付いたが、面倒臭いので聞き流した。

「急な呼び出しなのに薬を持ってきてくれて助かった」

「あのぉ……。それなんですけど、先生が処方した薬って、もしかして白くて甘いやつですか?」

「あぁ、確かにシャルロッテは甘いと言っていたな。あれは睡眠導入剤かなにかか?」

「ラムネですね」

「……ラムネ?」

サジェスの言葉にテオドールが怪訝な顔をした。

どういう事だ、とぐいと身を寄せれば、圧に負けたサジェスが身を仰け反らせる。あはは……と乾いた笑いを浮かべるが、相変わらず顔立ちは整っているのに白々しい笑みだ。

「あの人がたまにやるんですよ。あ、もちろん継続的な不眠なら正式な薬を処方しますよ。ただ今回は薬よりも安心させることに重きを置いたんでしょう」

「なるほど、機転を利かせてくれたのか。さすがレスカだ。ところでレスカはうちで夕食を摂っていく予定らしい。せっかくだからサジェス、お前も」

「いっ……いえ、せっかくの親族水入らずですから、僕は外で適当に済ませてきます。ほら、シャルロッテ様も、知らない男がいたら不安になってしまうかもしれませんし」

「これを機にシャルロッテに挨拶でもしたらどうだ」

「いえいえ、それはもっとシャルロッテ様が落ち着いた際に、改めて場を設けさせて頂きます。えぇ、本当にいつかそのうち、タイミングが合えば、いずれはきっと」

このまま滞在はごめんだ、ブルーローゼス家の面々と食事なんてとんでもない! そんな訴えを声にこそしないが分かりやすく顔に出し、サジェスが頑なに遠慮の姿勢を取る。

もっとも、文言こそ遠慮だが実際は拒絶。下手に出つつも絶対に下からは動くまいという強い意思が漂っている。

見目は良いのにこの男は……。とテオドールが小さく溜息を吐いた。

だがすぐさま「そうか」と話を終わりにしたのは、ここでサジェスに構うよりシャルロッテの部屋に戻るべきと考えたからだ。

もし起きていたならそばに居なくては。まだ寝ているようなら今のうちにレスカから話を聞いておかねば。

そう考えて席を立てば、サジェスが露骨に表情を明るくさせた。いそいそと自分も部屋の出口へと向かうのは、きっとテオドールの退室にかこつけて自分も屋敷を出ようと考えているのだろう。

「うちが呼びつけたんだ、外での食事代はうちが出す。好きに食べてレスカ経由で請求しろ」

「ありがとうございます、テオドール様。お家もご立派で人徳もある、二重の意味でさすがの懐!」

奢りだと判明するや媚びだすサジェスにーー多分奢りでなくとも何かしら理由をつけて媚びてきただろうがーー、テオドールは肩を竦めて部屋を出ていった。

◆◆◆

幸い、シャルロッテはよく眠っていた。

フレデリカにぴったりとくっついてスヤスヤと寝息をたてており、その姿は愛らしいの一言に尽きる。

レスカが機転を利かせて飲ませたラムネもひと役買ったのだろう、悪夢に魘されている様子もない。まるで平時の寝顔のようだ。

よかった、とテオドールが安堵すれば、添い寝をしていたフレデリカがテオドールを呼んだ。

「今ジョシュア達がレスカと話をしてるわ。終わったら部屋に戻ってくるって言っていたから、今度はあなたが話を聞いてきて」

「あぁ、わかった。俺が出ている最中シャルロッテは?」

「大丈夫、ぐっすり眠ってるわ。レスカがくれた薬が効いたみたい」

「あの薬なんだが」

「ラムネでしょう? 子供のお菓子なんてひと目で分かるわ」

フレデリカがクスと笑う。

レスカの機転に感謝し、ラムネを『素敵な夢を見られる薬』だと信じて熟睡する娘を愛おしむ表情だ。

テオドールもまたシャルロッテを愛で、ベッド横にある椅子に腰を下ろした。眠るシャルロッテの頬をそっと撫でる。

馬車の中で、シャルロッテは過去の記憶を恐れて必死に拒絶していた。

朗らかな普段の彼女が嘘のように、声をあげ、拒絶の言葉を喚き、頭を振り、父の声も母の声も聞こえずに……。

あの姿を思い出せばテオドールの胸が痛みを訴えた。

焦燥感が一気に押し寄せるが、さりとて何をすべきかは分からない。シャルロッテを強く抱きしめたいが、それだって熟睡してるのを起こしてしまうだけだ。

今出来ることは眠る姿を見守り、頬を撫でてやるだけ。

なんて不甲斐ない。

「覚悟はしていたが胸にくるものがあるな……」

「きっとこれから今日のようなことが何度もあるわ。すべて乗り越えていきましょう、シャルロッテと私達家族で」

フレデリカの優しく愛が込められた言葉に、テオドールは小さく笑みを零して同意した。

◆◆◆

「やぁ叔父上、サジェス君は逃げましたか?」

「あぁ、逃げた。夕食に誘ったが外で飯を食ってくると言っていた」

「連れてきておいてなんですが、さすがに夕食に誘うのは酷ですよ」

酷いなぁ、とレスカが苦笑を漏らす。

だがすぐさま「それで」と話題を変えてしまった。テオドールも彼女の向かいに腰掛け、真剣な表情で続く言葉を待つ。

「今回は……、まぁ、お察しがつくとは思いますが馬車の振動で過去のことを思い出したんでしょう。それと、自分の現状が幸せだからこそ、今と過去を比較してしまった」

「そうだな」

「先日も話しましたが、これはもうどうにもなりません。シャルロッテが成長していけばしていくほど、過去との落差に気付いていくでしょう」

「分かっているさ。受け止めていくしかないだろう」

はっきりと返すテオドールの言葉に迷いは無い。

レスカにもその覚悟が伝わっているのだろう、無闇に案じることも気遣うこともせず「ですね」とだけ返した。

「今日のところは起きれば落ち着くとは思います。ただ、今後馬車を怖がると思うので当面は乗せないように。もしかしたら、退行現象、いわゆる赤ちゃん返りをするかもしれません」

「赤子の時に助けてやれなかったんだ、その分だと考えて愛してやればいい」

「なるほど斬新な赤ちゃん返りへの考え。でもそれも有りですね。そういうわけで、しばらくは赤ちゃん返りや夜泣きの可能性は高いと思ってください。明日にでも参考になる本を持ってきます。それと、眠れないようなら薬を出しますので言ってください」

「ラムネか?」

「サジェス君から聞きました? そう、ラムネです。当分はこれを薬として飲ませるのがいいでしょう。長引くようならきちんとした薬を処方します」

シャルロッテの容態はすぐに改善されるものではない。普段の元気な彼女に戻っては突発的にぶり返し、また戻っては新たな問題に直面する……。

なにせ元凶は既に断たれているのだ。だが過去は変えようがなく、その過去の記憶がまとわりついている。

それを拭うことは容易ではなく、生涯付きまとう可能性もある。

レスカの話に、テオドールも深刻な表情で頷き口を開いた。

「……騎士隊で似た症状を見てきた」

自国内は平和で大陸内のどの国とも友好関係にあり、大きな争いはすでに歴史上のこと。

だがそれでもすべてが平和とは言い難く、有事の際には騎士隊が駆り出される。シャルロッテを助け出した時がまさにだ。

幸いあの時は騎士隊内で死傷者は出なかったものの、他の任務では命を落とす者もいれば目の前で仲間を失くす者もいる。命こそ助かったものの……という事だってある。

そしてその際に負った心の傷で除隊する者もいる。除隊後にも突発的に当時を思い出して苦しむ者も……。

かつては騎士の仲間として、昇進してからは隊長として、それを見てきた。

だからこそ、今回の件でレスカを始めとした精神面の医師の必要性を説いたのだ。

「今後幾度となく起こるとしても、そのたびに受け止めればいい。たとえ一生だろうとな」

父性、責任感、なにより愛。

それを胸にテオドールが断言すれば、レスカが「さすが伯父上」と笑った。